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決闘だ

 いきなりの登場に困惑しながらも、自分は少女の腕を掴み、そいつから距離を取る。


「ちょっと……! なにすんのよ!?」


「えーと、ちょっと危ないと思っただけです」


 まあ、実際はなにも思っていませんがね。ただの反射的な行動です。

 目の前にいる男。見た感じ本気だ。

 これだけ距離があっても、その消ゆまじき闘志が感じ取れる。


 全く、自分がなにをしたと言うのでしょう?


「あいつが何だって言うのよ?」


 少女が自分に突っかかってくる。

 その言葉に唖然としそうになるが、そんな余裕はなかった。


「いや、ギルドマスターも知らないで、ここに来たんですか?」


「えっ?」


 どうも当たっていたようで、少女は間抜けな声を上げる。


 何を隠そう、目の前にいる男。奇抜なファッションセンスを持っているかもしれないが、列記としたギルドマスター。

 この組み合いの長である。


「フッ、ボクは滅多に表に出ることがないからな! 知られていないのも自明の理なのでないか!?」


 若干遠いので、彼はこちらにも聞こえるように声を張り上げてくれる。


 なるほど。確かにそうですね。

 そんなに表立った舞台には登場していません。

 改めて振り返れば、大半は代役を立ててすませているイメージです。


『レディイース、アェーンド、ジェントルメーン!! これから始まる、世紀の一戦。会場の熱気も高まっております!』


 ネオンさんがノリノリで実況を行っていますね。

 観客席を仰ぎ見れば、なぜか大量に増員されていた。

 これは、引くに引けない状況になってしまいましたよ。


「少し下がってもらえませんか?」


 少女に向けてお願いをする。

 すると、渋々といった様子ながらも闘技場の端の方へと引き下がってくれた。

 意外と素直なのかもしれませんね。


 それでも、闘技場の控え室に戻らないところは、まあ、この少女らしいと言えばそうなんでしょう。

 それなら、特等席でこの闘いを見届けて貰おうじゃないですか。


『その力は、すべてを支配する!! 我らがギルドマスター! ギルバート・マーベリック・スウィスト!!』


 ギルバート・マーベリック・スウィスト。それが彼のフルネームである。

 そんな名前だからギルドマスターにされたこと間違いない。本人は割と楽しんでいるようでなにより。

 通称? もちろんギルマスですよ?


『人類最強、その証明はできるのか? レアトレス公国の剣にして盾! リン・リジルシヴァ!!』


 観客席がどっと湧いた。

 この闘技場、自分が使うのは今日が初めてですし。

 ギルマスも多分、何気なく初めてだと思いますよ?


 これは、自分で言うのもなんですが、かなりのドリームマッチですね。

 ギルマスと闘うのは初めてじゃありませんが、あれは私闘でしたし。

 公式の試合の形で闘うのは初ですかね。


「フフ、久しぶりにこの腕の封印を解くときが来た……!」


 そんなことを宣いながら、ポケットから右手を出し、包帯をほどく。

 ちなみに包帯は魔術式の描かれた、本物の術布です。

 普段は制御が楽になるように、ああやって巻いてるんですよ。


 そうやって、露出するのは樹脂性の義手。掌の握り、開きを繰り返し、正常に動くかどうかを確認している。


 これも魔術式が入れられていて、強度は抜群です。

 おそらく剣では斬れないでしょう。

 なぜ金属ではないかというと、簡単に言えば溶かされるからですね。はい。


「言っておくが、これは見世物だ。わきまえているよな?」


 今度は比較的小さな声で、自分に釘を刺してくる。

 そうですね、お互いに本気を出すと、どちらが勝った場合でも、一瞬で決まるんですよ。

 それは詰まらないから、あっちも手加減するからこっちもしろと。


「ええ、わかってますよ」


 了承の意を伝えて、こちらも闘いの準備に移る。


 剣を抜いて構える。

 構えるといっても、まだ相手とは距離がある。

 剣先を下ろしたまま、数歩だけ近づいていく。


「この範囲……ですかね?」


 ギルマスから剣先までの距離。それを半径にした円形の空間。

 支配域、とでも言いましょうか。入ればリスクが伴います。


「そうとは限らないぞ? 《マリオネット・操作オペレイト》!」


 彼の落とした術布が舞う。

 巻き上がり、回転し、上昇をするが、それは人の背の高さまでで留まる。

 やがて、回転も収まり、そこには包帯を大量に巻かれた、棺のようなものが現れていた。


 包帯は自然に千切れ、倒れるように蓋が開く。

 そこからは、人間の死体……ではなく、ただの人形が歩み出てくる。


 背格好から、子供くらい。精巧には作られていないが、女の子だろう。

 構造はなんとか動くくらい。おそらく試作品の類いだとあたりをつける。


 棺は役目を終えたように崩れ、ただの包帯へと戻る。

 もう人形を出す様子はない。やはり全力は出さないのか。


「いくぞっ!!」


 声を上げて、人形とともに走り込んでくる。

 本来とは違う闘い方に若干の戸惑いを隠せない。


 彼の能力は『ヴェレンの糸』。

 支配域に入り、動けば動くほど、糸に絡まるように、捕らえられるように、動けなくなる。そんな能力。


 いつもなら、これほど積極的に攻めてはこない。

 長期戦を視野に入れたような守りで時間を稼ぐ。確実に絡め取る。陰湿な闘い方をするはずだ。


 まず人形が肉薄する。

 得物はなた。本来は人に向けるためのものではないが、お構いなしに振り回してくる。


 今回は人形だから遠慮はいらない。

 粗雑に迫り来る一撃を躱し、懐に入り、腕を切断するために剣を振おうとする。


 不意に、首筋へと刃物が迫った。

 とっさに攻撃を取り止め、後ろへと離脱する。

 その刃物の正体は、彼の義手の掌から伸ばされた片刃の刀身だった。


 金属の擦れる音がして、刀身がもう一度収納される。

 いろいろと絡繰りが仕掛けてあることはわかるが、観客のことも考えておそらく、地味なものは使わないはずだ。


 それにしても、危なかった。思ったよりも動きが素早い。さらに切れがある。

 彼が直々にする攻撃を受けるのは初めてでしたが、予想以上です。

 なんで今までこの戦法を取らなかったか不思議なくらい。


 人形の攻撃。

 この攻撃は荒く、躱しやすい。

 しかしこれは牽制で、作られた隙に彼が本命の攻撃をねじ込む。


 この連携が繰り返される。

 駆け引きとしては単純な部類。しかし、精密に行われると、こちらの負担も大きくなる。


 彼の攻撃が本当にわからない。

 気を抜けば、いつでも喉元にやいばを突き付けられているような、そんな感覚に苛まれる。

 かといって、そちらに注意を向けすぎても、今度は人形のぞんざいな攻撃にさえ当たりそうになる。


 これを続けられればいずれ、集中力を削られて、どちらかの攻撃に当たってしまうのは目に見えている。


 彼は笑う。こちらを見て。

 それはもう、わかっているだろと言わんばかりだ。


 このまま、じわじわと削られて、負けてしまうのは地味だろう。

 無視していた、ネオンさんの実況の『このまま負けてしまうのか――?』という言葉が耳に入ってくる。

 どうにかして、この状況を脱しろというわけだ。


 小細工は駄目。地味なのも駄目。正直な話、戦場よりも辛いかもしれない。

 けれどそれでできないのでは、自分に付けられた『最強』の肩書きが泣いてしまう。それだけは駄目だ。


 襲い来る人形の一撃を弾く。

 想像よりも重い。これは剣にダメージが入ったかもしれない。


 さすがに人形は得物を離さない。

 バランスを崩したといっても、数歩後ずさるだけ。

 決して吹き飛んだりはしない。


 彼は人形の影から現れると、今度もまた義手の掌から刀身を伸ばし――それだけではなく、飛ばしてきた。


 予想外だが、驚いている暇はない。上体を捻って躱す。

 肌をかすめ、柄も鍔もない刀身だけが通り過ぎていく。


「《マリオネット・解体ディスメントル》」


 自分がたたらを踏んでいる間に、そう声がかけられると、せっかくの人形がバラバラになっていく。

 手の部位が握りしめたままの鉈がこちらに飛んできたが、なんとか避ける。


 意図がつかめない。

 なぜこのタイミングで人形を壊したのか。

 少なくとも、パフォーマンスの意味しかない、なんてことはないはずだ。


 彼の方に目線を戻す……いない?

 いつの間にか、距離を取られている。

 どうして? この隙こそ、攻撃をする絶好のチャンスではなかったのか?


 辺りには人形の破片。

 魔術式がビッシリと書き込まれている。

 本当に隙間なんてないように、いや、義手だけでこんなに術式を書き込んだだろうか。


 ――……まさかッ!?


 その瞬間、周囲が爆音に包まれた。


 爆発の名残として砂煙が舞う。

 騒然としていた観客席が静まり返る。


 剣を一旦鞘にしまう。

 自分は砂煙の中を走り出した。

 事の成り行きを、爆発の範囲外から見守っている男を目がけて。


 砂煙から、抜ける。

 同時に会場が湧いた。

 そのまま目視で標的を確認。抜刀の体勢に入る。


 左手で鞘を掴み、右手で柄を持つ。

 左足、右足。踏み込むと共に剣を抜く。


 振り抜くまでの動作。技術。大して悪くない。

 けれど、遅い。

 身体に染み付いた動きよりは、僅かながらに遅れを感じる。


 ここにきて、『ヴェレンの糸』の本領が発揮されてきた。

 この遅れは違和感として、更なる遅れを生み出してしまう。

 本来ならば――。


 そんな事を気にせずに、剣を振るう。

 この能力には何度か相対してきた。

 ネタが割れているんだ。何を戸惑う必要がある。


 振れば振るうほど遅くなる。

 そういうジレンマがまとわりついてくる。

 ならば、早期決着をつけるのが定石。


 一太刀目、抜刀からの一撃。逆袈裟を狙うが、危なげなく躱される。

 切り返して二合い目。今度は首筋を狙うが、義手により防がれる。さすがに硬い。剣はまだ大丈夫だ。

 引き戻して三度目は一突き。今度は線ではなく点。範囲はないが、速さが違う。やや苦しげながらも避けられる。


 そのまま右足で踏み込み、空いている左手で殴りかかる。

 さすがにここまでは反応できなかったようで、素直に殴られてくれた。


「グ――ッ!?」


 顔にダメージを受け、闘技場を吹き飛んでいく。

 止めを刺しに行こうとするが、フラついてしまう。

 さすがにあの爆発はきつかった。

 さらにあの『糸』の効果もある。


 たどり着く前に彼は立ち上がった。

 直接的なダメージは、さっきの拳一撃しか与えていないが、彼も足取りがおぼつかない。


 おそらくは能力の使いすぎ。思ったよりも消耗が早い。

 ここに来るまでに、何かやっていたのだろうか?


 お互いにギリギリの状態。

 もう観客にまで頭が回っていない。


 リーチは剣の方がある。

 こちらの方が圧倒的に優位のはずだ。

 剣を上段に構える。

 もう次の一撃で決める。


 なんとか立ち上がった彼は、こちらに向けて走り込んでくる。

 間合いに入る。そこ目がけて、重力を味方につけた、最速の一撃を叩き込む。


 剣筋が単純すぎたのであろう。

 彼は凶撃を義手で掴み取る。

 しかし、衝撃は凄まじいはず。こちらに帰ってくる痺れ、痛みがそれを物語っていた。


 その時だった。

 剣が折れる。

 あまりの事に自分も彼も、何が起きたかよくわからなかった。


 自分は確かにいい剣は使っていない。

 しかし刀身なんて、そう簡単に折れるようなものではない。

 ここは呆然自若としたいところだが、それは許されない。


 お互いに我を取り戻し、動く。


 折れた刀身の先端部分を、彼はこちらに突き付けてくる。

 柄に残った短い刀身を振り、それを払いのける。

 彼の握っていた刀身は、手から離れ、上へと舞い上がった。


 そのままバランスを崩した彼。

 追撃を与えたいが、剣はもはやこうなってしまえば、振り回すのには適さない。

 切り返さずに持ち替えて、鳩尾を目がけて柄頭での打突を行う。


「くッ……!」


 この切り替えに、バランスを崩した彼は間に合わない。

 避けるられることなく、真面に当てられた。


 今回は吹き飛ぶことなく、その場にくずれる。

 それほどでもない威力でも、残った体力では倒れてしまう。必定のことだ。


 倒れた彼に向かって、残った剣の刀身を喉元に突きつける。


「終わりですよ?」


 辛かった。

 死ぬかと思った。

 彼から恨まれるような理由は……かなりあった。


 とにかく、死ななくて良かったと今、切実に思っています。


「フッ、そう上手くはいかないものだな……」


 彼がそう言った瞬間、自分の後ろにトスッと何かが突き刺さる音がした。

 振り返って見てみれば、そこにはさっき弾き飛ばした刀身が地面に突き立てられていた。

 あと数歩後ろに下がっていれば、自分の脳天に間違いなく突き刺さっていたはずだ。


 ……とにかく、死ななくて良かったと思います。

 ギルマスが思ったよりも粘った。


 皆さんは良い嘘、楽しい嘘は付けましたか?

 午後はネタばらしですからね。良いエイプリルフールを。

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