静音
14
わたしが下り立ったのは、吹雪が舞う早朝の山頂だった。
高千穂の峰だ。これはまた樹が間違えたのか、それとも気を利かせたのか?
時刻はいつ頃だろうか?
既に日が昇っているにしろ厚い雲に阻まれて、光は届かないだろう。
霊体であるわたしには寒さなど関係ないはずだったが、死に瀕した世界の寒さは、わたしの魂をも凍らせるようだ。
吹きすさぶ風の音を突き破って、高いエンジン音が、わたしの耳を打った。
雲を突き破り山頂に現れたのは国際連合警察の空挺強襲装甲艇、全長42mのデカ物だった。これは国際連合警察でもトップシークレットのモノだ。どうやって琴音はこれを持ち出したんだ。
装甲艇は空中に止まった。ハッチから、EREXが三体降りてきた。力のない一体を両脇から、残りの二体がささえている。
力のない一体はわたしの体だ、わたしは肉体に戻った。
EREXの中の体は、ガチガチにコリ固まっていた。
「うわ、なによこれ」
わたしは体を伸ばしながら文句をたれた。
「静音もどったの?」
「自分で死んだんだから文句言わないの」
「そうですよ、静音の体運ぶのに苦労したんですから」
「気が利くわね、体を持ってきてくれて」
「天逆鉾を通して樹が教えてくれたんです、必要だからって」
と云うことは、今のわたしが話した方の樹か。
ならば10歳のわたしと話した方の樹とは、この地で決着を付けなければならないのだろう。
「しかし、どうやって、装甲艇なんて借りてきたの?」
「ああ、それですね薫さんが」
装甲艇のハッチから薫が手を振っていた。ちっ、あいつはなんで消えてないんだ。
「それと例のワームです、マリーさんがその変異体をわたしのインプラントに隠しておいてくれたんです」
「つまり、ハッキングしてかっぱらってきたってこと」
「借りてきたんです、後でちゃんと返します」
「だったら、薫に云ってここから離した方がいいわよ」
「ちょっと、なによこれ、此処に何が出てくるの?」
「やっぱり来たか」
わたしは琴音と天音のおでこを指で弾いた。
「なにするの」
天音の髪がブロンドに戻り、瞳は青に変わった。
「これ、どうやったの」
「あなたにあたしの守護天使としての聖別をあたえたのよ、あなたの父神にはあとで謝っておくわ」
「なんてことを・・・」
「ちょっとわたしの髪黒くなっていますよ、なにしたんです」
「わたしの風之神の魂を与えたのよ、ついでに武器も入れ替えておいたから」
「静音あなた、なにがあったの、いくらなんでもこの力は強すぎるわ」
「伊邪那美の力よ、わたしの前世の力」
「創生の神代の力・・・」
「ゴメンね、さすがにこれは一人では手に余る相手だから」
わたしは高天原であったことを二人に説明した。
「それじゃあ樹がこれらを起こしていたってこと」
「でも、もう修正したんなら大丈夫なんですよね?」
「それがそうでもないのよ、わたしのしたことは可能性を作っただけだから」
「へ?」
「一度起こってしまった、過去を消すことは出来ないの、わたしのやったことは、もうひとつの過去を作っただけなの」
「えっとつまり、パラレルワールドってこと?」
「平行世界確率論ってことかしら?」
「うん、二つの過去は同時に存在し、そこから始まった二つの未来は今も同時に続いている。でもそのことに気付いた観察者があらわれたことで、世界はどちらか一方を決めなければいけなくなった、それは存在し、存在しない時に決められる、そしてそれが決まるまで未来へは進まない」
「観察者ってだれです」
「マリーよ、決まっているでしょう」
「マリーさん」
「そう、そして5年前、子供のわたしと話した樹と今のわたしと話した樹が同時に存在し、お互いの存在を賭けて戦い、力をぶつけ合っている、それが時震の原因」
「すると私達はあなたのやらかしたヘマの後始末に突き合せられているのね」
「ひどいわ、まだ子供だったのよ」
「静音はしっかりしているようで、どこか、あぶなっかしんですよ」
「琴音までなによ」
二人はクスクスと笑っている。
「それで、何を相手に戦うわけ?」
「樹の意思そのものが具現化したもの、シヴァや阿修羅とも呼ばれるわね」
「破壊の神・・・」
「聞いただけでゾットするんでけど」
「勝算はあるの」
正直わたしも勝てる気がしないのよね。でもまあ。
「気合でのりきるのよ!」
「全くムチャクチャなんだから」
「もうすぐ時間ですよ」
高千穂山頂に巨大な力が集まり、三面六臂の巨大な姿に成ろうとしていった。
これまでの2回の戦いは、樹にとってはわたしの意思を確認する行為だったのだろう。
わたしは2度それを拒否した。それでも樹は幼いわたしの願いを聞こうとしている、これはもう樹の意思だ、樹はどうあっても幼いわたしの願いを実現するつもりだ、樹自身のために。
「琴音、八束を具現化しなさい、力を引き出しすぎないように気をつけてね」
わたしはそう云うと自分の両手を合わせた。精神を集中しペンダントに封印されている、
天逆鉾の鉾先を実体化する。手を広げると天逆鉾が柄と一体となって現れた。
天逆鉾を手にすると私は、樹がなぜ琴音に柄を渡したのか分かった。伊邪那美の力を解放する前の私が天逆鉾を手にしていたら、天逆鉾のもつ力を制御できず私の身体は四散していただろう。八束の剣の力を全て開放すれば地球を一瞬で焼き尽くすことが出来るだろう、だが、天逆鉾の持つ力は根本的にまったく異質なモノだ。世界そのものと繋がる天逆鉾の力を仕えは地球の存在そのものを消すことが出来るだろう。最初から地球が存在していなかったことにさえ出来るのだ。樹は私の準備が出来るまで天逆鉾を誤って実体化させないよう、そして必要に成った時直ぐに受け取ることが出来るよう琴音に預けたのだ。
それまで吹雪いていた嵐が止まった。世界の時間が止まったのだ。世界の命運はこの幻の一秒で決まる。
破壊神の姿が露わなった、身長は五mを越えていた。全ての手に宝剣が握られている。一本一本が、八束の剣に匹敵する神器だ。
だが、だがたとえ何者だろうと、わたしの前に立ちふさがるなら倒すのみ!
「さあ、ギタンギタンにするわよッ!」
最初の一撃は天音の矢だった。閃光を破壊神は避けようとさえせず、その身に受けた。
琴音が八束の剣を手に飛び出した。わたしも天逆鉾かざし続く。
破壊神の六本の手に操られる宝剣の斬撃は、恐るべき旋風を巻き起こし、わたしと琴音の一撃を跳ね返した。
はじき飛ばされたわたしは、宙で身をひねり体勢を崩しながらも、足元から降りた。横に琴音が降り立つ。
わたしを襲う旋風を、天音の矢が押し戻した。
剣は受けていないはずなのにEREXが数カ所切り裂かれていた。
「琴音、近づくのは危険だわ、剣をバーストさせて足を、わたしは上から」
「了解!」
わたしは天逆鉾振り上げ宙を飛んだ。天音の矢が牽制のために飛ぶ。
わたしの渾身の一撃を六本の剣が受け止める。その隙を突いて八束の剣が破壊神の足元を薙いだ。
ザッ!
破壊神の足を八束の光剣が切りさいた!
たが、破壊神は一瞬揺らいだだけで、直ぐに足を再生し、再び剣を振りかざした。
攻撃が変わった、手が伸び次々に突きが繰り出される、まるで銃撃のような攻撃を、わたしは捌くのがやっとだった。
弾いた宝剣が地面を撃つたびに、地はえぐれ、大地が揺れた。
「キャッ!」
宝剣を受け損ねた琴音の体が宙を飛んだ。
「琴音ッ!」
天音の剣が、琴音に襲いかかる剣撃をはじき飛ばした。天音は矢が効かないことを悟って剣に切り替えたようだ。
わたしはなんとか破壊神の腕を一本切り落としたが、足と同様に腕も直ぐに再生してしまった。宝剣を拾い上げ再び攻撃に加わる。
攻撃がわたしに集中した。捌ききれない剣が擦るたびに、EREXが切り裂かれる。
左右から襲う次の攻撃を防ぎ切れないと思ったとき、天音と琴音の剣がその手を切り落とし、わたしの両脇を固めた。
「琴音、封縛大御鏡で宝剣を封印して」
琴音が左手をかざすと、腕が再生するよりも早く二本の宝剣が鏡に吸い込まれた。
宝剣は四本になったが、それでも攻撃の手は弛まらない。剣のない二本の腕の攻撃ですら、地を打てば岩が砕け、身に受ければ骨が軋んだ。
「宝剣を封印するわよッ、天音右側をお願い、わたしは左を」
「簡単に言わないでよね!」
天音とわたしは一度左右に飛び、破壊神の肩目掛け斬りかかった。
天逆鉾は腕の一本を切り落としたが、二本目は宝剣で受けられた。
天音はいつの間にか剣を2本に増やし、素早く二本の腕を切り落としていた。
わたしが残した、最後の一本は、琴音が八束の剣で切り落とした。
四本の宝剣が封縛大御鏡に吸い込まれた。
それでも破壊神の攻撃は止まらなかった。恐るべき手刀がわたし達を襲った。
手刀を剣で受け止めた琴音と天音の体が宙を飛ぶ。
わたしは天逆鉾で何とか受け続けたが、一撃一撃が骨を軋ませ、わたしの立った地面は円形に沈んでいく。伊邪那美と天逆鉾の力がなければわたしの体は砕かれ、飛び散っていただろう。
わたしが衝撃に屈し膝をついたとき、大地を引き裂くような破壊神の声が轟いた。
「伊邪那美―!」
破壊神の六本の腕が伸びわたしを捉えた。
「伊邪那美なぜ私を拒む。私はかつてお前の為に世界を作り、いま又、お前の望む世界に作り変えようというのに」
わたしを高く持ち上げた破壊神の顔は悲嘆に染まっていた。
樹はかつての伊邪那美と同じ絶望に捕らわれたいた。
わたしの心は揺らいだ。
伊邪那美の絶望の記憶がわたしを捉え、幼き日のお母様を失った絶望に重なった。
世界を憎んでいたのはわたしだ!
世界を呪ったのはわたしだ!
世界など無くなってしまえと願ったのはわたしだ!
ああ、樹よ許し給え・・・
「静音!」琴音と天音の声がわたしを引き戻した。
樹に捕らわれそうになる想いを必死に振り払い、破壊神を倒すことに集中した。
宝剣を封じることが出来ても、わたし達は破壊神に傷一つ付けていない。
当然だ樹は世界そのものなのだ、天逆鉾でさえ樹の一部に過ぎない。それでは樹を倒せるはずもないのだ。
マリーはなぜ此処を指定したのだ?
わたしがどこに居ようと閏秒に破壊神との戦いは始まったのではないか?
では問題は場所なのだ。嘗てのわたし、伊邪那美が大地の沈静を願い、天逆鉾を振るった場所。世界を愛した伊邪那美の想いが刻まれた場所。
破壊神を倒すのに必要なモノは力ではない想いだ、想いを伝えるのだ!
「樹よお前の愛した伊邪那美はさった。わたしはこの世界を愛す、ありのままのこの世界を、琴音と天音のいる、家族のいるこの世界を」
わたしが、天逆鉾を振りかぶると、二人の剣が破壊神の腕を切り落とした
「うぉーッ!」天逆鉾にわたしの持つあらゆる想いを乗せた。
お母様から貰った愛!
叔母様から貰った愛!
琴音からの愛とわたしからの愛!
天音からの愛とわたしからの愛!
わたしはこの世界を愛している!
天逆鉾が破壊神の胸を貫き閃光が上がった!
わたしの全身は光に包まれた。
大地がえぐれ、巨大なクレーターを作る。
「伊邪那美ッ・・・」
「樹よ、わたしは志奈津静音だッ!」その言葉は志奈津静音として自分を愛する想いだ。
「では、もうお前は世界を嘆いてはいないのだね・・・」
破壊神は薄れていく姿でそう呟いた。
「樹よどうか、どうか伊邪那美を愛したように、この世界を愛でたまえ・・・」
破壊神が消えると、全てが止まった時間を静寂が包んだ。
雲の切れ間から光が差し、山頂を照らした。
時間は再び動き始めたのだ。
現世も神世界も元に戻ったようだ、わたしから伊邪那美の力は消えていた。
わたしはタダの守神子に戻っていた。
「マリー?」
『はい、静音様』
「ありがとう、助かったわ」
『あれだけしか伝えられず、申し訳ありませんでした』
「いいえ、あなたがこの場所を教えてくれなければ世界は終わっていたわ。ところでひとつ聞きたいことが有るんだけど」
『何でしょう静音様?』
「いつから気付いていたの?」
『今の記録では静音様が守神子となった日です。天逆鉾が手に渡ったとき、静音は伊邪那美神と認識され、二つの世界が平行して動き始めました』
「そう・・・」
『しかし二つの樹が時震を起こし、時間を遡って世界を改変しあった為に、私の記録も改竄され続け、事態が深刻になるまで気付くことが出来ませんでした』
二月前と五年前、二つが揃った時に始まったのか。
「それでもあなたはベストを尽くしてくれたわ・・・マリーお願いがあるの、わたしの伊邪那美としての全ての情報を削除して欲しいの」
『静音様・・・それは』
「わたしは志奈津静音として生きて行きたいの・・・おねがい」
『・・・承知しました』
「ありがとうマリー」
『私からも感謝を静音様、今回も守神子の任お疲れで御座いました』
「マリーご馳走をお願いね、あなたの料理をおなか一杯食べたいわ」
『はい、静音様』
わたしはヘッドギアを外し、駆け寄ってくる琴音と天音を見た。
「二人ともご苦労様、さあ帰りましょう、我が家に」
PS.ロフトに戻ると樹は何もなかったかのように、中庭に鎮座していた。わたし達はその下でマリコの運ぶ料理を平らげた。
樹は静かにわたし達を見守り、わたし達の笑い声に、葉を鳴らし応えた。
最後までお読みいただいた皆さんありがとうございます。簡単なものでも感想をいただけると今度の励みになります。
この話は2010年10月に書いたものです。一校を書き上げるまでは3週間、110時間ほどでした。
主人公、静音のパワーに押されて、構成もろくにせず書き出してしまいました。執筆中は静音に飲み込まれ、静音と共に怒り、笑い、涙していた記憶があります。自分の中で静音が膨れあがり、書かずにはいるとパンクするんじゃないかと必死に書いていました。
今、落ち着いてみると全体のバランスが悪く、構成をおろそかにしてしまったことへの反省仕切りです。今回公開するにあたり、修正、加筆も考えたのですが、そうした場合きっともとの話とは違う、別の物語になってしまうだろうと思いそのままにすることにしました。
この物語と世界、静音をはじめとするキャラクター達を少しでも好きになっていただけたならうれしいです。
大葉の中ではこの物語と世界での話は、マダマダ書き足りていないので、時代や話の順番は順不同になりますが、執筆を続けていきたいと思います。
2011年11月17日 大葉真琴
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