24話「まいどー」
ウォークマンで音楽を聞いて周りの様子を見る。
廊下側にある中庭さんの机には三宅さんが座ってスマホを操作している。 その近くの谷さんの席には谷さんと中庭さんが並ぶように座っている。 紙に何か描いて遊んでいる。
谷さんの席から窓側に2つ行くとモモの席がある。そこにはモモと梓がいて、梓がモモの机に寄り掛かるように立って話し込んでいる。
窓側の朱音の席は、日が照っていて暑そうだ。その為か、朱音の列の席は誰1人として着席していない。 朱音を探したが、教室の中には居なかった。
「茅野さん、数学教えて貰っていい?」
食後の後の眠気に襲われている私は、机に項垂れながら数学の授業の開始を待っていると、前の席のローマス君が振り向いて話しかけてきた。
「え?」
突然の事だったので、ローマス君に聞き返す形で声を出した。
「昨日のプリントやってくるの忘れてたの。 授業で答え合わせする時に答え書こうと思ったんだけど、今日僕の出席番号の日だから当たるかなっと思って、茅野さん数学得意だったよね?この間のテスト惜しかったね」
ローマス君の丁寧な説明に納得した私は、同時に少し恥ずかしくなった。この間の中間テストの結果を知っていたのには驚いた。
倒していた体を起こすと、片耳のイヤホンを取ってローマス君と話をする。
「アハハ、あるよね!そういう時。私もこの前の数学のプリントやってくるの忘れてたの!ファイルから取り出した時にあっ!て思い出してー」
「うん、うん、僕もそのパターンだったの。ついさっきファイルからプリント見つけた時にあっ!て……」
「あ、あと3分!いいよ、教えるよ」
ローマス君は申し訳なさそうに「ありがとう」と言う。
数学の授業の時はなるべく寝ないようにしている。寝ている間に公式応用問題の解き方を聞き逃すから。
その考えを他の授業時にも生かせればいいのだが、それは無理な話ですぐに寝てしまうのがオチ。
「これも前の問題と同じたすき掛けで解くよー。この問題は…ちょっと複雑だね、はい!じゃぁローマスが(1)、(2)を鈴木、(3)は……誰かやりたい人ー」
数学の先生が黒板にプリントの問題を書いていく。問題の説明をしながら書く先生は、書き終えて此方を向くと、ローマス君と鈴木君を指名する。
私が教えたお陰でローマス君はスラスラと答えを書いていく。鈴木君は少し戸惑いながら黒板に書いている。
「ん~、じゃぁ茅野!(3)解けるか?」
突然の指名にビックリした私は、首を微かに横に動かす。
こういうのは目立ちたがりな人達を指名するんだぞ?!
「うん、茅野!(3)やってくれ!」
満面の笑みで私を指名してきた先生に、私は肩を落とす。
私がローマス君に教えたのは正解で、黒板には赤い丸が2つ書き足された。
「で、次の(3)!…おぉ!合ってる!茅野、凄いな!引っ掛けなんだよ、これ」
まぁ、こんなもんよ!と誰にも見られないようにドヤ顔をする。
授業後、チョークで汚れてしまった手をトイレの手洗い所で洗うと、熱かった手が冷める。
席に着くと、3時のおやつとして買っておいたお菓子を鞄から取り出す。すると、それを見て朱音達が飛び付いてきた。
「ゆり!それ食べるの?あたしも食べる!」
「お・や・つ!お・や・つ!」
「あー、あたしもー、谷も食べよー?」
「たぁべるぅー!」
「梓も食べる?」
「まぁ、食べてあげよう」
それぞれ主張の仕方が違うが、気持ちは同じなのだ。
「あー、待て待て!順番!ちょい、開けるから!朱音手ぇ邪魔!…ほれ!」
袋を開けると、次々に手を入れてお菓子を取っていく。
「うち、ココア好きー」
「へぇー、うちはいつもバニラ。だからなのか、家で食べる時、ココアばっかり残る。それを妹が食べるっていう、んふふ」
「あー分かるそれ!あたしの場合逆だけど、ココアを殆ど食べた後で兄ちゃんに怒られる。またココアばかり食べて!って」
「えー?あたしどっちも好きー」
ココアとバニラという2種類しかないこのお菓子。カントリーマイムを食べながら各々の感想を言っている。私はそれを聞きながら食べる。
「――?何、朱音開かないの?」
「何か、こいつ、開かないっ」
「あれじゃない?朱音に食べて欲しくないんじゃない?」
「何!?じゃぁ違うのにしよう」
おふざけで朱音をからかったつもりが、天然が炸裂して不発に終わった。
皆が2、3個持って席に着くと、丁度チャイムがなって先生が入ってきた。
本日最後の授業は英語。数学の次に得意の英語は、少し寝ても支障は出ない。
「ここのイズはどれを指しているか、じゃぁローマス君!」
「…んー、」
日付がローマス君の出席番号と同じせいで、今日1日は殆どローマス君が指名される。
そんな可哀想なローマス君は教科書を見ながら考える。が、一向に答えが出てこないのか、顔をあげて首を傾げる。
「分かんない?」
「んー、分かりません」
「じゃぁ、後ろの茅野さん!」
おい諸星、何で私を指名すんだよ。
「茅野さん!分かる?22ページの上から…5行目のイズ!“環境をよくするにはそれが必要です”。どれ?」
無表情で固まった私を他所に、先生は質問をしてくる。小さくため息をすると、頭を回転させた。
「えっと、リサイクルと、ゴミの分別」
「うん!そう!さっすがぁ!茅野さん!」
まぁ、こんなもんよ。とドヤ顔は出来なかった。
諸星先生、呼び捨てにしてごめん。
英語の授業後、ローマス君が後ろを振り向いて話し掛けてきた。
「茅野さん!数学の時と英語の時ありがとう!助かったよ」
ローマスの言葉に思い返したが、何に対して感謝されているのか分からない。
「え?英語の時?」
「うん!単語の発音の時、教科書に書いて教えてくれたでしょ?」
「…あ、あぁーあれね!うん、大丈夫だよ!」
本当は私も分かんなくて梓に聞いたんだよね。忘れないように教科書に書いただけなんだけど、丁度ローマス君が指されてた時だったから教えてもらったと思ってるんだろう。
――あ、そうだ!
鞄からおやつを取り出してローマス君の肩を叩く。
「ローマス君!これ上げる!ココアとバニラ、どっちがいい?」
「え、いいの?」
「いいよー、あ、甘いの好きじゃなければ無理しなくていいよ」
「大丈夫だよ、じゃぁココアとバニラを2つずつ貰うね」
「まいどー」
ローマス君は嬉しそうに1つを口にした。
意外な所で器用さを発揮する私は、箒を倒さないように小袋を開ける。
「茅野さん、掃除するときはお菓子食べないで?」
箒を手にしながらお菓子を食べていると、先生に注意された。
「すいませーん、先生にもあげますよ!お菓子!」
「えー?…いいの?」
注意された私だったが、先生にもお菓子を進めた事で共犯となった。
「いいですよ、まだ沢山あって、少しずつ皆にあげてるんで」
「じゃぁ、ココアを食べようかな、貰うね」
「はーい」
これで今後見られても、一緒に食べたことを思い出させれば注意が出来ないだろう。
「あー、懐かしい、昔食べたなぁー」
先生と笑いながら掃除を再開する。
掃除を終えて廊下に出ると、朱音がギターを持って待っていた。
「よーしっ!ゆり行こー!」
「行こー!」
「ゆり、お菓子ー」
「はいはい、どうぞー」
「んーココアっ、バニラかー」
隣を歩く朱音は、開け口に手を突っ込むと手探りで適当に取った。ココアを食べたいのか、バニラを食べたいのか。
バニラを手にした朱音は、それを戻すことなく開けて一口食べた。
「今日先輩達居るかな?」
「はぁんへ?」
なんで?と朱音は言っている。
「お菓子あげたいなぁと思ってさ」
「はへは、らいいじゃん」
あげたらいいじゃん。と朱音は言っている。
「…居ればあげよう」
朱音には今度、食べ物を口にしながら喋らないように言っておこう。
部室に行ってみると、やっぱり居なかった。金曜日の今日は私達の練習日になっていて、先輩達の練習日は水曜日なのだ。
この前、暇だからという理由でギターを弾いていた近藤先輩も誰も居ない部屋は、朱音と私の2人だけで、少し寂しい空間となった。
「居ないね」
「ね。よし!朱音!食べていいよ!」
「わーい、ありがとー!」
部室の畳にダイブした朱音は私のスカートを引っ張って催促してきた。動揺した私だったが、思い切り頭を叩いてやった。
朱音の頭は叩き甲斐がある。