いい加減にしてほしい
場所は変わって、併設された喫茶店。
自分はギルマスに、シニアさんの代わりとしてお茶を奢ってもらっている。
もうほとんどの店はやっていないし、ギルドのカウンターもシニアさんやネオンさんが書類を整備しているだけで、受け付けはやっていない。
ここを使えるのは、ひとえにギルマスの権限のおかげだろう。
自分の対面にギルマス。右側にはあの少女が座っている形だ。
「それで、この子どうしますか?」
現在、あの決闘のあと、少女はなぜか借りてきた猫のように静かになっていた。
今は与えられたお茶に手をつけず、じっと見つめている。
「そうだな。それで、本当にギフト持ちなのか?」
少女を見やり、ギルマスは確認をする。
事のあらましはネオンさんを通じて理解しているそうだ。
さすがネオンさん。できる人は違いますね。
受け付けのカウンターにいるシニアさんが、何かを訴えるように少しこちらを見た気がします。
きっと、気のせいでしょう。
その問いに少女は顔を上げ、緊張したような面持ちで答えた。
「は……はい。ギフトは持ってます」
敬語……?
耳を疑うべきなんでしょうか。
この少女の口から、まさか敬語が聞けるとは……。
複雑な心境です。
その言葉を聞き届けたギルマスは一つ頷く。
そうしてまた、質問を繰り返す。
「見たところ、良家のお嬢様だと思えるんだが? どうして、こんなところに来た?」
……えっ?
そうだったんですか?
驚きが隠せない自分の顔は、ギルマスから見たらそうとう間抜けなことになっているのでしょう。
そういえば、ギルマス。貴族派でしたね。
平民派の自分よりは、そういうのは詳しいはずです。
「親にいろいろ押し付けられて、嫌になって、出てきちゃったんですよ。ギフトのことも秘密にしてろって言うし。本当に、窮屈で……逃げちゃったんです」
貴族がこの時期に忙しいことはわかります。
数年前の内戦で、大貴族たちは損害を被りました。中には、廃嫡なんて家系も存在したような覚えがあります。
パワーバランスが整っていない今の時期は大変なんでしょう。
自分にとっては、対岸の火事ていどにしか思ってなかったんですけどね。
それはそうと、兼ねてからこの少女について、気になっていたことがあります。
「あの……一つ良いですか?」
正確には少女の物、についてなんですけどね。
会話に割って入るようで悪いけれど、おそるおそるながらも、声を出させていただきます。
「その剣は誰のなんですか?」
すると少女は、なにか大事な物を守るように剣を身体で隠してくる。
ギルマスは呆れたように肩をすくめると、ため息を一つ吐き、こちらに喋りかける。
「剣ならこっちで適当な物を見繕うさ。フッ……振れればなんでもいいんだろ?」
その言葉に固まってしまう。
酷い誤解だ。
人の物を奪ったりはしませんよ。
ギルマスが途中で笑ってるあたり。絶対にわかって言ってる。
「まったく、からかわないでくださいよ。ただ、その剣が誰のものか気になっただけですから」
狙ってなんかいませんよ? と付け足せば、少女は顔を赤くする。
ギルマスなんかは大笑いだ。
それに釣られて自分も笑う。そうすれば、少女も赤い顔のまま笑い出した。
もう、何がおかしいのか分からないけど、みんなで笑う。
こうなれば、場が和むのは当然だろう。
一通り笑い終えて、咳を一つ。
「それで、その剣はあなたのものではありませんね。家からくすねてきたわけですか?」
この非行少女に質問へと答えてもらう。
まだ笑いの影響の残る中、少女は気後れなく、剣の出自についてを語ってくれる。
「盗んだわけじゃないわよ? この剣は、お父様の遺品だったから。まあ、ちょっとくすねてきたのは事実だけど」
口調が砕けてしまっている。
まあ、自分は少女の第一印象から、こっちの方が似合っていると思っていますが。
だいたい察しはついていましたけれど、遺品でしたか。
「悪いこと聞いちゃいましたね……」
「よくあることじゃない? 別に今更だし……」
よくあること……ですね。
痛ましい、残酷なものです。
でもこれからは、きっと平和になっていくと信じています。
あの犠牲が無駄ではなかったと信じています。
「折らないように、頑張ってくださいね」
「普通は今日みたいに、そう簡単に折れたりしないと思うけどな……」
はい、あれにはびっくりです。
直前まで、鞘に入っていたのだし、曲がったりはしていなかったはず。
折れるくらいの衝撃は……折れた一撃、その前に義手に一撃、爆発のダメージ、あとは鉈を払ったとき、そして……。
あれ、少女がなぜか、気まずそうに目を逸らしています。
それに気づいたようで、ギルマスは少女に声をかける。
「ちなみに、どんなギフトなんだ?」
「……相手の武器を……壊れやすくさせる」
……対人特化じゃないですか。
なるほど、だからあんなに簡単に剣が折れたわけだ。
鉈のときに折れなくて良かった。
「それで、発動条件は……?」
「自分でも良くわかってないけど……、とにかく打ち合ったら発動する……」
じゃあ、あの弾いたのは悪手でしたか。
それが最適だと思ったんですがね。
ふと見ると、ギルマスは俯いて何かブツブツと呟いていた。
「『武器破壊 』……? いや、『損耗増加』でも……。いっそのこと、『武器破壊』にしてしまえば……」
少女は不穏を感じ取ったのか、どこか怪訝な眼差しでギルマスを見つめている。
「仕方ないですよ……。あれは病気みたいなものですから」
「病……気……?」
少女は首をかしげる。
理解できる人は少ないですからね。
そう簡単に治りませんし。
ギルマスはなかなかに、名付けに苦戦しているよう。
「……ちゅう――」
「とりあえず、『錆』とでも呼称しておけばいいんじゃないでしょうか? 詳細も分かっていませんし」
少女がなにか言いかけた台詞を遮ってしまいました。
少し悪いことをしてしまいましたね。
自分の提案にギルマスは顔を上げる。
「そうだな。名付けは後日改めてか……」
「後日……?」
少女は不思議そうに首を傾ける。
それもそのはず、この少女は決闘に負けてしまったのだ。
これから帰るつもりだったのでしょう。
しかし、それは危ない。
人さらいに遭うかもしれない。
剣が折れてしまった以上、彼女がギフト持ちだと確信をした輩が狙っている可能性がある。
「ああ……。悪いが、数日はここで過ごしてもらう。お貴族様になにかあっては少々面倒だからな」
「そうですね。ギフト持ちは攫われますよ? 嫌でしょう、そういうのは」
そうすると、少女は影を落としたような表情になってしまう。
ギフト持ちのリスクとか、そういうのが分かっていなかったようだ。
「リン、どうせ暇なんだろう? 稽古とか、つけてやったらどうだ?」
「いや……、暇じゃありませんよ。やることはかなりありますから」
面倒な夜会に招待されたり。
社交界のだのなんだのと、あと、武闘大会の表彰式とかも参加しろと。
勲章授与式だかなんだかにも、立ち会えと言われたりもしていましたね。
「なら、なんでここにいるんだ?」
「それはギルマスが呼んだからでしょう?」
不機嫌さを隠さずに、尋ねてくるギルマス。
不思議なことを訊きますね。何を隠そう待ち合わせの相手はこのギルマスだったのです。
「ここに来る前、ヒユアから襲撃を受けた」
「えー……と、『楔』の方ですよね?」
そうだな、と頷くギルマス。
ヒユアというのは、男っぽい女の人です。
主に諜報部に所属しています。平民派です。
そういえば、直接闘ったことはないんでしたね。ずっと味方でしたから。
拷問と洗脳が得意です。
捕まったら最後、廃人は確定ですから。
労いの言葉をかけましょう。
「それは大変でしたね」
「当たり前だ! なんとか撃退したが、危うく捕まるところだった……」
忌々しげにギルマスは語る。語調は強く、力がこもっていた。
知らないところでそんな対戦カードが実現していたなんて。
見逃したのは、少しもったいなかった気がします。
しかし、ギルマスもヒユアさんも同じ国に所属する人間。
派閥こそ違えど、今は争う理由がありません。
「それで、どうして襲撃なんか受けたんですか?」
「そうだな! どうして襲撃を受けなきゃなんだろうな! 少なくともボクはすっぽかしてはいないぞ?」
えっと、今日は予定が入ってましたが、ギルマスから呼ばれたからと断りを入れておいたはずです。
なにか、いけないことでもしたでしょうか?
「理解できていないような顔をするなっ……! あのな、おかげでこっちは死ぬよりも辛い目に遭うかもしれなかったんだぞ!?」
もうなんか、取り乱したようにこちらに迫ってきます。
認めましょう。悪いことをしました。
闘技場で消耗していた理由も、殺されかけた理由も、全てわかったような気がします。
ちなみに自分は招待されたいろいろを、どうでもいい理由をつけてボイコットしています。
あんなのに出てどうしろと?
いま、少女の気持ちが理解できました。
「どうせ居ても居なくても関係ないんですよ! そうでしょう? 打算ばかりで近づいてきて、気持ち悪いんですよ!」
「開き直るな!! このまま王城に突き出すぞ?」
動けない……?
『糸』……ですか。
これはまずい。それだけは遠慮されたい。
「くっ……」
なんとか声は出せるよう。
どうにか釈明をしなければ……。
こういう話術的なものは苦手なんですよ。
「協力をしろ。そうすれば勘弁してやる」
ニヤリと会心の笑みを浮かべながら、こちらの答えを待つギルマス。
分かってるじゃないですか。
それに自分は縋り付いていきます。
「本当ですか……? 本当に、本当ですか!?」
せっかく平和になったんです。
これを楽しまなくてどうしろと。
このままでは強制参加させられるかもしれません。
洗脳はいやだ!!
「……ああ。クックッ……約束するさ」
笑いながら答えるギルマス。
その様子は非常に楽しそうだった。
少女はどこか引いたように、このやり取りを眺めていた。