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1話「いきまーす!」



 入学式から1ヶ月。仮入部させられた吹奏楽部には数時間体験しただけで充分だった。

 久しぶりにホルンを吹いたが、先輩方からは上手だと褒められた。おだてられて浮かれたが、入部を進められた私は丁重に断った。


 何故断ったのかって? 高校は自由にやりたいからさ!

 中学での部活動は必須で、何処かの部には入らなければいけなかった。 小さい中学校だった為、部活は“野球部”、“男子テニス部”、“女子テニス部”、“女子バスケ部”、“吹奏楽部”。たった5つだ。

 運動が苦手な私は必然的に吹奏楽部を選んだ。しかし、私の考えは甘かったのだ。

 それを知ったのは、部活に入って初めての土曜日。その日は午前中だけの練習だった。 ジャージ姿で音楽室に着くと、先輩方は軽く準備運動をしていた。

 流されるように、私も屈伸運動や肘伸ばしをして軽く準備運動をしていると、全員が音楽室に揃った。

 先生の指示が無いまま、先輩達は音楽室を出ていく。後を着いてくるように言われた私達1年は、先輩の後に続いて校舎を出る。

「校外3周行くよー」

 という先輩達。

 まさか、思わないじゃないか! 吹奏楽部が校外3周するなんて、思わないじゃないか!

 それからの3年間、弱音を吐きながらも頑張った私を褒めてくれ。



「聞ーてますかー、ゆりー」

 机に拳を突き付けながら思い出に浸っていると、顔を覗いてくる人物が3人。

 友達が居なかった中学とは違い、高校では早くもいつメンと呼べる友達が出来たのだ。褒めてくれてもいいんだぞ。

「ごめん。聞いてなかった」

 昔の苦い思い出を消し去って苦笑いを浮かべる。

「もー、ゆりの為に考えてるんだからねー?」

 ここでいつメンを紹介しようではないか。

「まったくもー」

 話を聞いていなかった私に対して、ため息を吐いているのは大澤桃子。 結構な頻度でドジを踏んで怪我をする。膝小僧に貼られている絆創膏がトレードマークになりつつある。


 膝小僧に貼られている絆創膏は粘着力が弱くなったのか、少し剥がれつつある。

「てか、モモも部活してないでしょ」

「あたしはいーの!」

 教室にモモの声が響く。

 “モモ”ってのは、大澤桃子の“桃”から取っている。

「モモうるさい」

「ごめんなちゃーい」

 モモに注意をしたのは新垣梓。 モモの軽い態度に少しイラついているが、根は優しいはずだ。 クールに見えて熱かったりすることもある。眼鏡の影響で頭良さそうに見えるがそうでもないのだ。梓より私の方が頭は良い。


 眼鏡を掛けた真面目な人は、私みたいに見た目だけで判断する人がプレッシャーになるだろう。

「あ、弓道部とかは?」

「校外3周しない?」

 それは知らん。と梓が首を振る。

「じゃぁ軽音は?」

「K.O?」

「軽音楽部だろ」

 梓からのK.O宣言に、ノックアウトさせられちゃった。と思ったが、さらりと交わされた。

「もし軽音に入るなら、もれなく朱音もついてきます」

 梓のいう“朱音”が最後の1人。冨田朱音。

「お手頃価格! これでイチキュッパ!」

 さっきまでふて寝していた朱音が顔を上げた。

「そんな事言ってないで早くプリントやれや」

 私の一言にペンを取り始めた。



 まぁ、このいつメンでいるのが今では当たり前になっている今日この頃。

 今日も、朱音がプリントをやっていない事が原因で、日が暮れそうな今まで教室にいる。

 まったく、朱音のせいで今日も早く家に帰れない。



「なんかゆり、失礼なこと考えてない?」

「何も考えてないから、早くプリント」

「すんません!」

 朱音はすぐに調子に乗る。そうならない為に厳しくしているのであって、嫌いではないのだ。

「……はい終わりー!」

 適当にペンを走らせてプリントを終わらせた朱音は素早くファイルに仕舞う。

「もっと早くにその意欲を発揮してほしいなぁ」

 私の呟きに、朱音はえへへーと笑って誤魔化す。


「んじゃあ、そろそろ帰るか」

 梓の一言に私とモモが席を立つ。

「ちょっ、待って!」

 ペンを整理していた朱音は急いでリュックに仕舞う。梓も先程まで読んでいた雑誌をリュックに仕舞う。

 モモはリュックを背負いながら、スマホを操作していた。そのまま出入口に歩いている。

 リュックを背負った私は、胸ポケットからスマホを取りだし時間を確める。

「あでっ」

 おっと、モモがドジっ子スキルを発動したようだ。

「モモ、今度は何処ぶつけたの? 物が沢山ある所でスマホをいじりながら歩くのは危ないって言ってるでしょ?」

 掃除当番の人が綺麗に並べた机は微妙にずれている。机を元に戻して廊下に出ると、モモが(うずくま)っていた。

「足、小指。……痛い」

 自業自得だ。



「さーっいくぞ! 鍵ジャンケン!」

 教室の鍵ジャンケンは恒例行事。こういうのは言い出した人が負けるのをご存知だろうか。

「っしゃー!」

 案の定、最初に言い出した朱音が負けた。勝ったモモは拳を上げた。これを言い出しっぺの法則と言う。



 薄暗い廊下に話し声が響いて、ミスマッチに感じる。

「そういえば明後日の総合の時間、席替えだよね」

 手にしている鍵をくるくると回しながら私達に問い掛けてきた朱音。私は、今朝のホームルームを思い出した。 話題は一瞬だったが、先生の発言に殆どの生徒が歓喜の声を上げた。

「あー、そうだね。やだなぁー、あたしは今の席のままでいいんだけど」

「えー、うちは嬉しいよ。だって今の席、皆は大体近い方だけど、うちは皆と離れちゃってるし」

「確かにそうだね、梓だけちょっと遠いよね」

 私の発言に激しく同意している梓を見ると、やっぱり寂しいんだなぁと思った。 梓は普段あまり興奮しないし、皆が馬鹿やってんのを一歩手前で見てるって感じだから、そういう感情もあまり人より少ないのかと思ってた。

 そういう事を知れるから席替えも楽しく感じるのかな。


「あー、でも一番前だけは嫌だよね」

 席替えの醍醐味(だいごみ)を語ってたモモ達が、私の発言に反応して「そうそう!」と興奮しながら激しく頷いている。

「やっぱり一番嫌なのが一番前の席だよね!」

「うん、うちももう一番前の席は勘弁」

「梓の場合、一番窓側の一番前だから窓とか開いてる時カーテン邪魔でしょ?」

 体育の後は暑いからと言う理由で次の授業中は窓を開けていた。強い風が吹く度に邪魔そうにしていた梓を思い出す。

 一番窓側の席は危ない。特に夏場。

 

 脳内で危ない席を予習してたら職員室に着いた。鍵を返しに行ってる朱音を待つ間、近くの自動販売機に小銭を投入する。

 暫く悩む振りをするように、人指し指を漂わせてからある1つのボタンを押す。

 ガダンッという音と共に落ちてきたよっちゃんオレンジは冷たくて気持ち良い。


「ゆり~行こー」

「はいよー」

 よっちゃんオレンジは乾いていた喉を潤してくれた。

 帰宅部の生徒はもう家に着いただろう時刻。教室からは知らなかったが、今日は雲が1つもないようだ。

 今朝は“今日からまた学校かぁ~”と憂鬱に感じてたのに、もう1日が終わる。 遅いようで早く感じるのは、やっぱり友達がいるかなのだろうか。



「自転車持って来るね」

 モモ達より先に靴に履き替えた私は、小走りで駐輪場に向かう。 停める時は沢山あった自転車も今はあまりなく、疎らに停めてあるだけ。

 自転車の鍵を取るのにも慣れて、流れるような作業でスタンドを外す。 リュックを籠に収めて駐輪場を出ると、自転車を手で押しながら小走りで皆の所に向かう。 何を話してるんだろう。凄く朱音が笑ってる。


「あっはっはっはっは! ひゃーははははは! もうやめでー! あ――!」


 近くまで来てよく見たら、梓が朱音を抑えてモモが朱音の脇を(くすぐ)っていた。

 よし、いいぞ! もっとやれ!

 声には出さないで心の中で催促をする。どうせまた朱音がモモにちょっかい出したんだろう。この間私もやられた。

「モモー、この間やられた私の分もー」

「よしきた!」


 モモが意気込んで手を動かす。すると朱音はもっと笑い出した。私に手を出した報いだ、馬鹿が。ふっふっふっ。


「だぁー!」

「おっぶぇ」

 心の中で笑っていたら、朱音が梓の腕から逃げた。ビックリした梓は変な声を上げている。

 何、「おっぶぇ」って。


「梓、女子高生なんだからそんな変な声上げちゃ駄目だよ、知らない人が見たら中におじさんでも入ってるのかって疑われるよ」

「そうだね、ここで良かったよ」

 私達が2人で話してる間に、朱音は校門まで逃げ去った。モモも後を追って行ってしまった。

「私達は歩いて行こうか」

「そだね」


 話ながら校門まで行くと、モモと朱音が仲良く花壇の端の段差に座って待っていた。

「あ、ゆり! 梓! 聞いてよ、朱音全然反省してない!」

「いやいやいや! モモには確かにふざけでやったけど、この間の件はゆりに対しては優しさだよ?! 私のこの体が何で出来てると思ってるの!!」


 朱音の体は、脂肪で出来ています。


「モモ、擽りが足りないようです」

 素早く自転車を停め、朱音を後ろからガッチリホールド。

 よし、モモ、やれ!


「桃子、いきまーす!」

 朱音に近付いたモモが手を無造作に動かし始めた。暫くの間、真っ赤に染まる空に叫び声と供に、無数の笑い声が木霊した。

 明日もいい日になりそうだねぇ。




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