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神とアンドロイドの春  作者: 大葉真琴
三話 ~黄泉~
13/14

過誤

13

 わたしは墓標を後にした、道を戻り黄泉比良坂(よもつひらさか)を下った。高天原(たかまがはら)に出ると雪が降っていた。常春の世界に降る雪。樹は神世界までも消そうとしていた。

 止めなければ、何という愚かなこと・・・

 静まりかえった高天原(たかまがはら)には神の気配はなかった。

 わたしは樹を目指して足を進めた。

 全てが消え去る中で樹は記憶通りの場所にあった。高天原(たかまがはら)の中央に。

 だが、わたしが用があるのは、今の樹ではない。

 わたしは樹の幹に手を当てた。

『お帰り伊邪那美神(いざなみのかみ)、ずっとまっていたんだよ』

『わたしは戻った、悠久の時を越えた約束の為に』

『では、決めたのかい』

『決断の時は今ではない、さあわたしを連れて行きなさい、約束の時に』

樹に曖昧な表現はダメだ、思い出すんだ正確な時間を。

『2030年5月5日 15時50分それが約束の時』

 世界が巻き戻って行く、五年の年月を越え、わたしは過去へと戻っていく。

 わたしは五年前の過ちを正しに行くのだ。

時間が止まり、また未来へ向かって進み始めた。

 これから直面することに、わたしは気持ちを整えた。

 わたしは樹の根本に座り、その時を待った。

やがてあたりを見回しながら、漆黒の髪を腰まで伸ばした美少女がやって来た。

大きな黒い目に利発そうな光を宿している。

少女はわたしに気が付くと立ち止まった。目は驚きに見開かれ、みるみる間に涙がたまった。幼いわたしには、今の姿はお母様に見えるのだろう。

わたしは腕を広げ、少女を迎え入れた。少女はわたしの胸に飛びこんで来た。わたしはその髪をお母様がしてくれたように優しくなでた。少女は噎び泣き、わたしの服を涙でぬらした。

この少女はいま、絶望の中にいるのだ。

幼いわたしはお母様が亡くなった寂しさに押しつぶされていた。

わたしを生んだことで命を縮めたお母様の宿命を呪っていた。

そして願ったのだ、世界なんてなくなればイイと。

樹に願ってしまったのだ、幼いわたしは何も分からず、してはいけない願いをしてしまったのだ。

わたし達は長い時間そうしていた・・・。

やがて少女の鳴き声は小さくなり、少女は顔を上げわたしを見つめた。

「お母様じゃないのね」少女はそう云った。

「えぇ、ちがうわ」

「あなたはだれ?」

「わたしは、あなた・・・」

「えっ?」

わたしは少女を抱きしめた。

「お母様は、あなたを生んだ時、あと五年の命だと云われていたの。でもあなたを生んで、もう五年長く生きることが出来た。お母様にとってあなたと過ごした一日一日が宝物だった。だから、もう泣くことはやめなさい、それではお母様は安心して休めないわ」

「だったら、おねいちゃんはどうして泣いているの?」

 わたしは自分の頬を伝う涙に初めて気が付いた。

「いま、お母様の愛を感じているの、あなたと一緒にいることで、自分がどれほど愛されていたか・・・」

「おねいちゃんのお母様も居なくなってしまったの?だから悲しいの?」

「いいえ、わたしは嬉しいの」

「お母様が居なくなってしまったのに嬉しいの?」

「ちがうわ、お母様は居なくなってしまうのは悲しいことよ、でもお母様はわたしに沢山の愛をくれたの、だから今度はわたしが愛するばんなの。わたしは愛せることが嬉しいの」

「誰を愛するの」

「自分を愛するの、お母様が愛してくれた自分を、誇りをもって」

「愛は人に与えるモノだって叔母様は仰っているわ」

「えぇ、その通りね、でも人は自分を愛することが出来るから、他の人のことも愛することが出来るのよ」

「難しいわ」

「大丈夫、大丈夫よ、あなたなら・・・時が来れば分かるわ」

「・・・」

少女はわたしの膝に座り直し、わたしに寄り掛かりながら、なにか考えているようだった、そしてそのまま寝てしまった。

『樹よ、いまはまだ決断の時ではない、伊邪那美(いざなみ)はこのありのままの世界を愛し、(いと)おしんでいる』

伊邪那美(いざなみ)よ、お前はこの世界が汚れていくことを嘆いてはいないのか』

『わたしは自分を愛するように、この世界を愛している、いかにこの世界が変わっていこうとも、愛は未来に希望を見いだす』

『わたしに望みはないのか?』

『幼き(われ)のために、その庇護を』

一振りの枝が、わたしの横に落ちた。

わたしはそっと少女を膝からおろし、樹の根本へ寝かせると、その手に枝を握らせた。

樹に近づいてくる人影が見えた。

『さあ樹よ、わたしを元の時へ戻したまへ、わたしが生きるべき場所へ、家族の元へ』


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