6 ランチタイムでの色々
「食堂ってここから遠いの?」
右も左もわからず1人きりで、自分の足音だけ聞き続けるのは結構堪えた。
2人仲良く散歩するなら気分も違うかもしれないが、廊下を延々歩かされるのは勘弁願いたい。
「……すっかり忘れてた。“ローカルゲートホルダー”持ってたんだわ」
そう言ってフラメはポケットから1枚のカードを取り出した。
見せてもらうと“王立魔法学校”と銘打ってあり、フラメの名前、顔写真その他系統魔法習得? 情報などが記載されている。学生カードのようだ。
「アンタにまた『それなあに?』とか訊かれる前に説明しとくわ。“ドリームゲート”については話したわよね?」
「この学校と研究所を繋いでるワープポイントみたいなものだったっけ?」
「そう。これも似たようなものなんだけど、ローカルゲートホルダーは“本人限定使用”で移動先も許可制かつ登録制、使用時間帯なんかも制限されるわ。だからさっきみたいにユメルが気絶しちゃうと面倒な事になるの」
さっきは巨体のガブロー先生が俺を保健室まで運んでくれたのか。意識なかったから覚えてないけどお姫様だっことかされてたとしたら、しばらく先生と会うのは恥ずかしいな。
「例えば今アタシが行けるところは各種空き教室、保健室、職員室、食堂、それと更衣室……緊急利用トイレなんてのもあるわね。
まあこのバカでかい校内を移動する為の救済措置ってところかしら。
ドリームゲートと同じくココや一部の機関限定で試験運用されてるって話よ」
どうりでいくら廊下を歩いても誰とも遭遇しないわけだ。
「じゃあさ、そういう道具があるってことは、逆に自分のチカラだけで転移するような魔法って難しいものなの?」
「何言ってん……そうね。自分の体に直接魔法を掛けると思ってみなさいよ。大事な身体に欠損なんて出来たら大変でしょ?」
フラメはサラッと危険な発言をしてマッドサイエンティストみたく笑った。
「そんな理由でデリケートな魔法だから、工程が恐ろしく精密で多段階にならざる負えないの。
まず自分が今いる場所と目的地の相対座標の認識、次に転移するにあたり障害となる存在の判定、最後に転移させる範囲を判断――自分の頭からつま先まで過不足無くでも無駄も無く把握しないと重大な事故が起きちゃうし……その他にも細かく注意しないといけないことがいくつもいくつも数えきれないくらいある。
完璧な精神状態で全てを完璧に成功させなきゃいけないから、まとも人なら遠回りでも確実に行ける方法を選ぶってだけの話よ。
もう、喋ってるだけで嫌になってくるわ」
それでもちゃんと説明はしてくれるんだね。
「とりあえず難しいってことは理解したよ」
彼女の説明からすると魔法も万能ではなく、いくらかの物理法則には沿ってるのだろう。
しかし勉強嫌いな(好きな人なんてこの世にいるのか?)俺に扱いこなせるだろうか?
「そういうプロセスを少しでも効率良く行う為の手段を学ぶのが学校なんでしょうが。単に何かしたいと思ったら、そう願いながら魔法を唱えれば……転移魔法と同じよ。別の努力をした方がマシと思えるくらい無限の時と膨大な魔力をかけて祈れば大抵の望みは叶う……かもしれないわね」
“最強の遠回り”そんな言葉が頭をよぎった。
やっぱり魔法って頑張り次第で物理法則無視してなんでもありなのか?
科学と矛盾してるようだけど、要するに“何でも出来ちゃう限られたエネルギー”をいかにうまく使うかってことなんだろう。
“何でも出来る”けど“限られる”というのもおかしいな。
「純粋な力として魔力を使う分には話が変わるわ。例えばただ敵を倒すことを目的にするなら、余計な思考をするより周囲を全部破壊するつもりで全力で……いえ、それはやり方にもよるわね。
話が大分逸れちゃった。アタシも結構お腹空いてきたし、さっさと行くわよ」
「でも、私そのローカルなんとかも持ってないと思う」
俺はどこまでもすっぴん装備なこの身に呆れていた。まだ幼いとはいえここまで手ぶらな人間ってそういないだろう。
男の俺だって常に財布と携帯は身につけて……でもそれだけか。携帯なんて精密機械この世界にないだろうし。
「ユメルの態度からしてなんとなく予想はしてたわ。詳しい事情は後でじっくり聞かせてもらうけど、多分魔道具とか貴重品は全部校長が預かってるんじゃないかしら?
だから、今回はアタシのカードをちょこっといじって……先生には内緒よ?」
フラメが自身の魔道具である指輪にカードをかざすと、カードが指輪と同じく真っ赤に染まった。
「さ、このまま手を握っててね……コードナンバー03“ロンデリア”へ」
転移はあの時と同じく一瞬だった。
ありがたみないとか思う間もなく、俺たちは小洒落た看板の前に立っていた。
王立魔法学校唯一のカフェ“ロンデリア”
――そういえば最近外食してなかったかもしれない。
過去の自分の食生活を振り返りながら、住んでる世界が違う俺から見てもありふれた感のある西洋風の内装をなんとなく見渡す。
内壁のレンガをツタがびっしり緑で覆っているのが特徴といえば特徴か。植物についてきそうな虫は見当たらないので不潔感はない。魔法か、それとも誰かの甲斐甲斐しい世話のたまものだろうか。
「魔法学校ってこんなに人がいるんだね」
店そのものより来ている客に興味を示した俺は素直な感想を口にする。
こっちに来てからこれだけの大人数は初めてみる。100人は超えてるんじゃないか?
フラメみたく外人っぽい髪の色や顔つきの人が多い。それでも今の自分の銀髪ほど目立つ人はいない。おかげでちらほら視線を感じる。
明らかに服装が違う先生みたいな人達を除けば、本来の俺より年長はいないみたいだ。年齢的には中高一貫といったところか。
「今丁度昼時だから。毎回こんなもんよ」
「フラメちゃんは来たことあるんだ? でも私たちって新入生……なんだよね?」
「なんでそこで間が空くのよ? アタシの場合はお姉ちゃんが研究所に勤めてて、それで入学前に何回かタダ飯に連れてってもらって……ね」
タダ飯ってなんか……もっと大人が言う言葉だと思う。
どこか言葉を濁すフラメと離れ離れにならないように、俺は繋いだ手を離さないまま後を追った。
ここのランチはバイキングらしい。
俺たちもちょっとした行列に並んで、トレイと小皿をいくつか抱え好きな食べ物を乗せていった。
魔法世界の料理はどんなものがあるか楽しみだったけど、主食は穀類を発酵させて焼いたパンのようなもの、というかパンだ。
茹でたパスタっぽい細麺をオリーブ? 油と塩と胡椒で軽く炒めた簡単パスタはどんなおかずとも相性良さそうに見える。
あとはサニーレタス、ロメインレタスなんかの葉っぱ類やトマト、にんじんなど見覚えのある野菜類で盛ったサラダ。
原型がどんな生き物かはわからないが少なくともゲテモノには見えない肉料理。
ドリンクは少量注いで試飲してみたら、コーヒーっぽいものや紅茶? の香りが少しきつく感じたので、これまた何が入ってるかわからない青紫色のジュースを選んでみた――味は葡萄というよりオレンジ。
総じて言えばご飯や魚がないのがちょっと寂しいくらいで、普通のレストランに食べに来た感覚でほっとしたような残念なような。
学校唯一カフェだけあって、これだけの人数が食事をしていても空席がちらほら。
容易に席を確保出来た俺たちは周りの忙し気な空気に急かされるかの如く、いただきますの挨拶もそこそこにナイフ(俺の知ってるものよりかなり鋭くてギザギザ)とフォーク(よくある感じだがこれまた凄く尖った3股)と素手(俺の手……小さくなったな)を巧みに使い分けながら食べだした。
食べ終わった。
「ごちそうさまでした。何の違和感もなく美味しかったです」
「それどんな褒め言葉よ? あとユメル食べるの早くない?」
「……そういえばさ、フラメちゃんはどこかの何かに信仰とかしてないの? 食事の時の特別な挨拶とか」
ライトさんの去り際にも聞きなれない別れの言葉を聞いたような気がする。
フラメは動かしていた手を止めて、少し考えるように言った。
「いえ、王立魔法学校は研究者の養成機関を兼ねてる部分もあるから……代表的なので言えばエノシン教でしょうけど、彼らは魔法を自然と一体化して崇拝してるような集まりだから、この学校や研究所には嫌悪して近づかないわ。
ココにいるほとんどの人の本質は無神論でしょうね」
意外だと思った。
魔法なんてものがあるから、そこから生まれた神様とか精霊とかたくさんあるのかと――単なる“偶像”では済まなような、深い信仰が存在してもおかしくはないと考えていたのだが。
やっぱり俺が思ってる魔法とは根幹からして違うものらしい。
「それでさユメル。アタシはアンタの言うとおり校長の話を盗み聴いてて、つまりその……魂と体? が別モノ? に入れ替わってるってホント?」
世間話をするように軽い言葉で話すフラメだが、俺は少し緊張し始めていた。
今更『大っ嫌い!!』とか『キモイです』なんて言われはしないだろうけど、自分の記憶すら曖昧な俺に現状をうまく説明出来るだろうか。
「フラメちゃんの言うとおり……だと思う。自分でもまだ納得いかないけど――」
「ホントに!? 凄いじゃない! 完璧な魂の置換、保存に成功した事例なんてどこの研究所にもないわ! いえこの場合はまだ置換に過ぎないけれどそれでも、勲章にアンタの名前が使われるくらいの成果かも! なんで校長は黙ってるのかしら?」
俺の両手を勢い良く掴みながらフラメの言葉は続く。
「それにさっきからず~っとアンタが何を気にしてるのかわかんないけど、アタシは今のユメル好きだよ。アタシと普通に話してくれるし、人形みたいに綺麗だけど色んなところ抜けてて面白いし!」
「最後の言葉は余計だけど、そう言ってくれて嬉しいよ」
背は小さいけど、知識の豊富さはこの世界の大人も顔負けレベルかもしれない。
そんな彼女の子どもっぽくも素直な言葉のおかげで、俺の不安定だった心は少しだけ安らいだ気がする。
フラメも食事を終えて一息つくと、少しだけ自分のことを話してくれた。
「アタシさ、お姉ちゃんの推薦でこの学校に入ったんだ。別に仲が悪かったり恨んでるわけじゃないんだ……まあしょっちゅう消防呼ばれるくらいの喧嘩はしたけど。
お姉ちゃんは研究所トップの補佐官、実質ナンバー2で実力も相当なもんだから、他の子も親から色々聞かされてたんでしょうね。まだまだ子どもだってのに精一杯媚び売る訓練ばかり受けてきたのか、素でアタシと会話してくれた生徒は一人もいなかった。
入学して数時間で確信したわ。ここにアタシの“友達”になってくれる人はいないんだって……授業中堂々と寝てるアンタを除いてね」
「なんだ、フラメちゃんもぼっちだったんだ?」
「ぼっち言うな! ヴェニスに帰れば子分がたくさん」
「それって友達……? フラメちゃんガキ大将だったんだ?」
「だって皆弱いんだもん! アタシが導いてあげなきゃなんにも出来ないヘタレばっかり。まあ猿山の大将も悪くなかったと言っておくわ。ウチの近くの森に凶暴な人食い熊が出るって情報が入った時とかね――」
その後も他愛のないおしゃべりを続けていたのだが、青紫色のオレンジジュースが効いたのか、純粋に満腹感と安心感のせいか、俺はトイレに行きたくなった。
――トイレ……ああトイレね。
「フラメちゃん私ちょっと………お手洗いに行ってくる」
「そう。アタシは食後のもう一服を堪能してるわ」
優秀だという姉に習って優等生面するつもりは全くないのだろう。オヤジ臭く砕けた座り方でカッコつけながらドリンクを口へ運ぶフラメを背に、俺は異世界の中の異世界へと第一歩を踏み出した。
「公共のトイレは…………いつの時代から男女別になったんだろう?」
明確な男女のシンボルマークの下、二手に分かれたトイレの入口。
俺は険しい顔をしながら非情な現実に喧嘩を売っていた。当然買うヤツなんていない。
だが差し迫った問題に体は素直だ。いつまでも逃げてはいられない。
「今の私はユメル、可愛い少女……立派なレディ……心を保つんだ。平常心だ。これは必ず乗り越えなければならない試練なんだ!」
言ってる自分がなんだか気持ち悪い。
普通に男として男子トイレを利用する感覚と同じように女子が女子トイレを当り前のように利用する。
それでいいんだ!
――ああでも他の女の子とかいたら緊張しちゃうなあ。まあ女子トイレはみんな個室だろうから、中に入っちゃえば関係ないか。
ここまできて我慢の限界で醜悪な姿を晒すよりかは……
俺は決心して秘密の花園へと足を踏み入れた。
用を済ませ、無言でトイレから帰還した。。
皆してることだから。言葉にする必要なんてないし、感想を述べたって誰も得しない。
「俺ここまで現実女子に免疫なかったっけ?」
女の裸を見るとかそういう次元じゃないんだ。
絶対に自分の体じゃないけど現実問題として自分の体のように動かしてるんだから感じ方も特殊なんだよだからそうだ気にするな。
「うん、終わってみればなんてことはない……ってことにしとこう」
男として自分の体に劣情を催すとか、最低な感情が湧いてこない分だけマシだろう。
それどころか段々とこの体に心も馴染んでいるような……?
もし……もし“月のモノ”なんてきたら、俺どうなっちゃうんだろう?
俺にとっては最重要課題であった曇り空的思考も、フラメが複数の青年達に囲まれてる風景を前にして凍りついた。