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夏の桜  作者: 大和麻也
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II 「怒られたのが辛かったのかな?」

 翌日の吹奏楽部はお休みだった。

 てっきりきょうも部活があると思って、十時になってからご丁寧に起こしてくれた目覚まし時計に鉄拳制裁を加えてから急いで学校に来てはみたが、無駄足だった。

 同じトランペットパートの友達に携帯電話でコールしてみる。三コール目で出て来た彼女にひと通り愚痴を吐き終えると、思い切り笑われた。

『そりゃご立派だよ、パートリーダー!』

「ひどい皮肉! それにリーダーはマリアみたいなものでしょ」

 天保の吹奏楽部はそれなりに大規模なのだが、トランペットパートに限ってなぜか人材不足が深刻で、三年生が引退したら二年生がゼロ。結果的に全員が一年生となり、成り行きであたしがパートリーダーをやらされていた。

 そこで、親友のマリアと協力してパートを運営していて、彼女のほうがよっぽどリーダーらしかった。文化祭実行委員も一緒にやっているのだが、

『でも、智夏(ちなつ)ちゃんもう三日も来てないよ』

 友人は声を小さくした。

「まだ来そうにない?」

『まったく。怒られたのが辛かったのかな?』

「連絡はつかない?」

『ダメだね。エンちゃんは?』

「あたしもダメ。留守電に残すメッセージも思いつかないんだ」

 しょうがないよ、と友人から適当に励まされ、わたしは携帯電話を閉じた。

 マリアのことは何よりも気がかりだ。リーダーの務めは好きだし、立派なリーダーになりたいと常々思っているけれど、ドジなあたしにはまだまだマリアの助けが欠かせない。もしも天保が甲子園に進出して吹奏楽部がスタンドで応援することになっていたら、あたしは重役に押し潰されてパートリーダーをマリアに譲っていたかもしれない。

 気を取り直す。夏休みの学校で退屈してしまうと何もすることがない。しかし、部活があると思っていたものだから、お母さんにお昼を食べてくると言ってしまったため、結局学食で食事をすることに決める。食事にもまだ早い時間なのだけれど、図書室で優雅に過ごそうと思うと寝てしまう。

 天保の食堂はやたらと大きい。その空間が広いという意味でもあれば、メニューが多いという意味でもあるし、どうでもよさそうなものまで整っているという意味でもある。

 すると、驚いたことにきのう出会ったかわいらしい少年が座っていた。

「あれ、弥くん?」

「やあ、桜井さん」

 弥くんは食堂のテーブルをひとつ占拠し、数学のあらゆる教材を広げている。オレンジジュースのパックも置かれていて、勉強のためのエネルギーになっているのだろう。気迫の学習なのか、追い込みなのか、自分を逃げられなくしているのか。

「補習だったの?」

「そう。桜井さんはまた部活の時間間違えちゃったの?」

「よくわかったね。せっかく来たのに休みだった」

「なんとなくそんなふうに感じた。それにしたって、どうも浮かない顔だね」

 平気な顔であたしの不安を指摘してきた。わざとらしく鈍感なのだろうか、自然と話を引き出そうとしてくる。きのう話したときもそんな雰囲気を薄々感じていた。

「実は、友達が不登校っていうのかな? 部活とか文化祭の準備とかに来てくれなくなっちゃってさ」

「ははあ、苦労するね」

 柔らかいその相槌を聞いて、わっと何かが込み上げる感覚に襲われた。先ほど友人に笑われたフラストレーションもあったのか、あたしは弥くんに相談することを特に考えもなく決めてしまっていた。

「マリア……あ、マリアはあだ名で、本名は田橋(たばし)智夏っていう子なんだけど、同じクラスで、同じ部活の優しい女の子なの」

 弥くんは黙って聞いてくれている。真っ直ぐこちらを見つめてきて、話せば話すほど気分が晴れていくようだ。

「部活でもパートリーダーの手助けをしてもらったり、文化祭の実行委員を一緒にやったりしているんだ」

「へえ、仲がいいんだね」

「そうなの! ……でも、ここ数日部活にも準備にも来なくなってから、電話にも出てくれないんだ。せめて来なくなった理由がわかれば、留守電で何か言ってあげられると思うんだけれど、そんなに心の弱い子じゃなかったと思うから変なんだよね」

 弥くんは首を傾げる。

「口ぶりから察するに、最近、妙なところはあったんだね?」

「あったにはあったよ」

「連絡が途切れる前後のことを教えてくれる? 相談に乗るよ」

 弥くんはノートを閉じ、携帯電話を確認して自分の周囲を整えてくれた。あたしは少し息を吸ってから、一気に話してしまうことにした。


「最初に話すべきは、四日前かな? マリアは部活に遅刻してきたの。その日は午前中だけの練習で、それだけ朝も早くて遅刻はある程度仕方がなかったんだけど――実際あたしも三十分遅れて叱られちゃったんだ――マリアが来たのは十時になるころで、全体練習の寸前だったの。すると先生はおかんむりで、マリアはその日の練習に参加できなかったんだよね。うちの部だと全体練習に途中から入られると迷惑だから、参加させない決まりなんだ。あたしなんか何度退場させられたか。

 おかしかったのはそれがひとつ。

 さらに、午後には文化祭の準備に取り掛かったんだけど、そこではいつも通りだったかな? うちのクラスは空き缶アートっていうのかな、空き缶を集めて加工して、でっかい像を作ろうとしているの。パーツごとに組み立てている段階だから、そのときは小さいパーツを個々に作っていたよ。その日は熱中しちゃって、下校時刻を破って夜の八時くらいまで教室にいたんだ――大丈夫、大丈夫ってみんな調子に乗って。たまたま隣のクラスも映画撮影で夜の学校に侵入していたしね。

 するとついに残っていた先生に見つかってこっぴどく怒られて、でも一生懸命お願いして片づけまでは許してもらったんだ。うちのクラスは大きいものを作るから、特別に空き教室を借りてるの。で、マリアはというと……そうだ、教室に残って机の整頓をしてくれたんだった。いつもひとりでやってくれるんだよ、優しいよね。その日はそれくらい。

 問題はその次の日で、三日前。部活中に突然マリアが神妙な顔つきの担任に呼びだされたかと思うと、戻ってこなかったんだ。トランペットも楽譜も置いたまま帰っちゃったみたい。

 それからなんだ、マリアが連絡をくれなくなったのは。どう? あたしたちは担任に怒られたことが原因だとはわかるんだけど、何をしたのかなって……弥くん、わかる?」


 話し終えたとき、あたしは目頭が熱くなっていた。自覚しているより不安なのか、話したらほっとして溢れて来たのか。

 すると、弥くんは携帯電話を再び取り出し、何か操作してまた閉じる。それからひとりで何かを思いつき合点したようで、無言ながらも自信ありげに頷いた。何だろうと思っていると、弥くんの表情が心なしか逞しくなった。


「そういうことなら、うってつけの人がいるんだ」


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