8.安藤、思いつく
『森川君がこんなに寝ているはずがないでしょう……』
いつもノート1頁分ぎっちり書いてくる返事がたった1行。これだけだった。
ひぃぃぃっ。
これはお怒りだ。怒っていらっしゃる。特に……がかなりのお怒りを表している。
事実しか書いていないのに、怒られるとはなんということだと思う反面、やっぱり少し嘘を混ぜておくべきだったかと舌打ちしたくなった。
そうそうに何とかしないと先輩が教室にやってくる。黒いオーラを纏いつつ笑顔で「安藤さん、あなた彼のこと馬鹿にしてるの?彼はそんな人じゃないわ」と森川君の素晴らしさを延々と語るに違いない。
森川君は純粋にお馬鹿さんなんだけど、私が言うことは信じてくれない。森川君が正義なのだ、あの人にとって。
実際はお馬鹿さんなのに……。お馬鹿さんなんて可愛いものじゃないな、馬鹿なのに。
「よっ!安藤。朝から不細工な面して。さては先輩に怒られたか」
朝からテンションの高い佐伯に肩を思い切り叩かれた。痛い。
無言で睨んでも佐伯には効果がないようで、「何だよ、図星か?不細工って言われたくらい気にするなよ」と慰めてきた。
うん。不細工って言ったのは佐伯だよ。
先輩は不細工とは言っていないよ。
朝から涙が出そう。帰りたいな。
「何だよー。そんなに不細工って言われて凹んでんのか。大丈夫だって。安藤は中の中だから」
「……佐伯、一発殴っていい?」
「もう殴ってるじゃん」
許可を取る前に佐伯の右腕を思いっきり叩いていた。
相当ストレスが溜まっているんだとそれで気づいた。
「で、どうしたの?」
佐伯が安藤の前の席に座り安藤の顔を覗き込む。安藤の前の席は田中だが、佐伯が邪魔と追い払った。
田中は自分の席に座っていただけなのに可哀想だ。
「いや、どうやら寝てばっかなのが気に入らないらしくてさ……」
「はぁ!?あいつはいつも寝てばっかだろう」
「それが先輩には信じられないみたい」
「幻想抱き過ぎだな。実際は寝てばっかのただの馬鹿だろう」
佐伯が鼻で笑う。先輩も森川君も馬鹿にしているに違いない。森川君はともかく先輩も馬鹿にできるってすごい。
私が馬鹿にしたら第六感で気づいてお説教されると思う。
「で、どうしようかと思って」
「いいじゃん、そのままで」
「え?」
思わず佐伯を見る。
佐伯はきょとんとした顔で「だって寝てるのが事実じゃん。観察日記だし、見たまま書けばよくね?」とのたまった。
「それでいいなら悩まないんだって」
何だかガクッと体の力が抜けてしまった。
佐伯が先輩と交換日記やればいいのに……。
授業が始まってからも安藤は考える。
このまま観察しても森川君は寝ているだけだ。今日もそのまま書いたら完全に怒られる。
どうしよう。あーすげぇ面倒くさい。
もういっそ先輩と森川君がさっさとくっついてくれたらいいのに……。
ん?
そっか!これだ!!
「どうした、安藤?」
ガタンと思わず席を立ってしまって先生に声を掛けられた。
「い、いえ、何でもありません」
慌てて座りなおしたが、クラス中に笑われてしまった。
森川君じゃあるまいし、超恥ずかしい。
でもこれで何とかなるかもしれない。
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