第一話
「へっくしょん!あー」
30代後半だろうか一人の男が山の上にある古ぼけた小さな家の小さな庭で座禅を組ながら目を閉じていた。
すると周りの空間がが太陽の月、年間で一番の暑い時期だというのに冷たい空気を感じるようにピンと鋭く張りつめる。
しばらくして、その男は目を開けると立ち上がると薪割りを始めて朝日が深い森を照らし始めたのです。
男の名はローグ・ディッシュバルト、錬金術師であった。
戦争孤児だった彼を育てたのは当時、最高の錬金術師であったベニス・ディッシュバルトであり、その名を受け継いだのがローグだったのだが優秀な錬金術師というわけではない。
普段は冴えない中年親父な男は、錬金術の師匠であり母であり姉であり愛する女性だったベニスの帰りを10年間も待っているのでした。
彼女がローグの側を離れたのは10年前、固く蜜蝋で封印された上等な紙で作られた封筒をあずかった次の日である。
(すぐ帰る心配するな)
そう書かれた手紙が食卓であるテーブルの上に置かれていたことを思い出しながら空を見上げると夜明けの日に照らされた雲が綺麗に光っていた。
「さてと」
薪割りも終わり汗をかいた体を拭くと大きな荷物を持ち深い山を降りていく。
彼は錬金術師として薬を作ったり生活などをするための道具を村や街で売って生計をたてていた。
魔法と錬金術との違いは体内に練られた力を使うことは同じなのであるが魔法使いは、それを魔力やマナなんて呼んだりして大気中に存在する精霊などの力を借りて術の行使を行う。
錬金術師は体内で練られる力を錬気と呼び決められた手法、陣や、それと同じような意味を持つ手印を用いて物質を変換したりするのである。
魔法使いのように力を借りるために魔力を使った方が、そこまで力も使わないのだが、錬金術には大気中などに精霊が居ないと使えない魔法とは違って、いつでも使えるメリットもあるのだ。
それでも自力は大事だと師匠に言われてから毎日、鍛練は欠かさずにしてきたが出てきた腹を見ながら中年になった自分に呆れていた。
(食い過ぎかな?)
ベニス仕込みの薬草を使ったポーションなどは存外人気で住むところを維持するためと言っても余裕があるもので師匠が好きだった麦酒を呑みすぎてしまうのである。
(んー何で、あの人は良く食べ良く酒を呑んでいたのに痩せていたのだ?)
鍛える量は減ったというよりも、むしろ増え若いときよりも強くなったのではないかと思うほどなのに、これが中年太りかと肩を落とす。
そうこう考えているうちに一番近い村に立ち寄ろうと思った矢先、遠くから煙が見えると何かがあったのかと思わせるように、けたたましい馬の叫び声が山にと響き渡るのが聞こえ、そちらに急ぐように気がつけば足を運んだのでありました。
ほどなくすると魔法と思われる炎が森から上がるのが見え木陰から様子を窺うことにした。
「この下等な魔物風情が!我らを襲うなどと!」
戦っていたのは杖の先に大きなオーブをつけた武器を振り回す魔法使いと思われる女と体型に似合わない大剣を持った小柄な女性が大きな体躯に棍棒を持った敵が3体見える。
(トロールかっ!?集団で動くのは珍しいな)
知能が低く暴れまわるソレは単体であるならば、さほど苦労はしないが力が強く防御力は高い、しかも魔法が効きにくい相手であり死ぬまで暴れる厄介な相手である。
「フラムローズ!こいつら普通じゃねーぞ!」
「わかってますわレイナ、先程から炎があまり効きませんの」
見ていると相当、苦戦している様子、しかも女となると、それが死んでも玩具のように扱われる。
(あまり見たいものでもないし捨てておくのも心苦しいか)
少しだけであれば力を貸すかと背中のリュックに手を入れてゴソゴソと何かを探しだすと手には1つの瓶を持っていた。
それでもトロールの被害がでかくなるよりは良いと叫ぶ。
「目を閉じろ!!」
声が聞こえる方向を彼女達が見ると何やら飛んでくるのが分かり敵から距離をおくように後ろに跳びずさりながら目を閉じた。
大きな音と共に森をつつむような光が目の前に広がるとキーンと耳鳴りが止まない。
(しまったなぁ音ありだったかぁ)
適当に出した瓶は光のみの閃光瓶と爆瓶との組み合わせで作った特性のアイテムだったのである。
音が出て、すぐに耳を塞いだローグは、そこまで被害はなかったが彼女達は、もろに、その影響を受けてしまったはずで、すぐに二人の女性に近づくと剣士と思われる小柄な女性は、しっかりと耳を塞いでたらしく、こちらに手を挙げるが魔法使いの女性は何かを叫んでいる。
「大丈夫か?」
敵から離れる手際と、ここまで距離を取った実力に少し驚いたが咄嗟に耳を塞いだ剣士は、相当の使い手なのだなと感心した。
「おい!聞こえるか?」
「はぁっ?何言ってるの!聴こえないわよ」
「ふむ」
ここまで離れれば鼓膜を破ることはないとは思うが手で塞いでいた剣士の女性も耳鳴りがしているらしい。
「すまんな苦戦しているように見えて」
「いや、助かったよアンタは?」
「俺は、この先の山小屋で錬金術師をしているローグだ」
残念そうな顔をして俺を見る剣士の女性。
「それ、こいつには言うなよ」
「あぁ、もしかして、あっちの教団の人間か?」
その答えに頷くと俺は納得した。
元々、錬金術師と魔法使いとは考え方の違いで仲が悪く、たもとを分けているのである。
その中でも魔法こそが至高で最高の技であると考える集団がいて、そいつらは錬金術師を悪魔の技として忌み嫌うのだ。
「助けてもらったのにスマンな」
「あぁ問題ない」
耳が聞こえてきたのか頭を押さえていた女性といっても若いなと思っていると、いきなり怒鳴りながら迫ってきた。
「ちょっとアナタ!私だから良かったものの他の人間だったら耳を壊しているところです!何を考えてるのですかっ」
「おいおいフラムローズ止めろよ助けてもらったんだぞ」
「助けてくれと頼んだ覚えはありませんわっ」
相当、頭に血が登っているのだろうか、それから少しの間、怒りが収まらないらしく俺に向かって怒鳴り続けていた。
「おい!クソフラム良い加減にして冷静になりやがれっ」
「いたいっ!?何を・・・」
剣士の女に頭を殴られて冷静になったのか、こちらを向くと、また怒鳴るのかと俺は身構えると俺は女に怒られる趣味はないんだがなと頭をポリポリとかく。
「たっ助けてくれと頼んだ覚えは・・覚えは・・ありませんけど・・」
「おいフラム!」
「わかってますわレイナ、あのっそのっありがとう」
そのもどかしい不器用な感謝の言葉に少し俺は吹き出して笑ってしまうと不機嫌になってしまったようだ。
「ぷっ・・いや悪い、大丈夫だったか?こちらこそすまなかったな音瓶の方だと気づかずに」
「そうですわっ!まだキィィィーンとしてますわ耳が」
改めて自己紹介をすると、どうやら彼女達は王国にある騎士や魔法使いのためのフラムローズが所属する教団が経営する学校の先生らしい。
「すまないレイナの実力は相当なもので分かっているのだが、その」
「こー見えて24だぞ」
良く言われるのだろうが顔をしかめているが、未だに信じられないほどの童顔なのだ。
「アナタ、山小屋の住人っておっしゃってましたけど一般の方じゃないですよね」
「ん?まぁ、ここらへんは魔物が多いから色々かじってるけど商人をしている」
(まぁ、嘘ではないからな・・これだけの距離を、あの短時間で逃げれるのに、どうして退かなかったのか)
トロールが倒れる場所に戻ると、だらしなく舌を垂らしながら絶命する3体の遺体があるのだが荷馬車があることに気づいたのだが馬は気の毒だが無残な姿で死んでいた。
「ちっきしょー馬なしで、どうやって引っ張っていけば良いんだよ」
「俺のせいじゃないぞ」
「見れば分かるっつーの」
レイナが悔しそうに半泣きになるっている姿に同情しないこともない。
「どうしましょう・・馬が居なくては」
どうやら、この荷物があったために動けなかったようで荷物自体は無事のようだ。
「金はあるか?近くに小さな村があるんだが」
「いかほど必要でしょうか?」
「知らん馬なんて買ったこともないしな、それぐらいあれば良い」
俺は商人の護衛で荷車に乗ることは多いが馬を買ったことはなかったのである。
「アタイも知らないけど、ほれ」
フラムローズに放り投げた袋からは硬貨の音がし中を確認すると懐にしまった。
「私の分も合わせれば余裕はありますけど荷物が・・」
金を俺に預けて買ってくるには出会ったばかりで信用はおけないだろうことは分かるが荷車を置いておくことも出来ないようである。
「それじフラムローズとオッサンが行ってこい待っててやるから」
早くもオッサン呼ばわりである。
それは良いのだが魔法使いと一緒にいること自体が俺には面倒くさかった。
あの教団の娘と。
「じゃーこれ持っていけ商品だから使ったら買い取りで使わなかったらレンタル料をもらう」
四角い掌より少し大きめの箱を手渡すと中には小瓶が入っている。
「さっきのと同じ効果のアイテムが5本入っている。投げて割れた瞬間、その効果が生まれる知ってるだろうがな」
これならば相手は、ここに戻ってくるしレンタル料も取れるし俺が金を持っていかなくても良いから大金を持ち逃げされることもない。
そしてレイナという娘が見張っていれば問題ないわけである。
「それなら村の場所を教えてくださいませ」
懐から一枚のボロい紙切れを渡すと中からは、この辺だけの地図が描いてある。
「お前が向かうのは、ここだが、もっと近いところもあるが山を越えるルートだからな」
「ってかレンタル料とるのかよっ」
レイナの一言にフラムローズが目を鋭くさせる。
「レイナ、この方と知り合って間もないのに好意に甘えさせて頂いてるのは、こちらですよ!それに彼は商人です彼に金銭を渡すことは私やアナタの身の安全を金銭の約束でしてくれているのですよ」
(ほぅ、この娘、ただのお嬢様ではないか)
人が当たり前のように殺されたり売られたりする世の中なのだ。
そんな世の中で商人ならば金の約束は守らねばならないのが掟である。
女と二人で居る危険もあるので俺は掟どおり約束で縛ったのだ。
もちろん、そんな約束は破ろうと思えば破ることはたやすいが俺を商人としては信じると言ったところだろう良いコンビだと思う。
「はぁ?意味わかんないぞフラム」
「イラッ・・」
ゴンッと鈍い音がするとレイナの頭を殴り、その手が怪我をして痛がるフラムと殴られて痛がるレイナがもだえている。
「何しやがる!万年ヒス女!」
「石頭にも、ほどがありますわっ」
「はぁ・・」
俺は塗り薬を取り出すとフラムに塗ってやる。
「こんなとこで怪我なんてして、いざとなったときに困るだろうが」
「レイナが、あまりにもわからず屋なんですもの商人としての約束は守ってくださいますね?」
「あぁ、元より心配することはないが約束はしよう」
「では、行ってまいります」
「オッサン、アタイにも薬~!」
「アナタは痛がっていれば良いのですよ」
そしてスタスタと村の方向に殴った右手を、さすりながら歩いていくと、その背中は見えなくなる。
□ □ □
バチッバチッと薪が弾ける音がすると辺りは夕暮れ時を過ぎ暗くなってくると俺は火を起こす。
「それにしてもオッサン手慣れてんなぁ旅でもしてたのか?」
「あぁ昔にな俺の師匠とな」
「その師匠も錬金術師なのかぁ」
レイナは古い話をし始める。
かつて彼女は戦争で親を亡くし教団に拾われ、教団が国からの支援を受け汚れ仕事をするための暗殺や隠密行動をするための草になるために毎日を送っていたことを。
「そんときに教団の偉いさんの娘だったアイツがアタイを拾ったんさね」
最初で最後の我が儘でレイナを引き取ってくれた彼女のための人生であると。
「隠密機動部隊ってのがあってさ今は知らないけどなぁ」
今でも、あるんだろうなと俺は思う。
師匠を追い幾度となく襲ってきたのだから。
「良いのか?そんな話を俺にして」
「あー怒られるっつーか殺されっかもなー」
軽い口調で笑ってる裏には冷たい表情が見え隠れしている。
「なんとなくだけどさオッサンも同じ匂いがしてるんだよなアンタになら殺されても良いと思ってんのかも」
「残念ながら俺は、ただの商人で錬金術師さ買いかぶりすぎだ」
「ふーん」
その後、喜怒哀楽を無くしたレイナは彼女と触れ合うことで少しずつ表情が戻ったが、あのときの自分が、いつ出てくるのかと思うと怖いらしい。
「なんでオッサンに、こんなこと話してんのかな」
「さてな、今まで誰にも言えなかったことなんだろう?」
「こんな世の中だけどさ誰かを信じたいのかもなっ」
「俺に愚痴るのは構わないが他にはしないことだな」
「今まで誰にも言ったことないっつーの!信じてるのはアイツだけだしな」
よく話しやすいと言われることがあるが商人としての才能があったのかもな噂、情報も俺たち商人にとっては金になるのだ。
(と言っても、この話は俺の中だけだな)
錬金術師としての才能は無かった気がする。
だから人一倍、努力はしたのだが。
喜怒哀楽を、これほど表している彼女が昔はというのは信じられないものだが、身寄りのない俺を拾ってくれた師匠も隠密機動として育てる話があったときに猛反対して俺を引き取ったのだ。
そんなとこが似ているのかもな。
あの人は、その部隊が嫌いだった。
必要であるという認識はあったが、それでも毛嫌いしていたのも確かである。
部隊は若い者が多く孤児などを育てて利用され死んでいく。
それでも幸せな者もいるかもしれないが彼女は、それを好きにはなれなかったと女として人間として。
「お前に、これやるよ」
1本の札で封印されたナイフを放り投げると彼女は受けとる。
「うわっ何か気味が悪いな、これ」
「ほう分かるのか?」
「なんつーかさ気持ち悪いぞ」
「抜くなよ抜くときは、お前の大事な人を守るとき、お前が命の危機になったとき一度きりの切り札だ、それで、どうにもならないときは諦めろ」
まじまじと眺めながら抜こうとする彼女の手をつかみ止める。
「抜かない方が良いってことか?何だこれ」
「企業秘密だ売るとしたら金貨100枚はする」
「そんなもん、もらえねーよ!」
「お前の話を聞いた代金で対価だ受けとれば良い、それだけの価値はあるし元手はタダだからな俺が作ったんだから」
「まぁ、あんな話の対価にしちゃもらいすぎだな」
彼女は服の胸元に手をつっこむと何かを取り出す。
かなりのモノを持ってるので目線には困るのだが一枚の木札を取り出すと俺に投げ渡した来た。
「アタイと、あいつの所属している学園は女だけなんだ。でも、そいつを門番に見せれば呼び出してもらえるデートでもしたくなったら来れば良い」
「あはは、そりゃ良いな頼みが出来たときは遠慮なく使わせてもらう」
「おいおい、こんな可愛らしい美少女がデートに誘ってんのに」
「あぁ、わかったわかった」
彼女達が、これから向かうのはタチアナと呼ばれる街で俺の師匠と研鑽を重ねていた女で教団の創立者でもあるタチアナ・イリアーナが再興させ村々の子供たちに教育を受けさせるための村、そして彼女の古郷であった。
教団も表向きには慈善活動を多くしているが抱える闇は深い。
「アタイもさーあいつに拾ってもらったけど教団のやり方はな気に食わないとこもあるんだ言えねーけどな!そんなこと」
「珍しいな熱狂的な信者ばかりかと思っていたんだがな」
「それも含めて、あいつを守りたいんだ有り難くコレはもらっとくよ」
まぁ、目の前の女は、こんな時代には珍しく裏表のない人間のようだ。
「ん?」
俺は音がする方に耳を傾けると馬の蹄の音がする。
「夜に戻ってくんなよな危ないだろうが」
辺りは闇に包まれて魔物が住まう世界へと変貌していく。
その闇の中から真っ白なドレスを着た女が姿を表してレイナの無事を知ると安堵の笑みを浮かべるが隣に座る女も同じように嬉しそうだった。
朝になり彼女達と別れると俺は仕事へと戻るのだ。
「寄り道しちまったな早く届けないと」
ちなみにフラムローズからは貸した商品のレンタル料をもらった上に買い上げてくれたのだから文句も言えない。
そして俺は足早に商品を届けるために歩みを早めた。