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8 真の親分登場

 時間を無限に拡張して大空を自由に駆ける少女の姿


 俺の目線は純粋無垢な彼女の青い瞳に重なっている。


 彼方に広がる青空も、この少女の時と翼の前には有限と定義されたちっぽけな小部屋かもしれない。


 そんなクソ喰らえに詩的な思いを抱きながら少女と共に空の世界を堪能していると、下方に小さな光を見つけた。


 少女と同じく純粋で悪意の無い波長の光。何かの建造物のようだが光が強くてはっきりとは分からない。俺にはソレがなんだか綺麗過ぎて、逆に畏怖と言う名の恐怖を感じてしまう。


『ここに至っていはいけない』


 何の根拠もない俺の考えに同調するかのように、その光から声のようなものが聞こえた気がした。

 しかし俺が同化している少女は構わず光へ向かって落ちていく。


 “どうする事も出来ない”


 “どうしたいのか分からない?”


 少女の瞳という一人称から、俺は第三者としてそれを傍観していた。


『今なら、今この時のあなたなら……まだ間にあう』


 “簡単なこと。あなたに出来ることをあなたがすればいいのよ”






 こっちの世界に来て早や2度目の気絶か……向こうじゃこんなこと一度も無かったのに。

 目覚めるとちょっと前に見た白い光景。

 お昼休みに寝ていた保健室のベッドに俺は再び寝かされていた。

 

「気がついた? 入学早々2度も保健室に運び込まれるなんて前代未聞……でもないかもしれないけど、そんな子は中々いないわ」


 まだ聞いたことのない声がする方へ顔を向けると、俺を見て微笑む妙齢の女性がいた。

 フラメの決闘の終幕間際、おもむろに俺が魔法を放った? ところまでは覚えている。

 その後直ぐに気絶してしまったのを、また誰かがここまで運んでくれたのか。


「初めまして。保健室の先生やってますアレックス・リードといいます。さっきは校長先生に任せちゃったけれど私がこの保健室の主ですからね。ココの新たな常連になりそうな新入生さんよろしくね」


 病院職に向いてそうな物腰柔らかく優しい音色――黒髪で長髪、日本人顔で白衣の女医の美声に俺は一瞬で警戒心を融かされてしまった、かもしれない。


「あの、どうして私はまたココにいるんですか?」


 ゆっくり起きあがってみた。初めて使った魔法の反動が少し恐かったが、体に異常は無いようだ。


「そうね……倒れた原因は急激な魔力消費の為、体はともかく精神がついていかなかったようだけど、あなた一人であの威力の魔法を? 精霊使いレベルでもあんな規模の破壊を行うのは大変なことなのに……」


 初対面の先生は大げさなジェスチャーをしながら話してくれるが、まだ自分のしたことがちゃんと把握出来ない俺は苦笑いで返すしかなかった。


「お友達は報告に行かなきゃいけないらしくて、ライトさんと一緒にあなたをココに置いた後直ぐ校長室へ向かったわ。

 今は少し休みなさい。ユメルさん、今日の授業は全部欠席にしておくって言ってたから」


 役目は終わったと言わんばかりに、保健室の先生は身支度を始める。

 取り敢えずユメルは無事そうなので俺はホッと一息。

 そういえば上級生たちはどうなったのか……知らなくていいや。


「明日はあなた達新入生の健康診断と身体測定だから、まだ色々と準備が残っていて構ってあげられないの。代わりにこの部屋は放課後まで好きに使っていいわ。あなたくらいの歳なら、まだ男を連れ込んだりはしないわね?」


「えっと……男を連れ込む? 私が?」


 そんなことが出来る年齢なのか? せいぜい小学生高学年くらいのこの体が?

 いたずらっぽい大人の笑みを残してリード先生は颯爽と出て行った。

 優しげな趣きの割にきびきびと働く人のようだ。


 暇を持て余す魔法使いは、一体何をして暇を潰すのであろうか?

 先生が去ってまだ10分と経たないのにベッドから出たくて体がうずうずしてくる。

 暇だ……フラメも直ぐに帰って来なさそうだし、魔法に慣れる練習でもしようかな。

 少し心を静かにしてからウィンクすると、今は締め切ってある保健室のカーテンが軽く舞った。

 大丈夫だ。このくらいなら普通に使えそう。変な頭痛とかもないし、俺の○○が疼く――

みたいなこともない。


「もっと他の事って出来ないのかな? ライトさんが“ユメル”は転移なんて軽々やってたって聞いてたらしいけれど」


 フラメの難しい説明を思い出してみる。

 転移魔法は今いる場所、行きたい場所、そこに実体として転移した場合の様々な障害を把握して……その後はどうするんだっけ? 何か特殊な詠唱が必要なのだろうか?


 試しに近くにあったボールペンのようなモノを動かそうとしてみた。

 目を閉じ、まずはボールペンが空に浮かぶ様子を思い浮かべて……目を開く。


「う~ん、随分と力技な浮かべ方だなあ」


 ボールペンはちゃんと浮いていた。どこからか湧きだす風に乗ってフワフワと。

 そういえば子どもの頃、自分の息で紙のボールを浮かしてその状態を維持する、みたいな遊び道具があったなあ。 

 今度は浮かび上がったボールペンが手元に瞬間移動するように念じてみる。

 2、3度瞬きすると、ペンは確かに一瞬で手元に来た。極端に局地的な突風に運ばれて。

 俺が今やってる方法では風、というか空気を通してモノを動かすのが関の山みたいだ。


「やっぱりだめか」


“風の魔法使い”なんて響きは良いし、マンガなんかでもそういうキャラがたくさんいるけど、俺の魔法の場合は使い勝手が良いのか悪いのか。もっと思考錯誤する必要がある。

 今のチカラだけで転移となると、行きたい場所にある障害物どころか、そこに行くまで直線距離上の邪魔な物を全部排除しないといけない……ただの高速移動じゃん。


「フラメちゃんに聞くのが一番早いだろうけど、まだ時間がかかるのかな? ライトさんは呼べば来てくれるのかもしれないけど、なんとなく教えを乞いたい人物ではないし」


 校長先生――ユメルの父さんは過保護そうだから、今の俺の魔法使いレベルを素直に教えたら『もう学校なんて危険なところ行かなくていいから、ワシとず~っと一緒にいなさい!』とか言われて軟禁されそうだ。


「知識のある人、モノ、場所か……ここが学校なら図書室くらいあるかな?」


 でもどこにあるか分からないし、あんまり遠かったら行くの辛いし……



 校内の見取り図でもあればと、暇潰しも兼ねて保健室の物漁りを開始した。ちなみに最初に見つけたものは、


「生理用品か? これはまあ女子の為に必要だろうけど。

 ……!? 避妊具とか一体何種類常備してあるんだよ!!? これ授業のサンプルっていうより実際に――」


 リード先生……ある意味生徒想いなのかもしれないけど、冗談で言ってたんじゃないんだな。



 魔法に関する興味深い品は無かったが、こんなもの出てきたらいいなと思っていた校内地図が見つかった。長期間使われてなかったのか、全体が色褪せてところどころが黄ばんでいた――宝の地図みたいだ。


「この学校ってそんなに歴史長いのかな? 校舎の建て替えとかしてなきゃいいけど」


 王立魔法学校は、2つのL字を90度回転して先端同士をくっつけた、卍の片割れのような構造をしていた。変な形だと思うが、残念ながらその意味を知る術は俺にはない。


「校内は一応一本道……? 廊下を延々歩いた時は分かれ道があったんだけどなあ」


 地図には現在地である保健室が赤丸で誰かにマークされており、俺が行ったことのある食堂は3階の端に大きく、最初に授業を受けた教室は名前がわからないが、フラメと上級生たちが決闘をしたドームは校舎の離れにさらにでかでかと載っていた。


「大地地下室は……載ってないか」


 俺が知る唯一名前付きの教室だったから、そこを手がかりにと思ったんだけど……そういえば最近出来たって言ってたような。

 何か目印はないかと今度は目線を地図の1階から上へと動かしていく。フラメが行っているはずの校長室はここから随分遠そうだ。保健室は1階の端にあって校長室は6階の丁度反対側に位置している。この学校最上階の一室のようだ。

 結構遠いけど、校長室に行ってみるか? でもあの校長にはあんまり会いたくないなあ。


 もう一つの探しもの、探究するための探究場所、図書室はあるのかなと地図を見渡してみたが校舎内には見当たらない……と思った矢先、ドーム反対側の校外の四角い建物が目に入る。


「王立研究所第一図書館……そっか、研究者も利用してる図書館が校外にあるのか」


 目標が見つかり、早速向かおうと保健室を飛び出すが、


「この学校って出口あったっけ?」 


 まず第一の関門と言ったところか。

 校外の図書館に行くなら学校を出なければならないが、地図には出入り口や昇降口などは見当たらない。


 仕方ない保健室の窓から飛び出そうかと視線を返すと、長い廊下の少し先に車椅子に乗った青年がが見えた。

 こちらへ向かいゆっくりと車輪を転がしてくる。

 せっかくだからあの人に色々訊いてみようか。

 この時の俺は何故だか青年に全く警戒心を抱かなかった。

 生来人を引き付ける性格の持ち主なのかもしれないがしかし、その違和感にすら気付けなかったことを後の俺は後悔する……のだろうか?



「こんにちは。保健室に用事ですか?」


「こんにちは、可愛いお嬢さん。随分特徴的な髪と瞳だね。見覚えが無いから新入生かな?

 俺はまあ見ての通り足が不自由になってしまっていてね。検査もかねて週に何回かリード先生に診てもらってるんだ」


 髪が少しだけ青っぽい感じの好青年は14、5歳くらいか。

 先程から感じていたように、淡い笑顔からは怪我人が発する独特の停滞感、閉塞感よりはむしろ誰にでも好かれるようなほんのり温かい空気を感じる。


「そうなんですか。先生は明日の健康診断等の準備に出かけてしまいましたが」


「そうか、それは残念。君の用事はもう済んだのかい?」


 見た目通りの優男なのだろう、俺のことを忘れず気にかけてくれる。

 ならばと、俺は困っている女の子を心おきなく演じることにした。


「ココの用事は済んだんですけど、実はちょっと道がわからなくって、王立第一図書館まで行きたいのですが……」


「うん、俺もたった今暇になったから行こうと思ってたんだ。それに礼儀正しき淑女には親切にしないとね」


「ありがとうございます! 私はユメル・バーティシアと言います」


 都合の良い親切もあったものだ。声をかけたのは俺から出し、相手は青年とはいえ車椅子だし、純粋に助けてくれてるんだろうとは思うけど。


「バーティシア? どこかで何回か耳にしたような……ああ、もしかして校長の御息女? それとも御孫さん?」


「いえ、その……多分娘です」


 余計な詮索されたくないから(うまく答えられないし)今度からバーティシアの性は名乗らない方がいいかもしれない。


「俺はハック・ディノフィンガー。友達からはよく“アニキ”とか呼ばれてる。よろしくねユメルちゃん」

 

「え? アニキって……」


 フラメを襲った上級生達が確かアニキと呼んでいた。でもハックの方が不良達より少し年下に見える。

 この青年がフラメに勝るとも劣らない(とテリメンが負け惜しみしてた)魔法の使い手なのだろうか?


「もしかして俺の友達に会った? アイツ等未だに俺をリーダー扱いして持ちあげてるんだろ? 最近気不味くて顔合わせてないなあ。

 根は悪い奴等じゃないんだけど、不快な悪戯とか受けちゃってたらごめんね」


 そういって車椅子の好青年は、手を合わせて謝る仕草をする。


“じゃあ、もしかしてあなたのその脚はフラメのお姉さんに……”

 訊こうとして躊躇した。あの時テリメンが言ってたことが本当なら、フラメの姉は騙し討ちか何か、卑怯な手で彼をこんな状態にしたのだ。

 フラメの友達としてはちょっと触れたくない内容だと思って胸の内に仕舞い込んだ。


「いえ、今のところ“なんとか”大丈夫です。アニキさんて思ってたより良い人っぽいですね」


「微妙な言い回しだな。アイツ等今でもそんなに問題児扱いされてるの? それにユメルちゃんにまでアニキって……だったらせめておにいちゃ――お兄さんと呼んでくれないかなあ?」


「アニキはアニキですよ。その方がカッコイイと思いますよ」


 俺が『お兄ちゃん(ハート付)』なんて言ったら、青年をほんわかさせる前に自分が自己嫌悪してしまいそうだ。


「そうかなあ? まあ呼ばれ慣れてるからいいけどさ」


 アニキは優しい笑顔を崩さず楽しそうに笑っていた。

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