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ちょっとした幕間:舞台裏

「おいお前! 起きろ!! 田中だったか?……いい加減にしないと単位やらんぞ」


「んん……?」


 決して教師の脅しに気づいて目覚めたわけではない。

 たまたま“彼女”の覚醒の時が重なっただけだったが、少なくとも田中利樹(たなかとしき)“本人”にとってそれは幸運なことであっただろう。


 

 某国立大学キャンパスの一室。

 2限目となる講義が始まってまだ数分、午前10時半を少し回ったところだ。

 1限目から講義があった者でもそろそろ頭が回転してくる頃合い、まして田中にとって今日はこれが最初の講義である。真面目に受講する気があればまだ十分起きていられる時間帯であるはずだが……

 昼寝というにはまだ少し早い時間、教室には100名近く学生がいるのに対し居眠りしていたのは彼一人だった。

 前回も、前々回も、その前の週の講義でも同じ状況が続いたことを今の田中は気付いていなかった。

 大学にもなると教師は学生の名前をいちいち覚えない。もちろんゼミや研究室に所属すれば話は別だが――だから前述の理由で田中の顔は“居眠り学生”として、その教師にインプットされてしまっていた。

 ひとえに日頃の行いと運が無かったということで、目覚めたばかりの田中は教師のおかんむりにポカンとした表情を向けている。


「“4度目”の正直だ……もし今度私が来た時に寝ていたら、出欠表からお前の名前を消しておくからそのつもりで――」

 

 田中は急に立ち上がって、教師の顔を直視する。

 

「な、なんだお前……文句でもあるのか? え?」


 教師には田中の鳶色の瞳がゆらぎ……一瞬青くなったように見えた。

 何かの間違いだと思い、しかし田中に対して少し怯えを感じながら、教師は意味の無い瞬きを繰り返し現実から目を背けた。

 田中の方はというと教師の言葉の意味をなんとなくは理解していたが、現在の状況としてはさして重要視する問題でないと判断、瞳を閉じた。



 瞬きにしてはほんの少しだけ永い空白の時間



 次に田中が目を開いた時、目の前の光景はキャンパスの黒板と教壇と五月蠅い教師の姿ではなく、よく見慣れた(と記憶されている)自分の部屋だった。ここなら邪魔は入らないと考えたようだ。

 きっと教師たちの目には、正に瞬きしてる間に田中が消えてしまったように見えただろう。


 覚醒直後の転移にしては上出来だと思いながら、魔力を消費した後特有の迷亭感が予想以上に大きく気分の悪さを拭いきれないまま、田中はまた直ぐに目を閉じた。

 そして、まるで頭の中だけで言葉を発するかのように念話を開始した。


『ギエス、聞こえてるなら返事なさい……ギエス?』

 

『ヘイヘイ、こちら平和過ぎて呆れかえりふんぞり返り暇潰しに耳クソとついでに鼻クソもほじってフッ……とか噴いてるギエス様だ。何も問題ありませんぜ』


 周りには誰もいないが、田中の脳には何処からかダミ声が返ってくる。


『くだらない状況説明はよして。私の体の方も大丈夫?」


『ええ、ユメル様本人かと見間違えるくらいの熟睡っぷりですぜ』


 傍目からは立ったまま眠っているようにも見える程の自然体を保つ田中の中で、二人のやりとりは続く。


『眠っているのに大きな変化があったら逆に怖いわよ。

 メッセを起動させて、これから話す事を録音して“私”に伝えなさい。出来るだけ早くお願い……本当はこっちからも魔力流して映像と一緒に送りたかったんだけど(その方が驚くだろうし現実を認めさせやすいから)こっちで魔法使うと思った以上に気分が悪くなるの。世界の歪みをこの身一つで受けてしまっているからかしら……?』


『そっちは魔力要素が薄そうだからそのせいもあるかもしれやせんね。了解……準備オーケーでっせ。そちらさんの肉声をどうぞ』


 田中はコホンと1つ咳払いして、今度は実際に声に出して喋り出した。


『あ、ああーと……聞こえてる? 私はユメル・バーティシア……いえ、今その名前はあなたのものね。あなたは自分のこと、特に人間関係をあまり詳細には思いだせないはず。私はあなたから素敵な名前と記憶を借り受けてるから………って、











 お前男かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』



 本当に元は10歳前後の少女なのだろうか?

 なんの躊躇も恥じらいもなく自分の体をまさぐり、事実を確認して愕然としつつも直ぐに調子を取り戻し話を続ける田中だった……がしかし、


 一難?去ってまた一難。

 いつのまにか開いていた自室のドアから、シマウマ模様の太り気味な猫が顔を出して一声鳴いた。


「ぎゃーーーーー猫を飼うな猫を……


 彼女本来の体は猫アレルギーのようだ。



 なんとか無事に説明を終えた田中だったが(シマウマみたいな猫には逃げられた)

 “やっぱ今の録音NGにしようかしら?”

 なんて思うかどうかの間もなく今度は、


「なんだ利樹帰ってたの? って、アンタなんで部屋で靴履いてるの?」


 田中の叫び声とシマウマ猫の悲鳴を聞いて母親が登場。

 またひと悶着あるのだがそれは割愛。


 ちなみに目の前で転移を見せつけられた教師は気味が悪くなりその日の講義を中止、早退。

 後で一緒に講義を受けていた友人に、転移魔法のことで散々ネタにされたり中身がばれたり……

 こちらも色々と今後が大変そうだ。

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