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ならば力づくで

 シニアさんの通り過ぎた通路の左右。武器や防具が飾られたその道筋を辿っていく。


 ある程度のブランドのテナントはそろっているから、装備選びには事欠かない。

 少女は物珍しげにその武具たちを眺めながら歩いていた。


 普通の店はこんなに武器なんて置いてませんからね。

 この国ではここくらいでしょうか。

 無駄に品揃えが豪華ですけど、売れている気配があまりありません。


 数年前は飛ぶように武器が売れていた。

 そう考えると、あまり売れない方がいい気がしますね。


 目的地にたどり着き、シニアさんが立ち止まる。そこでようやく、自分たちは追いつくことができた。


 扉の前に立ち止まったシニアさんはおもむろに懐から鍵を取り出す。

 鍵? 確か訓練所は常時解放されているのでは……。


 ドアを開ければ、そこは選手控え室だった。訓練所って……言ってませんでしたね。これは自分のせいですか。


 シニアさんは近寄ってくると自分の両手を掴んで持ち上げてくる。


「……頑張ってください! 応援してます」


 そう言ってそそくさと違うドアからどこかに行ってしまった。

 少女と二人取り残される。


 少女はシニアさんのフリーダムさに呆気にとられながらも、訳がわからないままに、奥へと進む扉を開けた。


「闘技……場……?」


 困惑に声を上げる少女。

 そう、ここは四半期に一回くらいのペースで行われる闘技大会の選手控え室だった。


「なにか、すみませんね……」


 さっきはシニアさんとの意思疎通がとれないばかりに訓練所と言ってしまった。

 これは、謝っておかなければ気が済まない。


 だが、彼女はそれに反応を示さずに、吸い込まれるように闘技場へと足を踏み入れた。

 その口もとは若干だけ上がっている。

 これは駄目かもしれない。


 少女とともに、闘技場の中心に向かうのだが、少しばかり思うことがある。

 これって普通、一人は向かいの扉から出てくるものではないのだろうか。

 うん、シニアさんだから仕方ありませんね。


 お互い、定位置に着く。

 観客席にはわずかながらの人がいた。おそらく、あのとき騒ぎを眺めていた人と同じであろう。


 観客の声がここにまで届くことはない。

 耳障りな音はなく、闘技場といって想像されるものとは違い、ひどく閑散としていた。


 金属の擦れる音がする。

 目の前の少女が、その体格に対して少し大きく感じる剣を抜いたのだ。


「刃物を抜いたってことは、覚悟はできてるわけですよね?」


 こちらも帯剣を抜く。

 なんとなく、口からこぼれ落ちた一言。

 その言葉に、少女は鼻で笑うように答える。


「そんなもの……できてないわ。私は負けないもの」


 相当の自信のようだ。それに強さが伴えば格好がいいのだが、なかなかそうはいかないだろう。

 お互いに、剣を構える。

 自分は正眼に、けれど少女は上段だ。


 ……うん。ちょっと痛めつけてあげましょうか?


 いけない、いけない。

 落ち着くために状況を整理しましょうか。


 まず、この少女は今のところギフト持ち(自称)です。

 つまりそのままならば、リスクの付きまとう人さらいに遭うことなど、考えられないと言っても過言ではありません。


 ただ問題は、この試合で少女がギフトを使ってしまうことです。

 そうしたら、カッコとその中身が取れて確定。人さらいで奴隷コースでしょうかね。

 自分は慈悲を持ち合わせていますから、それは防ぎたい。防がなければならない。


 そのためには、この少女がギフトを使う前に負けを認めさせる必要がある。


 観客からの目線。

 自分は訓練所と言いましたから、少ないのは当然のはず。

 しかし、シニアさんの行動パターンを自分よりわかっているのか、あのとき見ていた半分も少なくなっていない。


 場に緊張が走る。この傲慢な少女でも、気をある程度は張り詰めているようだ。

 一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


 間合いに入る。少女の剣が振り下ろされた。

 ギフトは……おそらく、まだ使っていない。こちらの袈裟を狙う。


 鋭い一撃。思ったより、センスはいい。だけどまだまだ。

 このまま躱して懐に入り、斬撃を与えることは可能。でも、そんなことをしたら死んでしまうことは確実。

 殺してしまったら本末転倒。別に少女に恨みはない。むしろ自分は助ける気でいる。


 少女の剣筋を、その動作を、よく目で捉え、感じて、角度を合わせる。剣を振るう。

 ぶつかる剣戟。

 それでも強いのは自分だ。この少女では、こちらの力を受け止めきれない。


 このくらいなら、少女も痺れてその剣を、きっと手放すはずだろう。

 その思惑通り、自分の剣に弾かれたそれは、あらぬ方向へと飛んで――いかない。


 少女は離さない。自身の剣を――。

 その代償に、剣に引きずられたままに、身体ごと闘技場を吹き飛んでいく。

 その様相に、思わず感心を覚えてしまう。


 自身の武器を離さないとは天晴れですよ。

 でも、年齢制限は守らないと。

 心中で少女の健闘を讃えながら、全力で駆け出す。


 少女は背中から、仰向けに倒れながら地面を滑る。

 それでも決して諦めない。

 体勢を立て直そうと試みる。


 けれど遅い。

 自分は、少女が意地でも離さなかった、その剣を踏み付けた。戦う意志を踏み躙った。

 一向に持ち上がらない得物。不審に思い、こちらを見上げたその顔には、驚愕の色が見える。


 何気ない動作で、自分の剣の切っ先を少女の首筋に持っていく。

 これでもはや決着は付いた。

 剣をしまい、足を退ける。


 少女からすれば、吹き飛ばされて、気がついたら決着がついた。

 わけが分からなかったはずだろう。

 単純に自分は、全力で移動しただけなんですけどね。


 さて、帰りましょうか。

 時間も食っちゃいましたし、待ち合わせにはもういい時間です。もしかしたら、こっちが遅れてしまうかもしれませんね。これは急がなくては。


「ちょっと、待ってよ……!」


 立ち去ろうとすると、少女から声をかけられ、引き止められる。

 振り返れば、剣を持ったまま立ち上がる少女の姿が目に入った。


「なんですか? もう終わったでしょう」


「まだ……、私は……」


 勝負が納得いかなかったのか。けれど、先ほどまでの自信に満ちた声とは違い、少女は切れぎれに言葉を発する。

 会場からのブーイングも大きい。


「これが実戦だったら、戦場だったら死んでますよ? 言っておきますけど、()()()()()は通用しませんから」


「……っ!?」


 ため息を一つ落とす。

 もちろん、ギフトを使われないように早期決着を試みただけだ。

 これは単純に実力の差。少女はそれを認められないのだろう。


 ちょっとこれは困ったことになりました。

 ギフトとか使いながら不意打ちをしてこないか心配ですね。

 まあ、剣先をこちらに向けていないことから、戦意自体はないことがうかがえますけど。


「ねえ、私は――」


『あー、あー』


 少女が何か言いかけたそのとき、不意にその声をスピーカーからの大音量がかき消した。

 いきなりの音に少女は困惑を隠しきれない。


 かくいう自分も、なぜこのタイミングで――シニアさん?

 いや、この声はネオンさん? なぜ!?


 状況を掴めない中、扉が開いた。

 自分たちが出てきた反対側。使われなかった方の扉だ。


 そこから出てきたのは一人の男。ブロンドとグレーのツートーンカラーな髪色。

 左目に眼帯をして、包帯をグルグル巻いた右腕を、無造作にズボンのポケットに突っ込んでいる。


 無駄にジャラジャラした服装で、キラキラしていて目に悪い。

 ギルドメンバーにしてはラフな格好で、顔立ちは割と整っていた。


「フッ……ボクの街で、ずいぶんと賑やかにやっているようじゃあないか?」


 不敵な笑みを浮かべるそいつ。

 開いたままの扉の奥には、シニアさんが手を元気そうに手を振っていた。


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