まずは薬草採りから
「えっと、薬草採り? 依頼料は……了解しました。こちらにお名前をご記載ください」
ギルドのカウンターの内側に立ち、せっせと依頼を捌いていく。
ギルマスの提案は、しばらくカウンターの仕事を手伝えとのことだった。
そうして、お手伝いをしているのですが、さも当然のように制服を着せられたわけです。
膝上スカートを履かされました。
ありえないです。ギルマス大笑いでしたよ、もう。
堪えられないように、似合ってるじゃないかと吹き出されました。
左脚も斬ってやろうかと本気で思っちゃいましたよ。
いや、彼、良い人なんですよ?
なにせ、利き目と利き手潰した自分と、友好的な関係でいてくれるんですから。
実際、頭が上がらない思いですね。
だから彼には、殺されても構わない。
目一杯抵抗はするが、殺されかけてもとやかく言ったりはしないと決めています。
本気で殺しに来たことは、今まで一度もありませんがね。
それにしてもまだ午前の昼前、来客はまばらですね。
喫茶店にたむろってる輩はいますが、直接受け付けカウンターに来る人はそんないません。
暇なんで、依頼にでも目を通してみましょうか。
ゴブリンの討伐。
徒党を組むと面倒なんですよね。各個撃破が基本でしょうか。
大して緊急性はないと思います。
そういえば、一応魔族に分類されるんでしたね。
連続失踪事件の原因究明。
なんですか、これは。冒険者って、こんなこともやるんですね。
というか、失踪が事件になる? 見たところ、どこかの小さな村のようです。元々平和な場所というわけでしょう。
人攫いですかね。誰かうけるんでしょうか?
不死鳥の羽根六十四枚の納品。
報酬高っ!? えっと、依頼主は……ある教国の神官……。きっと、お偉いさんでしょうね。
こんなに一杯なんに使うんでしょう?
不死鳥なんて滅多に見るもんじゃありませんが、探して倒してきましょうか。
あっ、自分はギルドの組合員じゃないからダメか……。
直接教国に突撃? 国際問題に発展しますね。
「あのー。会員登録をしたいんだけど……?」
おっと、依頼書に目を取られて、お客様に気がつかないという失態を犯してしまいました。
暇だって、気を抜いてはいけませんね。笑顔を作ります。
「失礼ですが、年齢を伺ってもよいでしょうか?」
声をかけてきたのは少年でした。
その顔はまだあどけないように感じ、そして身長があまり高くない。
流石に二日続けて、制限年齢を無視して入会をしようとする人はいないと信じたい。
ただ、そう訊かれた少年は、見るからに不快を表すような表情に変わってしまった。
「本当に、失礼だ。逆に何歳に見えるんだよ?」
素直に答えてもらえない。
ちょっと困惑するしかない。
これは、自分の予想した年齢を言っていいのでしょうか?
「十四歳と六ヶ月」
だいたいこのくらいだろう、というもので答える。
その瞬間、少年は地面にガクッと膝を突き、倒れてしまった。
自分は正直に言っただけです。
「こ……これ……」
手だけをカウンターの上に出す少年。
その手には身分証明用のプレートが握られていた。
それを見れば、十七歳と書かれている。会員登録可能な年齢だ。
「少々お待ちください」
少年のプレートをもぎ取って、カウンターの奥にある機械にかける。
この身分証明のプレート、高いんですよね。面倒な手続きも必要ですし。
処理が終わったようで、書類が一枚でてくる。
この身分証明のプレートがあれば、書類をわざわざ書く労力が減らせてしまう。
機械からプレートを回収し、書類を一緒に持ってカウンターに戻る。
書類とプレートをカウンターに置き、まだ復活を成し得ない少年に話しかける。
「これが契約書になります。読み飛ばしてもよろしいですが、熟読することをお勧めします」
約束事が多いわけで、容易にサインしていい内容じゃないと思うんですよ。
この書類にサインしたときから、貴族じゃなくなるとか。
たとえ依頼中に死亡しても、ギルドは一切の責任を負わないだとか。
ただ、報酬は必ず支払いますよ?
依頼主から前払いをしてもらい、依頼書を作ります。指定された期間で達成ができなかったら、依頼料をお返しして、依頼はなかったことになります。
たまに、依頼内容と報酬が噛み合わないようなものがありますが、それを受けるかは個人に任されます。
明らかに怪しかったり、報酬と内容が不釣り合いだったり、不当だったりするものは、ギルマスが弾いてますがね。
よろよろと立ち上がった少年は、なんの躊躇いもなくサインをしてしまう。
大丈夫なんでしょうか?
個人の自由ですから、とやかく言うことじゃありませんね。
「では、こちらが控えで、こちらはお預かりします」
そう断りを入れ、書類をまた違う機械にかける。
そうすれば、ギルドカードが製作されて出てきます。
一応、冒険者にはランクがあって、最初はEランクです。そこからD、C、B、Aと上がっていき、最後はSと。
Sなんて、あるだけでいませんし、Aも僅かしか生きていません。会ったときはありますが、そんな強くないですよ?
単純に言えば、ステージが違うわけです。
悪いですけど、Aの人たちには負ける気がしませんね。
もしSがいるなら、自分やギルマスと同じ舞台に立てる人なんでしょう。
「はい。冒険者カードです。ようこそギルドへ」
少年にカードを渡す。
受け取った少年は、不思議そうな表情をしながらカードの裏表を眺めていく。
あるていど見終わったあとに、少年は口をひらいた。
「このランクっていうのは、どうやったら上がるんだ?」
それはさっきの書類に記載されていたはずです。
読んでないようでしたからね。
笑顔を崩さないように尽力を注いで、答えてあげましょう。
「いくつかの依頼を達成し、申請をすれば、当ギルドの査定の結果により上げることができます」
こんな感じだったはずです。
言っちゃなんですが、ギルマスのさじ加減なんですよね。
冒険者ギルドでは、ギルマスが黒と言えば白でも黒になります。
逆らっても良いと言えば良いですが、その場合は本気モードのギルマスを打ち倒さなければなりません。
ギルド会員じゃ無理なんじゃないですか?
いや、全員でかかっても無理ですね。むしろギルマスは対多人数の方が得意ですから、全員は駄目ですか……。
その自分の答えに、少年は納得できないような表情で質問を続ける。
「具体的には……?」
わかりませんよそんなの。
ギルマスはきっと、何かいろいろ考えているんです。
自分なんかには、及びもつかないのですよ。
これは困りました。
わかりませんと答えては駄目でしょうか?
それは秘密事項のため、解答することはできませんとか?
ふと、さっき見ていた依頼が頭をよぎる。
「ゴブリンを壊滅させれば、Dランクは確実です」
Eでもゴブリン討伐は受けられたみたいです。
知識があれば、ゴブリンていど蹴散らせるはずですから。
しかし、ゴブリン討伐が最初の正念場ともいわれているといつか聞いたことがあります。
この依頼を完遂すれば、きっとギルマスの目に留まるでしょう。
「なら、その依頼を受けさせてもらえないか?」
少年は急かすように、そう迫って来る。
死にたがりですかね。
この少年はそんなに強いように思えないんですよ。
あの少女と比べてしまうと、目の色が違うような気がする。
少女のときは生意気だとは思いましたが、助けたい子だとも思いました。必死に生きている子だとも思いました。
けれど、この少年は違う。
どこか周りを見下したような目。
おおよそ、ここには似つかわしくはない。貴族のような目をしている。
そういえば、あの少女は貴族でしたね。
そうか、そうですか。
自分が見抜けなかったのは、平民と同じような目を持っていたからですね。
あの少女は傲慢は単純に実力面でだけ見下していた。しかしこの少年は、人を人だと思わないような見下し方です。
少女はそこまで行っていないようでしたね。
「薬草採りとかどうですか? ちょうどさっき、依頼が入ったところなんですよ」
やっぱりなるべく、そうだとしても死んでほしくない。
自分が依頼を渡したあと、帰ってこなかったなんていったら、目覚めが悪すぎですから。
すると少年は明らかに、不機嫌そうな表情へと変わった。
彼はそのまま、苛立ったように言葉を吐き捨てる。
「俺の力があれば、たかだかゴブリンていど相手にならないさ! 別に心配はいらないぞ?」
たかだかゴブリンていどに何人が犠牲になったか。
犠牲になった人に謝ってほしいです、全く。
これ、どうすればいいでしょう?
普通に依頼出したら職務怠慢とか言われますかね。
もしこの少年が偉いとこ出身だったら、責任問題に発展して、ギルマスが解雇されてしまうのでしょうか?
流石にそれはあり得ませんか。ギルマスがいなくなったら、冒険者ギルドは機能しませんし。
ゴブリン退治はEランクでも受けられる。
はい、なんの問題もありません。
じゃあ、少年を死地に送り出しましょうか。
「わか――」
「おい、小僧! 嬢ちゃん困ってるじゃねぇかよ?」
わかりましたと言いかけた途中、壮年のダンディーな男の方に遮られました。
まずいですこれは。本格的にややこしくなってきましたね。
それはともかく、自分が嬢ちゃんと言われてしまいました。
受け付けをこの格好でやる時点で、そう言われる覚悟を決めはしていましたが、いかんせん、衝撃が大きい。
あれ、この男の方。どこかで見たことがあるようなないような。
まあ、冒険者なんてやってる時点で、まともな方でないのは確かです。
きっと知らない人でしょう。知っている人だったら、気まずすぎる。
小僧と言われた少年は、なぜか若干嬉々とした表情をしていた。
テンプレか……。みたいなことを呟いている。
なんでしょう。少女といい、少年といい、こんな風な展開が好きなんでしょうか?
「なにか文句でもあるのか?」
「ああ、あるぜ? そこにいる嬢ちゃんは、今日初めての新人だ。それを困らせているっていうんなら、黙っておける理由はねぇ!」
男は、なあ、みんな、と周囲の人々に同意を求める。
いつの間にかこちらに注目していた彼らは、こぞって首を縦に振った。
嬢ちゃんじゃないんですけどね。
簡単に割り切れるものではありません。
それでも、今日一日はこれでいくしかない。
にしても、バレないものですね。
格好一つで印象は変わるものですか。
良かったです。もしバレたりしたら、恥ずかしさで一年は外に出られない。
少年はその圧倒的アウェイに怖気付くことなく、男に押し強く言い返す。
「これはこっちの問題だ。口出しするなら容赦はしないぞ?」
その言葉を口にしながら、手を腰に帯びた剣の鞘に手をかけた。
傍観する冒険者からはブーイングが高まる。声をかけた男は、やれやれと肩をすくめる。
「こんなことで刃物沙汰にはしたくねぇ。いや、こんなことなんて言うのは無粋か? ……よし、分かった。俺がみんなの代わりに受けて立とうじゃないか!」
そう全員に宣言するように、芝居がかった台詞を言い放ち、男は剣を抜いた。
この状況を観ていた皆さんからは、一斉に歓声があがる。
えっと、先に抜いた方に非があることになって、後から抜いた方は正当防衛になったはずです。
この男の人は何をやっているのでしょう。
それに準じて少年も剣を抜く。
せめて訓練場ででも、やってほしいところです。
ただ、冒険者同士のいざこざは自分の関わるところじゃありませんから、カウンターに肘でもついて眺めてでもいましょう。
男が構える。
あれ? 懐かしい。基本的な正眼の構えですが、王立騎士団の癖が出ています。
この男、騎士団崩れですか。……主にバレないかという意味で、まずい気がしてきました。
王立騎士団と言えば、サボリ魔が有名でしたね。別名、幽霊団長。
実際に面識はないはずですが、厄介な人と噂に聞いていました。
少年が構える。
我流でしょうね。これなら攻撃をする前に、二回は殺せます。
本当に素人だったよう。やはりゴブリンは無理ですか。
構えの甘い少年は、挑発をするような態度で男に尋ねる。
「どうした……? 来ないのか?」
「ああ、自分から攻めるのは、少しばかり苦手でな。先に攻めてくれると嬉しいぜ?」
それに対して男は、飄々としたように、余裕を見せつけるように、答えを返した。
少年は少しムッとしたような顔をした後、冷静を装い、剣を握り直す。
「お望み通り、こちらから行かせてもらう!!」
その言葉とともに、剣を振り抜く。
横薙ぎ。
剣筋もブレ、あまり綺麗とは言えないものだ。
男はそれを見極めて、無駄のない動きで剣戟を受ける。
流すように角度を合わせ、涼しい表情のまま受け切った。
すぐさま来る切り返し。
この攻撃も、また逸らす。必要最低限の動作で、攻撃をズラして防ぐ。
使う体力も、また少ないもののはずだ。
少年の攻撃は続く。
袈裟、脚、肩、首。様々な場所を狙い、がむしゃらに剣を降り続けるが、その一切が届くことはない。男の剣捌きにより流されてしまう。
観戦者からヤジが飛ぶ。
この打ち合いでは不満が高まるのも当然のことだ。
攻撃の衝撃をいなすためか、男は剣を受けるたびに一歩一歩下がっている。
そのため、少年が押しているように見えてしまうことだろう。
ただ実際、それが違うことは明白で、少年は苦々しい表情を浮かべていた。
「私だったら、倒せてるのに……」
隣に昨日の少女が立っています。
大方、騒ぎを聞きつけて出てきたのでしょう。
「まあ、あなたのギフトなら、あの戦法は悪手以外の何物でもないでしょうね」
そんな少女はギルマスの配慮により、自分と同様、ギルド員の服装をしています。
膝上スカートに、長袖の上着という季節感をぶち抜いたような制服。
それに加えて、ツバのない小さな丸い帽子をかぶらされています。
彼女の場合は、前髪を残し、中央くらいの高さで、左右それぞれ対称に束ねた髪型。
束ねられたそれは、肩に届かないくらいの高さまで垂れ下がっている。
その上から帽子をかぶっていた。
「似合ってますね……」
率直な感想を述べる。
まだ成人にはならない年齢ですから、少女らしい可愛らしさを感じます。
お世辞抜きでもそう言えるでしょう。
「ありがとう。あなたもよ?」
飾り気のない笑みで、そう言われてしまいました。
自身の服装を再確認します。
地味にダメージをくらいます。
どうにか自分がこの姿でいることを、忘れたままで居させてもらいたい。
少女はもう、こちらに興味を失ったように戦闘を見つめている。
その様子から、悪気のなかったことが感じ取れます。
自分も戦闘に視線を戻しましょう。
男がかなり後退していることが確認できる。
少年は息つく暇なく攻め続け、見るからに息が上がっていた。
対照的に、男はまだまだ涼しい笑みを浮かべている。
「どうした? もう疲れちまったわけか……?」
男から、さも残念なような声色で、そんな言葉が口に出された。
つくづく煽りを使う男だ。
そんな戦法もありですが、自分は使いませんね。というか、苦手です。使えません。
「まだだぁああっ!!」
少年はそう叫び、全力を振り絞るようにして、剣速を増していく。
しかしそれは精彩に欠いて、明らかに粗雑の一言。
そんな振りでは、疲れが溜まりやすくなることが確実。
「駄目ね……」
隣の少女でさえ、駄目出しをするほどのみっともなさです。
これが男の思惑通りなんでしょう。
少年の動きはもはや緩慢です。
これは誰が見ても、勝負はついていることがわかりますね。
それでも少年は諦めません。諦めがわるいのか、見上げた根性ですよ。
「そろそろ、降参してくれれば……て、えっ? やばっ!?」
男は降伏を促そうとしたそのときに丁度、コケました。
唐突でそんな兆候もなかったわけですが、コケました。
少年の攻撃を受けて下がったその一歩で、コケました。
見ていた人たちは、唖然としています。
少女も、ちょっと驚いてるよう。
ちなみに自分は少女の方に目を移してから、二度見しました。
少年は、困惑しています。
まさかこんなことになるとは、思っていなかったみたいですね。
「誰だ、ここ濡らしたやつは? 危なくて、落ち落ち決闘もできないじゃないか……」
戯けた調子でそう言った男に、誰からかはわかりませんが、冒険者たちは笑いだします。
隣にいた少女も、クスクスと笑っています。
状況を整理すると、後方の確認が不十分だった男は、濡れている床を踏んで、滑って転んだと。
そんな話があるんでしょうか?
みんなが笑う中、少年だけがこの渦に取り残されてしまう。
そんな少年に男は笑いかけ、コケた体勢のまま剣を持たない左手を差し出す。
躊躇いながらも、少年が男に手を出すと、男はその手を掴み、支えにし、立ち上がった。
そうして、少年に向かって声をかける。
「この勝負、俺の負けってことでいいぜ? あそこからの逆転は、なかなかできないからな」
どこか満足そうにカラカラと笑いながら、男はそう剣をしまう。
もはや闘う意思はないようだった。
そんな男に毒気を抜かれてしまったようで、少年も不承不承に剣をしまった。
「じゃあ、敗者はおとなしくお暇させていただくよ」
男はそう言い残すと、さっさとここから去ろうとする。
その背中に向けて少年は、どこか悔しげな様子で一言つぶやいた。
「次は負けない……」
「なに言ってるんだ少年。負けたのは俺だぜ?」
耳聡く聞いた男は、律儀にそう返して、今度こそ本当に去って行ってしまった。
取り残された少年は、自身の掌を見つめてなにか感じ入っているようだ。
しばらく立ち尽くしたあと、とてもいい表情へと変わり、こちらへと顔を向ける。
自分の隣にいた少女は、控え室に引っ込んでしまってもういなかった。
「どうしたら、あの人のように強くなれるんだ?」
彼の表情からは、一種の真剣味のようなものが感じ取れます。
ここは、真面目に答えるべきでしょう。自分の手腕が、いま問われています。
「まずは薬草採りから始めたらどうでしょうか?」
いや、薬草採り大事ですよ? いざという時に、薬草がわかるかわからないかで大きな違いですし。
きっとあの男の人も、薬草採りから始めているに違いない。
「そうか、そうかもしれないな……。わかった、薬草採りの依頼を受ける」
少年はどこか納得したように、薬草採りの依頼を受けてくれるよう。
自分もこれで一安心です。
「では、カードをお預かりします」
波乱はあれど、ギルドは平和なようです。
ギルマスって、どこかで見てるんでしょうか? きっと見てたら大笑いですね。