2.安藤、巻き込まれる(1)
ちょっと長いので2つにします。
「こうやって書くと改めて森川君ひどい、いろんな意味で……。っていうか自分キモっ!!気持ち悪!」
安藤は机に広げていたノートを勢いで閉じた。もう見たくない。捨てたい。焼いてしまいたい。
あまりの気持ち悪さに喉をかきむしる。蕁麻疹でたかも。かゆくてしょうがないよ。
私にはやっぱり無理。
主観を入れずに書こうとしていたのに、あまりの森川君のひどさに主観が混じってしまった。
明日これを見せたら、怒られるかもしれない。
彼の人が怒り狂う姿が容易に想像できる。
「こんなの森川君に失礼じゃない!森川君はアイドルなのよ!!」とか言いそうだ。
……いいや、怒られても。
安藤は開き直った。
失礼どころか事実だし、第一森川君はアイドルじゃない。
怒られてもうあなたには頼まない!くらいのことを言ってもらえればラッキーなんだが、そうはならないだろうか。
いや、あの先輩だからならないだろう。
ため息を1つ吐いて安藤は自分の主観を書いた部分を消していった。
どうせ怒られても続けなくてはいけないのなら、怒られないほうがいい。
あの人は怒ると怖いから。
消しゴムをかけながらも思う。
なんで。
なんで。
なんで私が好きでもなんでもない(むしろ関わりたくない)森川君のことを観察しなきゃいけないの!?
心の中の叫びは誰にも聞こえない。
ことの始まりは昨日にさかのぼる。
化学の授業が実験を行うため、化学実験室へ移動だった。
文系クラスを選択したのに、この高校では2年次に化学の授業が必修なのだ。
化学が苦手だから文系を選択したようなものなのに、詐欺だと安藤は思っている。
化学実験室は旧館の離れにあるため、移動するにも時間がかかる。しかも教科書・資料集・参考書・ノート・筆記用具と持っていくものも多い。
あーマジでかったるい。
いっそサボってしまおうかとも考えるが、素行の悪い生徒ではないことに加え、今度のテスト範囲になってしまったら完璧にやばいと思う小心者なため、サボることはない。
実験室につくと4人掛けの机の下に持ってきた教科書類をしまう。実験の際は机の上に余計なものを置いてはいけないのだ。
薬品を扱うし、器具も使う。余計なものを出していると危ないと先生にきつく言われている。
しまう際、くしゃと紙が丸まる音がした。
あー今日の実験プリントつぶしたか?
安藤は手だけでそのつぶしたと思われるものを探して取り出した。
「何これ?」
手紙?
可愛いらしい緑色の封筒が折れて少しくしゃくしゃになっている。
安藤には身に覚えのないものだ。
前の授業の人が忘れていったのかな?
机の下で封筒についた折れ目を伸ばす。自分のならまだしも人のものをくしゃくしゃにしてしまったのは悪い。
相手の顔はわからないが、折れ目が少しでもとれるように丁寧に伸ばした。
そうこうしている内にチャイムがなり、授業が始まった。
さすがに授業中も封筒の折れ目をのばしているわけにもいかないので、安藤は自分が持ってきた教科書類の下にしまった。
重みで少しは折れ目が取れるかもしれない。
実験の説明を聞き、行っている間にその封筒のことは忘れてしまった。
実験が終わって教室に戻って、ノートを忘れてしまったことに気が付いた。
一番下にしまっていたから忘れてしまったようだ。
幸い、今日は化学の授業が最後の授業だったため、帰りのSHRが終わってからすぐ取りに行ける。
しかし、ノートを忘れてしまった時から、安藤の平穏は崩れて出していっていた。
このときはまだそんなことさえわからないが。
SHRも終わって、のんびりと安藤は旧館に向かう。
今日は特に用事もない。ただ帰るだけだ。焦ってノートを取りに行く必要もない。
このあと待ち構えていることを事前に知っていたら、全速力でノートを取りに行っていた。むしろノートを置き忘れたりしなかった。
化学実験室につくと、既に先客がいた。先ほど安藤が座っていた席付近に立っている。
「あなた、安藤栞さん?」
名前を呼ばれて一瞬焦る。
よく見れば、彼女の手に自分のノートがある。ノートには名前が書いてあるからそれを見て知っていたのだろうと、自分の中で納得した。
「そうです」
「良かった。今、ノートを届けに行こうかと思っていたの」
彼女はにっこりと微笑んだ。
すごく感じのいい人だ。
安藤はノートを返してもらおうと彼女に近づくが、彼女はノートを一向に返してくれない。
不思議に思って声をかける。
「あの……」
「お願いがあるの」
「は?」
向かい側にいる彼女は俯いたため表情がわからない。
「あなた、2年2組でしょ?」
「はい?」
何で知っているんだこの人と思うが、そういえばノートにはクラスと名前を書いてあった。
「森川君と同じクラスよね?」
森川君ってサッカー部の?
確かに同じクラスには森川というクラスメイトがいる。サッカー部所属の有名人。
「そうですけど…………っ!?」
いきなり目の前の彼女に肩を掴まれた。思わず竦む。
華奢な体のどこにそんな力があるんだと思うくらい強い力で、何だか怖い。
「森川君の普段の様子を教えてほしいの」
先ほどまで俯いていた彼女は顔をあげ、にっこりと笑って安藤を見ていた。
ゾクッと背筋に悪寒が走る。
笑っているのにこの悪寒は何?
思わず走って逃げたくなったが、両肩は彼女にがっしり掴まれたまま。肩にかかる力が痛い。
「これは神様が受験勉強を頑張る私にくれたご褒美。だから絶対逃がさない」
小声でぶつぶつ呟く彼女。
言っている内容が危ない。
安藤の本能は危機を告げるが、肩を掴まれぶつぶつ呟かれ逃げることも叶わない。
「ねっ!教えてくれるよね?」
有無を言わせない彼女の笑顔を見ながら安藤は思った。
何で今日に限ってノートを置き忘れてしまったのだろう……と。
読んでいただきありがとうございます。