平凡女子が妄想女子の標的になりました。
注意:嫌がらせ・イジメに近い表現があるため、不快感を覚える可能性があります。
どうも、平凡女子高生、野木音々です。
突然ですが、皆様はトリップ小説というものをご存知でしょうか。
異世界にある日突然行ってしまうというもので、普通にその世界に行くもの以外にも、転生…つまり生まれ変わるものや、漫画やゲームなどの二次元世界のキャラクターに成り代わるもの、それに類似してその世界の人に幽霊のようになって憑依するものなどがあります。
少し特殊だとは思いますが、パラレルトリップというものもあります。
これには種類があって、自分の生まれた世界の『もしも』の世界に行くもの、もしくは異世界の自分と入れ替わるもの。
トリップなんていうものは想像の中のお話で、私もそういうものとして、読者の側で楽しんでいた。
…はずだった。
「……名前呼びを断られるなんて…まだフラグが立ってないのかしら…」
掃除が終わってゴミ捨てに行ったら、ぶつぶつ呟いている女子生徒を見つけた。
それだけなら、私も聞き咎めなかったけど。
「早く瑞貴君に依存された~い!」
瑞貴…?それに依存って…。
『ワけが分からないヨ』
「…影、勝手に出てこないで」
小声で私が咎めると、影が笑う。
…私が自分のことを平凡女子、と言ったのは少し語弊があるのかもしれない。
平凡な人は、自分の影が勝手に動き出したりしないだろうから。
「でもあの女が邪魔ね…幼馴染かなんだか知らないけど、ライバルキャラなんていらないのよ」
幼馴染って、私しか思いつかないんですけど。
嫌な予感しかしない。
…。
……。
………。
あの独り言を聞いた翌日から、確実に彼女が黒幕であろう嫌がらせが始まった。
ただ、その彼女は思い返してみるとよりによって攻撃的な性格の女子に慕われている、いわゆる、女子が慕う女王様タイプ。
だから私としても慎重に立ち回らないといけない。
被害者は私だけだし、それだけで中学時代一種の若気の至りとしてやらかしてしまったあの事件の二の舞にはしたくない。
あの時は、ただでさえ精神を病んでいた瑞貴を刺激しないために平静を装ってたけど、私だって、心身ともにギリギリの綱渡りだったし。
「…まぁ、仕方ないか」
私はあの時も使ったボイスレコーダーをポケットに仕込んで、毎日登校している。
靴を持ち帰って靴箱を常に空っぽにしておいて、机の中に置き勉をしない。
学校に私物を置いておかなければ、嫌がらせの内容は限られる。
そうすれば、耐えられないようなものじゃない。
靴箱と机の中に生ゴミ?なら捨てればいい。
生ゴミを触って捨てたことなんて何度もある。
机にいたずら書きされたんなら消せば良いし、消えないなら新しい机と交換するとか、犯人の机と交換する。
しかも私の机だって分かるようなことを書いてあるから、犯人が間違っただけという可能性もあるのに私のせいにすれば、自分が犯人と関わりがあるって名乗り出るようなものだし。
思ったよりも精神的な苦痛がないのは、中学のあの事件で強くなった証なのだろうか。
「…音々、やっぱりこんなの間違ってる。やめるように言いに行こう」
澪が怒りの表情を浮かべて言った。
「言い逃れされたら終わりだし、もう少し様子が見たいんだよ」
「そう言い続けて二週間以上経ってる。アイツも、牧井に隠しておくのは限界だって言ってるんだ、もうバレる頃だろう」
初日から瑞貴には嫌がらせのことを隠していた。
やっと精神状態が落ち着いてきたのに、逆戻りしてしまうと思ったからだ。
それも、今度は取り返しのつかないくらいの人間不信に。
澪や凪にはすぐにバレてしまったけど、だからこそ、一緒に隠してもらってる。
今のところ、嫌がらせのことに気づいて傍観姿勢なのが男子の半分、嫌がらせのことを気遣ってはくれるけど手を出せない状態なのが女子の大半、私の友達は、動いてくれようとしたけど私が止めている。
気づいてない人も少数ではあるけど確かに存在して、瑞貴もその一人。
あとは例の彼女の支配下にある子たち。
「けどなぁ…」
正直に言えば、嫌な予感しかしないので、瑞貴には彼女に近づいてほしくない。
彼女が瑞貴のことを依存させたい、と言っていたのを聞いた後日。
依存系ヤンデレ萌える、と謎の…まぁ理解できなくはない言葉なのだけど、それを恍惚とした表情で口走っていたのが聞こえてきて、戦慄が走った。
「あの女じゃなくて、凪君と瑞貴君のカプなら、許せるんだけどなぁ~」
などと決して私も理解がないわけではないが、本人たちを知る者としてはリアルで妄想して欲しくない独り言を言っているのも聞いた。
…実際、凪の恋愛対象自体は異性だそうだ。
それに、瑞貴だってまだ若干の同性恐怖症。
…ありえない。
事情を知らないから妄想出来るんだろうけど、知っている立場からすれば怒りしか沸いてこない。
ちょうど今から、呼び出しだから、少しお話してみようと思う。
「……」
呼び出しておいて遅く来るとは何事なんだろうか。
「あら、もう来てたの」
申し訳なさも何も感じていない口調。
一人で来たことには一応の評価をしても良いと思う。
「じゃ、話に入るけど…貴女正直邪魔なのよね。何をしても図々しく瑞貴君の側に居座ってるし」
「瑞貴は私の幼馴染だよ。幼馴染と一緒にいて何で図々しいの?」
「はァ?自分の顔鏡で見たことある?そんなブスのくせに」
「…一応、この顔と十数年間付き合ってきてるんだけど。というかほぼ初対面の貴女に言われる筋合いはないと思うよ」
「あんたは所詮モブキャラなんだから口答えするな!!」
モブキャラって…。
「モブキャラって…どういうこと?」
「この世界はゲームの世界!私は主人公なのよ!瑞貴君はねぇ、依存系ヤンデレの攻略キャラなの。だからモブは必要ないの」
…見た限り、本気でそう思っているらしい。
攻略キャラ、ってことは乙女ゲームのことだろうか。
「それを信じるとして…ここは現実なんだよ。瑞貴がどうしようが貴女に関係ないと思う」
「何よ、ライバルキャラにでもなるつもり?!」
「いや、だから…」
ライバルも何も私が瑞貴を好きじゃないと意味ないよね。
私、恋すらしたことないからなぁ…。
友達に、瑞貴との関係をからかわれたことはあるけど。
「ライバルキャラなんていらないの。だからあんたは消えなさいよ」
ずいぶんな言い草だ。
さすがに腹が立ってきたから、口を開いて反論しようとした。
「お前が消えれば?」
自分が言われたわけでもないのに、背筋が凍りつくような冷たい声。
「好き勝手酷ぇこと言ってさぁ…他の女子と一緒に嫌がらせしてたのもお前だろ。そんなヤツに存在してる価値なんてある?」
私の前に立った瑞貴が彼女を睨みつけているのが、彼女の揺れる瞳から見えた。
「……嘘よ、瑞貴君が私を睨むはず…こんなの嘘よ…」
「行こう、音々。これ以上ここにいても無駄だ」
呆然とする私の手を瑞貴が引いて歩いていく。
「瑞貴、どうして…」
私、隠してた、よね?
「…凪に隠される前から、本当は気づいてたんだ。音々が俺のこと心配してくれたのは分かってる。だから、知らないフリしてた」
「そっか…ごめんね」
「いいよ、音々は何も悪くない。それにしてもあの女、気違いじゃん。ゲームだのなんだの…」
「どこから聞いてたの?」
「ほとんど最初から。音々の側にいるのは俺の意思だってのに、何か気持ち悪い」
「あはは…」
まるで小説の中のようなお話。
だけど、彼女のそれはただの妄想だったのか、本当にトリップという現象が起こっていたのかは、私には判断出来なかった。
でも、よかった。
中学の時みたいなことにはならなくて。
数年間で二度も人の心を壊したら、罪悪感に苛まれて生きることになるだろう。
それは、さすがに嫌だから。
平凡な考え方しか出来ないけど、それはそれでいいんじゃないかな。
音々は文中にもあった通り、本当の意味での平凡ではありません。
実はこの作品は完全な現代モノではなく、特殊能力が存在する、ファンタジーチックな世界観でもあります。
ちなみに影を操る以外の能力も持っていますが、生活の役には立たず、逆に生活の妨げになるような能力ばかりなので普段は制御して生活に支障がないように過ごしている感じです。
『中学時代』もそれで瑞貴を助けたということにしてあります。
この世界が実際に乙女ゲームなのか、乙女ゲームはただの妄想なのかは…皆様のご想像にお任せします。
読んでいただき、ありがとうございました。