チャプター 18:「バイオプロセッサ」
「知能の高いモンスターを沢山作れるか、だと?」
話し合いが纏まった後、知子達は即座にサターンの城へやってきていた。
知子が単刀直入に問うと、サターンが一瞬視線を落とし、そして知子を見返した。
「知能、という言い方をするとなると、兵として使うわけではないのだな?」
「そう。特に、二つの絵を比較して、それらが同じか違うか正確に判断できるモンスター。
そしてその中でも、一番低コストで沢山生み出せるもの」
サターンは訝しげに頭を掻くと、右掌を持ち上げ、その上にバレーボール大のモンスタ
ーを生み出した。羽を二枚生やした大きな目玉のような生物が、知子や茅沙を興味深げに
見ている。
「何をするのか判らんが。目の良さと知能、使うマナの量ではこいつ、"バードアイ"が条
件に合致する。だが……一体何をするつもりなんだ?」
知子はサターンへ真剣な眼差しで訴えた。
「そのモンスターを沢山並べて、ある仕事をしてもらうの。そして…………この計画が上
手くいかなければ、この世界が消えてしまう」
「何?」
「上手く説明できないんだけれど、私達の居る元の世界に危機が迫っているの。もしここ
で上手くいかなければ、この世界を維持できない事態に陥ってしまう。そうならない為に
は、貴方の魔兵の力が必要なの。だから、お願い。私達を信じて」
計算高く、感情を顔に出す事を良しとしない知子だが、この時ばかりは、真摯にサター
ンを見つめ続けた。目の前の男に、ポポコ王国や魔族、果ては大地や空、空間そのものま
での命運が掛かっているのである。様々な人間と関わり、たかが電子情報と思っていた一
頃の知子からは考えられない心情だった。
茅沙が変わったと思っている知子だが、彼女の心もまた、大きく変わっていたのである。
「フンッ…………なるほどな」
サターンは知子の瞳を見つめた後、視線を落とし、そして頷いた。
「わかった。やってみよう。数は?」
具体的な数を問われ、知子は千歳に目配せする。千歳は宙に浮くコンソールブックでプ
ログラミングを続けていたが、その視線が一瞬サターンへ向くと、唇を僅かに動かす。
「先ずは千二十四体。それを一列に並べて」
「せ、千体だと?!」
うろたえるサターンだが、慌てて平静を取り繕う。
「ま、まあ無理ではないな」
「それが成功すれば、更にそれを千二十三列生成して欲しい。最終的には百四万八千五百
七十六体を、正方形に並べる」
「な、に…………?!」
数を聞いた知子は、自分の見通しが甘かった事を後悔した。いくら無尽蔵にモンスター
を生み出せるとはいえ、限られた時間の中でそれだけの数を生成する事はとても無理だと
直感する。
しかし、千歳は酷く落ち着いた様子でサターンに問う。
「この状況だから告白する。この世界を作ったのは、この私」
突然の告白に、サターンは千歳に釘付けになっていた。行動を共にするベガも、あまり
に突飛な千歳の発言に固まっている。
「サターン。この世界を生み出した私だから判る。貴方の能力を以てすれば、百万以上の
生成も不可能ではない筈。先ずは千体、作って見せて」
「は、ははは……」
サターンは表情を引き攣らせながら千歳を睨む。瞳に映る感情は、とても友好的なもの
ではなかった。
「こんな糞みたいな世界を作った神とやらには死ぬほど強い恨みがある。だが、悔しいが
全知にして全能の貴様ができると言うなら可能なのだろう。やってみよう」
「駄目!」
背後から少女の叫び声が聞こえた。知子が振り向くより早く、少女はサターンへ駆け寄
り、その身を抱きしめる。
「貴方は皆を守るためにそんな身体になったのよ? 自分の身体と命を削って魔法を行使
してるのに…………そんなに沢山のモンスターを生み出したら、貴方が消えちゃう! こ
んな奴らの事なんて聞かないで――」
「ローラ」
サターンは、自分の為に涙を流す少女の髪を優しく梳いた。そして、知子達には決して
見せない、優しい笑みを向ける。
「俺はお前達を守りたい。例えこの身が崩壊してしまおうとも、な。確かにこいつらは…
………特に俺の主は腹の内が読めん。世界の崩壊も、奴らに都合のいい嘘で、別の目的が
無いとも限らないからな。だが…………今回ばかりは、俺はこいつらが嘘をついていると
は思えなかったんだ。今まで何人もの人間が俺を騙そうと近づいてきたが、今のこいつら
のような目をした奴は一人も居なかった。馬鹿みたいに真っ直ぐで、損得を度外視した奴
らの目だ。散々人間に騙されて、俺も馬鹿になっているのかもしれん。まあ、だからさ」
サターンは自分の胸に顔を埋めるローラの背中にそっと手を回した。
「俺が倒れないよう、支えてくれ。俺が守りたいのも、俺が安心して命を任せられるのも、
お前達しか居ない」
「サターン…………!」
突然始まったラブロマンスに、知子は顔を赤らめながら目を背けた。考えてみれば、サ
ターンにとっても、これは決死の作戦である。時間は惜しいものの、覚悟を決める時間が
必要だと、急かしたい気持ちを抑える。
「……さあ、行くぞ。数からして、場内ではとても収まりきらん。城壁の外の…………正
門前で大丈夫か?」
「問題ない。直ぐに向かうべき」
「わかった。行くぞ」
宣言すると、魔王は一疾の風のように、玉座の間から出て行く。そして、身体能力が高
い為か、気づけばローラも居なくなっていた。
知子は全員に目配せする。
「みんな、行こう!」
頷き合うと、全員弾かれた鉄球のように部屋から飛び出した。身体能力に勝る茅沙は、
窓から飛び出し、城の屋根を伝って目的地へ急行する。茅沙や千歳、ベガは通常ルートで
現場へ走り、知子は死力を振り絞って三人へ続いた。
「ハア…………ハアッ………………?!」
心臓がはち切れそうな程激しく打つ中、正門に到着した知子は、地平線まで一直線に並
ぶバードアイの列を目にする。時間にして三分に満たない時間で、テスト用のバードアイ
が既に生み出されていた。
創造者であるサターンを見ると、まるで何事も無いかのように涼しい顔で仁王立ちして
いる。
「なるほど。バードアイ程度なら、大した負荷にはならんらしいな。これでいいか?」
問われた千歳は首肯し、自信のコンソールブックを操作した。
数度の操作が行われると、それぞれのバードアイの正面に、二つの画面とボタンが二つ
付いたパネルが浮かび上がる。
それが千二十四セット。
「テストプログラムロード完了。サターン。バードアイ達に、左右の画像が同じならマル
を、違うならばバツを押すよう命じて欲しい」
「わかった」
サターンが宣言すると、様々な絵柄や図形が表示された画面が、動き始めた。知子が先
頭の一匹を見ると、画像を一瞥した後、小さな手でボタンを押しており、不気味な外見に
似合わない愛らしい動きに苦笑する。しかし、余計な事を考えている場合ではないと、自
身を戒めた。
そして、一列に並ぶ光の帯が数秒明滅したかと思うと、それらが一斉に白く光る。
千歳が、知子とサターンを交互に見た。
「テスト終了。驚くべき事に、テスト暗号は問題なく解けた。解析中の精度も理論値と同
じ…………つまり、これだけの演算ビットを持ちながら、誤った判断を下したバードアイ
は居なかった事になる」
千歳は知子を見つめると、珍しく握り拳を作り、全員の頭上に掲げた。
「この作戦ならば行ける。早速本計算用のバードアイを」
「ああ、待ってくれ」
サターンが千歳の発言を制すと、落ち着いた様子で説明を始めた。
「こいつらは知能も高く、魔法も使える。しかし物理的な戦闘能力は皆無だ。今…………
光を見てか、この島に住む獣がこちらへ動き始める気配を感じた。もし、今の作業に集中
しているバードアイが獣に襲われた場合、為すすべもなくやられるだろう。こいつらは全
体の何割まで維持しなければならない?」
千歳が苦々しく俯き、そして、全員に聞こえるよう大きな声で返答する。
「一体も欠けてはならない。百四万体以上の演算ビットだが、この子達が担当する解読プ
ログラムは急造で融通が利かない。仮に、アタリ(・・・)を担当していた演算ビットが無
くなってしまうと永遠に解読できず、他の処理が徒労に終わる。よって、全ての演算ビッ
トを守り切る必要がある」
場の緊張が高まって行くが、重い空気を真っ先に断ち切ったのは茅沙だった。
「みんな、やろうよ! 無理だと思ってた事ができるかもしれないんだよ? 私は、理不
尽な理由でみんなに消えて欲しくない! だから、絶対守る!」
知子ははっとする。そして、あまりに幼く、そして力強い気持ちを持ち続けられる親友
を頼もしく思った。
「そうだね。みんな…………やろう!」
全員が頷き合うと、視線が知子に集中する。
「私は高台に上って、なるべく大きな獣を狙撃するわ」
「じゃあ私は一番数が多そうな所に行く!」
「私は……主様のお側に」
そして千歳は、真っ先にコーディングを再会し、サターンは既に自分の仕事を理解して
いるのか、バードアイの生成を再会した。
「では、散開!」
知子の号令と共に、茅沙とちづるが飛び出した。そして、コンソールブックを開くと、
ダイバーズ全員と通信できる音声チャットを開始した。
「ちづる。貴女が戦場管制を担当して。野獣の厚さとこちらの戦力が拮抗するよう誘導を。
観測手が必要ならベガを送るわ」
『了解! 一人でも、この程度のレンジなら何とかやれるわ。ベガはちいちゃんと一緒に
戦って!』
「オッケイ!」
『わたしはまず、一番遠い場所に行くね! みんなの中で、わたしが一番速いから!』
「お願いね、茅沙」
各々が、自然と自分の仕事を見つける中、知子はサターンから僅かに離れた場所で、生
成作業が順調に進行している事を確認しつつ、辺りの警戒を続ける。
「…………来た」
バードアイを背に立っていると、枯れ木の陰から痩せ細った犬のような生物が顔を出す。
野生のオオカミ。
知子は、今までにない緊張に耐えながら、それと相対した。今まで、自身を守ることで
精一杯だった知子は、敵を通すわけにはいかない背水の陣を初めて体験していた。自分の
働きに、今まで関わった者達の命が懸かっている。その一突きを外せば、この世界の命運
が尽きる重圧に耐えながら、獣と相対した。
そして、様子をうかがいながら近づいてくる獣から目を逸らさず、知子は自身に言い聞
かせた。野獣よりも危険なモンスターと戦ってきた自分の強さを信じろ、と。
近づいてきたオオカミは、知子を避けるように動き、危険の少ないバードアイへとにじ
り寄り、そして飛びかかった。
「…………くっ!?」
「主様?!」
知子の突き出した短剣は、オオカミの牙が届くよりも僅かに早く、野獣の胴体を抉る。
知子に突き飛ばされるような格好で地面に叩きつけられたオオカミは、僅かに痙攣し、絶
命した。
そして、枯れ木の多く立つ場所に向かって睨みを利かせた。知子にも、茅沙に似た野生
の感が宿りつつあり、先頭に立ったオオカミは、群の中で生け贄にされた弱い立場の個体
であったと察した為である。
自分達の敵は容赦せず殺しにくるぞ。
無言で威嚇し、知子は小さな身体を目一杯大きく見せようと、背筋をのばした。
そして、視線を動かさず、知子の右手を守るベガへ声を掛けた。
「ベガ。貴女はその距離からつかず離れず居て。私が左翼を担当するわ。貴女は右翼を」
「はい! 承知しました!」
ベガが担当エリアへ目を向けた事を一瞥した知子は、尚も物陰から近づいてくる気配に
目を光らせる。
しかし。
知子の背後でバードアイが生成されて行く音が徐々に遅くなり、生成即痔が半分近くま
で落ち込んでいた。
『ちいちゃん。サターンのマナが枯渇し始めている。魔兵の術式は問題なく動作している
が、マナの供給量が追いついていない』
「嘘、でしょ?」
上手く行っていただけに、知子は想定外の問題に途方に暮れた。もしも計画が遂行でき
ないとなれば、千歳は即座にこの世界を消去し、待機プランを実行する筈である。
『わたしが町へ行ってマナを集めてくる! だから、私の居る場所を誰か守って!』
「マナを集めるってどうやって…………?!」
知子は息を呑む。
「そうか! マナ譲渡の魔法!」
知子が話すのは、自身の持つマナを、特定の術者へ譲渡する魔法である。通常は仲間同
士でどうしてもメイジのマナが枯渇した場合の緊急処置として使う場合が多いが、譲渡対
象を明確に指定してさえいれば海を隔てていても機能する。
『だからお願い! 直ぐに行くね!』
言い終わるや否や、茅沙は移動の魔法で町へ帰還する。
知子がベガを見る。
「ベガ、作戦変更よ。私のコンソールブックを貴女に一時譲渡します。貴女はこれでみん
なと連携を取りながらモンスターを守って! 私では茅沙の担当している場所を守りきれ
ない」
「ですが――」
承諾を渋ったのも束の間。ベガは知子の真剣な目を見ると、直ぐに頷き、コンソールブ
ックを受け取った。
「必ず守りきって見せます! 主様!」
「ええ! 行って!」
急かされたベガは、瞬く間に茅沙の担当していた場所へと走り去る。
そして知子は、目の前の獣達の様子が変わった事を肌で感じ、不敵に笑む(・・・・・)。
「さあ…………通ってごらんなさい!」




