16.安藤、脅される
佐伯の牽制(暴力による脅しともいう)により昼休み以降、森川君は近寄って来なかった。
でもすごくこっちを見てくる。
授業中もちらちら後ろを振り返ってくる。板書を写す時に嫌でも目に入る。
授業参観に親が来てそわそわしている子供じゃあるまいし、やめてほしい。切実に。
昼休みの騒動のせいでクラスメイトもなんだか生温かい目で傍観してくるし。馬鹿でもイケメンだからいいんじゃない的な、ね。
私に森川君への気持ちはないので一方通行なんですが……。
森川君も起きているならもうちょっと前を見ようよ。それじゃ寝ている時と変わらないよ。
私の心の平穏のためにも前を向いてほしい。むしろ向け。
放課後になった瞬間そばに来ようとしたので「佐伯!」と呼んだ。いや、叫んだって言ったほうが正しい。それだけ必死なのだ。だってこのままじゃ結婚させられてしまう。
佐伯は前の時間に爆睡していたので気怠そうに立ち上がり伸びをした後、
「なんだよ!あー……森川、近づいたらお前の馬鹿ネタ校内放送で流すからな」
と牽制してくれた。
実際校内放送を使おうとして先生に見つかったことがあるからやりかねない。1度失敗しているから今度はもっと頭を使って潜入しそうだ。
それを聞いた森川君は固まってしまった。あの空気が読めない森川君が固まるのだからよっぽどすごい(ひどいの方が正しい)ネタを握っているに違いない。
さすが佐伯。人の弱みを握らせたら右に出る者はいないな。
固まったままの森川君の両脇を水石君と武井君が抱えて部活へ連行していった。
「はー、助かった」
「安藤、貸し1つな」
今6つあるからカツ丼以上奢れよなといつの間にか隣に来ていた佐伯が言う。
「カツ丼くらい奢るからあれ何とかしてよ」
「無理だな。だって馬鹿は猪突猛進だし」
安藤に向かって一直線だろと頭をかきながら欠伸をする。
早々に諦めるのやめて!!
確かに森川君は馬鹿だし空気読めないからかなり手強い。でも諦めたら私の人生が終わる。
佐伯は他人事だから簡単に言うけれど、自分がその立場になったらって考えてよ!
「私が安藤の立場になったらあいつを1回、いや心置きなく何度でもボコる。ボコるのが飽きた後は適当な男捕まえて彼氏にして見せつけて諦めさせる」
…………それはそれでひどい。
「安藤もそうすればいいじゃん。良いストレス解消になるぞ」
見たこともないような輝く笑顔で言う佐伯に安藤は何も言えなかった。
そんなに嫌われている森川君を不憫だとすら思ってしまった。
「安藤さん、ちょっといいかしら?」
佐伯の言葉に呆然としていたら後ろから声をかけられた。
振り返ればこの問題の元凶が微笑んでいた。
*****
先輩に連れて来られたのは化学実験室だった。
ここにノートを置き忘れなければ今頃こんなことにならなかったのになと安藤は泣きそうになる。
「ねぇ、覚えてる?ここで初めて私と安藤さんが会ったんだよね」
ニコニコ笑いながら先輩は言う。何が言いたいのかわからない。
「はぁ……」
「私、これって運命だと思ったの。森川君と付き合うための」
「はぁ……」
早く話を終わりにしてほしい。というか何でノートを森川君に渡したのか聞きたい。
「あの、何で先輩は……」
「でもね、私気づいたの」
話を切り出そうとしたら先輩が話をかぶせてきて言えなくなってしまった。
さっきまで笑っていたのに、今は慈愛に満ちた表情。
先輩がそんな表情をするってことは碌なことにならないと直感が告げる。
「安藤さんが森川君を好きなんだってことに」
「は?」
爆弾が落とされたような気がした。
今、変なことを言わなかったか?
脳が聞きたくないと思ったのか先ほどの言葉をリピートしようとするとピー音が入る。
ピーって放送禁止用語にしか使われないはずなのにおかしいな。TVならともかく先輩は目の前にいるのに。
「安藤さんがあんなにも森川君のことを考えて行動するなんて愛に他ならないって」
またピーが聞こえる。
おかしいな。
今日は変なのかもしれない。あ、これもしかして夢?
だから森川君に絡まれたり、先輩が変なこと言ったりしているんだ。
だったら早く起きなきゃ。
安藤は頬をつねる。痛みはあるのに目が覚めない。
あれ?おかしいな。夢って痛みがあるんだっけ??
「私が森川君を好きだって言ったから安藤さんは言えないのかもって思ったら居て立ってもいられなくなって」
目の前の先輩は安藤の様子に気づきもせず自分の話を続ける。
「そりゃあ安藤さんより私の方が綺麗だし、頭も良いし、性格も良いから森川君にふさわしいわ。でもだからって、安藤さんが自分の気持ちを押し殺すなんて私耐えられなかった」
涙を拭う仕草を見ながらも腹が立つのはなんでだろう。
答えは簡単。馬鹿にされているからだ。かなり見下されてますよね。
あーこれ夢じゃないわー。
私の夢ならもう少し先輩はまともだったと思う。
こんなにひどい人だって知らなかった。この人、痛すぎる。
「私の方がふさわしいからって安藤さんが身を引くことないのよ!!」
両手を握られてギョッとした。
色んな意味で恐怖だ。この人は本当におかしい。
「それにね、私森川君は好きだけど、付き合うまでにならなくても構わないって気づいたの。だから安藤さん」
えー!!
何それ………………。
今までの私の苦労は何だったの!?
「あなたは自分の気持ちに正直になっていいのよ」
意 味 が わ か ら な い 。
「森川君には私から伝えてあるから。例え周りが釣り合わないと思ってもお互いが想い合っていればきっと皆認めてくれるから」
目に涙を浮かべて必死に話しかけてくるこの人は宇宙人だ。
未知の生命体だ。
「あの、先輩……」
未知の生命体であっても目と鼻と口があるから話せばわかってくれるかもしれない。
「まさか安藤さん、森川君のことが全然好きじゃないなんて言わないわよね」
う。
この人はやっぱり未知の生命体だ。言おうとしたことがバレている。
探るような目つきで先輩は安藤を見る。
これでそうですなんて言ったら、命はないような気がして
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
と、安藤は答えてしまった。
「そうよね!もしそうだったら私のこと騙したのねってこの学校にいられないようにしてやろうと思ったわ」
さらりと怖いことを告げられて背筋が凍った。
満面の笑みで言うからかなり怖い。この人なら絶対やる。
「とにかく私のことは気にしないで、森川君とお幸せにね」
笑顔で手を振って先輩は去って行った。
これで付き合わなかったら、また現れて「どういうこと?まさかやっぱり騙してたの?」と社会的に抹消しにくるに違いない。
「あーあ、終わったな……」
空を仰いだ安藤の目から涙が一筋零れた。
いつもありがとうございます。




