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神とアンドロイドの春  作者: 大葉真琴
一話 ~憑神~
2/14

遭遇

 2

わたしは気を引き締めるため、トレーニングルームで叔母様から教わった型の基本を練習した。繰り返し体に教え込まれた技は意識するよりも早く体を動かした。三十分ほどで切り上げ、シャワーを浴びた。

そのあと神世庁からの任務を確認した。神世庁は現世に置かれた、高天原(たかまがはら)の出先機関であり、肉体を捨て高天原(たかまがはら)へ戻った神々の代わりに現世での諸事諸々を行っている。高天原(たかまがはら)の入り口の管理や、各地に張られた鎮魂の結界を守る仕事。そして鬼や妖怪などの妖魔の引き起こす神世界に属する事件の処理だ。つまり神世庁は神世界の警察機関のようなものだ。

神世庁には呪術や陰陽師と云ったその道のスペシャリストが所属し捜査や時には武力排除を行っている。守神子(まもりみこ)であるわたしはその頂点に立つ最強にして最高位の存在だ。叔母様の代までは守神子(まもりみこ)が神世庁長官を兼ねていたが、現代の社会事情に合わせて、わたしが神世庁長官になるのは二十二歳になってからになっている。つまり大学を卒業した後だ。

それまでのわたしの仕事は、呪術や陰陽師の手に余る、強力な妖魔や高天原(たかまがはら)から現世に下り人間に取り憑いた憑神(つきがみ)、異教の神と戦うことである。

今晩の仕事は早速ながら憑神の封印であった。二日ほど前に高天原(たかまがはら)から現世に降り、人間に憑依したらしい。炎の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の血を引く火之保倉神(ひのほぐらのかみ)だ。憑かれた人間は大手通信会社のネットワークエンジニア、佐久間(さくま)仁史(ひとし)だ。今のところ目的は不明らしい。まあ、それを調べるのはわたしの仕事ではない、わたしが、憑神を封印すればあとは、神世庁の捜査班が調べるだろう。

 わたしはセンサー付きのアンダーウェアーを身につけ、その上から防弾製のタイトスーツを着た。更にプロテクトギアを身にまとい、ショルダーホルスターを付けハンドガンを納めた。最後にショートジャケットを着込む。鏡でセルフチェックをする。装備を付けたわたしは168cmの身長もあって大人びて見える。だれも高校生とは思わないだろう。

ジャケットの後ろ襟に付いているマイクロプロセッサーと身にまっとった全ての装備をリンクさせマリーにチェックをさせる。

『オールグリーンです。体温36.2度、心拍数69、呼吸数14。少々緊張されていますか?』

「そうね、単独の戦闘任務は初めてだから」わたしは数度、見習いとして叔母様に付いて任務を行ったが、一人で任務に就くのは今日が初めてだ。一人と云っても戦闘以外は捜査班やバックアップチームのサポートがあるのだが。

 状況は逐一マリーが教えてくれる。そうそう、マリーは我が家のパーソナルホストコンピューターではなく、神世庁のメインコンピューターだ。我が家の家事はその有り余る能力を分けて行っているに過ぎない。

ヘッドギアを付け、バイザーをおろすとわたしの全身は黒一色となった。

『佐久間仁史は現在、臨海線、新豊洲駅で降車しました』マリーの声はヘッドギアのスピーカに変わった。ヘッドギアに表示された地図で位置を確認する。わたしのマンションから直線距離で10kmほどだ。

『車を回しますか?』マリーが尋ねる。

「いいわ、自分で行った方が早いから、バックアップチームには直接現場へ移動してもらって」

『伝えました』

「ありがとう」

 わたしはロフトに隣接するヘリポートへと出た。もう春とはいえ、夜風は冷たかった。眼下に広がる東京の夜景を見おろしながら方向を確認する。東京タワーの延長上、葛西臨海公園の大観覧車の方向を見つめる。

 背中に翼のイメージを作り出す。大きな黒い翼だ、それはわたしの背丈の倍以上に伸び左右に広がる。わたしは見えない翼を一度羽ばたかせ確認する。OK問題ない。

 次に来た強い風に合わせて、マンションの外へと飛び出した。

 翼を広げ風を受ける、上昇気流をうまく掴まえ螺旋状に昇り高度をとる。2000mまで昇りそこから、水平飛行に移った。解体中の東京タワー左手にフライバイし、湾岸方面に出る。東京を横断するナイトクルージングは4分ほどで終わった。新豊洲駅を少し過ぎた、大型ショッピングセンターの屋上駐車場へわたしは舞い降りた。

「佐久間は?」

『駅に隣接するデータセンター内に入りました』

ふむ、わたしはバイザーを望遠にして、線路向こうに立つ円錐型の建物を見た。厳重に警備されたデータセンターに進入して、大立ち回りをするわけにはいかなそうだ。マリーの話では、中に入るには事前の入館連絡を行い、ガードマンによるチェック、ICカード認証、指紋認証、静脈認証をパスしなければならない。中に入っても、細かく仕切られたブロックを移動する毎に、各認証を行わなければならないし、全ての場所に監視カメラがある。セキュリティーシステムを管理するコンピューターは公衆ネットワークから完全に切り離された独立(スタンドアローン)システムで、内部からでなければハッキング出来ない。今から進入の段取りを行っても、こちらが入れるようになる前に、対象が出てくるだろう。各入り口は捜査班が張り込んで居るのでわたしはそのまま屋上で待機した。どれ位待たされるのだろうか?

どうもじっと待つのは好きではない。

急にデータセンターが騒がしくなった。まさか爆破テロでも行う気か?

「なにがあったの?」

『確認しています・・・』

突然データセンターの壁が吹き飛び、人が飛び出してきた。

『佐久間仁史がデータセンターを出ました』

「視認したわ、追いかけるッ」

『待って下さいッ、問題が!』

破壊された壁の中からもう一つの人影が飛び出してきた。戦闘ジャケットの背中に『United Nations Police』の文字がある。

「国際連合警察ッ、ちょっと何やっているの、何で周辺クリーニング出来てないの!」

この場合のクリーニングとは、こちらの障害となる外部組織を排除することだ。守神子(まもりみこ)が動く場合、事前に公官庁に寝回をして治安組織が干渉しないようにしておくのだ。

『手違いが有ったようですッ、確認しています・・・』

このやりとりの間にも、二つの人影は、凄まじい早さで移動していた。わたしも離されないように屋上から飛び出していた。

佐久間仁史は憑神の力で驚異的な身体能力を得ているようだ。追いかける武装警官(AP)もピッタリと着いて行く、こちらは都市戦用のPower Assist Reinforced Exoskeleton、通称PAREX(パレックス)と呼ばれる、パワードスーツを着ているのだろう。わたしはビルの屋上を移動しながら二つの人影に併走する。

「状況を教えて!」

『ダメです、現在、公衆ネットワークに大規模な接続障害が発生していて、国際連合警察のサーバーにアクセス出来ません』

「専用線が有るでしょう?」

『それも使えません、ネットワーク上で非常に攻撃性の高いワームが活動していて、国際連合警察は感染を避ける為、物理的にネットワークを切断しています』

ワームとはコンピューターウイルスの一種で、感染したコンピューター上で増殖し別のコンピューターを攻撃して次々に感染を広げていく。

「まさか、佐久間仁史の仕業(しわざ)?」

『可能性はプッ・・・』突然マリーとの接続が切れた。

周囲の信号が消え、急停車するブレーキ音とクラクションが鳴り響いた。街灯が、建物の明かりが次々に消えていく。

もう、何が起こっているの?

「マリーッ」

五秒ほど遅れて返事が戻った。

『神世庁のネットワークも自閉モードに移行しました、現在通信衛星経由で直接通信を行っています』

「で、なにか分かった?」

『佐久間仁史は時限製のワームを仕掛けていたようで、先ほどデータセンターからの命令でそれが一斉に動き出したようです。現在ワームによる攻撃で都市機能は麻痺しています』

「国際連合警察の介入は?」

『それも佐久間仁史の仕業です。通信記録から佐久間仁史が自分でサイバーテロを通報したことが確認できました。神世庁から国際連合警への要請には疑似応答を返すルーチンプログラムが組まれていたモノと推測されます、あッ』

「今度はなにッ」

『捜索班が国際連合警察に囲まれました』

「佐久間にハメられた?!」

『そのようですッ』

「捜索班には抵抗しないように伝えて、バックアップチームはどうなっているの?」

『交通網の混乱で現着が遅れています』

「なら、暫く(しばらく)現場から離れるように伝えて」

『静音様危険です、佐久間仁史は国際連合警察を使って静音様の動きを封じるつもりです』

「だからよ、わたし一人なら何かあっても直ぐに逃げられるわ、もし国際連合警察に捕まってもわたしには免責特権がある。佐久間を取り逃がしたらバックアップチームが必要になる、お願いッ」

『・・・伝えました・・・』

「あとはわたし次第ねッ」

 佐久間を追いかけている|武装警官(AP)はまだ一人だ、増える前に片付けなければ。わたしが掴まえるのは佐久間ではない火之保倉神(ひのほぐらのかみ)だ、隙を突いての火之保倉神(ひのほぐらのかみ)を封印し佐久間は警察に渡してやればいい。問題はPAREX(パレックス)を着たフル装備の|武装警官(AP)の前で、それが可能かどうかだ。迷っている暇はない、やるんだ。地図で佐久間と|武装警官(AP)、そしてわたしの位置を確認する。

 次のビル影で仕掛ける、|武装警官(AP)から数秒間、佐久間が死角になる。わたしは先回りしてポイントのビルの屋上に待機した。

右手の八束の剣(やつかのつるぎ)を実体化させる、円の中心を貫く束をつかむと束にそって、両刃の剣が伸びる。八束の剣(やつかのつるぎ)は神世界、現世で切れぬモノはない神剣である。同時に切らないモノを選ぶことも出来る。八束の剣(やつかのつるぎ)で佐久間を切れば、肉体を傷つけることなく憑神を引き離すことが出来る。3、2、1、GO。タイミングを合わせて、わたしはビルを飛び降りた。

佐久間が居ないッ!

守神子(まもりかみこ)ってこんなモンかい、所詮(しょせん)雑種だなッ!」ビルの壁面に佐久間が立っていた。佐久間の手にはハンドガンが握られている。銃から撃たれたのは鋼鉄の銃弾ではなく、プラズマだ。火之神の力を使ったプラズマブラスターだ。

咄嗟に飛び退いたわたしは、武装警官(AP)と鉢合わせすることになった。

くそッ、最悪だ、|武装警官(AP)の前を塞ぐ形になったわたしを援護するように、佐久間のブラスターが|武装警官(AP)を襲う。|武装警官(AP)は電磁シールドでそれを受け止めた。便利な物を持っている、わたしの装備にもあれをリクエストしよう。

|武装警官(AP)はハンドガンを上げ佐久間に撃ち返した。佐久間の立っていたビルの壁が吹き飛び大きな穴が空く。55口径は有りそうな大きな銃口と後ろに大きく突き出たバレル構造、レールガンだ。

佐久間を追い掛けようとしたわたしに、|武装警官(AP)は良く通る女の声で言った。

「武器を置いて、手を挙げなさい!」どこか聞き覚えのある声だ?

わたしは動けなかった、レールガンの銃口はピッタリとわたしに向けられている。

レールガンは電磁誘導により硬化セラミックの弾を撃ち出す。火薬式ライフル銃の10倍の速度、8,000m/sの弾速の前ではわたしの防弾装備など紙に等しい。

何かあっても直ぐに逃げられるって誰が言ったんだっけ。これは、神世庁始まって以来の屈辱的な状況だろう。

「まって、わたしは味方よ、今証明するわ」戦闘装備に、両刃の剣を持つ不審者以外の何者でもないわたしは言った。

「いいから武器を置きなさいッ!あなたからは認証ビーコンが出ていません」

わたしは仕方なく、八束の剣(やつかのつるぎ)から手を離した。

「マリー、わたしの身分を証明する方法は?」

『国際連合警察のサーバーから免責(めんせき)特権(とっけん)の認証コードが取れれば公式な証明になるのですが』

「つまり今は無理ってことね」

「通信をやめなさいッ!両膝を着いてヘッドギアを取って!」

わたしは両膝を付きながら必死で考えた。このままでは佐久間を取り逃がしてしまう。一瞬でいい、一瞬のスキが出来れば。

「マリー、少しだけ、武装警官(AP)の動きを止められない、これだけ近ければ、わたしの端末を経由して・・・」

『やってみます』

「ヘッドギアを取りなさい!」

わたしはヘッドギアをゆっくりと取り、睨み付けるように顔を上げた。わたしの顔を見た相手に一瞬の動揺が走った。なに?

警戒が緩んでいるようだ、銃口が揺れている。

外したヘッドギアのバイザーに数字が浮かんだ、5、4、3、マリーからの合図だ。わたしは両脚に力を貯めた。2、1、0!

武装警官(AP)のPAREX(パレックス)のセンサーがダウンする、バイザーがブラックアウトするのが分かった。わたしは両脚に貯めていた力を時はなった。

バーンッ!!!

圧縮された空気がわたしの体をロケットのように持ち上げる。数秒後にはわたしは上空1500mにいた。ジャケットから、サングラス型の簡易バイザーとイヤホンマイクを取りだし身につけた。

「ナイス、マリー、何をしたの?」

『国際連合警察のサーバー情報を偽造して、PAREX(パレックス)の緊急停止コードを送りました』

マリーは凄い、料理からハッキングまで何を遣らせても一流だ。

「佐久間のトレースは出来ている」

『申し訳ありません、逃走方向だけです』

「方角は?」

『北東方向です』

まだ遠くには移動していないはずだ、わたしは精神を集中し北東方向を探った。炎が上がるビジョン。見付けた。

 わたしは急降下を開始した、直ぐに終端速度時速200kmに達した。わたしは圧縮した空気を脚から送り出し、ジェット戦闘機さながらに速度を上げた。

ビルに挟まれた路地を走る佐久間を視界に捉えると、八束の剣(やつかのつるぎ)を呼び戻し、手の中で再び具現化した。八束の剣(やつかのつるぎ)はわたしの魂に封印されているので、現世でどんなに離れようと、神世的には常にわたしの手の中に有るらしい。

わたしの気配に気付いた佐久間が、ブラスターを撃ってくる。身をひねり躱しながら、わたしは剣を構えた。佐久間の手前で一度着地し、勢いのまま、佐久間の懐に飛び込む。

 八束の剣(やつかのつるぎ)は佐久間が放ったプラズマごと佐久間を胴薙ぎに切り裂いた。

 肉体から引き剥がされた火之保倉神(ひのほぐらのかみ)が、エクトプラズマのように剣先に留まっている。

左手の封縛大御鏡(ふうばくのおおみかがみ)火之保倉神(ひのほぐらのかみ)を封印する。封縛大御鏡(ふうばくのおおみかがみ)火之保倉神(ひのほぐらのかみ)は吸い込まれた。

摩擦でブーツの底を焦がしながらわたしは停止した。違和感に気付き振り返ったわたしの前にヒラヒラと人型の紙が落ちた。人型の憑代(よりしろ)。わたしの封印したのは、火之保倉神(ひのほぐらのかみ)の偽物。正確には憑代(よりしろ)に分身された、火之保倉神(ひのほぐらのかみ)一部だ。

こいつも囮なのか?それじゃあ、本当の火之保倉神(ひのほぐらのかみ)はどこにいる。

「マリー、どうなっているの?」

『・・・』マリーが返事に窮している。

ガチャ、銃を構える音に目を向けると、武装警官(AP)が立っていた。バイザーが上げられたその奥にわたしとソックリな顔があった。

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