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チャプター 08:「外界」

 ツタが幾つも垂れる密林の中を、四人の戦士が歩いていた。かつては道があったのか、

泥に埋もれかけた石材が見え、それは長い時間の中で、密林の植物達にすっかり覆われて

いた。植生の濃い密林は燦々と降り注ぐ太陽光を遮断し、正午近い時間でありながら密林

の中は薄暗い。それでいて、水分を保持する為に進化したらしい無数の植物達が放つ蒸気

で、非常に蒸し暑い場所だった。

「みんな、頑張って! もうちょっとで目的地…………の筈だよお」

 そして、気の抜けそうな掛け声を出し、先頭で拳を掲げているのは、外界の探索を任さ

れている茅沙である。動きやすいよう長い黒髪を一本に結い、可動範囲が広く動きやすい

レザーの防具を身につけていた。そして、防具であり武器でもあるグローブも、出発時か

ら変わっていなかった。千歳が用意した各種魔法武器達は、生身の戦闘に大きな恩恵をも

たらすものばかりだが、茅沙は自分が発見した拳打系装備を好きになれないでいたのであ

る。試着してみてもしっくり来るものがなく、最終的には、自分が一番気に入っている革

のグローブに戻ってきていた。

 そして、軽装な茅沙とは対照的に、後ろから付いて来る男は銀色に光るプレートメイル

で全身を包んだ重装兵だった。ランスに近い大型槍を右手に持ち、自分の半身を護れるオ

ーダーシールドを左腕に装備する、戦士然とした男である。

 そしてその後ろには、銀色の金属光沢を放つ、二本の棒が二重螺旋に捻れた形の杖を持

つ魔法使い風の女が続き、最後尾には、茅沙と同じような軽装で、簡素な弓と矢筒を装備

した金髪の青年が歩いていた。

「よいしょ、よいしょ!」

 通常ならば大きな鉈でも使わなければ進めないような場所だが、茅沙はそれらを手刀で

いとも容易く切り裂き前進する。

 早熟型ではなく、本当の意味で天井知らずの天才型である茅沙は、僅か半月の活動で、

既に人類の限界を超えた戦闘技能を身につけていたのである。

 腕、肘、拳。そして、その指一本すら必殺の威力を持つ人間凶器と化した茅沙は、彼女

が纏う緩い空気と相まって、言葉で形容し難い不気味さを持っていた。

 冒険開始時こそ戸惑っていた仲間達も、それが茅沙の素であり、根が優しい事に気づき

始めると、(パーティー)としての団結も強くなっていった。

「もうちょっと…………もうちょっと………………あっ!」

 徐々に明るい場所へ近づいている事に気がついた茅沙は、手刀の回転を更に加速させ、

目的の場所へ進んで行く。

 そして、最後のツタを切り裂いて飛び出した空間は、密林を切り取られたかのような草

原と、その中心に立つ石材の建築物。風に撫でられた草がサラサラと音を立て、茅沙の横

髪を弄ぶ。

 そしてその上を覆うのは、何処までも青い快晴の空。

「ほええ………………凄い」

 呆然と景色を眺めている茅沙に、後続の仲間達がようやく追いついてくる。

 そして、2番目を歩いていたプレートメイルの男が金属製のシャッターを跳ね上げると、

困った様子で茅沙へ近づく。

「勇者様…………あまり先行されては困ります。はぐれると危険ですから」

 雇い主の茅沙は、傭兵に窘められ素直に頭を下げた。

「カ、カイザーさん! ごめんなさい。次からははぐれないように、きちんと考えて行動

します!」

「あ、ああいや、その…………」

 茅沙は誠意を持って謝罪したつもりだったが、カイザーと呼んだ傭兵が戸惑っている様

に首を傾げた。

「あの、ですね。俺達にとって、勇者様は親分なんですから。畏まられると、俺達もやり

にくいと言いますか…………」

 しかし、言葉を選んでいる様子のカイザーへ近づいてきたメイジの女が、張りのある声

で意見する。

「今は身の振りの話なんかより優先する事があるだろ? な? 勇者様」

「あ、あの…………はい。では、行きましょうか」

 茅沙まで戸惑いながら、一先ずは遺跡へ向けて草原を歩き出す一行。

 歩きながら、カイザーは背後にあるくメイジの女へ目を向け口をへの字にする。

「あのなあ、ユリヤ。勇者様にその口の利き方は――」

「うるさいねぇアンタは! 歳で言えばアタシ達の方が上なんだ。あまり言いすぎると窮

屈ってもんだろう! もっと女の気持ちになって――」

「まあまあまあ! そんなに喧嘩しないで下さい。俺達が仲良くしてるのが一番いいんで

す。ね? 勇者様?」

 暫く黙っていた金髪の弓士に声を掛けられ、茅沙は歩きながら首だけで振り返ると、そ

の意見に賛成するように頷いた。

 そして、言い合っていたカイザーとユリヤも表情を綻ばせ、お互いに見合った後、最後

尾の男へ目を向けた。

「マティアス。全く…………お前って奴は」

 カイザーが浮かべた苦笑を見てか、マティアスは黙ったまま微笑を返す。後方の雰囲気

が穏やかになった事で茅沙は安心し、更に力強く前進した。

 いよいよ、石材で建築された神殿のような建物の入り口へやってきた一行は、内部へと

踏み込む。

「みんな。チェストボックスがあります。注意して」

 決して大きな建物ではなく、屋根と支柱以外は外部と殆ど変わりない様子の神殿。祭事

が行われていたのか、器や剣などの祭器が多く、そして、最奥の壁面には、巨大な石膏像

と、木で出来た宝箱が置かれていた。

 茅沙が気を引き締め、合図を送る。

「慎重に、行きます」

 何故、目に見える、あからさまな場所へ宝箱が置かれているのか。

 それは、戦いを生業とする戦士たちをおびき寄せる為の、魔王の取る手口の一つだった。

いかにも魔法器の入っている様子の宝箱を置き、それに致死レベルの罠を仕掛ける。更に

モンスターが待ち伏せしている事までがワンセット。言い換えれば宝箱の存在は、その場

が危険地帯であると判断するのに十分な材料だった。

 それならば、傭兵や冒険家は、何故宝箱に近づくのか、という疑問が浮かぶ。それこそ

が、魔王がこの手口を多用する理由。その宝箱の中には、本当に貴重な宝が収められてい

る可能性が極めて高い、という点である。

 罠として考えるだけならば、宝箱の中身を用意しておく必要は無い。しかし、中長期的

に考えると、魔法器が得られた事によって多くの遺跡や洞窟が探査され、結果的に多くの

人間をおびき寄せ、殺害する事ができると考えているのである。取得できる魔法器の強さ

はまちまちではあるものの、それは、一攫千金を狙う傭兵達にとっては、命を掛けるに足

るものとなっていた。

 全て、魔王の掌の上である。

「では…………用意」

 凡そ、一番安全であると想定したルートを思い描いた茅沙が右手を挙げ宣言すると、先

程まで争っていた事が嘘のように、傭兵達が得物を構え、用意する。

 そして。

「行きます!」

 茅沙が神殿内を駆け出した。平坦な石畳を力強く蹴り、不規則に曲がりながら宝箱へと

接近する。

 そして、踏み込んだ床が沈み込み、罠が起動した。

「ユリアさん!」

 前進を続けながら、茅沙が声を上げた。

 床から突き出る剣山のような槍を、神業のような体術で回避する。

 そして、その先には側壁に自動発射式の矢ぶすまが待ち構えていた。

「やらせないよ!」

 声を上げたのはユリヤだった。二重螺旋の杖の先端に、白い光球が現れたかと思うと、

それを渾身の力で振り抜く。光の球は弾かれたように発射され、矢ぶすまへ命中するとそ

れを木っ端微塵に吹き飛ばした。

 着弾の瞬間に遮蔽物へ身を隠した茅沙は、爆発のショックが落ち着くや否や、直ぐに通

路へ飛び出し、前へ進む。そして後方からは、次々に起動するトラップを確認し、それを

回避しながらカイザー達が続く。

 明るく神々しい印象とは裏腹に、その神殿は当たれば致命傷を受ける罠が幾つも張り巡

らされた魔境だった。

「はあ、はあ…………ふう……」

 本来ならば勇者一人と傭兵では進めないような場所だが、茅沙が無理をする事で、それ

が可能なレベルまで到達していたのである。後方から罠を回避しつつ進むカイザー達に比

べて、そのしわ寄せが来ているのは、他ならぬ茅沙。

 しかし、それでも宝箱まで到達してしまうのは、彼女が非凡である事を物語っていた。

「ふう、ふう…………よし!」

 息を整えると、先ずは宝箱を検分する。鍵穴を覗き込み、鍵か掛かっていない事を確認

した茅沙は、宝箱から数歩離れ、ユリヤにアイコンタクトを取る。

「あいよ」

 直ぐに意図を汲み取ったユリヤが、宝箱に人差し指を向け、それを跳ね上げた。

 すると、宝箱の蓋が一人でに開き、中から数本の矢が飛び出してくる。落下してきた矢

を避けると、それを拾い上げ、茅沙が眉をひそめる。

「あー…………また毒が塗ってある」

 茅沙の感想に、ユリヤが鼻で笑った。

「当たり前じゃないか。魔王は殺しに来てるんだ。そんな事よりも…………お宝を漁ると

しないか?」

 ユリヤに促された茅沙は手にした矢を通路の端に捨てると、宝箱に近づき、中を覗く。

「これって…………?!」

 宝箱の中に入っていたのは、茅沙が装備しているレザーグローブに似た手袋だった。同

じ色、同じシルエットに、同じ手触り。

 しかし、一つだけ違う部分があった。手首付近に縫い付けられたレザーに、"そよ風(ブ

リーズ)"と書かれている点である。

 興味深げに観察していた茅沙の横からユリヤが中を覗き込むと、それを見た瞬間肩を竦

める。

「あーあ。このタイプの装備品はハズレだね。二束三文で買い叩かれて、ちっとも金にな

りゃしない」

 落胆するユリヤとは対照的に、茅沙はそれがとても魅力的なもののように感じられた。

試しに装備してみようと、自分の手袋を脱ぎ、それを宝箱から取り出す。

 その瞬間、何かのスイッチが動く音が聞こえた。

 茅沙は異変を瞬時に感じ取り、ユリヤを抱きながら飛び退く。直後、宝箱は巨大な拳に

よって木っ端微塵に破壊されていた。そして、体勢を立て直した茅沙が見たのは、まるで

生きているかのように滑らかに動く、石膏の巨大な石像。

「お、おいおい…………とても報酬と釣り合わないよこりゃ」

 愚痴を吐くユリアの下へ、周辺を警戒していたカイザー達が近づいてくる。

「辺りに化け物の気配が無いと思ったら二重トラップだったか!」

「いいえ、三重の罠です。マズイですね…………魔法障壁を張られて、神殿から出られな

くなっています。恐らく、あの巨像を倒すか、マナが切れるまで逃げ回らなければ脱出で

きません」

 振り下ろした拳を、刺さった床から抜いた巨人は、ゆっくりと立ち上がると茅沙達へ目

を向ける。

 茅沙は目を見開き、そして、背後の傭兵達へ視線を移す。

「私が囮になります! ユリヤさんはその間に魔法の用意を。カイザーさんとマティアス

さんはユリヤさんを守って!」

 傭兵達は迷い無く頷いた。それは、勇者としての茅沙ではなく、一人の戦士としての茅

沙を信頼していた為である。何より、自分から一番のリスクを背負う茅沙の姿を信用しな

い訳にはいかなかった。

 そして、巨人が足を踏み出すよりも早く、茅沙が飛び出す。

「みんなには…………手出しさせない!」

 一番目の脅威と判断されたのか、茅沙めがけ巨人の拳が振り下ろされる。

 茅沙はこれを掌打によって逸らし、同時に自分の身体を安全圏へスライドさせる。しか

し、巨大な柱のような巨腕が命中した床は爆発したかのように土や石を撒き散らし、それ

らが命中した茅沙は、僅かにダメージを受ける。

 更に一打、もう一打。

 巨像の攻撃が行われる度に、茅沙はそれらを神業のようなテクニックでいなし、そして

同じように小石のつぶてを身体に受ける。体術が優れている茅沙だが、身体が打たれ強い

訳ではない。打撲傷は確実に茅沙の動きを鈍らせ、回避行動を難しくしていった。

「う、うう…………」

 何度も同じ攻撃で四肢にダメージを蓄積させられた茅沙は、既に飛び退る力が残ってい

なかった。対して巨像は、無限とも思える体力で同じように攻撃を続けてくる。回避運動

も鈍く、弱くなり、遂には、拳本体からのダメージまで受けるまでになっていた。

 そして、茅沙がポーチから薬草を取り出し、自分の傷を癒そうとした瞬間。

 茅沙の身体が何者かに掴まれ、後方へ飛び上がる。

「マ、マティアスさん」

 茅沙を抱き上げてジャンプしたのは、細身の男、マティアスだった。

 その直後、茅沙の目に下方で魔法の用意をしていたユリヤが、杖を振りかぶる姿が映る。

「これで………………くたばれえええええええええええええええええええ!」

 撃ち出されたのは、先ほどとは違う、黒い球。それが巨人へと命中すると、空間へ激し

い光を発し明滅し、まるで巨人の身体を吸い込むかのように爆縮させ、跡形も無く消し去

てしまった。それと同時に、空間を隔離していた障壁も霧散し、神殿は元の様相を取り戻

した。

 そして、羽根のように床へ降りたマティアスは、顔を僅かに赤らめる茅沙をそっと下ろ

す。

「おっとっと…………いたた…………?!」

 茅沙は立ち上がろうとするが、痛みによってその場に尻餅をついた。後は帰還するだけ

とは言え、歩く事すらままならない茅沙は、直ぐさま薬草を取り出し、身体の治療を始め

る。

 そして痛みと傷が十分に癒えると、巨人が消滅した場所に落ちているものに気づき、そ

れに近づいて取り上げた。

「これは…………?!」

 落ちていたのは、巨大なヘッドの付いたハンマーだった。凍りついた打面と赤熱した打

面を持つ、魔法効果の付いた武器。

 それを見たユリヤが、目を皿のようにしてのけぞった。

「"サーマルコンダクター"! 初めて見た!」

「珍しいの?」

 未だ怪我の残る茅沙へ掴みかかる勢いで迫ったユリヤが熱弁を始める。

「発見されている中で、魔王に通用すると噂される数少ない武器だ。アタシも本物は初め

て見た…………確か、今まで一本しか世に存在していなかった筈だ」

 説明されて尚、茅沙にはそれの凄さが想像できなかったが、有用なものならば仲間に贈

りたいと考える。

「あ、あの…………このハンマーは――」

「勇者様が持っていって下さい」

 カイザーの意外な申し出に、茅沙は戸惑いを隠せない。

「だ、だって…………凄いお金になるならみんなに悪いし…………いいの?」

「それこそ心配ないね。勇者様は自分の分配金を殆どプールしてる。このハンマー一本く

らい買い取った所でどうって事ないさ」

 銭勘定に五月蝿いユリヤがマティアスに視線を向けると、目を向けられた金髪の青年は

観念した様子で両手を挙げる。

「まあ、しょうがないでしょう。その手袋も、ついでに持っていって下さい。僕らは給料

を貰っていますしね」

 茅沙は全員を見回し、満面の笑みを浮かべる。

「みんな、ありがとう!」

 その後、一行は神殿の罠を慎重に避けながら外へ出ると、茅沙の帰還魔法によって、ポ

ポコの城下町へと帰って行った。


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