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始まった市街戦

 天井に上がった。

 ある程度低空で、人型のなにかが縦横無尽に空を駆け回っている。

 人型とはいうものの、両肩に一枚づつ、いわゆる一対の羽を持っていた。

 魔族でしょう。


 不意にそれは動きを止める。空中に光が現れ、幾何学模様の軌跡を描いていく。魔法陣が展開された。

 そいつは高らかに声を上げる。


「全てを飲み込め! 浄化しろ! 魔法《ハイド――」


「だめ、だめ、撃ったら危ないよ〜!」


 魔族に向かい、なにかが数個飛んで行った。

 そのなにかを避けるために羽を動かす。移動する。

 なにかはそして当たらずに、けれど声はさえぎられ、魔法陣は霧散し、その発動は防がれた。


 なおも魔族は飛行を続ける。

 多いといえない頻度で襲い来るなにかを回避しながらも、それはおそらく反撃の機会をうかがってている。


 なにかの襲来が止む。

 なぜ止んだのか、それが一時的なものなのか。わからない。けれど、魔族はその好機を見逃さない。

 もう一度、動きを止めた。光が空に図形を描く。


「照らせ! 焦がせ! 焼き尽くせ! 魔法《ソル・バーニ――」


「だから危ないから!」


 しかし、今回も完全に魔法が発動する前に、なにかが魔族に襲いかかった。

 回避行動に移り、それは中止を余儀なくされる。


 そのなにかが打ち出されている方向へと、目を凝らす。

 そこは一般家屋の屋根の上。遠い。ここからでは小さく見えるが、人間の姿だろう。

 魔族に向かって、なにかを投擲し続けていた。


 自分は走り出す。屋根の上をつたい、その人のもとへと。

 近づいていけば、その投げているなにかの正体が見えてくる。


 それは結晶。太陽の光を受け、橙色に輝きを反射している。

 薄く、進行方向に鋭く尖ったそれは、魔族に向かい何度も放たれている。


「あっ、リンっち! こっちこっち!!」


 こちらに気づいたその人は、自分に向かって声をかけた。

 わざわざ手を振ってまでです。なに考えてるのでしょうか。

 その隙を魔族は見逃してはくれない。


「塵も残すな! 魔法《クラップス――」


「しつこいんだよ〜!」


 それもきっちり結晶を投げることでキャンセルをする。

 魔族は空を駆け、また回避に専念をする。

 その間に自分は、その人の隣に着地しました。


 その人は、長身でスレンダーな体型な女性。上下ともに長袖の服で身を包んでいます。

 その姿は、記憶の中のある人物と一致する。


「ヒユアさん。これ、どういう状況ですか?」


「リンっち。あれ、よくわかんないけど、降ってきたんだ〜。隙あらば、わざわざ大規模魔法を放とうとするし、もう意味わっかんな〜い、よっ!」


 説明をしながらも、結晶の投擲を続ける。

 魔族を牽制することが目的。空に逃げられないように、若干上を狙って投げていることがわかる。


 彼女の着ている長袖の裾。

 そこから無尽蔵に結晶は飛び出している。

 それを掴んで投げているのだが、これは彼女の能力であり、消耗もする。当然だが、投げることにも体力を使っているはずだ。

 このままでは、いつまでもつかはわからない。


「こんなときにギルマスは……。なにをしているんですか?」


「ギルギルは、なんかを捕縛してそっちに付きっ切りだから。ヒューたちでなんとかするしかないんだよ〜」


 なんとかしろと言われても、自分の対空手段はないに等しいですから。

 しかも今は剣を持っていません。これじゃあ、ただの木偶の坊じゃないですか。


「頑張ってください!!」


 そう言って、応援するしか自分にはできません。

 応援を力に変えて、ヒユアさんには頑張ってもらいましょう。


「よーし、ヒュー、頑張っちゃうよ〜? リンっちには惚れ直してもらっちゃうからねっ!」


「いや……まず、惚れてませんから」


「そんなこと言わずにね〜。やる気失せちゃうよ?」


 それは困る。

 ヒユアさんがやらなきゃ、誰がやるというのでしょう。

 大規模魔法でこの街が消えてしまう可能性があるというのに。


 彼女が手を止めないでくれることが救いなんですけどね。


「とにかく、剣型の結晶とか作れないんですか? そしたらどうにでもなると思うんですけど」


「できるよ? 時間さえあれば、ねっ!」


 投擲をし続けるヒユアさん。

 言外にそんな時間なんてないということを語っていた。

 提案をしたのが申し訳なくなってくる。


 そんな自分をおもんばかってでしょうか。

 こちらを見て、ニコッと笑いかけてくれます。


「ま、ヒューの本気はこーれからよ? リンっちは、指を咥えて見ているだけで充分ねっ!」


 このままでは、彼女の体力が減っていく方が早いことは明白。

 その笑顔には、わずかながらですが疲労がにじみ出てしまっていました。


 なにか無茶でもする気でしょう。

 自分の知り合いは、なにかがあるごとに無茶をして、自分自身のことを省みない馬鹿ばかりです。


「いえ、そんなことはできません。なんとか自分がやって見せますよ」


「たっのもし〜い。でも剣ないっしょ。どうするのさ?」


 確かに今の自分は武器を持っていません。

 しかしながら、そんな自分でもできることがある。


「やるだけのことはやる。それだけですよ。――援護は頼みました」


 駆け出す。

 今も魔族は攻撃の機会をうかがっているのでしょう。牽制をされながらも、空を飛び逃げ回っていた。


「やれやれ、だね〜」


 そんな声を背に、魔族へと肉薄する。

 屋根の間を飛び越えながら、勢い良く距離を詰めていく。

 切る風が肌に触れる。抵抗。それがわずらわしく感じられるほど。


 その魔族の全貌が把握できる位置へと近づいた。

 爬虫類めいた()()の羽を持ったそれ。

 飛び回りながらもこちらに気がつく。声をかける。


「やあ、今日は良い日だねぇ。女の子が二人も僕の相手をしてくれるなんてぇ」


 飛び交う結晶をアクロバティックな動きでかわし続けながらも、冷ややかな笑いを貼り付け、よく通る声で喋り出した。

 声質、その顔から、おそらく男。


「こんな格好をしてなんなんですけど、自分は女の子ではありませんよ?」


「マジか!? 最近話題の男の娘ってやつぅ? ……いや、最近でもないか」


 軽口を叩きながらも、襲う結晶に掠りもしない。

 意味のわからないことを言っていますが、無視をしていきましょう。


 ヒユアさんの攻撃のおかげで、ある程度は飛行ルートに制限がかかっています。

 あとは、どこを通るか予測して、先回りをするだけです。

 目で合図を送る。

 既にもう遠いのですが、彼女ならこれでわかってくれるはず。


 投げられた結晶。魔族の男の現在の進路。これまでの回避パターン。

 全て考慮に入れた上で、可能性の高い場所へと進んでいく。

 男を視界に捉え続けて、随時補正をかけていく。


 ふと、結晶の攻撃が止んだ。

 ヒユアさんは投擲を続けていたわけで、体力的にも休みは必要。

 そうでなければ、保つわけがない。


「世界を掻き消せ! 消し飛ばせ! 魔法《ダークネス・エクス――」


 光が展開。魔法陣の形成。

 魔族の大規模魔法が放たれようとする。

 彼女の休みは、その隙は、男が魔法の準備に入る絶好の機会となる。


「いけないからっ!」


 その叫びと共に、もう何度目ともなる結晶が投げられた。

 三枚の結晶。

 男の頭を目掛けて一枚。

 左の羽を目掛けて一枚。

 最後の一枚、しかしそれは見当はずれに、男の左上空を、なににも当たらず通過してしまう進路であった。


 男は当然のように右下へと動いた。

 必要最低限の身のこなし。重力さえも味方につけて、落ちるように躱していく。加速していく。

 追撃が来るが遅い。勢いに乗った男には、彼女の攻撃は遅すぎるのだ。

 結晶が全て男の後ろを通り過ぎる。


 何度かこなしたルーティンワーク。あとどのくらいか続ければ、彼女はきっと力尽きてくれる。

 それが男の狙いでしょう。ですが、それは認めません。


「――しくったぁあ!!」


 男の叫び声が空に響く。地上を伝わる。

 なぜならば、その勢いの乗った進行方向手前、――自分がいたからですよ。


 それでも男は止まれない。

 それは彼女の放った結晶に、当たってしまうことを意味しているから。


 よく見れば、男には片腕がなかった。

 左のそれの肘から先。その残った二の腕部分。そこには血がこびり付いている。

 見た目まだ新しい。ついさっき流したような色をしていた。


 ヒユアさんの能力は『ロントコルの楔』。

 あの結晶は生体に限り、なんの外傷もなく侵入する。

 そしてその生体は結晶の周辺に限り、彼女の意のままに操られてしまうという非人道的なものでした。

 頭に埋め込まれたが最後、なんの疑問も持たずに支配されてしまいます。


 あの魔族の男は腕に一度結晶を受け、切り離したのだと推測できる。

 もし『楔』を埋め込まれたのでしたら、そうする以外に手立てがありません。

 そうすれば辻褄が合う。


 つまりそれはどういうことかと言うのなら、男は絶対に止まるわけにはいかないというわけだ。

 あんなもの、二度と埋め込まれたくはない。


 魔族の男は上昇を試みる。

 それは自分を警戒して、軌道修正をかけていく。


 あの魔族の羽ならば、慣性を殺し、直角に空を登ることも可能。

 けれどそれは、その急流たる勢いを、全て殺して消してしまう。今は後ろを通り過ぎる結晶に、振り切れずに当たってしまう。


 自分には武器がない。

 剣を持たずに迎え討つにはどうすればいいか。

 右手、親指を曲げる。その他の四本の指を伸ばし、そのまま密着させる。

 いわゆる、手刀を作ります。


 屋根を蹴り、跳び、突っ込む。

 緩やかに上昇を始めた魔族を、空に逃げ切られる前に攻撃を加える。


「ちっ、――無理か! なら、このまま吹き飛ばぁす!!」


 魔族の男は苛立ちの声を吐き捨てると、加速を始めた。

 上昇を諦めたようで、開き直ったようで、こちらに向かって加速していく。


 お互いにすれ違う瞬間。

 膨大な圧力を持った風が襲う。押し流されるわけにはいかない。


 手刀で切り込みを入れていく。

 風を裂き、もっと深く。皮膚を裂く感触が伝わった。

 関係ない。なにもかも切り裂いていく。


 気がつけば、右半身、返り血を浴びたまま屋根の上に立っていた。

 服を借りたのに申し訳ない。

 不意にヒユアさんの結晶が自分に襲いかかってくる。誤射でしょうか。

 大して動くこともなく躱し切った。


 そんなことより、手応えはあった。

 魔族の遺体は――


「いやぁ、人間風情にまさかここまでやられるとは……! ハハッ、だがこんなのはどうかなぁあっ!?」


 声の方向に振り向く。

 結晶が飛んできた、ヒユアさんの方向のちょうど対角。


 先ほどの結晶は誤射ではなく、魔族に向けて放たれたものだった。

 男は避けていない。しかし、受けたわけでもない。

 見えない壁に、空間にひびのようなものが入り、自分の躱した結晶が突き刺さっていた。


 半死半生といったような見て呉れ。胴に袈裟懸けの傷が入り、生々しくおびただしい量の血液をしたたらせている。


 思ったよりも浅い。

 殺しきるつもりだったのに。

 やはり手刀ですから、リーチが短くなってしまう。能力もそれほど反映されない。


 出血多量。いまにも死んでもおかしくない。そのはずなのに、男は饒舌に語り出した。


「魔力障壁、ってやつよぉ。まあ、これと同時に普通は魔法陣を作れないから、今は安心していいんじゃあないかなあ……?」


 男は空中に止まったまま。

 空間のひびが消え、結晶は地面へと落ちていく。

 冷ややかな笑みを貼り付けて、男は言葉を続けていく。


「ま、普通の魔法なら、充分に放てるんだけど、ね……っ!!」


 即席で氷の塊が生成される。

 総数十六個。拳大に揃えられるが、先端はぞんざいに、あまり鋭く加工されない。


 ただその利点として、生成から放たれるまでの間隔が短い。

 ほとんど刹那。不意打ちに近い形でその魔法は迫り来る。

 回避、残りは叩き落す。この程度なら造作もない。対応をするだけならば。


 魔族の男は飛翔した。

 地面に対して垂直に、単純に真上を目指して。

 さっきの氷はその隙を作るため。そのためならば充分だった。


 少し遅れて結晶が男に飛んでいく。

 けれどもそれは間に合わず、虚しくも勢いを弱め落下していくばかりだった。


 自分が避けてしまった流れ弾。それは当然、後ろにいたヒユアさんを目掛け飛んでいった。

 それを防いでいたがために、彼女の反応も遅れてしまった。


 もはやヒユアさんが結晶を投擲しただけでは届かない距離に男はいる。

 その事実に歯噛みをする。


 ヒユアさんは大声を出し、こちらにこれからの方針についてを尋ねる。


「リンっち! どうする〜?」


「どうするって、追いかけるしかありませんよ! ちょっと、行ってきます」


 本当に、そうするしかない。

 あれを放っておいたら絶対にまずい。

 ほとんど死んだようなものでしたが、死にかけだからこそ、なにをするかわからない。


 一歩下がり、足元の屋根を見る。

 そこに足を置き直し、思いっきり屈む。強度は大丈夫。

 そうして自分は、空を目指して跳び上がった。

 次話投稿の仕方を一瞬忘れてどうしようかと思った。

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