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夏の桜  作者: 大和麻也
3/6

III 「真面目だね」

「それはそれとしてぼくらで調べられることを調べよう」

 弥くんは「相談できる人がいる」という旨の前言をいきなり撤回してしまった。釈然としないあたしに、彼は「気難しい人だから、協力を得るまでには少し時間がかかるんだよ」と釈明した。

「それじゃあ、何を調べるの?」

「ううん、呼びだされた理由は先生に訊いても説明してくれないよね」

「もう訊いたよ、はぐらかされた」

「そっか。そうだ、縁起でもないけれど、お葬式とか家族の用事とかに呼ばれたってことは?」

「ないと思う。それならあたしに黙っている必要がないから」

「それもそうだね……補習や夏期講習の可能性は?」

「補習なら午後からの活動には参加できるし、夏休み前の段階でマリアは塾には通ってなかったよ」

「ううん……もう手詰まりだよ」

 弥くんは早速両手を上げて降参のポーズを取った。もともと優男の風貌だけれど、いざこういう場面で本当に頼りないとなると苦笑が漏れる。

 そのとき、バイブレーションの音が聞こえてくる。「ごめんね」と言って弥くんは携帯電話を取り出すと、せかせかとその場を離れていく。

 しばらく問答をするような感じで、焦ったり考えたりしながら話していたかと思うと、弥くんはいくらか頷いて戻ってきた。そして、唐突に問う。

「ねえ、その田橋さんの姿を誰も確認していなかった時間帯ってない? 特に桜井さんが見ていない時間帯に何をしていたかわかる?」

「ええと……」マリアから目を離していた時間を、いま話したところからピックアップして伝える。「家にいる時間やトイレの時間はともかく、少なくとも、遅刻してくるまではわからない。それから、文化祭の作業中にマリアは何人かのクラスメイトとジュースを買いに行った時間がある。そして、片付けのあいだマリアが教室に残っていたとき」

 反芻するようにこくりこくりと頷いていた弥くんが顔を上げた。

「わかった。その中だと……買い物の時間がいいね。その時間帯について調べよう」

「うん」

 買い物に行ったのは近所の自販機であることは聞いている。あたしたちは学校の周辺にある自販機を調べることに決め、荷物をまとめ靴を履きかえ校門を出た。

 あのとき買って来てもらったジュースを思い浮かべ、ここの自販機ではあれが買えない、これは買えないといったふうに絞り込んでいく。そうしていくうちに、自販機が数台置かれた屋根付きのブースを見つけた。

「たぶん、ここだよ。ここの品揃えなら間違いなさそう」

「裏門からすぐのところだ。確かに、勝手がいい」

「え? ここ裏門の近く?」

 歩き回っているうちに自分の位置を把握できなくなっていた。弥くんはそうだよ、と言って不思議そうな顔をして頷いた。

 あたしはしまった、という気持ちに苛まれる。

「ここの自販機、うちの生徒は使用禁止だよ」

「へ? そうなの?」

「先生が『裏門すぐにある自販機は使うな』ってホームルームとか朝礼とかでしつこく言ってたんだ。どういう理由かは知らないけど」

「まあ、理由を言ったら面白がって来ちゃうからね。見たところ、さしずめ不良がたむろする場所なんじゃないの?」

 弥くんは呆れたような表情を作り、ブースを見回す。そこには煙草やエッチな雑誌が散らかっており、ベンチや柱、自販機そのものにはスプレーで下品な落書きがされている。なるほど、嫌な場所だ。

「それにしたって、桜井さんは真面目だね」

「……え?」

「偉いよ、使用禁止だなんてぼくは憶えていなかったし、普通は自販機くらい内緒で使っちゃうさ。正直、ぼくもそっち側だと思う。流石、パートリーダーや実行委員を任せられるだけあるね」

「そんな、照れるよ……」

 真面目などと褒められるのは初めてだった。普段は『ドジ』だとか『おっちょこちょい』だとか、『遅い!』『また円か!』とばかり言われている。褒められたら皮肉だと認識するようになりつつあるが、弥くんの言葉は正直なものだと素直に感じた。

「それにさ、本当に真面目なのはマリアだよ」

「……そう」

 弥くんが微笑んだ。穏やかで優しい表情なのは相変わらずだけれど、寂しげな様子が初めて含まれていたことに気がついた。

 どうしてか、あたしはその顔を永遠に眺めていたい気持ちになった。



「さて、きょうはそろそろ解散にしようか」

 弥くんが明るい声で切り替える。気がつけば随分時間が経っていて、すっかりお腹が空いてしまった。

「そうだね、おしまい」

 と言ったところで、少し勇気を出して聞いてみる。

「お昼一緒にどう?」

「うん、いいね……でも、たぶん家でご飯が用意されているから、また今度にさせてもらおうかな。ありがとね」

 せっかく誘ったのに、弥くんは適当に手を振ってちゃっちゃと去って行ってしまった。

 悔しいというか、寂しいというか。



 その晩、携帯電話を開いてみた。携帯での登録名も『マリア』だ。

 しかし、コールしてみようという気は起きなかった。ここでまた留守電に繫がったところで、残すメッセージは何もない。そのメッセージを残すために、弥くんと一緒に自販機を調べに行ったくらいなのだから、連絡を試みるのは時期尚早なのだ。

 そういえば、と思い出す。

 弥くんとは連絡先を交換していない。

 そうだ、弥くんはあたしが話しているあいだに携帯電話をいくらか触っていた。何のためだったのだろうか? そのあと誰かと話していたから、「うってつけの人」と連絡を取っていたと考えて自然だ。では、それは誰なのか。

 家入才華ちゃん?

 ううん、だとしたら腑に落ちない。

 いや、待て。どうして腑に落ちない?

 考えるのをやめて、インターネットを開いてみた。検索ワードの欄にカーソルが合わせられる。何を検索するか決めていなかったので、周囲を見回してみると、トランペットが目に入った。

 ひとつめのワードは『譜面』にしてみた。

 ほかに入力するもの……


『ヒットマーチ』

『タイガーズ』


 あたしは欄を空白に戻し、表示履歴を削除して寝ることにした。


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