表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

チャプター 01:「新世界への扉」

「それで? この機械にはどんな危険があるの? 正直に言いなさい」

 真夏なのにもかかわらず、肌寒さを感じる暗い部屋の中で、知子は目の前の少女に質問

を投げかけた。詰問、と表現した方が正しいような口調ではあったが、目の前の少女は眉

一つ動かさなかった。

 シャツにデニムのパンツと服装こそ地味ではあるものの、顔立ちは間違いなく美少女の

部類である。肢体は驚くほど細く、細いフレームのメガネも相まって、彼女からは可憐で

儚い印象を受ける。オーバーオールを身につけ、可愛い印象を与える知子とは違った美し

さがあった。

 二人の前に置かれたのは、大きな卵型のユニットに銀色のモールが巻きついた不思議な

機械だった。

下部のポートに接続された黒いケーブルはヘッドギアと小さな輪に接続されており、青と

緑の淡い光を放っている。そしてその周りには、機械を取り囲むように並べられた卵型の

カプセル。

 無表情のまま小首を傾げた少女は、知子に視線を返し、静かに息を吸った。

「これに危険はない。夏休みの娯楽として用意しただけ」

「う、うそつき! 千歳はいつもそう言うけど、大丈夫だった試しが無いじゃない!」

 千歳と呼ばれた眼鏡の美少女は、首を反対側に傾け、髪を揺らしながら、不思議そうに

知子を見下ろす。

 友人が向けてくる視線を受け止めながら、知子は質問の内容を変えようと頭を働かせた。

「怪我したりしない? 周りに迷惑かけない?」

「うん。怪我もしないし、周りに迷惑も掛けない」

 真っ直ぐに自分を見つめる千歳の眼差しに、知子は訝しげな視線を向け続けた。千歳は

今までに、街ごと溶融するようなリスクのある反応炉や、生物の人工進化を促す機械など、

数々の危険極まりない発明品を生み出してきた女である。本人の認識では危険なレベルに

達していない事でも、第三者から見れば大災害である事が多く、いくら付き合いの長い幼

なじみと言えど、知子はそう易々と信じられなかった。

「ふうん、そっか」

「うん」

 静かに頷いた千歳は、機械の操作を始める。そして、知子からは見えない機械の反対側

に回った千歳は、アナログキーボードで何かを打ち込み始めた。機械は、彼女のタイピン

グに反応するかのように発光し、千歳がピタリと手を止めると、全体が緑色の光一色へと

変わる。

「良い。システムは完璧に動作している。いつでも使える」

 知子は納得した様子で頷いたが、その実、何をするものなのか未だに聞いていない事を

思い出す。思考が危機回避ばかりに向いていた自分に苦笑しながら、知子は千歳へ疑問を

投げかけた。

「ねえ、千歳。この機械は何をするものなの?」

 問われた千歳は、行っていたヘッドギアの検分を止め、知子へ視線を移した。

「これは、〝VRダイブシステム〟。細かな技術情報の説明を省くと、仮想空間へ行ける

機械」

「へえ……………………えっ?!」

 聞き慣れない単語を飲み込もうとした知子は、数瞬の間を置いてその内容を理解し、目

を見開いた。

「仮想世界って…………バーチャル世界に入れるって事?! どうやって?!」

 小説をよく読む知子は、SFやサイバーパンクの世界には少し知識があった。創作世界で

よく見られる電脳空間のようなものだと理解し、続けて千歳に疑問を投げかける。大抵の

場合は、通信用の機械を脳へインプラントする外科手術などが必要であり、それは、千歳

が口にした「危険はない」という台詞に反するものだった。

 不安な表情を向けられた千歳だが、相変わらず無表情のまま、抑揚のない声で応答する。

「少し、詳しく説明する。これを見て」

「これって…………」

 知子が差し出されたヘッドギアを手に取り千歳に視線を戻した。千歳は、赤い樹脂のよ

うなもので作られたヘッドギアを手で指し示しながら、知子を見つめ返す。

「人の大脳は、微弱な電波のようなものを発している。このヘッドギアは、それを受けて

仮想世界の身体を動かすデバイス」

 一瞬思考した知子は、即座に次の疑問を投げかけた。

「でも、それじゃあ仮想世界に行けるって言うのとは少し違うんじゃない? 脳波コント

ロールは一方通行でしょ?」

「ううん」

 千歳が首を振ると、絹のように滑らかな髪が音を立てて揺れる。そして、自身の額を指

さしながら知子を見つめ返した。

「実は、脳には電磁波の受信機能もある。とても狭い帯域で、入力の強さも繊細だから上

手く情報を送り込む事は難しかった。でも、この機械を使えば、それが可能」

「なるほど」

 腕を組み、理解した様子で頷く知子だが、その実、内容を殆ど飲み込めていなかった。

脳に五感以外の送受信機能が存在するという説明そのものが、感覚的に理解できなかった

のである。

 しかし、千歳が普通ならば鼻で笑ってしまうような未知のテクノロジを生み出してしま

う人間であるとよく知る知子にとって、それは不可思議ながらも奇妙な魅力を発するもの

のように感じられた。迷惑を被る事を忌避しながらも、知子は己の興味があるものに対し

てはリスクを小さく見積もっていたのである。

「そ、それでそれで? こんなすごい機械を作ったのは、やっぱり売るため? 上手くす

れば、すっごく儲かりそうじゃない?!」

 知子の、発明品に対する認識がポジティヴなものに傾いた瞬間の質問。

決して貧しい家庭に育った訳ではない知子だが、ずぼらな両親は家庭の管理に殆ど関心を

持たなかった。そのため、幼少時から綺麗好きで家計の管理を率先して行ってきた知子に

とって、儲かる話には強い興味があった。

 知子は、そこいらの節約家も真っ青の家事中毒者なのである。

「ううん。販売の予定も、量産の予定もない」

 その手の話題に全く興味を示さない千歳に、知子は肩をすくめた。

「えー…………どうして? 特許取ったらきっとすごく儲かるよ? 一生遊んで暮らせる

んだよ?!」

 知子の話題に興味を無くしたのか、千歳は他のヘッドギアも手に取り、状態を確認し始

める。

 そして、知子の不満げな表情を読みとったのか、ふと視線を持ち上げ、知子を見た。

「お金ならもう十分ある。それに、量産するのにはコストが問題」

「作るのにお金がかかるってこと?」

「うん」

 首肯した千歳は、視線を落とし、床を指さした。

「そのマシンは人体と通信する事に特化したもの。仮想世界の計算を行うのは、この下に

置かれたコンピュータ」

「ああ、なるほど」

「この、”VRダイブシステム”単体なら、多分二千万円もあれば量産できる」

「たっか! たっか! …………うーん。それだけ高いとちょっと難しいわね」

 考え込むそぶりを見せる知子に、千歳は更に続けた。

「問題は、この下の階に置かれたコンピュータ。一機二千五百万円のユニット――」

「うわー…………もう現実感がない数字」

「――が二千四十八クラスタ置かれ、シーケンシャル接続されている」

「ああ、うん。わかった」

 知子は、途方もない数字を聞かされ諦観すると共に、儲け話が幻想であったことに落胆

した。

 千歳が作業を続けていると、知子は建物内の扉が開く音が聞こえた。

 ぼんやりと千歳の作業を眺めていた知子は、近づいてくる足音へ踵を返し、部屋の出入

り口である片開きのドアへと視線を向けた。

「お待たせー」

 柔らかな声を出しながら入室して来たのは、一緒に帰宅した少女、茅沙だった。

 そして、背後から現れた長身の美女に、知子は微笑した。

「ああ、ちづるも。こんばんは」

 知子に呼ばれたちづると言う名の美女は、鋭いまなざしで室内をぐるりと見回し、そし

て、知子へ視線を戻す。

 長髪を背後に束ね、筋肉質なちづるは、カーゴパンツにタンクトップを身につけており、

活動的な印象を受ける容姿である。切れ長の目が知子を見つめていると、その目が持つ鋭

さがみるみる消え、最終的には締まりのない笑みへと塗り替えられていた。

「こんばんはっ! ちいちゃん!」

 三十センチ近い身長差の為か、ちづるは膝をついて知子に抱きついた。まるで愛犬に頬

ずりするような挙動のちづるに、知子は鬱陶しそうにちづるを押し返す。

「ああ、もう! ちょっと離れて!」

「お願い、ちいちゃん! この間まで中東の作戦に参加してて、ちいちゃん分が枯れ果て

てるんだから!」

 知子が懸命に押し返そうとしても、相手は家族ぐるみで傭兵家業を営む戦闘のスペシャ

リストである。難なく押さえつけられ、ちづるが満足するまでそれは続いた。

 必死に抵抗していた知子も、ちづるの絶妙な力加減により、痛みを感じる事は無かった

為、最終的には抵抗を諦め、されるがままになっていた。

 そして、遂に知子を解放したちづるは、満足げに笑み、胸の前で祈るように手を組んだ。

「ああ、ありがとう、ちいちゃん! これで私は、また戦える」

「あ、ああ、うん」

 心底うれしそうな声と表情のちづるに、知子は左頬を撫でながら苦笑を浮かべ応答する。

優しくはあっても、何度もしつこく頬ずりされた為か、頬が少し熱かった。

「ねえねえちとちゃん。これ、なあに?」

「ああ、それは――」

 自分と同じ質問を投げかけた茅沙に、千歳が同じように説明する。満足げに笑っていた

ちづるも、笑みを崩さないまま、説明に耳を傾けていた。

「…………なるほどお。この機械ですごいことができるんだね!」

 理解したようにふるまう茅沙だが、その実何もわかっていない様子に知子がよろめいた。

 ちづるは理解した様子ではあるものの、知子とのスキンシップが余程嬉しかったのか、

締まりのない表情のまま何度も首肯していた。

 全員に説明を終えた千歳が、三人を見回した。

「それでは、早速始めようと思う。全員、そのカプセルの中に入って」

「はあい!」

「了解」

 茅沙とちづるが疑いなくそれに収まる。そして、訝しげに機械を眺めていた知子は、口

を開かず、視線を向けてくる千歳に観念した。

「も、もう! わかったわよ!」

 何故そこまで疑いを抱かず身を委ねられるのか、知子には理解できかねたものの、結局

観念してしまう辺り、自分も同じだと自嘲混じりの苦笑いを浮かべる。

 知子が大人しくしている事を確認したらしい千歳が、最後に自分のカプセルに収まり、

三人へ目配せする。

「それぞれのカプセル上部に置かれたヘッドギアと腕輪を装着して。腕輪は左右どちらの

手首でも構わない」

「うんっ!」

 知子とちづるは静かに頷き、茅沙だけが元気よく返事した。そして、全員がデバイスの

装着を完了すると、カプセル内に横たわり、千歳を待つ。

「…………デバイススタンバイオーケイ。システム、運転開始」

 千歳が宣言すると、ヘッドギアから不思議な感覚が発生した。

 知子の意識はまどろみ。

 やがて、知子の意識は、眠るように落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ