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チャプター 00:「プロローグ」

「はあ…………夏休みか」

 ジリジリと照りつける、強烈な夏の日差しに焼かれながら、小川知子(おがわちいこ)

気怠げに頬杖をついた。高校生になって初めての長期休暇にもかかわらず、気分が暗いの

には理由があった。ダークブラウンで内巻き気味のショートヘアをいじりながら、渦巻く

不安を必死に沈静化させようとする。

 知子は、自身がどこにでも居る普通の女子高生であると認識していた。それは間違いで

はなく、かなり背が小さく、家事が得意という事を除けば、他の女子と全く変わらない。

映画や小説のような特別な力もなく、一国を動かせる強大な権力を持つわけでもなく、宇

宙人に拉致された事もない。

 しかし、知子が友人として接している少女達は、大小の差こそあれ、非常に奇妙キテレ

ツだった。

「お願いです、神様。今年も無事に二学期を迎えられますように」

 終業式後のホームルームが終わった教室では、教材を整理した生徒達がグループを作り、

楽しそうに夏休みの予定を話し合う姿が幾つもあった。そんな雰囲気の中で、手を組み、

天井を見上げながら祈る知子の姿は、何とも形容しがたい場違いな空気を醸し出していた。

 しかし知子にとって、その祈りが届くことは、自分が奇異の視線に晒される事よりも遙

かに大事だった。

 そしてその祈りは、いとも容易く女神にはたき落とされる事となる。

「ねーねーちいちゃーん。一緒に帰ろうよお」

 綿菓子のように柔らかな声を掛けてきたのは、知子のクラスメイトで幼なじみの桃坂茅

(とうさかちさ)だった。

 知子の憂う、キテレツな友人その1である。

「あ、ああ。わざわざ言わなくても、私たちは家が近いんだし。いつも一緒に帰ってるで

しょ?」

 立ち上がり、茅沙の横に立つ知子。そして何を思ったのか、自分を見上げる知子に向け、

茅沙は生暖かい視線(・・・・・・)を向けた。

「いいのー。一緒に帰る、って言うのがいいの。よしよし」

 知子は、ただでさえ暑い時期に、頭を撫でられ、眉間にシワを寄せる。

「暑苦しいわ! ほら、さっさと帰るぞ」

「うんっ」

 辺りを見回すと、未だ教室を出ていない男子が、声を掛ける機をうかがっていた。狙い

は茅沙であると直ぐに感づいた知子が、茅沙の手を握り教室から廊下へ出る。純粋に茅沙

へ好意を抱くまともな男なら知子も男子を応援したくなろうものだが、しかしクラス内の

男子は、茅沙のガードが低そうな事からか、邪なオーラがあふれ出していた。

 そういった周囲の気配に敏感な知子は、友人についついお節介を焼いてしまうたち(・

・)だった。

 暫く手を繋いで歩いているた知子だが、ふと我に返ると、手を繋いでいる事が急に気恥

ずかしくなり、そっと手を離して俯いた。そして、昇降口の下駄箱から靴を取り出すと、

それを履き、外へ出る。

 暫く無言で歩き、恥ずかしさが少し収まった事で、知子はようやく視線を上げる気にな

る。そして、静かに立ち止まり、振り返ると、そこには当たり前のように茅沙が居た。

 満面の笑みを浮かべる茅沙は、知子に二歩近づくと、静かに頭を撫でた。

「えへへー。いつもありがとう、ちいちゃん」

 その一言で、茅沙がまるで自分の考えを見透かしているような気持ちになり、知子は顔

を真っ赤に染める。

 そして、振り切れた恥ずかしさを誤魔化すように、大きく息を吸う。

「ああ、もう! 早く帰ろう!」

「うんっ」

 茅沙が知子の横に並ぶと、意識がシンクロしているかのように、同じ早さで歩き始める。

コンパスが劣る知子に茅沙が合わせているのか、茅沙の速度に知子が合わせているのか。

 二人にはそれがわからなくなる程の付き合いがあった。

「あっ…………」

 通学路にある、青々とした並木道へやってきた知子は思わず声を漏らした。夏の強烈な

日光を遮り、凛とした雰囲気を漂わせていたその場所は、四ヶ月弱は歩いた、通い慣れて

いる筈の通学路。しかしその日だけは、木々が一段と鮮やかに見えた。

 立ち止まった知子と同じタイミングで歩を止めた茅沙が、同じように木々を見上げ微笑

する。

「綺麗だねー」

「…………うん」

 夏の暑さにやられてか、直前の行動によってか。

 音を立てたように頭が切り替わり、知子は不安だらけだった夏休みが、突然期待に満ち

たものに変身したような気がした。

「………………うん。うん! 何だか、楽しい休みになる気がした来た!」

「うんうん。私も楽しみー…………あっ」

 何かを思い出した様子の幼なじみに、知子は訝しげに首を傾げた。用件を思い出そうと

している茅沙を、知子は静かに待つ。

「…………あっ、そうだ。ちとちゃんがね? 夏休みに遊べるよう、ずっと作ってた発明

品が完成したんだって。学校が終わったら最後の調整をして、今夜からでも使えるから、

ちいちゃんにも来てほしいって。伝えるの、忘れるところだった」

 恥ずかしそうに後頭部へ手を回す茅沙の愛らしい表情とは裏腹に、知子の中で沈静化し

ていた不安は、殻を破ってにじみ出ていた。

「ああ、あの…………その発明品って、危ないものじゃないよね?」

「ううん。わたしも見たことがないから、わかんない」

 知子は青く茂る木の葉の隙間から真っ青な空を仰ぎ、落胆の吐息を漏らす。

「おお、神よ。試練はもう、沢山です」


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