封印
5
データセンターの入り口は防犯シャッターが降りていた。人影はない。わたしはハンドガンから持ち替えた、レールガンの安全装置を外した。
藤田がわたしの方を向いて確認する。わたしは頷いた。
「GO、GO!」藤田が手を振り部隊を送り出す。
先頭の武装警官(AP)がレールガンでシャッターの基部を破壊すると、PAREXでこじ開ける。出来た隙間から内部に進入する。内部から激しい撃ち合いの音が聞こえる。
わたしが入ったときには、円錐形をした数体のガードロボと二体のテクノイドの残骸があった、こちらの武装警官(AP)にも負傷者が出たようだ。
わたしは|武装警官(AP)に守られながら奥に進んだ。ブロック毎の扉がやっかいだった。その度に前進が止まる。ガードロボは|武装警官(AP)から奪ったレールガンで武装していた。動きは遅いが、扉の向こうで防衛戦を張られると、進むことが出来ない。
Fブロックまで八枚の扉がある。その度に激しい銃撃戦が交わされた。わたしも銃撃に加わり、ガードロボを一体潰した。
五枚目の扉を抜けたところで後ろから攻撃があった。
回り込んだテクノイドが一体レールガンを乱射してくる。
琴音が飛び出した。身を寝かせてテクノイドの足をなぎ払う。テクノイドは倒れたが銃撃は止まらず、跳弾した硬化セラミックの銃弾が通路を飛び交う。藤田がテクノイドの首を打ち抜くと銃撃はようやく止まった。
わたしの周りが手薄になったこの瞬間を狙って、いつの間にか部隊に紛れ込んでいたテクノイドがわたしの頭を掴むと押し倒した。
レールガンの銃口がわたしに向けられる。
頭を凄まじい力で押さえ付けられながら、相手のレールガンを掴み必死にそらす。
体勢はわたしに不利だ、テクノイドがのしかかっているため、|武装警官(AP)は銃撃できない。
テクノイドとPAREXの合わさった凄まじい力にわたしは押され始めた。銃口が徐々にわたしを向く。
ボキッ
金属が折れる音がして、テクノイドの力が急に弱まった。テクノイドを押しのけると、首が無くなっていた。
もぎ取ったテクノイドの首を放りだし、琴音がわたしを助け起こす。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、危なかったわ」
今の格闘で再び右肩が痛み始めた。だが別の痛みもあった。わたしは琴音を好きになり始めている、この後、琴音に強いることを考えてわたしの心は痛んだ。
マリーのプランでは上手くいってもわたしか琴音、もしくは両方が傷つくことになるだろう。
わたし達は再び前進を開始し、残り三枚の扉はたいした抵抗もなく突破することが出来た。Fブロックに着くとわたしと琴音はF―3と書かれた扉をこじ開けその中に入った。
中にはギッシリとサーバーラックが並び、サーバーのファンがたてる排気音と空調音がやかましく鳴っていた。
琴音が素早く内部を見回している。
「人の姿はありません、ハッカーはここには居ないようですね」
「ええ、ハッカーは人ではないから」
「え?」
わたしは通信をプライベートに切り替えると琴音を見ていった。
「琴音、これから話すことを良く聞いて」
「はい」
「この一連のサイバーテロを起こしている犯人は人ではないの」
「AIということですか?」
「いいえ、ある意味似ているけれど、わたし達はそれを憑神と呼んでいる、一種の精神的存在だと思って。それは人に取り憑き、肉体と精神を支配する。さっき、あなたが体験したように」
「それでじゃ悪魔や幽霊ですよ・・・冗談ですよね?」
「いいえ、佐久間仁史が、人間で有りながらあれだけの身体的能力を発揮できたのも憑神の能力によるモノなの」
「・・・それじゃ、志奈津さんも、その憑神ってことですか?」
「わたしは守神子、憑神と戦うために生み出された半人半神の存在」
「・・・ごめんなさい、私理解できません」
「普通はそうね・・・」
そう、こんな話普通に信じられるモンじゃない。なのに何でわたしは説明しようとしているのだ。適当にごまかして、装置の役目をさせれば良いだけじゃないか?
でも、お母様の顔をもつ琴音には出来るだけ嘘はつきたくなかった。
「ここからはこれからすること、あなたに起きることを話すわ。いい?」
「はい」
「これから、あなたをサーバーの一台に接続する、そしてわたしはあなたに憑依してそこからネット内へ進入する、わたし自身をデータ化して」
「えッ」
「理解はしなくていい、ただそう言うことが出来るのだということだけ信じて」
頷く琴音。
「その後、わたしは憑神をデータセンターのネットワークから追い出す」
「それで、この騒ぎは収まるんですか?」
「まだ、続きがあるの、ただ追い出しても別のネットワークや人間に取り憑いて逃げられる可能性が高い。だから、憑神が逃げる先を特定しておく必要があるの。つまりあなたの体へ憑神を追い込む」
「それじゃ、またさっきみたいに私・・・」
「そう、憑神はあなたに取り憑くことになる、でも心配しないで直ぐにわたしが封印するから」
「また他の人に危害を加えることになるんじゃ・・・」
「その心配はないわ、いま藤田さん達がデータセンター内の人達を全て避難させている、もうすぐデータセンターは二人だけになるわ」
「追い込むってどうやって?」
琴音は理解できないながらも協力してくれる気になったようだ。
「憑神は、一度取り憑いた相手の方が取り憑きやすいの、特に相手が求めている時は。だから、あなたには取り憑かれたときのイメージを思い出して誘って欲しいの」
「そんなことで誘い込めるんですか」
「あとはわたしが何とかする、データセンターの周りにはバックアップチームが結界を張っているからネットワークを使って外には逃げられないわ」
「わかりました」
いま琴音に話したのはプランBだ、プランAを話せば琴音は拒否するだろう。
わたしはサーバーラックのカギを壊して、スチール製のドアを開けると、マリーの指定したサーバーにケーブルを繋いだ。このデータセンターで最もスペックが高く記憶容量の多いサーバーでラックマウント型ではなく、ブレード型のサーバーだ。此処まで来たのはわたしの魂をデータ化し憑神と戦うのに、「このサーバーの性能が必要だったからだ。
ケーブルをマリーの小型端末を通して琴音のコネクターに接続する。
「マリー、こっちの準備は出来たわ」
『今、|武装警察(AP)が撤収しました、こちらも準備完了です』
琴音を向かいのラックを背に座らせ、わたしもその横に座った。
「心の準備はいい、琴音」
「はい、志奈津さん」
「静音でいいわ」
わたしは琴音に微笑みかけた。
「はい、静音さん」
琴音も笑顔を見せた。ゴメンね琴音。
「ミッションスタートッ!」
わたしの意識は体を離れ、琴音の中に入った。精神が肉体を離れるのは、高天原へ上った時に経験済みだが、憑依するのは初めての経験だ。
本来、わたしに人に憑く能力はない、だが琴音の生体部分が、お母様のクローン体であることがそれを可能としていた。わたしは生物学的にはお母様の単体繁殖でありDNAは100%お母様から受け継いでいる。つまりわたしもお母様のクローンであり琴音とわたしのDNAは一致するのだ。
わたしは琴音の意志を感じた、魂と云ってもいい。
テクノイドに魂はあるのだろうか?今は哲学を語っている場合ではない。
わたしの意志をデータ化するには、琴音に代わり、わたしが肉体を支配する必要がある。琴音の意識を押しのけてわたしはその後に入る。琴音の視界を通して美しい自分の顔を見るのは不思議な感じだった。
「マリー繋いで」そう言った声は琴音のものだった。
データ化されたわたしの意識がネットへと流れる。マリーはわたしにわかり易いようにネットを仮想空間として見せている。
空に無数の浮島が浮かび、それを光のラインが結んでいる。島がサーバーを表し光のラインがネットワークだ。ハヤブサがわたしの横を飛んでいる、マリーだ。わたしはマリーの後に従い、背中の翼をはためかせ空間を飛んだ。
やがて激しく噴火をする火山で出来た島が見えた。わたしが近づくと火山から流出た溶岩が巨大なドラゴンとなって立ち上がった、これが火之保倉神らしい。
ドラゴンの吐く炎を避けながら後方に回り込む。
わたしは右手に八束の剣を具現化すると、ドラゴンの尻尾に斬りつける。
グサッ、剣が尻尾の半ばまで食い込む。
「ギィーッ!」
ドラゴン声は上げるとは激しく尾を振りわたしははじき飛ばされた。
空中で何とか体勢を立て直すとドラゴンの顎門が目の前にあった。
ガキッ!
鋭い牙を辛くも避けると、その目に剣を突き立てる。
「グォーッ!」
ドラゴンはまたも、うなり声を上げると、炎の息を振りまいた。
わたしは炎を避け高度をとると、そこから猛禽が獲物に襲いかかるように翼を畳み急降下した。ドラゴンの首元に八束の剣を振り下ろす。
ドバッ!
八束の剣はドラゴンの首を一刀両断に切り落とした。
ドラゴンの体は火山島に落ち、溶岩の中に沈んだ。
ハヤブサが横でわたしに何かを伝えようとしている。わたしはマリーが言っていたことを思い出した。
溶岩からは新たに無数のドラゴンが現れようとしていた。
わたしは八束の剣を水平に持つと左手を添え、意識を集中した。
八束の剣をデータ化し、マリーが作った運びやウイルスへと渡す。
八束の剣から無数の光が飛び出し、四方に広がっていく。溶岩から出ようとしていたドラゴンに光が当たり分解される。
光、運びやウイルスは仮想空間に浮かぶ島々に広がり、ワームを駆逐している。ネットワーク上に広がった、火之保倉神のワームはこれで一掃されるはずだ。
「雑種がやってくれたな!」仮想空間を揺るがすような声が上がった。
火之保倉神がネットから出ようともがいている。火之保倉神がわたしの通ってきた軌跡を見つけその光の道を飛んでゆく。わたしはまだ光を送り続ける八束の剣をそこに残して、その後を追った。
出口を出たのは、火之保倉神が先だった、やはり間に合わなかったか。
目を開けると、わたしがこちらを見た、黒髪は赤毛に変わり白い肌は上気しピンクに染まっている。わたしの体を乗っ取った火之保倉神のこぶしが、琴音の体に振り下ろされる。
わたしは琴音の体を操り、素早く飛び退いた。
『静音さん、これどうなって』琴音の声が呼びかけてくる。
そう意識が有る体とない体なら、当然ない方が入りやすい、ましてやわたしの体は神の魂を受けるための器なのだ。
わたしの体を囮に火之保倉神をネットワークから誘い出す、これがプランAだ。
「いいねーこの体、力が漲る感じだよ」
「すぐに封印してあげるわ」
「どうだかなッ」
火之保倉神はわたしにレールガンを向けた。当然弾は抜いてあるのだが。
銃口から飛び出したのはプラズマだった。飛び退こうとしたが体が動かない。
左手の電磁シールドが展開して、プラズマを跳ね返す。
『琴音ちょっと邪魔しないでッ』
『こんなの聞いていません!』
『これが作戦なのよ』
わたしはレールガンを構える。弾速は最小に落としてあるから、防弾着の上からなら、普通の銃で撃たれる程度の怪我で済むはずだ。引き金を引くと腕があらぬ方向を向いた。
『ダメー!』
強化セラミックの銃弾がサーバーラックに穴を開ける。
『そんなのが当たったら、静音さん死んでしまいますッ』
『わたしはここにいるッ』
「どこ狙っているんだ、慣れないことするからだよ!」
嘲りの笑いと共に、連射されるプラズマブラスターに、電磁シールドが悲鳴を上げる。
『分かったから、動くわよ、このままじゃもたない』
『はい』
わたしは飛び下がり、ドアから廊下へと後退した。
分厚いコンクリートの壁が焼け溶け崩れる。
レールガンを捨て、穴から出てくる火之保倉神に向かって、空撃を放つ。
油断していた火之保倉神は直撃を受けて壁に叩き付けられた。口から血が飛び散る。
これは肋骨が折れて、肺に刺さったな。
『なにをしているんですかッ』
『仕方ないでしょう、此処から出すわけにはいかないのよ』
『わたしに任せて下さい』
そう言うと、琴音は、火之保倉神に殴り掛かった。
『ちょいまちッ』
わたしがそらした腕は、火之保倉神を外しコンクリートの壁を打ち破り粉々に砕いた。
『きゃッ』
『あんたね、わたしを殺すつもりッ!』
『すいませんッ』
『今は、わたしの力も加わっているの、あんたの力に、PAREXいまなら戦車だって殴り倒せるわよ』
『・・・あ、逃げます』
火之保倉神も状況を理解したらしく逃亡に移った。
『邪魔しないでよ』
向こうも、火之保倉神の力でスピードは超人並だが、こっちの速度はもはや瞬間移動に近い、苦もなく火之保倉神の前に出る。
なるべく力を抜いて、火之保倉神の足をけった。
ボッキッ
ああ、膝逝ったな・・・。
崩れる火之保倉神を見てわたしは言った。
「ここまでよ」
「ケッ、じゃあこれはどうだい」
火之保倉神は自分の頭に銃を突きつけた。これは完璧な人質だ・・・。
『静音さんどうします』
「さて、どうだい体の交換といこうか、その体の方が楽しめそうだからな」
『マリー?』
『こちらはOKです、運びやウイルスの送信は完了しました。八束の剣も使えます』
インプラント端末って便利だ、声を出さずに通信が出来る、これが終わったら埋め込み手術をしよう。
「わかったわ、応じます」
『ちょと、わたしどうなるんです』
『最初の打ち合わせ通りよ、憑神を受け入れて』
「じゃあいくぜ」
わたしは琴音の体を離れ、自分の体に戻った。全身を襲う痛みに苦痛が漏れる。
「グッ!」
「じゃあな!」
琴音、火之保倉神が拳を上げ殴りかかってくる。
かかったッ!
空中で不自然な形に固まる火之保倉神。マリーが琴音の緊急停止を行ったのだ。
わたしの右手に実体化した八束の剣に火之保倉神は自分から飛び込んだ。
八束の剣は琴音の体を貫き、火之保倉神を引き剥がした。
琴音の体重がわたしに掛かる。わたしは砕けた右膝に走る激痛に気を失い、意識は闇に包まれた。
・・・誰かがわたしを呼んでいる。
「静音さん、静音さん」
心配する琴音の声に、わたしは目を覚ました。
鎮静剤を打たれたのだろう、痛みは遠のいていたが、頭がクラクラする。
「わたし生きている?」
「よかったッ」琴音の眼には涙が溢れていた。
ほんと、お母様に似ている、わたしに妹がいればこんな感じだろうか?
そこで、正気に戻った。
「火之保倉神は?」
『大丈夫です、気を失う前に封印されました』答えたのはマリーだった。
わたしは左手の封縛大御鏡を確認した。今度こそ確かに火之保倉神は封印されていた。
タンカーで外に運ばれた時にはもう朝日が差していた。
長い夜だった、色々有ったがわたしの初仕事は取り敢えず完了だ。
|武装警察(AP)が見守る中わたしは救急車に乗せられた。
「静音さんお大事に」
最後まで心配そうに見ていた琴音はわたしにそう言った。
「見舞いに来なさい、お土産はアマンドのシュークリームね」
「私、任務がありますので」
「病院はマリーに聞けばいいわ」
琴音は困った顔をしている。わたしはその顔をみて笑わずにはいられなかった。
藤田が許可するから行ってあげなさいと言っている。
「それでは、行きます」
「絶対だからね」
「ところで、アマンドのシュークリームって何ですか?」
わたしは今度こそ声を上げて笑った。そして、わたしの高校生活に新しいスパイスを加えることを決めた。双子の美人姉妹なんてとっても素敵じゃない。