琴音
3
わたしとよく似ている、わたしの知っている顔、年齢はあまりわたしと変わらないが、それはお母様の顔だ。わたしは八束の剣を収まると、|武装警官(AP)を睨んだ、なんでこれが此処に居る、しかも国際連合警察の|武装警官(AP)だなんて。
「あなたは何者?」|武装警官(AP)は尋ねた。
「どこから見ていたの?」
「ずっと、どうやったか分かりませんが、あなたが上空1500mまで昇ったところから」
武装警官(AP)の目は肉眼ではなかった、高性能の多目的カメラが其処には収まっていた。
「その男に何をしたの?」
「何も、気絶しているだけよ、かなり無理をさせられていたから、早く病院に運んだ方が良いとは思うけど」
「分かるように説明してください、あなたはどの機関のエージェントですか?」
「わたしの身分を明かすことは出来ないわ、極秘任務なの」
「時間稼ぎをしても無駄です、PAREXの機能は全て切っています、さっきの手は通じません」
「わたしはそんなことしていないわ、|武装警官(AP)のテクノイドさん」
「ふざけないで下さい、私は国際連合警察、テロ対策室特別機動部隊、風祭琴音です、私にはあなたを逮捕拘束する権限があります」
「残念ながらあなたにわたしを逮捕する権限はないわ、わたしには国際連合警察の免責特権がある」
「証明してくれれば直ぐに解放します」
「それが出来ないのは分かっているでしょう、いまネットワークは使えないわ」
今の時代、紙の証明書は意味を持たない、身分を証明するには電子認証が必要だ。
「では、身分が証明されるまで拘束します、あなたの言うことが本当なら、国際連合警察内の端末で確認が取れるでしょう。いずれにしても、あなたは重要参考人ですから事情聴取に応じて頂きます」
今はこれ以上、抵抗しても意味がない、風祭琴音を名乗るテクノイドの言う通りだろう。
「分かったわ、一寸とだけ待って、マリー状況は?」
『火之保倉神の行方は現在不明です。記録を確認しましたが、データセンター内に入るまでは間違いなく佐久間仁史に火之保倉神が憑いていました。データセンター内で移ったと思われます。ネットワークではワームが拡大を続け混乱が続いています』
「バックアップチームに捜査をさせて、わたしは警察に行くわ、誰かを迎えに寄越して」
『了解しました』
「いいわよ」わたしは琴音に向かっていった。
「武装を解除させて貰います」
わたしはジャケットを脱ぎ、地面に置いた。二本の指で銃をホルスターから抜くと、ジャケットの上に置く。
「バイザーとインカムも取って下さい」
わたしはバイザーとインカムを外し、それもジャケットの上に置いた。
琴音はジャケットの上に乗せた装備ごと器用に足で蹴って、わたしの手の届かないところに移動させた。
「あなたもテクノイド?」
「違う!」
「でも、よく似ている」
「わたしが似ているんじゃない、あなたが似ているの!」いや、こいつの外見はお母様のモノだから、似ているのはわたしか?クソややこしい。そもそも、これは叔父のせいだ。お母様が亡くなった後、叔父は金に任せ、お母様とそっくりの半生態テクノイドを作ろうとしたのだ。わたしを思ってのことだが、この無神経な計画は叔母様はもとより、祖父母の反対を受け注文はキャンセルされた。
それが、どこをどこう巡ったのか、国際連合警察のテクノイドとして此処にいた。あとで徹底的に洗い出してやる。
「私が似ている?あなたがオリジナルだと・・・」
「自分の身元が知りたいなら、あなたを作った会社に問い合わせなさい」
「・・・手錠を掛けさせて貰います」自分の任務を思い出したか。
「構わないわ」通常の手錠などわたしには意味がない、いつでも引きちぎれる。
わたしは手を差し出した。琴音の取り出した手錠とやらは、対パワードスーツ用の拘束具だった。二つの輪を結ぶチェーンの部分が、特殊なダンパーとなっていて、幾ら力を掛けて引っ張ってもダンパーに力を吸収されてしまう。今更、手を引っ込める分けにもいかず、わたしは両手に拘束器具がはめられるのを見下ろした。琴音はわたしの後ろに回り、わたしのスーツをチェックする。
「このPAREXのコネクターは?」
「そんなモノ無いわ、これはタダの防弾着よ」
「じゃあ、どうやってあんな動き」
「免責特権」
「あの剣はどこにしまいました?」
「免責特権」
「少しは協力して貰えませんか?」
「協力しているわ、大人しくしているでしょう」
「分かりました、それでは、応援が来るまでお待ち下さい」
もう、これじゃふて腐れたガキだ。わたしは我ながら自分の態度の大人気無さに呆れた。度重なる不手際も、火之保倉神を取り逃がしたのも、琴音がここに居るのも、琴音のせいではない。わたしは平常心を取り戻そうと努めた。
琴音はわたしに銃を向けたまま、佐久間の脈を確認している。
「脈は弱っていますが、大丈夫ですね。この男もパワードスーツを着ていない・・・」
そりゃ、どう見たって普通の背広だ。
「今は普通の人間よ、さっきも言ったけどかなり衰弱しているから、早く病院に連れて行った方がいいわ」
「この男の身元を知っていますか?」
「佐久間仁史、N社のネットワークエンジニアよ」
「あなたもこの男を追っていたのですか?」
「正確には違うわ、わたしはもうその男には用はない」
「?」琴音は微かに首を傾げ不思議な顔でわたしを見ている。その仕草はお母様を思い出させた。
「詳しいことは話せないの、申しわけないけど」
琴音が言った応援は直ぐに来た。PAREXをまとった|武装警官(AP)のチームがわたしを取り囲んだ。わたしの二の腕を二人の|武装警官(AP)が両脇からつかむ。琴音と何か喋っているようだが、無線のためわたしには聞こえない。突然|武装警官(AP)達が固まった。
琴音はスイッチが切れたようにその場に崩れ落ちた。
「ちょっと、どうしたの?」咄嗟にそう言いながら、わたしは緊急停止信号によってフリーズしているのだと悟った。だが誰が?
両腕を掴まれたまま動けないわたしの前で、琴音が起き上がった、それは糸で操られているような不自然な動きだった。頭を下げたまま、レールガンを持つ手が持ち上がり、銃口がわたしを捉える。ヤバイ!
わたしは咄嗟に両脇の|武装警官(AP)を蹴り飛ばした。掴まれたままの両腕が|武装警官(AP)に引っ張られ腕に激痛が走る。|武装警官(AP)は数名の同僚を道連れに、両脇に吹き飛んだ。わたしは外れた右肩の激痛を抑えてビルの壁面に飛んだ。わたしの立っていた場所を銃弾が薙ぐ。不幸にしてわたしの後ろに立っていた、|武装警官(AP)が動くことも出来ず、銃弾を受けて倒れた。
銃弾はわたしを追って、ビルを破壊した。わたしは壁面を駆け駆け上り、反対のビルの屋上に飛んだ。ビルの屋上を突き破って、銃弾が追ってくる。
一瞬、銃撃がやむと琴音がビルの上に現れた。相変わらず操り人形のように不気味な動きだ。再び襲う銃撃を躱しながら、わたしはビルの屋上つたいに走った。
琴音が顔を上げた。何かに逆らうような、悲痛な顔だ。
「にげてッ!」自分の右腕を左手で押さえながら琴音は叫んだ。
ええ、逃げますとも。だがその声に、その顔にわたしの心は揺らいだ。
ええい!
わたしは琴音に向かって走っていた。左手に力を貯める。銃弾が顔を掠め、頬が切れる。わたしは槍をイメージし左の力を解き放った。
空撃の槍は琴音の手からレールガンをはじき飛ばす。
「ちょっと、痛いわよ!」
わたしは身を屈め、琴音の腹部に左肩から体当たりした。そのまま琴音を持ち上げ、放り投げる。うつぶせに倒れた琴音の上にマウントポジションを取り、琴音を押さえ込んだ。
暴れる琴音の体を押さえつけながら、PAREXの首の隙間から左手の指を無理矢理指を突っ込むと琴音の後ろ首を探る。あったッ。
「ゴメンねッ」
琴音の首の付け根にある非常停止ピンを引き抜いた。
琴音はバタリと停止した。アレドナリンが引くと右肩の激痛が戻って来る。
さてこれからどうしたモノか?
今の攻撃は明らかにわたしを狙ったモノだ。幾ら免責特権が有っても、|武装警官(AP)に負傷者まで出ては国際連合警察も収まらないだろう。
先ずは現状把握だ、わたしは動かない琴音を残して、通りへ戻った。ビルから飛び降りると衝撃で右腕が更に痛んだ。
|武装警官(AP)達はまだPAREXが、フリーズしたまま動けないでいた。
わたしは自分のジャケットを探した。通りの隅にあった。イヤホンマイクを付けるとマリーの声がした。
『静音様ご無事でしたか』
「無事とは言えないわね全く、どうなっているの?」
『先ほど、国際連合警察のサーバーがハッキングされました』
「なんですって、自閉モードに入っていたんじゃ?」
『職員が個人的に持ち込んでいた、無線通信モデムを通してワームに感染したようです』
「ヒューマンエラーね」どこにでも居るのだ、セキュリティーの抜け道を見つけて、小利口に立ち回るやつが、中途半端な知識ほど怖いモノはない。
「すると、いまここで起きたことはワームのせいだってこと」
『どうやら、只のワームでは無かったようです。先ほどのテクノイドを使った静音様への攻撃は、明らかに意図的なモノです』
「琴音」
『は?』
「テクノイドの名前よ・・・」何を言っているのだわたしは。「・・・何でもない、それでハッカー、火之保倉神はやっぱりデータセンターの中にいるの?」
『それが、国際連合警察のサーバーへの進入の早さは、通常のハッキングでは考えられないスピードでして』
「どういうこと」
『国際連合警察のサーバーは、内部ネットワークからのハッキングも考慮して、独立したネットワークと高度な動的防衛障壁で守られています。それがワーム感染後わずか数秒で防壁を突破されています』
「わからないわ」
『つまりです、それを行うには、5台以上のスーパーコンピューターを並列処理して、常に変化する動的防衛障壁のセキュリティーをかいくぐる高度な自律型AIプログラムが必要となります』
「それは、あなたのような?」
『残念ながら、私でも進入には半日は必要です』
「つまり、あり得ないってこと?」
『有体に言えば、その通りです』
「でも、それは現実に起きている」
『はい、そこから、現状それを可能とするあらゆる可能性を考慮した結果、一つの推論が導き出されました』
「説明して」
『スーパーコンピューター5台に匹敵する、計算能力はデータセンター内の全コンピューターを結合化し、演算させることで可能と判断されます。問題はそれをコントロールするAIの方です』
「佐久間が作ったのかしら」
『佐久間仁史はネットワークエンジニアであっって、プログラマーでは有りません、そのような高度なプログラムを作成することが可能とは考えられません』
「それではどうやって?」
『非常に申し上げにくいのですが、私の結論では、それを行っているのはAIではなく、データ化された、火之保倉神と思われます』