駈引
10
作戦を練るにしても、わたしも天音も回復しなければどうにもならない。それには樹の下にいる必要があった。琴音とマリコが中庭にテーブルとイスを運んで遅い昼食の用意する間わたしと天音は樹の下に並んで座っていた。思いの丈を全て吐き出したわたしは、天音の云っていることが正論だと思い直していた。わたしも立場が逆なら同じことを云っていただろうし、同じ選択していただろう。
天音は目を閉じ樹の温もりに身を任せていた。
琴音は手際よく、食器を並べていた。
神界を、現世を、世界を、人を守るのが守神子の仕事だ。だが、わたしはなによりも、今この場所を守りたかった。ベリンダにわたしの仲間を傷つけさせるものか。その為の作戦を考えるんだ。
食事の用意が出来ると三人で食卓を囲んだ。昼食を取りながら作戦をねる。
「じゃあ、状況の整理から行くわよ」
「はい」
「ええ」
「まずはカマエルの裁きからね、小惑星のスイングバイが上手くいったら、カマエルの裁きが無効になることはないの?」
「残念だけど、その可能性はないわね。静音に掛けられた天使の失墜が有効な内は、何らかの事故でスイングバイは失敗するわ。最悪衛星軌道に乗ることも考えられるわね」
「それって、月がもう一個出来ちゃうってことですか?」
「ええ、そんなもんね」
「衛星軌道上にそんなのが居座れた日には、宇宙計画がガタガタよ、そうするとスイングバイの実行前にけりを付ける必要があるわね」
「そうね」
「マリー、小惑星の軌道変更スケジュールは?」
『現在も継続的な噴射による、軌道修正が行われていますが、日本時間の二十二時にスイングバイの軌道に乗せる大規模な噴射が予定されています』
「じゃあ、その時間がタイムリミットね」
「約六時間後ですね」
「それまでに天使の失墜を止めるわよ。もう一度確認するけど、天使の失墜を止めるにはベリンダを倒すしかないのね」
「ええ、一度発動した天使の失墜は、それ以外の方法で止めることはできません」
「わたしが、天使の失墜で死ねば、カマエルの裁きが発動するのね」
「正確には違います、カマエルの裁きの発動には霊、神の魂の生け贄が必要です。天使の失墜は現世へ働く力なので肉体を滅ぼしても、静音の神の魂を消すことはできません」
「それなら何で天使の失墜を仕掛けているの?」
「エネルギー体の天使を現世で殺すことは不可能だけど、逆に天使はエネルギー体では攻撃が出来ない。攻撃をするためには実体化する必要がある、実体化した天使は逆に殺すことが出来る。守神子である静音と正面から戦えば、守神子として戦闘訓練を受けた静音の方に歩がある。ベリンダは天使の失墜で静音を確実に倒し、肉体が滅んだ後、エネルギー体で魂を殺そうと考えている。生命の樹の力で静音が守られているのは誤算だったでしょうけど」
「魂だけなら、エネルギー体でも殺せるってこと?」
「ええ、魂の管理が天使の本来の仕事だから」
「実体化した天使は守神子と肉体的には変わらないんだったら、長距離から射撃すれば倒せるんじゃないんですか、爆発を気にせずに?」
「倒せはするけど死の抱擁に距離は関係ないの。死の抱擁は天使を殺したモノへの呪いなの。天使を殺したモノは足元からその炎を浴びることになる」
「そうなんですか、良くできていますね」
変なところで感心するんじゃない琴音。
「でも、あくまでも物理的な力なのよね」
「ええ、四十億Jほどの熱エネルギーよ」
「マリーそれって?」
『TNT火薬約一t相当です、六階建てのビルが吹き飛ぶ破壊力です』
「う~ん、それだとPAREX着ても保たないか」
『残念ですが』
「前の時はどうやって死の抱擁から叔母様を守ったの?」
「天使の恩寵、この前、静音を救ったのと同じ事よ。但し、死の抱擁は天使の死と共に訪れるから、確実に守るためには、憑依して一体化する必要があるの」
また憑依か・・・。
「でも、今は天使の恩寵にも力が足りないの?」
「ええ・・・今晩までにそこまで力が回復するのは不可能でしょう」
「では、天使の恩寵抜きで対策を考えないといけないのね」
「他のエネルギーで代用できないんですか?八束の剣とか凄いエネルギーですよ」
「天使が扱えるのは自分で貯めたエネルギーか生命の樹の力だけなの」
「樹に触れている状態なら、樹の力を使えるってこと?」
「ええ、確かにそうね、でもここにベリンダが来てくれない限り無理よ。ベリンダは樹の結界の働いているこの場所に入ってはこないわ」
「でも、樹の方が動けばどうかしら?」
「そんな無茶な!」
「ええと、正確には樹の一部ね、天逆鉾の柄は樹の一部とし今も樹と繋がっているはずなの」
「天逆鉾って、国作りに使われた鉾ですか?」
「そう」
「そんな神器どうやって手に入れるの?」
「琴音手を出して」
琴音が右の掌を出した。天逆鉾の柄の文様はまだくっきりと残っていた。
「まさかっ」
「手を重ねてみて」
「ええ」
琴音の手に、天音の手が重ねられた。天音の目は驚愕に開かれた。
「信じられない。確かに、樹と同じ力を感じる。これならいけるかもしれない」
「それじゃ、琴音に憑依してベリンダを倒せばいいわけね」
「そうね、でも」
「じゃあ実験、琴音に取り憑いてみて」
「大丈夫なの、琴音ちゃん」
「体験済みだから大丈夫ですよ」
「じゃあ」
光になった天音が琴音に重なった。
「キャー」
「いたた」
二人が地面に転がり、頭を押さえている。
「どうしたの」
「頭がクラクラします」
「私も、同期が出来ないみたいね」
「わたしには入れたのに?」
「どうやら、琴音ちゃんの無機質の部分がダメみたい」
「弱ったわね、これが出来ないとまた振出しね」
「もう一度、試してみましょう、いい?」
「はい」
再び天音が光になって、琴音に飛び込んだ。
「うう・・・」
琴音の顔に汗が浮かんでいる。今度は留まっているようだ。琴音の瞳が青に、髪は豊かな金髪へと変わった。
「もう限界です」三十秒ほどすると琴音が云った。
天音が離れると、二人とも地面に座り込み、肩で息をしている。
「やっぱり無理そう」
「う~ん、何とかなると思うわ、慣れればもっと持つと思う」
「そうね、練習しましょう、それで時間を延ばせると思う」
「じゃあ、食事が終わったら特訓ね、他に検討しなければいけないこともあるし」
「他に?琴音ちゃんと一緒ならベリンダを倒せると思うけど」
「昨日、天使の失墜は五カ所で同時に起こっているのよ、ベリンダの他に少なくても四人の天使がいることになるわ」
「ああ、そうね」
「それに居場所も特定できていないわ」
「それなら、この近くにいると思う。きっとここを監視しているはず、魂の回収のために」
「マリー捜索班に付近を調べさせて、天使のねぐらを探すのよ」
「あ、天使は精神コントロールをするから、普通の人では見つけるのは難しいわ」
『それなら大丈夫です、捜索班は精神感応の訓練を受けています、天使が精神コントロールを行えば直ぐに気付く筈です』
「大丈夫、彼らもプロよ、捜索は任せましょう」
「わかったわ」
「それで、天使の戦い方を教えて欲しいんだけど」
「そうですね、まだ聞いていません」
「ええ、説明するわ、天使の攻撃は自分のエネルギーから作る剣と弓が武器になる、どちらも高エネルギー兵器だから注意して。それから、やっかいなのがエネルギー体へ戻っての瞬間移動ね」
「それって、天音が止められるんじゃないの?」
「一対一ならね、五人が相手となると全員を封じるのは無理よ、瞬間移動されながら攻撃を受ければ、防御も反撃もかなり不利になるわ」
「叔母様が天使同士で直接戦えば、エネルギーのぶつけ合いになるって云っていたけど」
「ええ、実体化していても使うのは自分のエネルギーから作った武器だから、攻撃のたびに消耗するわ、エネルギー体の時はエネルギー体そのモノをぶつけ合うことになるわ」
「実体化している時の攻撃は物理的に防ぐことは可能なのね」
「ええ、そうね」
「マリー、例のモノは使える」
『はい、三体ですが用意できています』
「なんですか?」
「マリーの戦闘用ヒューマン型端末、マリアよ。この前の戦闘の経験から、小隊レベルでの戦闘用に用意をしていたの。天音、マリアで天使を殺した場合、天使の失墜はどのように働くのかしら?」
「あくまで武器に過ぎないから、効果は使用者に跳ね返るでしょうね。たぶん静音に来るわ」
「そうすると、使えるのは守りだけね、あとは天使の失墜をどうにか出来ればいいんだけど」
「わたしと琴音ちゃんでベリンダを倒すまでは、ここで待っていて貰う他はないわね」
「でも、ベリンダは姿を現すかしら、少なくても他の天使もベリンダを守ろうとするんじゃない?」
「そうね、でも場所が分かれば、周辺に魔方陣を張って逃げられないようにすることが出来るわ。その場合でもエネルギー体になることは出来るけど、逃げられない以上、消耗を避ける為に実体化するしかない」
「それでも他の天使を先に倒さないとベリンダを倒すことは難しそうね」
「確かにそうね・・・」
情報を付あわせてみた結果、今のところ、ベリンダを倒さなければ、わたしの出番は無いと云うことだ。
そしてベリンダの天使の失墜が向こうの切り札である以上、他の天使を倒さない限りベリンダは姿を現さない。つまるところ戦闘は天音と琴音に任すしかなかった。
「天使の失墜はわたしに掛けられたけど、魂は滅ぼせないってことは肉体に掛けられた力なのね」
「ええ」
ふむ、わたしは考え込んだ、そこに抜け道が有るような気がする。
食事のあと、特訓する天音と琴音を後にして、わたしはメディカルルームへ向かった。
わたしの中に浮かんだ作戦を検討するため、スキャナで全身の検査を行った。
天使の失墜はわたしの肉体に向けられているならば、その印がどこかにあるはずだ。
天使の失墜の魔方陣はわたしの心臓に焼き付けられていた。そう、それなら、わたしにも出来ることがある。
わたしはマリーにそのプランを検討させた。結果は可能とのことだ。
これがこちらの切り札になる。話せば琴音と天音が反対することは目に見えていたので、わたしはこのことを二人に内緒にした。
わたしは中庭に戻り、樹の根本に腰を下ろした。琴音はわたしの顔を怪訝そうに見ていた。琴音はわたしが何か考えていることに、気付いたのだろう。出会ってまだ二週間だというのに、琴音は本当の姉妹のようにわたしの心を読むようになっている。わたしはどうやって琴音なしで十五年間を生きてきたのだろうかと思わされる。
夕闇があたりを覆うころ、探索班が天使を発見したとの報告が入った。
だが予想通り発見された天使は四人で、ベリンダと思われる天使の姿はないとのことだ。
天音の指示に従い、バックアップチームが魔方陣の準備を進めた。準備が出来た頃には日は完全に沈んでいた。
天音と琴音の同期は十五分ほど保つように成っていた。但し、戦闘しながらでは十分程度が現界だろう。
琴音は、新しい漆黒のパワードスーツを装着していた。|武装警官(AP)が使用していたテクノイド用PAREXの改良型で、神世庁のスペシャルオーダー品だ。|Extraordinary(特殊) |Reinforced(強化) |Exoskeleton(外骨格) EREXと呼んでいる、主に防御力の強化が図られている、エネルギー分子強化結合によりレールガンでも単発なら耐えることが出来る。マリーの設計した、神世界に属する神や天使といったモノに対するセンサーも追加されている。
天音は中庭の芝生の上に魔方陣を描いている。この場所なら魔方陣が破壊される恐れはない。準備が整うと、天音は確認するようにわたしと琴音をみた。
「マリーターゲットは補足できている?」
『捜査班はターゲット監視を継続中、ベリンダの捜査も継続して行っています』
「魔方陣の準備は?」
『指定されたポイントに敷設済みです』
「マリアの戦闘準備は?」
『ヘリポートにて待機中です』
『例のモノの準備出来ている?』わたしはインプラントに切り替えてマリーに話した。
『はい。いつでも動かせます』
「OK、じゃあ始めましょう」
頷いた天音はどこからか取りだした剣を魔法陣に突き立てた。天使の失墜の時と同じ強い揺れがわたしを襲った。
「じゃあ、行ってくるね、静音」
「無理しないでよ琴音。天音、琴音をお願いね、二人とも必ず帰ってくるのよ」
「はい」
「ええ」
二人は中庭を後にヘリポートに向かった。わたし木の根元に座り、しばらくしてからインプラントを琴音の視覚情報に繋いだ。
既に琴音は空中にいた。前方にはフライトユニットを付けたマリア三機がエスコートするように飛んでいた。琴音も同じフライトユニットを付けているはずだ。マリアの装甲はガンメタルに鈍く光っている、威圧感を与えるように設計されているのだ、か細いマリコとは真逆だ。琴音が頸を横に向けると天音が見えた。
琴音のヘッドディスプレイに表示された戦闘ポイントにまもなく到着する。わたしは現場に自分が居ないことにジレンマと焦りを感じた。
戦闘は天使からの攻撃で始まった。光の矢が空を切り裂いた。
マリアが散開すると共に天音が琴音に取り憑いた。
続く光の矢が、先頭のマリア1のフライトユニットを破壊する。その威力は矢と云うより荷電子粒子砲だ。
バーンッ!
爆発音が響きフライトユニットをパージしたマリア1が降下する。
バッバッバッバババッ!
宙を飛んでいる天使を琴音が狙撃するが、天使は瞬間移動で姿を消した。
左横に別の天使が忽然と現れ剣を振り下ろした。カバーに入ったマリア3の左腕が電磁シールドごと切り落とされるッ
だが今度は、琴音の動きが勝った。レールガンが天使を捉え、体を引き裂く。次の瞬間琴音の足下から、とてつもない熱量がフレアとして立ち上った。死の抱擁!
琴音の体を包むように、シールド、天使の恩寵が広がる。
死の抱擁の爆風が琴音を包むが、天使の恩寵がしっかりと琴音を守っている。代わりに直ぐ横にいたマリア3が吹き飛ばされる。
『マリア3ロストッ』マリーの声が告げた。
琴音の息が荒い、樹の力を借りても天音の負担は相当なのだろう。死の抱擁の光が消えるよりも早く。琴音はフライトユニットを失速させ、急降下した。光の矢が琴音の頭上をないだ。
琴音が矢を放った天使を補足するよりも早く、左右に現れた新しい天使が、たたみ掛けるように矢を放つ。琴音は何とか直撃を避けたが、フライトユニットの翼が吹き飛んだ。
フライトユニットをパージすると、左右に白い翼が広がった。天音の翼が羽ばたくと水平を取り戻した。琴音は左右を薙ぐように両手のレールガンを乱射した。
天使が消え、一瞬静寂が訪れた。
次の攻撃は下からだった。光の矢は琴音の顔を掠める、フェースガードが半ば溶けて吹き飛ぶ。
次の攻撃を食らうより早く、マリア1が天使を押さえ込んだ。瞬間移動して逃げようとする天使をマリア1の胸に描かれた魔方陣が妨害する。天音が仕込んで置いたものだ。
琴音はマリア1ごとレールガンで天使を打ち抜いた。
『マリア1ロストッ』
死の抱擁が再び襲う、今度の天使の恩寵は力負けしていた。天使の恩寵を抜けた炎がEREXを焼いた。天音の翼が炎に包まれ、琴音はビルの屋上に向け転落した。マリア2が琴音を抱えるように拾い上げるが、横に現れた天使の剣がマリア2の胴を薙いだ。
放り出された、琴音はビルの上を転がる。
『マリア2ロストッ』
受け身を取って立ち上がろうとする、琴音の頭を天使の足が踏みつけた。剣先が喉に当てられた。剣を握っているのは、加奈子、ベリンダだった。
「さて、手間取ったけど予定通りね、見ているんでしょう志奈津静音さん」ベリンダはそう云い放った。
「この子達の命が欲しかったら、そのやっかいな場所から出てきてくれるかしら」
EREXに身を包んだわたしは、天使の待つビルの屋上に降り立った。
ベリンダは見下した顔でわたしを見ていた。
ベリンダの横には二人の天使が寄り添っていた。
「まったく、手間を取らせる生け贄ね」
「罠に掛けたり、人質を取ったり、品格に欠けるんじゃない、ベリンダ」
「異端の神や堕天使に礼儀は必要ないのよ、堕落した世界に父神は失望しているの、だからわたし達が地上を浄化するのよ」
「父神が失望しているのは、あなたのような天使がいるからだとは思わないの」
「私は戒律に従っている、間違っているのは世界よ」
「宗教論争をするつもりは無いけれど、あなた達の父神は人間をまもれと命令しているはずよ」
「ええ、だから私は人間を堕落から救うの、永遠にね」
分かっていたことだが、狂っている、こいつらは。
「じゃあ、終わらせたら、わたしを殺して」
ベリンダの顔が曇った。
「何を考えて居るの」
「あなたには永遠に分からない事よ」
「ふん」ベリンダは二人の天使に首を振った。
次の瞬間、わたしの横に現れた天使は、わたしに身構える暇も与えず二本の剣を胸に突き刺した。わたしはその衝撃の中で八束の剣を一閃し二人の天使を切り捨てていた!
「何を!」ベリンダの声が聞こえた。死の抱擁がEREXを包み、わたしの体を灼熱の炎が包んだ。
わたしは、何が起こったか理解できない、ベリンダに向かって、八束の剣を投げつけた。
ベリンダはエネルギー体に変わり、その一撃を躱した。
だが、それがわたしの狙いだった。わたしはEREXの中に納められた、憑代を抜けだし霊体になった。
八束の剣を呼び戻すと、エネルギー体になったベリンダに斬りかかった。ベリンダは魂になった、わたしを簡単に倒せると思っていたようだが、わたしは神の魂を持つモノだ、神世界ではわたしの力は天使を上回る、そして八束の剣はそもそも、神世界に属する存在を切るための武器なのだ。
「どうしたの、戦ってみなさい、異端の神から世界を救うんでしょう!」
「この」
ベリンダの投げつけてくるエネルギーをわたしはいとも簡単に受け流した。
八束の剣が振り下ろされる寸前、ベリンダは唯一逃れる方法をとった。神世界から、現世へ、実体化して逃げたのだ。
「最後は自分で決めなさい、天音!」わたしは云った。
実体化したベリンダの胸に、天音の剣が深々と突き刺さった!
ベリンダの死の抱擁がビルの屋上から高々と立ち上った。死の抱擁の光が収まり、確かに琴音/天音が無事なことを確認するとわたしは肉体に戻った。
現世で霊体でいることは思いのほか、体力を消費することだった。
マリーは保障してくれていたが、死の抱擁が憑代のほうに行く確信はなかったのだ。
憑代による偽装とインプラントによるEREXのリモート操作。それがわたしの仕掛けた罠だった。
戻ってきたら二人に怒られるだろうな、そう思った。
疲労のまま目を閉じていると、人の気配がした。わたしの両隣に暖かいぬくもりが腰を下ろすのが分かった。
「ねてますね」
「まったく、無茶するわ」
「ほんとですよ、また私に黙ってこんな無茶して」
「でも、結局助けられたのね」
「結果オーライなだけですよ。起こします?」
「今は寝かして起きましょう」
「そうですね」
「ありがとう静音・・・」
その後、目を覚ましたわたしは二人に長時間に及ぶ説教を喰らった。わたしは粛々とそれを聞き反省の弁を述べた。
でも、わたしは同じようなことになれば、また同じことをするだろう。二人にもそれは分かっているはずだ。
ともかく、三人で戻ってこられたことにわたしは感謝した。
小惑星は無事にスイングバイを行い、地球軌道を離脱したそうだ。今後地球の公転にあわせ、半年掛けて再びラグランジュ2に運ぶことになるとマリーが教えてくれた。
天音は戦いでまた、消耗したため、しばらく地上に残ることになった。天界ではまだゴタゴタが続いているらしい。天音はハッキリとは言わなかったが、廃絶派の天使はもとより、ハッキリしない大天使にも、無責任な父神にも愛想が尽きているようだ。当分は地上に止まるだろう。まあ3000年を生きた天使にとっては数年地上で過ごそうと、人生の中では一瞬の出来事だろう。
わたしは天音を従姉妹として転入出来るよう、マリーにミッションを命令した。わたしにまた家族が増えたのだ。
そう、今回のことでひとつの疑問が確証に替わった。死の抱擁は琴音を自我のあるものとして攻撃した、テクノイドである琴音にも魂があるのだ。