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魔族が出たぞ

 ギルドのお仕事が終わりました。シフトの時間です。

 あれから特に何事もなく時間が過ぎて行きました。控え室に戻ります。とても眠かった。


 そういえば、あの少年。薬草採りからまだ帰ってきてないようですが、どこで道草食ってるんでしょう。

 まあ、大して自分には関係ないことでしょうね。


「お疲れ、リンちゃん」


 控え室で待機していたのは、受け付け一番のベテランさんであるアリアさんです。

 ベテランさんといっても、まだ二十代前半に見えます。実年齢は知りません。


「ちゃん付けは止めてください。自分には自分の尊厳というものがあります」


「いやー、だってちっちゃいんだもん。なら、どう呼べばいい? 最強さん?」


 くっ、身長格差。

 アリアさんはスラっとしてて、かなり身長が高い方。それでも女性的て、艶麗な体型をしている。


 対して自分は、身長が低い。アリアさんとは頭一つぶんくらいの差があってしまう。

 成長期が見込めるわけないですし、こればっかりは生まれつき、諦めるしかありません。


 アリアさんはクスクスと笑い、自分の様子をうかがっている。


「ちゃん付け以外なら、なんでもいいですよ? それと、最強っていうのも面倒なんで、避けてくれるとありがたいです。あとは好きに呼んでください」


「やった! ふふ、言質は取ったからね!」


 アリアさんはそう喜ぶと一つウインクをしてすれ違い、そそくさと上機嫌に小走りでカウンターへと駆けて行った。

 なにかまずくないですかね。

 次会うときは変な呼び方にでも、なっているんでしょうか。


 控え室にはカーテンに覆われた一角が存在する。

 制服に着替えるためのものだけれども、それほど使われていない。

 周りにアリアさんの服が散乱しているあたり、見かけによらずだらしない人なんですね。


 アリアさんの服を適当に畳んでまとめておく。まあ、ギルドの制服なんですけどね。

 あの人は面倒見がいいようですから、さっきまで違うところのお手伝いでもしていたんでしょう。

 色からすると、テナントの見回りのよう。

 たまに詐欺紛いのことをやってる人がいるんですよね。


 それはそうと、自分の着替えを持ってその一角に向かう。

 靴を脱いでカーテンの中に突入。はやくこの格好から解放されたい。


 上着とスカートを脱ぐ。下着姿です。

 わざわざ下着まで女物を着させられるんだから、たまったものじゃありませんよ。


 鏡を見れば、自分の姿が目に入る。

 確かにこれでは女性と言われても仕方がない。最近は髪も伸びてきていますし。

 ただ自分の顔、愛着もあります。どうしようもないですね。


 ほっぺたを引き延ばしたりしながら、表情をいろいろ作ってみる。

 まずは笑顔。これは受け付けで散々やりました。


 驚きや悲しみ、憂いの表情なんかも作ってみる。

 気を抜くと、無表情で生物、無機物、関係なく斬り飛ばしてたあの頃に、戻ってしまいそうで怖い。


 そんなことをしていると、サーッとカーテンが開かれる音がする。

 さしずめアリアさんがいたずらでもしてるんでしょう。

 そう思ったのだけれど、鏡に映ったのはあの家出少女のギルド制服姿だった。


「ねえ、急いで! 街に魔族が出たの」


「えっと……いま、なんて言いました?」


 難聴なわけではありません。ただ、信じられない単語が聞こえてきただけです。

 どのくらいのことかというと、海水魚が川で泳いでいるくらい不思議なことでしょう。


「だ・か・ら、街に魔族が出てきたの!」


「別に、自分たちに関係あることではないでしょう? きっと、現地の人たちが対応にあたっていますし」


 いや、なにもこの街に出没したとは誰も言っていない。

 ありえませんよ、こんな東の果ての街に魔族がやって来るなんて。


「ちがうっ! いま、戦ってるの! この街でっ、だれかがその魔族とっ!」


 ですから、魔族が住んでるのは西の山脈の向こう。

 こんなところまで、どうやって来ると言うのでしょうか。

 はなはだ理解に苦しむ。


「嘘をつくならもっとマシな嘘をお願いしますよ。からかわない――」


 真上の天井がギシリと音を立てる。

 老朽化……そんなわけはない。この建物は比較的新しいはず。


 とにかくまずい。これは壊れる音。

 家出少女を抱えながら、できる限り音源から離れた場所へと跳ぶ。


 天井が崩れ、瓦礫が落ちてくる。

 なんでこんなことになるんだ。後でギルマスに文句言ってやる。


 跳ぶ最中に身体をひねる。

 落ちる瓦礫のいくつかを直視する。そしてそれらは、ゆっくりと落ちていっているように見えていく。


 こんなところで能力使うとか、全くの想定外ですよ。

 なんとか、少女を抱えたまま、瓦礫の落ちる範囲外へと逃れられた。


 息が上がる。

 なんでギルマスとかはあんなに、能力使ってるのに平気な顔なんでしょう。

 やっぱり適正なんですかね。


 よく見ると、瓦礫と一緒になにか違うものが落ちてきていた。

 え……人?


「ぐっ、痛っ! ナイラのやつ、周りの迷惑とか考えないのかよ!」


 苛立ったような声が聞こえてくる。その落ちてきた人からだった。

 よく見ればどこか見覚えのある少年が、その瓦礫の中で立ち上がった。

 平気なんでしょうか?


 周囲を見渡す少年。

 思い出しました。ゴブリンに挑みたかった人です。

 でも、なんで落ちてきたりなんか……。


 少年と目が合う。その瞬間目を見開いたが、なぜか赤面をしてそらされる。

 ……下着姿、でしたね。

 大して恥ずかしくはありませんよ。減るもんじゃないですし。


 ガチャリとドアが開く音がする。

 音からして受付の方向。

 アリアさんが異変に気付いて見に来たのでしょう。


「大丈夫よね〜? すごい音したけど……て、あなたッ! そこでなにしてるの!」


「え、うわっ、ごめんなさいっ!!」


 自分の安全は確信されていたような言い方。信頼されているようです。

 それよりも、落ちてきた少年の方に気が向いているあたり、若干の悔しさを感じます。


 その悔しさを胸に、自分は庇った少女の方を気にかけましょう。


「大丈夫ですか?」


 あっちはアリアさんに任せて問題ないはず。

 現在の状況ですが、助けた結果、少女を押し倒したような格好になってしまっていました。


「ええ、ありがとう」


 お礼を言いながら、自分の下から這い出てくる。

 大したことはないようですが、念のため。

 身体を触らせてもらって、ケガがないか確かめさせてもらいます。


「痛かったら、言ってくださいね?」


 あらゆるところを触りましたが、うん、大丈夫なようです。

 痛いとも言われなし、ケガがないということでいいでしょう。

 ひとまずは安心できます。


「あなたこそ、――……アザも……キズも……ないみたいね」


 こんな格好をしているからか、少女は視線を変えて、色々な角度から自分の身体を見回すだけでそう判断できたよう。

 心配してもらいましたが、この通り、自分はピンピンしています。能力のせいで体力は少ししか残ってませんが。


 互いの安否を確認していたら、アリアさんが近づいて来くる。

 その面持ちは残念そうなものでした。


「逃げられちゃったわ……」


「よく、落ちて来たのに逃げる元気がありますね……」


 できればどうしてこうなったのか、一部始終が聞きたかった。

 壊れたのって、ここだけですよね。他に被害がないことを祈りたい。


「え、あの子落ちてきたの?」


「……ええ、天井と一緒に」


 アリアさんの疑問には少女が答える。

 意外とアリアさんは見かけによらず、か弱い女性やっていませんから、逃げるのは至難の技だったはず。

 あの少年は思いの外、頑丈だったんでしょうか。


「そういえば、空が見えちゃってる!!」


「そういえばって、今気づいたんですかっ!」


 アリアさんの発言に、危うく平心を欠くところでした。

 なんでこの状況でそれが目に入っていなかったのか不思議です。


「だってぇ……。リンたんのあられもない姿がぁ、どこともつかない男に見られたんだもん。それが悔しくて……悔しくて……」


 なにか切実に語りかけられました。

 シクシクと目元に手を当てて、泣いた真似をしています。庇護欲をそそられるようなものでしょう。

 そんなことより、たんって……。


「そうね、あいつ。次見つけたら斬り飛ばしてたあげましょう」


 少女もなにか乗り気です。

 不敵な笑みを浮かべています。

 自分一人だけが置いていかれている孤立感。

 このままでは、少年の命が危ういです。


「いいですよ。恥ずかしくもなんともありませんでしたし。きっと故意でもない――」


「ダメよ!」

「ダメなの!」


 二人は聞く耳を持ってくれない。

 もう、自分にできることはなにも。

 アリアさんは装着していた無線機に手をかける。


「でんたつー、でんたつー。黒眼黒髪の男の子が、ギルド内バックヤードを逃走中。見つけ次第捕縛、よろしくねっ?」


 これで晴れて、ギルドスタッフ全員に連絡が行ってしまったわけです。

 さらば少年。あわよくば逃げ切って、もうギルドには戻ってこないでください。


 自分は諦めたように空を見上げる。

 どうしてこの天井が崩れてきたのでしょう。日差しが眩しい。


「ちょっと、外の様子見て来ます」


 断りを入れて天井から外に出ようとする。なにか起きているのか、気になってしかたがない。

 というかどうにかして、少年の運命を変えてしまった罪悪感から、この場を離れたかった。


「待ちなさいよ!!」


 そうしたら、腕を掴まれてしまう。振り返ると、ギュッと、少女が決して逃すまいと、しがみついていた。

 アリアさんはしばらく惚けていたようだったが、少し間を置きハッと我に帰る。


「ミナちゃん、よくやったわ!」


 ミナちゃん? 少女のことですかね。

 知らぬうちにアリアさんは少女の名前を聞き出したのでしょう。

 仲良くやっていて良かった。


 しかし、アリアさんはそう称賛したのですけど、原因がわからない。

 なにか自分はまずいことでも……あ。


「……そういえば、下着姿でした」


「そういえばって、なによ!」


 叫ぶアリアさん。デジャヴを感じます。

 さすがにこの姿で外に出るのは恥ずかしい。いや、天井なら見られない可能性がまだあるはずです。

 きっと、ちょっと見てくるだけなら問題もないんじゃないかと。


 そんなことを考えていたら、それが顔に出てしまったのか、強い口調でアリアさんからお叱りをうける。


「ここにいるんだったら、ずっとその姿でも構ないけど、外に出たいんだったら着替えなさい!!」


「でも、服、潰れちゃってますよ?」


 着替えスペースに目を落とす。

 自分も着替えたいのは山々なんですけど、なにぶん服は瓦礫の下。新しく持ってくるしかないのです。


 剣と言い、服と言い、なにか無一文になったような気分がします。

 お金……ギルマスが闘技場の一件で儲かったって言ってましたから、それをわけてもらいましょう。


 稼ぐのって、大変なんですよ。

 闘技大会なら手っ取り早いんですけど、参加禁止されてます。

 自分には戦う以外のことができないというのにです。


 晩餐会とかに出席すれば、『鎖』や『鏡』の人たちが報酬を恵んでくれますけど、それは絶対に嫌だ。

 本格的に不死鳥を倒したくなってくる。ギルマスを通じればいけるはず。


 世知辛い時代ですね。

 だからって、争いのあった数年前に戻ってほしいとは、露ほどにも思っちゃいませんけど。


「私の服なら合うんじゃない?」


 少女から、なにやら提案がなされます。

 もう大丈夫だと判断されたのか、腕を離される。

 そうしてこの控え室に雑多に置いてあった、いくつかの荷物の一つを持ってきた。

 けっこう大きい。


 少女がそれを開けると、中は服で満たされている。

 この年頃なら、格好には気をつけているということでしょうか。

 さすが上流階級。


「この服とか、似合うんじゃない?」


「それは過激よ。ほら、これとか、清楚でいいんじゃないかしら?」


「……確かに。でもそう、この服も捨てがたいとは思わない? 露出もそれなりに抑えられてるし、適度に……」


「ええ、そうね。清楚すぎるのも考えものだったわ。そうなると、これもいいんじゃないのかしら――?」


 なにやら二人で盛り上がっています。

 自分のことなのに、自分は蚊帳の外。

 当たり前なんですが、彼女たちの選んでいる服は、全部女物なんですよ。


 苦難が終わらない。

 誰のせいかと言えばおそらく、めぐりめぐっていつかは自分のせいに戻って来てしまうのでしょう。因果応報ってやつです。

 そのくらいの悪いことをした覚えはあります。


 ただそれでも、今回はいろいろとタイミングが悪すぎた。ピンポイントで天井が降ってきたり。

 もう運命を恨みたくなる。


 長い二人の相談を終え、ようやく服装が決まりました。


 選ばれたのは、ヒラヒラな白いノースリーブでした。ノースリーブと言っても、ヒラヒラのおかげで肩は隠れてくれます。


 しかし、そのはずなのに、彼女たちの魔改造が主な原因でしょう。

 片方だけ、本来肩にかかるべき部分が二の腕までだらしなく下がってしまっている。そうして左肩のみ完全に露出されています。


 スカートはちょうど膝丈。受け付けよりはましなのが救いですね。

 しかし膝丈にするために、スカートのウエストが腰骨のあたりにきてしまっているのです。


 そうして問題なのが、お腹周りの肌を見せないギリギリで攻めたところでしょうか。

 風が吹けば、ヒラヒラと上着がめくれて、すぐにヘソが見えてしまいそうな、そんな上下のバランスがなされています。


 左肩の部分を掛け直してみる。

 どういう原理でそうなるのかわからないが、まただらしなく落ちて行ってしまう。


 彼女たちの様子を見るに、今日一杯は我慢するしかないかもしれない。

 すさまじい興奮のしようだった。

 未だに自分の姿を見て、なにやら話し込んでいます。


「あの、ところでアリアさん。カウンターは良いんですか?」


 意を決してしゃべりかける。

 なんとかこの話題からそらせようと苦心した結果、思いついたものでした。

 ファッションショーとか、絶対にやりたくありませんから。


「それならいいのよ? どうせ誰もいないんだし」


 その開き直った返答に愕然とします。

 確かに暇なのは認めましょう。実際に自分のときもそうでしたし。

 けれど……! あの睡魔と闘っていた時間はなんだったのだと、理不尽に嘆くしか今の自分には考えられません。


 言葉も出せないままでいると、アリアさんは気がついたように言葉を続ける。


「いやいや、本当にギルド内にほとんどだれもいなかったのよ。魔族が出たとか言って、みんな物珍しさに見に行ったわ」


 魔族。

 嘘には聞こえない。

 少女の言った通り、現実にこの街にやってきたと言うのでしょうか。


 少女が、だから言ったのにと表情に出し、こちらを見つめている。

 正直、信じられたことではありません。

 それでも二人が言っているのだから、信じないわけにはいきません。


「わかりました。確認してきます」


 そう言い残して、瓦礫の上へ飛んでいく。

 この高さなら、三段跳びくらいで天井まで行くでしょう。


「いってらっしゃーい!」


 今度こそ、止めるものはだれもいなかった。

 タイトルに悩まされる今日この頃。

 絶対に変えるつもりはないのでご安心を。詐欺にならないようにしますから。

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