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居酒屋なるシャーデ  作者: カレナイ
2/5

2話 走りぬける荒野。

緑の街路樹を抜けた先には、赤れんがの外壁が続いていた。


その周りを一周するように、高い塀が建物を覆い隠している。


シャーデは壁伝いに歩いた先にある、小さな掘っ立て小屋の扉を軽く叩いた。



中から無造作に白ひげを生やした、小太りな老人が現れた。


老人はシャーデの顔を見ると、


「シャーデさま!」


そう言うと鼻の頭に指を軽く載せると、深く溜め息をこぼした。



シャーデは老人に両手を合わせながら、



「お願い、パシェル……」



と言った。



パシェルは両手を横へ大きく広げると小屋の前に停めてある、荷台のついた車へと行った。



そして今朝方届いた、荷物を荷台の中へと運びこむと、真っ白いレース柄のついた大きなクッションを、荷の横へと丁寧に敷き詰めた。



「ありがとう、パシェル」


そう言うとシャーデは、荷台のついた車へ乗り込むと、クッションの上へと腰掛けた。



小屋からニ、三分走るとそこには、大きな高さの樹木が立ち並んでいた。


車はその間を走り抜けると、前には黄土色をした城らしき建物が現れた。


それは古き良き時代をも思わせる、古風かつ豪勢な城である。



建物の一番端の隅に、パシェルは車を止めた。


と同時に格子模様の大きなドアが開くと、中から若い女が車に向かい走って来た。


「シャーデさま!」

女は声を押し殺している。


歳はシャーデより二つ三つ上くらいで、真っ白なエプロンをつけている。



「ルージュン……」



シャーデは車の荷台から、飛び降りようとした。


「今は外出禁止のようですが?」



パシェルはそう言うと、今にもジャンプを試みようとしているシャーデに、そっと右手を差し出してエスコートした。



「へへ……」


シャーデは舌を出した。



「そうですよ、奥さまも今日と言う今日はお許しになられるか!」



ルージュンはシャーデの耳元で、声を押し殺しながらも力強く囁いた。



「わかってるってば……」



シャーデは格子模様のドアからそっと中を覗くと、急ぎ足で中を通り抜けた。


ここは厨房の中である。


シャーデは真珠商を営むパルーネ家一族の箱入り娘である。


元々パルーネ家は貴族の家柄で、広大な土地に加え資産もある富裕層である。


シャーデは今年17歳になる。


今までの人生は全てパルーネ家の主人である、父の言いなりの道であった。


何も不自由なく暮らしていられるのも、このパルーネ家一族であることはさながら、父の権力があるが故だ。


今シャーデは花嫁修業の身である。


学校があまり好きでないシャーデは、幾度となく授業を抜け出しては街をぶらついた。


しかしシャーデの行動範囲は決まっており、だからこそ父も母も呆れながらも、安心してか毎回シャーデはお許しを頂いてきた。



そしてそんなシャーデを、街の範囲内であればと、父はよく理解を示してくれてはいた。



それと同時に花嫁修業を理由に、自由な時間を与えてくれた。



だがそれはパルーネ家からは、離れた場所へは出てはならない交換条件そのものでもあったのだ。





「お母さま、またうるさいだろうな……」



シャーデは部屋に向かいながら、肩を落とした。




「シャーデ、貴方はパルーネ家の娘なのですよ?

どこで誰が見ておられるか、わかったものではありません!

恥じらいを持った上での行動を!」




母の口癖を思い出していた。



「ふぅ……」



溜め息が溢れた。




「また、お説教長いんだろうなぁ……」




シャーデは自分の部屋の扉を開けた。



「ん……?いない」



いつもならとっくに、使用人の通達でシャーデが家に戻ったと連絡が伝わっている筈なのだ。



いつもならシャーデが部屋に戻ると、必ず母は椅子に座っている。


待ってましたとばかりに。



だが母の姿はなかった。



まだ部屋に辿り着いてはいないのだろう。



きっと途中で何か用事を思い出したのか、はたまた使用人に階段の壁に飾ってあるパルーネ家お爺様の写真にほこりがついてあるなどと、お小言を言っているのかも知れない。




逃げるなら今のうち。



シャーデは何を思ったか、大きな木製のボストンバックに片っぱしから荷を詰め込んだ。



広い翼の花柄レースをあしらった帽子を手に取ると、そそくさと部屋を後にした。




そして今度は戻ってきた厨房の方向とは間逆の端の階段を下りると、窓からそっと外へと飛び出した。



「パシェルいないかしら?」



いる筈ないと、中庭を猛特急で走り去ろうとした時だ。



パシェルが木陰で車を磨いているではないか。




大きな木製のボストンバックがコトコトと音をならした。



パシェルはシャーデに気づくと、またまた両手を横に大きく広げると目を見開き、そして優しく微笑んだ。



パシェルは荷台に、大きな真っ白いレース柄のついたクッションを丁寧に敷いた。



そしてシャーデの持っている、木製のボストンバックを荷台に載せると、シャーデの手を持ちそっと車に引き上げた。



「ありがとう、パシェル!」



パシェルはそっと鼻の頭をかいた。



パシェルはパルーネ家の使用人の一人だ。


父が幼い頃からの雇い人であるため、父の信頼も厚い。


だがパシェルは余り色々と話しはしない。


いつもシャーデが家を抜け出す時も、帰る時もそっと送り届けてくれるのだ。


その癖余計な事も言わず聞かずな上に、父や母にも告げ口もせずシャーデを温かく見守っている。



シャーデも何故かそんなパシェルが大好きだった。



今日は生まれて初めてパシェルに、とんでもないお願い事をしたのだ。



いつもなら家を抜け出すと言ってもせいぜいご近所程度であった。


だから父も母も使用人たちも皆、すぐに帰れる距離だと、そうシャーデに対しお咎めも無いのだ。



だが今日は違った。




シャーデはパシェルに、ケルンの町まで連れて行くように頼んだのである。



今まで家から離れた場所など、一人で出向くことなど一度もないシャーデであった。


用で出かける際は、必ず父や母や使用人が一緒であり、しかもその際は必ず運転手付きである。



ましてやパシェルの運転する古びて今にもエンストを起こしそうな、荷台の積まれた車での移動など、考えもしなかったであろう。



しかしパシェルは何も言わず聞かずで、車を走らせてくれている。



シャーデはいつもなら、家の広大な庭を走る際他の使用人たちに見つからまいと、わざわざ荷台の間に隠れて座るのだが、さすがに今日は長旅であるので、パシェルの隣の助手席へと座っていた。



もちろん大きな真っ白いレース柄のついたクッションの上である。



このクッションは、わざわざパシェルが用意してくれたのだ。



レース柄が大好きなシャーデが、頻繁に荷台に乗り込むとあり、パシェルは気を利かして用意してくれたのだ。



「パシェル?」



シャーデはパシェルに呼びかけた。





「はい、お嬢さま?」





「何も聞かないの?何故ケルンに行くのかとか」




シャーデはそっと横目で、パシェルを見た。



「はい。ケルンは良いとこです。一度はあの景色ご覧になってください」



「そ、そうじゃなくて……何の用事なのかとか、何を目的で行くのとか?」



「はい。それは思いません。シャーデさまが行くと言うから、行くだけで他に何がありましょう?」



パシェルはそう言うと、シャーデにそっとキャラメル味のキャンデーを渡した。



キャンデーをそっと口に放り込むシャーデ。



「パシェルは変わった人だわ。他の使用人にしても、特にあのルージュンなんて毎度根ほり葉ほり聞いてはうるさいくらいなのに!

それにお母さまだって、私のする事なす事に目くじら立ててるわ」




シャーデは前に足をつんのめた。




「ハハハ。それはシャーデさまが心配なんですよ。悪いお方はおらんですよ」




シャーデはパシェルの笑った顔を初めて見た。




いつもどちらかと言えば、無愛想で余り表情を見せない人物だからだ。




「冒険は必要です。何でもそれが経験となりますからな。

私はシャーデさまのしておられる事、非常ーに賛成です」



パシェルはそう言い、鼻の頭を掻いた。



「パシェルだけだわ、そう言ってくれるのは……」




そう呟くと外を眺めた。


青い荒野が何処までも続いている。


シャーデの住む街から、見るみる車は離れて行く。


次第に心細さが、シャーデを襲う。




シャーデは首を横に振った。




シャーデは今日は何故か覚悟を決めていた。


それは自分の一歩を踏み出すことだった。


何をどうやるかなどわからなかったが、何かきっかけが欲しかったのだ。


ようやくその決心が固まったのだ。



「私やるわ、やってみせる!」



シャーデは力強く言葉にした。



その横でパシェルは何故か、ウンウンと頷いていた。


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