4.安藤、悩む
たちの悪い夢を見ていたのだと考えることにした安藤は、翌日クラスにまで押しかけた先輩を見て、やっぱり夢じゃなかったのかと舌打ちしたくなった。
3年生なのに2年生のクラスにまで躊躇いもなく来れるのなら、やっぱり森川君に話しかけられるんじゃないか?と思ったが、それを口に出せる勇気はない。
先輩は笑顔で「はい、これ」とよく言えば可愛い、悪く言えばどこで買ってきたんですかそんなもんと言いたくなるような奇抜なノートを安藤に手渡した。
黄色と黒のギンガムチェックって踏切カラーじゃん。トラ色じゃん。
安藤には百歩譲っても可愛いとは思えなかった。
「これに1日の様子を書いて放課後、化学実験室に置いといてね。朝、またそこに置いておくから」
1日の様子とは安藤の様子ではないだろう。昨日の話から森川君の様子を観察して書き、化学実験室に置いて帰れということだ。
しかも朝に取りに行かないといけないとは。
そうなると早い時間に行かないと、1時間目から実験室を使う生徒に見られたら悲惨なことになる。(主に安藤が)
笑顔を向けられているのに恐怖しか沸いてこない。
先輩はそれだけ伝えるとさっさと自分の教室に帰って行った。
あーどうしよう。
関わりたくない。面倒だ。
ギンガムチェックのノートを見ながら安藤はため息を吐いた。
今日から好きでもない森川君を観察しなきゃならないなんて。
森川君に観察しているのがバレて、私が森川君のこと好きだと思われたらどうしよう?
いや、森川君じゃなくても周りに思われても困る。
安藤さんって、イケメンが好きだったんだー。イケメンなら馬鹿でも構わないのね。むしろそんな馬鹿なところが可愛いと思っているんじゃない!?なんて噂話されたらたまらない。
で、周りから森川君がそのこと聞かされて、「安藤が?うわ、マジ困る。迷惑だー」とか言われたら。
あと半年このクラスで過ごさなきゃならないのにそれは困る!
でもやらなかったら先輩が怖い。
あの人なら「どうしてちゃんとやってくれないの?約束したじゃない」と凄んできそうだ。
約束していないけど。
どうしよう~。
「安藤、どうした?顔悪いじゃん」
頭を抱えそうになった安藤に頭の上から声がかかる。
「佐伯……」
見上げれば、同じクラスの佐伯六花が立っていた。
巻き髪に派手な顔立ち。
一見すれば佐伯に安藤がカツアゲされているようにも見えるが、2人は仲が良い。
佐伯は見た目が派手だが、中身はさほど派手ではない。派手顔だから地味な格好をしていると余計におかしくなるのだそうだ。
「ちょっと!そこは顔じゃなくて顔色でしょ!?って突っ込むところでしょ!?これじゃ私が本当のこと言って苛めてるみたいじゃん」
歯に着せぬ物言いはたまに傷つくが。
「………………うん。今佐伯に構う暇ないから。そっとしといて」
安藤は机に突っ伏して右手をヒラヒラと振った。
先輩の次に佐伯の相手なんて朝から体力を消耗してしまう。
先輩の毒気に充てられあとに佐伯に突っ込みを入れる気力なんかない。
「さっき来てたの寺岡先輩でしょ?安藤、あんな人と関わりあったの?」
「佐伯、知ってるの!?」
一気に顔をあげ、佐伯を凝視する。佐伯は何事かと驚く。
「まぁね。ってか有名じゃん。美人で頭も良いし性格も良い、なんか出来過ぎてて胡散臭い人。……安藤、どうした?」
美人なのは認める。頭が良いかどうかはわからない。
でも性格が良いっていうのは嘘だろう。間違いなく。
性格が良かったら見ず知らずの自分を捕まえて私利私欲のためにこきつかうことはしないはずだ。
「ってうわ!何そのノート。気持ち悪っ」
安藤の様子を伺っていた佐伯はその机に置かれていたギンガムチェックのノートを見て悲鳴に近い声をあげた。
佐伯も気持ち悪いと思うらしい。自分の感性がおかしいわけではないようだ。
「その先輩からもらった」
「は?」
どういうことだと言わんばかりに佐伯が眉間に皺を寄せた。
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