私の初めての敗北
11
カマエルの裁き事件から一ヶ月、五月に入っても一向に暖かくならない気温を余所に、学校の中は熱気に包まれていた。クラス対抗の球技大会が行われているのだ。
わたし達3人はバレーボールに参加していた。一年生八クラスによるトーナメント戦である。
実際に参加しているのは琴音一人で、わたしと天音は補欠として見学していた。
わたしのクラスは順調に勝ち進み、わたしと天音の出番がないまま、決勝戦を迎えていた。
だからと云ってわたし達は暇をしていたわけでない、琴音とクラスの応援に熱中し、こちらの攻撃が決まるたびに歓声を上げ、失点のたびに落胆のため息をついた。
決勝までは琴音の活躍でワンサイドゲームが続いていたが、決勝はどうやら勝手が違うようだ。相手クラスにバレーボール部員が3人、入っているのだ。
これまで誰も取れなかった、琴音のサーブをきちっと返してくる。
試合は2―1で4セット目、二十対二十三で相手のマッチポイントを迎えていた。
強烈な相手のサーブを琴音が難なく拾ったが、紀子のスパイクを172cmと174cmの長身コンビのブロックが塞いだ。ネット越しに被さるようなブロックにボールは阻まれ4セット目を落とした。このブロックは琴音以外のスパイクをことごとく拒んでいた。
コートチェンジで戻ってきた来た紀子は足を引きずっていた。ブロックで体勢を崩し、着地の際に足をひねったらしい。
「大丈夫、紀子?」
「やっちゃったよ、交代して」
「じゃあ、天音・・・」
そこまで言い掛けて、わたしを見る琴音の視線に気付いた。
琴音の目は燃えていた、琴音は昨日観たアタック№1の世界にいた。上戸彩主演のテレビドラマ版だ。
最近分かった来たことだが、琴音は潜入調査用に調整されたさいに環境適応能力のパラメータを大きく取られたようで、周りに融けこむのが早い反面、影響を受けやすい。テレビを見てシバシバ主人公になりきってしまうのだ。
琴音が鮎原こずえに浸っているのが伝わってきた。するとわたしの役所は早川みどりだろうか?
いやこいつ、わたしを大沼みゆきに設定しているぞ!
むむ、するとわたしはチームを率いるキャプテンとして、この窮地を救わねばならない。
まあ、控えめで可憐な美少女も飽きてきたので、そろそろ猫被りも終わりにするのが良いのかもしれない。
「いくわよ、天音!」
「ええ!」
「わかっている、琴音わたしが出る以上一ポイントだって渡さないわよ、そのつもりで着いてきなさい!」
コイントスでサーブ権は相手にわたった。
わたし達3人は前衛に着き、笛の音と共に試合が始まった。
172cmの放つ強力なサーブを後衛はなんとかレシーブしたが、ボールはサイドに流れた。
わたしは素早くフォローに入りトスするがボールが山なりになり、オープン攻撃になってしまった。琴音が鋭いスパイクを打つが、相手のレシーバーが待ちえていた。
素早くネット前に戻ったわたしは相手のスパイクに合わせてブロックに飛んだ。
大きく上がったトスを、174cmがタイミングをずらして強くスパイクする。
「ブッ!」
ボールはわたしの顔に突き刺さった。
こぼれたボールを素早く天音がフォローし、Aクイックで琴音がスパイクを決めた。
ポイントは取ったモノの、わたしの顔は赤くなっていた。ボールがぶつかったせいだけではない。スパイクの瞬間174cmの唇が笑いに歪むのをわたしの目は見逃していなかった、わざとわたしの顔面を狙ったのだ。
「静音、大丈夫ッ」
ええ、大丈夫デスとも。
「フフフ、楽しませてくれるじゃない」
当然、天音と琴音はわたしに何がされたか気付いていた。いつもなら琴音が止めに入る場面だが、すっかり鮎原こずえモードに入っている琴音は珍しく怒りを表していた。
天音は止めても無駄なことは分かっているので、余計な労力は払わない。
174cmは鼻を押さえ俯くわたしを横目でみて笑っている。そして手で隠した、わたしの顔も顔は笑っていた、次のサーブはわたしなのだ。174cmは気勢をそいだつもりで地雷を踏んだことに気がついていない。
サービスゾーンに移ったわたしは、高いトスをあげた。わたしは目標をきっちり狙うためドライブサーブを選んだ。手が見えないほどの早さで、超高速回転を掛けボールを打ち出す、ボールはネットギリギリを通過し、174cmを狙い打ちにしていた。174cmの前に落ちたボールは床で跳ね返り、174cmの顔面を直撃した。
バンッ!
跳ね上がったボールはわたしの手に戻ってきた。当然一発で終わらせるつもりはないので、悪魔の笑みを浮かべたわたしは、ボールを突きながら、次のサーブの呼吸を整えた。
しかしタイムが掛かり、鼻血を出した174cmは選手交代をしてしまった。
「チッ」
この際172cmも潰しておこうかと考えたが、それはやり過ぎだろうとダークサイトへの誘惑を振り切り、次からは無回転のジャンプサーブに切り替えた。
揺れるボールを相手はまったく拾うことが出来ず、サービスエースが決まった。
その後、無回転サーブを順調に決め、十四ポイントまで試合は進んだ。
5セット目は十五ポイントで終わりなので、これでマッチポイントだ。
わたしが最後の一球を決めるため、トスを上げたところで異変が起きた。
世界が揺れトスボールは無数に分かれた。わたしはバランスを崩しながら、必死にスパイクを打った。
手はボールを捉えたが、緩やかで球威のない山なりサーブに成ってしまった。
しかも前衛の琴音と天音もわたし同様、神世界の揺れで立っているのがやっとだった。
このチャンスを相手が見逃すはずもなく、Dクイックで172cmがスパイクを返してきた。
神世界の揺れは収まっていたが、わたしはまだ動けずにいた。
この世界が止まったような感覚の中で、ボールはわたしの前に落ちようとしていた。
動け、動けわたしの身体!
スローモーションのようにわたしの脚が動いた。
間に合え!
ボールはわたしの脚に当たり、左に大きく跳ねた!
「琴音!」
わたしが声を掛けるよりも早く、琴音はボールを追っていた。そのスピードは明らかにリミッターを解除していた。琴音はほとんどボールも見ず、振り向きざまにボールを打ち返していた、ボールはネット際に高く上がった。
そこには天音がいた。天音はネット上に上半身がまるまる出るぐらい高くジャンプしていた。目の前に来たボールを天音の手が打ち抜いた。
強力なスパイクは相手コートに中央に突き刺さり、跳ね返ったボールが壁に当たったとき、破裂音がした。
パーンッ!
歓声が上がり、世界が再び動き始める。
笛が鳴り、ゲームセットが告げられた。
わたし達はコート中央に集まり、勝利を祝った。
「琴音、天音ナイスフォロー!」
「当然よ、私達が出て一ポイントだってやるモンですか」
「天音の云う通りですよ」
勝利はわたし達の能力を考えれば当然の結果なのだが、高校生活の一ページを飾るイベントとしてわたしはこの勝利を楽しんだ。
そして、二人の協力でパーフェクトにそれを勝ち取れたことがうれしかった。
「ありがとう、最高よ二人とも!」
球技大会の翌日、バレーボール部の顧問にわたし達は体育準備室に呼び出された。
用件はバレーボール部への勧誘だが体育の担当教師であるため無視することも出来ず、わたし達は教師の前に立っていた。
教師は笑顔でわたし達を迎え昨日の活躍を自分がどう評価しているか熱心に語り、君たちがいれば全国優勝も夢ではないと言い切った。
琴音はその話しに熱心に頷き目を輝かせていた。ここへ来る前、琴音には一切口を開かないよう言い聞かせていた。昨日の興奮が冷め切らない琴音が教師の熱意に当てられたらどういう返事をするか目に見えていたからだ。
今にも入部を承諾しそうな琴音の手をわたしは握り押しとどめた。次第にテンションを上げ喋り続ける教師の熱弁を前に私の手に力が入り、琴音の強化チタンの骨がたわむのが分かった。
落ちおつけわたし、こういう手合いはノラリクラリと躱すのだ。その時、天音が口を開いた。
「私イタリア国籍なので・・・」
切り返そうとした教師の口は途中で閉じられた。
教師を見る天音の冷めた目は、液化窒素のようにその場を凍らせた。
天音のあの目を見た人間はまるで自分が虫になったように感じるのではないだろうか?
わたしの神の魂を持ってしても、直視する事は難しい。
敵は凍り漬いている、今の内だ。
わたしは適当に家庭の事情とかなんとかに言いつくろい、二人の手を引いて速攻で教室に戻った。
「天音、断り方にも順序があるでしょう」
「どうせ断るんだから、時間の無駄でしょう。それとも何全国優勝を狙うの?」
「そうなの静音ッ」未練タラタラな琴音は空気も読まず言葉に食いついてくる。
わたしを琴音押しやり会話を続けた。
「そうじゃなくて、手順の話よ人間関係はもっとソフトに対応するべきだって云ってるの。しこりが残ったら困るでしょう」
「そう?困らないけど」
うぅ、こいつ分かってやってる。200倍も年が離れた天使に説教すること自体無理があるのか・・・
わたしの心が折れたのが天音には分かったようだ、イタズラっぽい笑いが唇に浮かぶ。
「ねえそれより今度の日曜日、原宿に買い物行かない。興味のあるブランドのイベントがあるんだよね」
そう云った天音の笑顔はメガトン級の破壊力を持っていた。周りの男子が全員見とれている。
ダメだ勝てない。わたしの人生初めての挫折は天音によってもたらされた。
「それって例のかわいい系のやつ」
「そうレースがフリフリってなってるの」
その後はファション誌を取りだし服の話題でも降り上がった。
だが、ことはこれだけでは終わらなかった。
放課後に玄関口で三年生の先輩に呼び止められたわたし達は校舎裏に連れて行かれた。
あたし達の周りを先輩のお友達が取り囲むと一人がこう切り出した。
「あんた達ちょっと調子に乗りすぎじゃない?」
はあ、まるで昭和の時代を思わせる展開だが、わたしは中学時代何度となく出くわしている。
私が黙っているのを萎縮したと思ったのか、声がワントーン高くなった。
「あんた達、今日うちの顧問に呼び出されたでしょう?バレーボール部に入らないかって」
「・・・」
「聞いてるの、あんた達」
「それなら、お断りしました。興味ないので」
「それが、調子に乗ってるって云うのよ!」
「入部すれば良かったんですか?」
「ふざけないで、私がどんなに頑張ってレギラーなったと思ってるの、それを突然一年生に割り込まれたたまるモンですか」
そんなにレギラーの座が心配ならこんな事してないで練習に励めばいいと思うんだけど。
「ですから、そんな気はありませんから、わたし達、家庭の事情で部活動は出来ないんです」
「可愛い顔して、勉強も出来て、スポーツ万能でいい子ちゃんて出来すぎだって云ってるのよ」
何一つ悪いことはしていないと思うんだけど。つまり理由は何でもいいのだ、目立つ後輩を絞めておこうと云うことだ。
わたしが控えめな美少女を演じていたのは中学時代に度々こういう事があったからだ。
喧嘩を自分から売る趣味はないが売られた喧嘩は買わないと失礼だと、中学までの私は考えていた。だが今の自分は違う。責任ある守神子の身だ、一般人に怪我をさせるわけには行かない、ここは穏便に済ませよう。
「それって、自分は無能で可愛いわたしがうらやましいってことですか?」
あれ?口が滑った。
「静音、何を云ってるの」
「テメー、絞められたいのかよ」
「あ~今のなし、スイマセンセンパイ、カンベンシテクダサイ、ハンセイシテマス」
棒読みになってしまった。
「なんなんだ、お前ら舐めてんのか?」
一人がわたしの髪を掴もうと手を伸ばした。わたしはそぶりも見せずにその手を掴むと、その場所に固定した。ピックとも動かない腕に焦って相手は私の手を引きはがそうともがいている。
「あなたの云うソフトな人間関係ってこういう事?」
天音が周りを気にせず平然とした声で尋ねた。
「ちょっと違うかな?」
「ちょっと放しなさいよ、このバカ力」
わたしが手を離すとその女生徒とは勢いでひっくり返った。
「まあ、まあ先輩ここは穏便に行きましょうよ」
「ふざけんな」
だよね。
「こいつか、生意気な後輩って・・・」
ここでおきまりのパターンで悪ぶった強面の男子高校生が現れた。
男子高校生は私を睨んで、そして目を見開いた。
「し、志奈津ッ」
あ、こいつ知ってる。わたしはさっきの天音をまねして、冷めた目を男子高校生に向けて云った。
「あん?」
「あっ・・・志奈津、志奈津さん」男子生徒はすっかり怯えきっていた。
「あんたこいつ知ってるの」彼女らしい女生徒が尋ねた。
「バカ野郎、こいつが上野の志奈津だよッ」
「先輩聞こえてますよ~」
「ああ、悪いそれでなんだっけ」
「あの、わたし達反省してるんで、先輩達に帰っていいか聞いて貰えませんか?」
「もちろんいいよな、お前ら」
「何いってるの、しっかりしてよ」
無理だと思うな、この前あった時は骨を三カ所ほど折って入院なさったハズだから。
根津の実家から遠い新宿の高校を選んだのはこういう中学時代の私を知らない場所で穏やかな学生生活を送りたかったからなんだけど、これでオジャンだな。
「返してくれないんなら、ちょっと荒っぽい事になりますよ」
「悪い、俺急用を思い出した、あとは自分たちで話してくれ」
「ちょっとッ」
男子生徒は文字通り逃げ出した。
女子生徒達はわたし達から距離を取り目配せを交わしている。
わたしがポキポキと指を鳴らすと、ビクッと怯えがが走った。
二、三人投げ飛ばせば散るかな。わたしがそう考えていると、校舎の向こうから聞こえよがしに声が聞こえた。
「こっちです先生」
そして走ってくる靴音が続く。
「これで、終わりじゃないからね、今度キッチリ話を付けてやるから」
女生徒達はありきたりな捨て台詞を残して逆方向に駆けだしていった。
「楽しみにまってま~す」わたしはそう云って見送った。
「静音、私達も逃げた方がいいんじゃない」琴音がそう云って手を引っ張った。
「大丈夫」
「え?」
「薫もういいわよ」
校舎の影から痩せ形の男子生徒が現れた。
「やあ、静音ちゃん」
「だれですか?」
「私のストーカー」
「相変わらず酷いね、静音ちゃん。僕は霧塚薫、静音ちゃんの従者です。琴音ちゃん、天音さん初めまして」
「霧塚って長官の?」
「はい、長官は僕の母親です」
「それで、ここでなにをしてるの?」
「なにって、こういうトラブルから守神子を守るのも僕の仕事だから」
私はその襟首を掴むと締め上げた。
「静音何するの」慌てて琴音が止めに入った。
「静音ちゃん苦しんだけど」
「だから、従者とか時代遅れのモノは要らないって、奈津美叔母さんには云ってあるはずだけど」
今はマリーが従者のやっていた仕事を全てやってくれている、だから必要ないと神世庁に云ってあるのだ。
「そんなこと云ってほっと置くと直ぐにトラブルに巻き込まれるんだから」
「うるさい、大体いい年こいて僕とか高校生のふりとか、気持ち悪いのよ」
私は一気に喉元を締め上げた。
「死んじゃうよ、やめて静音どうしたの」
「死なないわよ」わたしがそう云うとボキリとクビの骨が折れる音がした。
「静音なんて事を」
グッタリした体を地面に投げ捨てると、それは一枚の札に姿を変えた。
「式神ね、霧塚は陰陽師の家系なのよ」話しに付いてこれない琴音に天音が説明した。
天音は薫が現れたときから気づいていたのだろう。私が式神を潰したのには理由がある、分身がいると本体の気配が分からないのだ。
「そこかッ」
わたしは校舎の屋上までジャンプした。
琴音と天音も続く。
「出てきなさい薫」
屋上に貼られた結界が薄れ、今度は本当の薫が姿を現した。
顔立ちは式神と同じだが、体格は一回り大きく、年も二十代中盤、確か二十四歳のはずだ。
「相変わらず、乱暴だね静音ちゃんは」
「回りくどいことするからよ」
「これが本当の薫さん?」
「そうよ、分かったでしょう、いい年こいて女子高校生をつけ回すストーカーよ」
「ちょっと怖いですね」琴音は正しく事態を理解したようだ。
「それ、やめてくれないかな」
「なにをよ」
「ストーカーって云うの」
「だってそうでしょう?」私は間違っていない。
「僕は仕事をしているだけで、静音ちゃんに個人的興味はないよ」
「なによそれッ」麗しい乙女を前にしてなんて失礼な言いぐさだ。
「どう云えば納得してくれるの?」
「あんたがここから消えて、ささっと神世庁に戻ればいいのよ」
「だから、それは出来ないの仕事だから」
「何が仕事よ、あんなトラブル自分で処理できるわよ」
「・・・」
「なによ、問題でもあるの?」
「静音ちゃんやっぱり気づいてないんだ?」
「何がよ、私の処理の仕方に問題でもあるって云うの?」
「いや、無いとは云わないけど問題は別のことで」
「はん?」
「天音さんは気づいてるんでしょう?」
「ええ、こう毎日じゃね」
「何よ二人して、何の話をしてるの?」
「あなたは力が強すぎるのよ、だから自分の力で周りのモノが見えないのよ。そろそろ自分の力を押さえる練習をした方がいいわよ」
「だから、だからどうしてそういう話になるの」
ああ、イライラする。
「ここしばらくずっと妖魔が学校の周りをウロウロしてるのよ」
「え?」
「何度退治しても次々にやってくるんだ、何度か学校の敷地内まで入って来たこともあるんだよ。まったく気づいていないなんて鈍感にも程があるよ」
「ああ、そのこと気付いてたわよ」
見栄を張ったがバレバレなのは3人の視線で分かった。
「それじゃ薫さんは妖魔から学校を守ってるんですか」
「そういうこと、こういう小物の退治は僕達の仕事だから」
「どうしてこんなにも無いところに妖魔が来るのよ」
「静音ちゃんキミだよ」
「わたし?」
「静音ちゃんに引き寄せられて集まってきているんだよ」
「何で私に?妖魔なら守神子は避けるはずでしょう?」
妖魔にとって守神子は天敵だ。どんなに頭の悪い妖魔でも近づくのを避けるはずだ。
「普通はそうなんだけど、キミは特別みたいだね。まるで誘虫灯みたいに妖魔を引きつけてる」
「わたしが原因だって証拠でもあるの?」
「妖魔が寄ってく来るのは昼間だけなんだよ平日のね。つまり静音ちゃんが学校にいる時間」
「・・・どうして?」
「それはみんなが知りたがっているよ」
「分からないの?」
「捜索班が全員で調査しているけど今のところ何の手がかりもつかめていないよ」
「捜索班が全員って本来の業務は?」
「日本中の妖魔がここに集まってくるんだ、捜索班が妖魔を探す必要なんてないよ。機動班は連日の戦闘で疲弊気味だけどね」
「私に手伝えることは?」
「大人しくしていてくれると助かるよ」
「何よそれ!」
「おっと、結界に妖魔が入り込んだ行かなくちゃ」
「ささっと行きなさい」
「じゃあ、また天音さん、琴音ちゃん」
そう云うと薫は札を取り出し印を結ぶと、鴉の姿になって校庭の方に飛んで行った。
「マリー、薫るが云ったこと本当なの?」
『はい、確かにその通りのことが起こっています』
「どうして知らせてくれなかったの?」
『長官から確かなのとこが分かるまで伏せておくように云われておりました』
「マリーあなたの分析を聞かせて」
『もう訳ありません、私も推測しかねております。分かっているのは、特定のパターンの繰り返しが、行われていると云うことだけです』
「繰り返し?」
『小規模ですが、先日のカマエルの裁き事件と同様のことが、妖魔によって繰り返されています。目的はやはり静音様だと・・・それ以上のことは分かりかねます』
万能に思えるマリーにも分からない事があるというのは、わたしには小さな衝撃だった。
「そう、何か分かったら教えてくれる」
『了解しました』
マリーとの通信を終えると、琴音がわたしをじっと見つめていた。
「なに?」
「どうして静音は薫さんを嫌ってるの?」
「私も興味あるわ」
ああ、それは・・・
「だ、だからストーカーだからよ」
「赤くなってますよ静音」
「そ、それは・・・」
「好きな子に、意地悪する子供って感じね」ズバリと天音が云った。
小学生のころわたしに勉強を教えるのは薫の役目だった。薫は温厚な性格だし、志奈津の血を継いでいるだけあってハンサムでもあった。わたしは幼心にあこがれを抱いていた。
だからある日聞いたのだ、わたしをどう思っているか。
「静音ちゃんは僕が仕える大切な守神子だよ」
薫は裏表がないからそれは素直な気持ちだったのだろう。だがわたしの期待していた答えではなかった。
それいらい薫との間はギクシャクしていた。
まあ、いま考えれば高校生が小学生からどう思っているか聞かれて、“愛してる”なんて答えたらロリコンだ。犯罪者予備軍だ。
些細なことであり、わたしが素直になれば済むことなのだが。守神子は結婚することも、子供を持つこともない普通の恋愛などわたしにはないのだ。薫への思いはわたしの最初で最後の小さな恋心だった。
だからそれを踏みにじった薫はとことん虐められるべきなのだ。薫には迷惑な話だろうが、“大切な守神子”のストレス発散の為に今後もとことん仕えてもらうつもりだ。
これ以降後、わたしは周りに注意するようになった。たしかに学校周辺に機動班が待機していた。私は天音の手解きを受け自分の力をコントロールする練習を始めた。天音によるとわたしはまったく自分の力を制御できていないらしい。私の中にはまだ使っていない力が眠って筈だとも云われた。
天音はわたしが八束の剣をベリンダに投げつけた時、驚いたそうだ。わたしは何の気なしにやっていたことだが、八束の剣を手から離して実体化しておける守神子には逢ったことが無いそうだ。
歴代最高の守神子と云われた叔母様でもあんなことは出来ないと云う。
訓練を始めてから一週間ほどが過ぎると、わたしは妖魔の気配が分かるようになった。そして、天音の云うようにもっと強い力がわたしの中に眠っているのが分かった。それは志奈津の持つ風之神の力とは異質なモノだ。この力が今起こっていることの原因ではないかとわたしは考えるように成っていた。
同じ頃、わたしは「神代の三音」という通り名がわたし達に付けられたことを耳にした。例の男子生徒によって付けられたモノらしい。男子生徒から注がれていた熱い視線は別の種類のモノへと変わり始めた。同時になぜか女子生徒から度々ラブレターを受け取ることがあった。
例の男子生徒に今度逢ったときには、お礼にあばらを五、六本へし折って上げることにしよう。
少し学校でのイベントを書きたいと思い、この章を書きました。
物語の中ではまだ春なので校内イベントといってもどうしよう? と思い球技大会ならいっかと、バレーボールの試合を入れてみました。
後半の薫が出てくる部分は後で書き足しています。もうちょっと先まであるエピソードだったのですが、そちらを書き出すと本編から離れっていってしまうので、薫が立ち去ったところで切っています。
静音に遊ばれている薫ですが、じつは「ほにゃらら」なんですって設定があります。いずれ薫の話も書きたいと思っています。