冒険者ギルドに乗り込め
この世界には、どうにも神という存在がいるらしい。
曰く、全知全能――ではなく、ちょっとした祝福を信者に送ることしかできない存在らしいようだけど。
もちろん、自分はそんな存在に会ったことはない。
当たり前だ。そんなの直接お目通りが叶うなんて、熱心な信者でしかありえない話だから。
自分は無宗教であるからして、万が一にもありえない。ありえてはいけないはずだ。
なら、なんでそんな話を思い浮かべたか?
それは今、その神のせいでほとほとに困り果てた状況に陥っていたからだ。
「なんでダメなのよ!! 私にはお金が必要なの!」
「で・す・か・ら! 当ギルドは十六歳未満の入会は認められておりません! 大人しくお引き取りください」
年若い少女がギルドのカウンターで入会を断られている。
ここまでだけならよくある話だ。
受け付けのシニアさんも慣れた様子であしらっている。
え、ああ。シニアさんというのは新人の受け付けさんで、まだ配属されて半年くらいしか経っていませんよ。
だから、決して年長者というわけではないのです。
ちなみに、自分は併設されている喫茶店でお茶を啜って、午後のひとときを過ごしていたところでした。
ちょっとした待ち合わせをしているからです。ただ、相手が遅いから待たされているわけではありません。暇だから早めに来ただけですね。
最近は平和でいい。なにせ、仕事がないんですから、こうしてくつろいでいても文句は言われない。
「でも……! ギフトだってもってるのよ? そんじょそこらの奴よりは強いはずよ!?」
「げふ……っ!?」
その予想外の言葉に自分は思わず吹き出してしまった。
自分の平和もどこかへ行ってしまった気がする。
シニアさんも困惑の表情を浮かべていた。
ああ、お茶がもったいない。
ギフトとは、その名の通り、贈り物。神からの贈り物と言われている特別な能力のこと。
生まれ持っていたり、ある日突然目覚めたりすることがある。
軽い頭痛で額を抑える。
ギフト持ちはその有用性もあり、自分は特別だと思い込み増長することもあるが、今はそこじゃない。
ギフト持ちは売れる。ものすごく高く。
どんなに有用性の僅かなギフトでも、最低で家一軒は余裕で建つくらい売れる。
少女のさっきの発言により、ギルド内が殺気立ったことがわかる。
このギルドにも、人身売買に加担するようなやつがいることは確かだ。グレーゾーンなグループもいくつかある。
だが、だからこその冒険者ギルド、なのかもしれない。
ただ、そんな中のこの発言は、思慮に欠けるなんてものではない。
その少女を観察する。
うーん、イマイチです。
ギフトがなんなのかは知りませんが、筋力はほとんどなさそう。
武器を確認する。
剣だ。それにしても、この少女が扱うにしては、少し大きすぎやしないだろうか。
鞘は年季が入ったようだが、誰かから譲り受けたのかもしれない。
拾える限りの情報で、少女の強さを判断する。
うん、ダメです。
このくらい少女なら、ギフトを加味しても、中堅が一人くらいで簡単に制圧できてしまうでしょう。
まあ、ギフトが反則級の強さを誇るんならそんなことはないでしょうけど、それでも三人くらいで制圧はできるか。
いくらギフトが強くとも、使いこなすためには訓練がいる。この少女の年代なら、完全に使いこなせてはいないはずです。
とにかく、テーブルの隅の台拭きを取る。
吹き出してしまったお茶を拭いてテーブルを綺麗にしていく。
拭いて気づくが、我ながら吹き出しすぎだった。
もうこのくらいで十分でしょうか。
お茶のおかわりが欲しいけど、言い出せる空気じゃないですね。
どうしたものか。台拭きもびちょびちょになってしまっている。
元凶となった少女の方向を眺める。
受け付けのシニアさんはもう困り果てたいた。
対して少女はどこかしてやったりな表情をしている。狙ってやったのか?
すると何を思ったのか、その少女は周囲を見渡した。
目が合ってしまう。
「なにジロジロ見てるのよ?」
えっと……自分?
皆さんあなたのことを注目しているはず。
いや、そこ、なんで目を逸らすんですか。
気がついたら、自分以外全員もう見てないじゃないですか。
仕方ない。
これは、巻き込まれる覚悟をするしかないみたいですね。
「いや、そこまで騒げば誰だって注目をすると思いますよ?」
しぶしぶと声を発する。
シ……シニアさん。そんな救世主が現れたような目で見ないでください。
「ふふん、なら私と勝負しなさい。勝てば、私を認めてくれる?」
なにがならだ。全然繋がってませんよ。
どうやらメンバーを倒して実力を認めさせる。そうして入会しようという魂胆か。
だが残念。自分はギルドには入っていない。
どうするべきか。
このままギルドに入っていないことを言ってしまえば、彼女はターゲットを変えるだけでしょう。
正直な話、それは非常にまずい。
シニアさんの懇願するような目線をうける。
彼女を助けるためにも、この勝負は受けておいたほうがいいのでしょう。
「今度お茶、一杯おごってください」
シニアさんのほうを向いて声をかける。
涙目ながらにコクリと頷いてくれた。交渉は成立だ。
「ちょっと……。なんの話してるのよ!?」
そうすると、少女のほうが噛み付いてきた。無視されて不満なようだ。
自分はそれにおどけて返す。
「ええ、少しデートのお誘いを――」
――その瞬間、男どもから大ブーイングが巻き起こった。
シニアさん、可愛いですもんね。ちょっと抜けてるところがあるけど、そこが逆に魅力なんだとか。
いまも顔を赤くして、すぐにでも控え室に引っ込みたそうです。
控え室といえば、そこに続く扉からひょっこりと顔を出し、こちらを覗き、顛末を見届けようとする不届き者が約一名。
「ネオンさん。カウンター、お願いしますよ?」
バレてないと思っていたのか、名前を呼ばれてビクッとなった彼女。その後、観念をしたように返事をする。
「……はーい」
勢いよく扉を開けて、姿を現したのは、シニアさんより数歳若い少女だった。
ちなみに経験はシニアさんよりあるんですよ。いや、シニアさんはあれですから、卒業が少し遅かったとか。
やっぱり年長者だとか言わないでほしい。
そしてなぜか、男どもがざわついていた。
今回ばかりは理由がわからず、少し耳を傾けてみる。
なにやら言葉の端に、しきりとネオンという単語が聞こえてくる。
ネオンさんを見れば、少し不服そうな表情をしていた。これはやってしまったか。
後で叱られますかね。
「お待たせしました。では、場所を変えましょう。案内をお願いします」
ただ、目の前の問題を解決するほうが先です。シニアさんに向けて依頼をします。
今回は二の轍を踏みませんよ。
「は、はい……!」
緊張したような声で返事をするシニアさん。少し上ずっている。
さっそくカウンターを外れてネオンさんと入れ替わると、そそくさと歩き出した。心なしかその足取りに気分の高揚が感じ取れる。
「ちょっと、どこ行くのよ!?」
状況を掴めない少女は、シニアさんに行く先を尋ねる。
けれど、シニアさんはそれに気付かずにどんどんと行ってしまった。案内してない……。
「行きますよ、訓練所です」
完全に見えなくなる前に、シニアさんの後を追いかける。少女も理解したような表情になり、ついてきてくれるようだ。
エイプリルフールに何かやらなきゃ、と思い立ち投稿しました。
タイトル詐欺にならないように頑張ります。