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チャプター 06:「始動」

 まどろむ意識が徐々に覚醒し、薄く見開いた瞳に、未だ見慣れない天井が映る。

「…………よし」

 千歳の生み出す技術にいつも驚かされてばかりの知子だが、完全に安全だと確証が得ら

れない以上、信頼する事は難しい。まして、危険である事が常である千歳の発明に警戒す

るのは当然と言えた。

 上体を起こし、身体の各部に異常や違和感が無いか確かめ、問題が生じていないか確認

する。そして、身体的な問題は無いと判断した知子は、ベッドから起きあがると直ぐにク

ローゼットを開け、着替えを行う。着合わせは初日と同じ、身体を護ることよりも活動し

やすさに重点を置いたパンツスタイル。素早く着替え、髪をといて二つに束ねると、最後

に鏡で身なりを確認し、シェルフに収まるコンソールブックをバックパックへ仕舞うと、

颯爽と部屋を出た。

 初日とは違い、世界をある程度知っていた知子は、臆する事なくロビーまで向かう。

「今日は私が一番か」

 幾度か会議に使われた円形のテーブルへつくと、茅沙達が降りてくるのを待つ。

 しかし、一分も経たないうちに手持ち無沙汰になった知子は、コンソールブックの機能

を知っておこうと考え、ポーチからそれを取り出した。

「おお…………やっぱりすごいな」

 初めのページを開いた瞬間、知子の視界には、いくつものウインドウやボタンが映る。

そしてそれらは、アナクロなファンタジー世界には馴染まないような無機質なコンソール

である事に、知子は苦笑した。システムの設計そのものに強い拘りを持つ千歳だが、一切

飾り気のないフロントエンドのデザインに、千歳の趣向を垣間見た気がした。

 そして、基本コンソールである最初のページから、更に続いている次のページをめっく

て行くと、各技能の一覧や自分の身体能力、組織、人との契約状態などが順に表示されて

行く。次に、収集された呪文や技能の一覧が現れ、そして、更に次のページには、申請や

売買などの用紙の雛形がサムネイル方式に表示されていた。そして、その中でなにも書か

れていないものが気になった知子は、そのサムネイルを指で押下する。

「お、おお…………!」

 テーブルに乗せられたコンソールブックに、新たな仮想ウインドウが表示され、そして、

知子の前に淡く光るキーボードが映し出される。試しにボタンを押してみると、表示され

たウインドウに文字が入力された。

 千歳に比べればタイピングの遅い知子ではあるが、それでも人並みに扱うことのできる

入力機器は非常に有り難いものだった。単純な筆記よりも綺麗で正確なメモ帳と考えると、

知子は、情報収集を重んじる自分にとっては大きな武器になると考えた。

「うん?」

 知子が気になったのは、仮想ウインドウの横に設けられた、コンバートと表示されたボ

タンだった。

「あっ…………もしかして」

 それがどのように機能するのか察した知子は、試しに数行の文章を打ち込み、そのボタ

ンを押下する。

 そして、知子の察した通り、入力された文章は英文へと翻訳され、ウインドウ内へと変

換結果が表示される。更に、右下に用意されたボタンを押し込むと、鼓を叩くようなコミ

カルな音や煙と共に、仮想ウインドウが直接紙へと姿を変えた。

 仮想空間であるからこそ可能となった機能ではあるが、その流れるようなデザインに、

千歳の拘りを感じ、知子は再度苦笑する。

「流石ちいちゃん。もう、コンソールを使いこなしているとは」

 声のした方へ顔を向けると、そこには感心した様子の千歳が立っていた。身なりこそ魔

法使いのそれだが、ストラップで担いでいるのは、巨大なヘッドを持つ長大なハンマーだ

った。

「ううん。まだ、触りはじめたばかりだから」

 それは謙遜ではなく本心からの言葉だったが、千歳は知子の右手に座ると、身振りで感

心した様子を見せた。

「それだけ使う事ができるなら問題ない。テンプレートの二ページ目に、組織申請用紙が

ある。組織の目的や代表の名前を記入し、銀貨五枚と共に役所へ提出すれば、即日設立さ

れる」

「なるほどね。早速書いてみるわ」

 知子が首肯し、先と同じ手順で雛形を読み出すと、英単語から意味を汲み取りながら、

名前や住んでいる場所、組織名、活動目的などを記入する。そして、入力に間違いが無い

か再度目を通すと、コンバートキーとプリントキーを順に押し、必要書類があっという間

に完成した。

 冷静に書類を観察した知子は、あまりに簡易な手続きに眉をひそめる。

「簡単なのは良いんだけど。こんなに手軽なら、悪い人も簡単に秘密結社みたいなものを

作れるんじゃないの? ああでも、元々そんな事まで考えてない、か。あ………………べ、

別に千歳の事を馬鹿にしてるわけじゃないからね?」

 知子は皮肉を言ったように聞こえかねない自身の言動を補足するが、千歳はまるで気に

した様子もなく、静かに返答する。

「私達は例外。通常、こうした組織、企業を設立するには、もう少し必要な書類が増える。

国によって身辺調査や前科を調べられ、問題があれば申請が通らない。私達勇者の末裔は、

あらゆる手段を用いて魔王を倒すという立場から、多くの特権を許されている…………と

いう設定。それより――」

 知子の前に置かれた申請用紙を取った千歳が、胸元から赤い石のペンダントを取り出し

た。ルビーのように赤く、吸い込まれるような雰囲気を持つ不思議な石である。それを、

右手の親指と人差し指で摘むと、それを提出用紙の右下辺りへ近づけ、上から左手をかざ

した。

「お、おお…………!」

 石からレーザーのような光が無数に発生し、それが紙の上を走る光景に、知子は感嘆の

声を漏らした。光が消えると、紙の右下にフクロウをモチーフにした、美しい印が焼き込

まれている。

 作業が終わったのか、千歳は石を胸元に戻し、用紙を知子に差し出す。

「これが、私達勇者一行が特権を使って申請できる印鑑のようなもの。ちいちゃんも使い

たければ、クローゼットのアクセサリーケースの一番上に入っているから」

「こ、これが…………なんか、悪用されたら大変そうね」

 すぐにネガティブな思考へ転がる知子だが、千歳は事も無げに首を振る。

「コンソールブック、紋章石、その他、私達専用の衣類、装備品は、私達以外に触れるこ

とができない。手から離れた場合も、コンソールブックは私達の直ぐ近くへ転送され、そ

の他のものは初期位置へ戻るように設定されている。祝福を受けた物品という仕様になっ

ている」

「なるほどね………………」

 感心し頷きながら、知子は千歳を見る。こうしたシステムは身近なものだけに、設計者

の思慮深さが試される。開発側が大したことの無い問題だと考えていても、何度も利用す

るユーザーにとっては非常に不愉快な問題である事も多い。よって、ゲームですら不便な

思いをするものが、仮想現実のような世界であれば更に顕著に現れてしまう。

 基本的に無精な正確である千歳だが、その実、細やかな気配りも充分できるのだと知り、

知子は微笑した。

 しかし、その心情を読みとれなかったのか、千歳は髪を揺らしながら首を傾げた。

「ちいちゃんの作った申請書には問題が無い。役場に提出すれば、活動許可証を即日発行

して貰える筈。賃貸物件の借用申請は私が行っておくから………………大きめに作った覚

えがあるから、私の工房も併設させて貰う」

「うん、わかった」

 親指を立てる知子に、千歳は日本人形のような顔で頷き、知子と同じようにコンソール

ブックから雛形を呼び出して作業を始めた。借用申請は知子の作った書類よりも必要な情

報が多いのか、時折画面を切り替えながら、着々と入力を進めて行く千歳。

 そして、階段の軋む音と共に、茅沙、ちづるが降りてきた。

「おまたせー」

 茅沙が、太陽のような笑顔で明るく手を振る。そして、後ろからついてきたちづるは、

微笑と共に知子を見つめていた。

 知子は作業を進める千歳へ一瞬視線を向けると、立ち上がり、ロビーへ降りた二人へ近

づく。

「よし! 協会の設備と千歳の工房は目処が立ったから、ちづるは参考になりそうな武器

を探して買ってきて欲しい。千歳は確かに凄いけど、きっと武器や防具の知識は、現場で

扱い慣れてるちづるの方があると思うから」

 知子の意見を聞いていたのか、コンソールのキーを押し、ウインドウを申請書に変換し

た千歳が顔を上げた。

「ちいちゃんの意見に同意。理論上の話ならば可能だけど、実戦向きかどうかという話で

は、傭兵家業を営むちづるに遠く及ばない。初めから高性能である事に越したことは無い

が、それよりも、改良によって性能が向上する伸び代を重視して決めて欲しい」

「また何というか…………難しい注文ね。一応、やってみるわ」

「うん。お願いね、ちづる」

 知子が親指を立ててちづるに笑みを向けると、千歳に対応していた様子が嘘のように、

目を輝かせて知子の手を握った。

「任せておいてちいちゃん! きっと戦いの役に立てるものを作ってみせるから!」

 大げさなちづるのリアクションに苦笑する知子だが、その隣で見るからに不安そうな表

情の茅沙へ目を向ける。

「昨日の夕食に話した通り、茅沙には街の外でモンスターの情報収集と魔法の収集をお願

いしたいの」

 知子の発した言葉が聞こえている筈の茅沙は、数瞬口を閉ざし、視線を落とした。

 そして、顔は俯いたまま、知子へ視線を向けた。

「私、自信ないよ。だって、ちいちゃんもちとちゃんも、ちづちゃんも居ないんだもん。

私一人じゃ、できないかも…………」

 不安な気持ちを素直に吐露した千歳の手を知子は静かに握り、一歩近づいて茅沙の顔を

のぞき込んだ。

「大丈夫。私は茅沙だから自信を持って送り出せるんだよ? 一人で身を守れるくらい強

いし、誰とでもすぐ仲良くなれる。不安なら、集会場で傭兵を雇ってお供につけてもいい

し、コンソールブックを使えば、仲間と一緒にすぐ帰ってこられるから」

 視線を落として知子の言葉を聞いていた茅沙は、二拍置いた後、静かに息を吸った。

「…………うん、わかった」

 そして、知子を見上げる瞳には、不安と、小さな気力が映っていた。

 茅沙の意志を確認した知子は、改めて千歳、ちづるを見回し、何度も頷く。

「さあ。始めましょう!」

 茅沙達は無言で頷き、そして、揃って館をあとにした。


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