21
サブタイめんどくなってきたのでしばらく保留
「では、答えを聞こうか」
ライトさんの最後通告を、俺は表面上神妙な態度で受け止める。
「結果は既に分かりきってるのに、私に答えさせる意味ってあるんですか?」
「結果が同じでも、ユメルちゃんの選択次第では嫌な気分にならずに済むかもしれないよ」
そんな慈愛と優越感に満ち満ちた紳士面を見て、どうして素直に協力出来ようか。
「……じゃあ提案です。私がいくつかクイズを出すんで、ライトさんが一問でも正解出来たなら降参します。大人しく従いましょう」
こちらが不利な状況なんだから、小細工を混ぜるならこれくらいの条件付けは必須。“なんでもする”って、言う人も言われる人も結構エキサイティングな気分になるかもしれない、とか思ったのはどうでもいい。
「やはり君は面白い。前から思っていたが、魔女よりずっと普通の少女らしいのも好感が持てる。だが……下手な禅問答にはしないでくれよ」
少し迷うそぶりをみせたライトさんだが、所詮は子どもの悪あがき、酷くてもイタチの最後っ屁にしかならないと思ったのだろう。狙い通りの笑顔でうなずいた。てか本物のユメルって男の俺より残念な感じなのか。
「大丈夫。ちゃんと正解はあります。ただ全部外したら……まあいいや」
場は不思議な静寂に包まれていて、まともに動けそうなアニキとフラメは黙って成り行きを見守っている。俺が何を考えているかは分からないだろうが、隙をついて一暴れする機会を伺っているんだろう。2人とも喧嘩早いのは分かってるから、目をぎらつかせながら今か今かとこっちを睨むのはやめて欲しい。
リリン王女は彫像のように動かない。エレンさんは死んじゃいないだろうが、ボロボロのメイド服はピクリとも動かない。リンドーラ王とギンネ大臣、魔導技師のフォルツさんは蒸発済み。そしてロッソ少佐以下リンドーラ兵達は皆ライトさんの操り人形。
「では早速一問目。私の魔法のトリガーはなんでしょう?」
「まばたき……かな?」
ライトさんが自信なさそうに自信を隠して答える。てか答えるの早!
「そんな眉唾みたいなソースの分からない情報はどこで?」
「学校では密かに君の監視役だったからね」
「……惜しい! 正解は体の一部を動かすことです。まあわざわざまばたき我慢しながら魔法使う必要もありませんが」
何が惜しいのか俺にもよく分からないが、リンドーラに来てからはまばたききなんて意識していなかったし、記憶が完全に戻ってからも、魔法を使う感覚ってのは心に染みついている。自分が自分の体をどうやって動かしているのかうまく説明できないのと同じように。
もし“彼女”と入れ替わることなくエリヌエに来れて、魔法を使ってみたくて通神の儀とやらを受けていたら……まあ考えても詮ないことだ。
「そんな無茶苦茶な。魔法の発動にほとんど制約がないだと? 一体どんな幻獣とどんな契約を交わしている?」
彼が本当に驚いているのか、この世界の常識感覚がない俺には分からない。
「ライトさんだって転移するときは指パッチンでしょ? 大した手間じゃないと思いますが」
「…………」
俺が知る限りでも、そんなに面倒なトリガーを必要とする魔法使いはいない。フラメちゃんは指輪を目前にかざすだけ。リリンは歌う必要があるらしいけど、無音発声とかいうワケわからんチート能力持ってるし。学校の連中も大概は魔道具を振ったり祈ったりで分かりやすかった。
こんな設定必要あるのか? ってくらい今のところ一番どうでもいい魔法世界の制約だと思う。
「じゃあ第二問。私の魔法は一体何を操るものでしょう?」
「それは君を本来の異端の魔女として期待した場合かい?」
少しだけ真剣になったライトさんが、問いを重ねてくる。
「いえ、あくまで現時点での私の能力です」
彼女は俺を自分だけの異空間に引き込んだり、妹の“利恵”をこっちの世界に招きいれたり、魂の交換みたいな神様の業にも手を出しているんだから。もちろん今の俺だって一般人からは程遠い境地に至ってしまっているようだけど、それはそれ。棚上げ。
「ユメルちゃんが良く使っていたのは風だったね。あとは火と……大地……だがしかし……」
今度こそ自信なさそうなライトさんが、ブツブツと答えを口にしはじめた。
“その程度の答えしか口に出来ない人間が我らを使役しようなどとは甚だ可笑しい”
用意してたような台詞が当然のように頭の中に響く。『ちっ……竜どもが、もう騒ぎ出したか』なんて中二臭い独り言を呟くのも、この世界なら許されると信じたい。
「それでは気を取り直して第三問はサービス問題」
「おいおいさっきの問題の答え合わせは――」
「フラメちゃんの相棒で、今は私が借りている、ファイアドラゴンが操るマナの根源要素は一体なんでしょう。まあ、六竜の力を必要としているライトさんなら知ってて当然ですよね」
「…………熱素だ」
“惜しい。しかし現在のエリヌエの科学力では、我らの力を完全に理解するのは不可能であろう”
“とんだサービス問題だよね。今度の主は少しいじわるかも。でも僕の能力が大地をどうにかする程度の力だと思われてたらやっぱり癪かもなあ”
“いいからこんな茶番さっさと終わらせろよ。今は奴の転移術が封じられてるけどよ、紳士面の化けの皮を剥がしたらどうなるかわかんねえぞ。いくら記憶取り戻したおま……ご主人だって無敵じゃねえんだから”
俺の記憶が戻るのと同時に魔力の質が上がった影響もあるのだろう。活力と暇を持て余した竜達がいよいよ本格的に騒ぎだした。
もう少しだけライトさん達のことを試したかったんだけど、思ったよりコイツ等のことを知ってるわけじゃなさそうだからもういいや。
「じゃあ最後の問題。今から私が竜達の力を借りてすることは?」
「成程。結局それがユメルちゃんの“答え”というわけか。だが6匹揃えば世界を意のままに動かすという六竜を、君自身の力だけで使いこなせるのかな?」
ライトさんが手を上げて合図すると、黒い霧に操られたリンドーラ兵達が無言の雄叫びと共に進軍を始めた。活力の乏しい彼等の動きは、ゲームでよくあるゾンビ軍団の襲来に近しいものを感じる。ようするに気持ち悪いので、さっさと退場願おう。
「世界をどうにかしたいなら、対になってる二竜だけでも充分なんです」
マナは物質、非物質、あらゆる現象に内在し、内包する。
術者のイドがマナに干渉することで、世界は動き、変革される。エリヌエと呼ばれる世界での常識。
俺は指輪をライトさんによく見えるよう差し向ける。さっそく主張を始めたのは灼熱の輝き。
――赤は猛き色。世界の“動”を余さず統べるものなり――
エネルギーの語源は仕事をする能力“世界を動かす可能性”全ての物質はエネルギーとして変換し利用しうると言い放ったのは誰だったか。
きらめく指輪から赤い蒸気が噴き出し放射状に拡散。
特別な熱さは感じない。ただ物質にあらざる黒い霧だけが蒸発するように消されてゆく。操りの糸が切られ、ちらほらと倒れだす兵士達。
だがそんな中でもオルト・ロッソ少佐をとりまく霧は一段と濃さを増し、赤のマナに対抗し始めた。この拮抗する黒と赤の気体世界が俺達の主戦場となる。
“なら、次は僕の番だね”
――緑は命の色。生きとし生けるモノ全て隔てることなく繋ぐものなり――
生命の定義とは、その境界線は一体何だろう。誰もが納得する線引きを明確に定義出来る人はまだ俺の世界にも存在しないのではないだろうか。連続的な自己維持活動の必要性? ならば究極のAIは? 脳死した生物は? 惑星や恒星も? 宇宙そのもの?
難しいことは置いとくにしても、そんな意味で広くとらえれば、緑竜も赤竜と同じく“プラス”のマナを操る竜ということになる。
見た目だけは熱そうな赤と比べ、温もりを感じられるような柔らかい緑光が未だ敵対する兵士達に向けて放たれる。
緑のマナは黒い霧に直接影響を与えない。傷を負いながらも行軍を続ける残りの兵士達の体を優しく癒し、活力を取り戻させる。少数だが自力で黒い霧の支配から脱する者も現れ始めた。
「ウグ……ァァァァア!」
低い低いうめき、それから慟哭。
緑のマナを浴びたロッソ少佐の体が、一際巨大な異物を追い出さんと暴れだす。
「使え」
ついに笑みを消したライトさんの一声を受け、少佐の体から不自然な発光。人工的なエネルギーにあてられた緑と赤の息吹はあっけなく減衰、霧散した。
「どうやらユメルちゃんの力を見誤っていたようだ。竜の能力は単なる破壊や再生に留まらない、我々が認識しているよりずっとずっと広く、深いものだったんだね。教えてくれてありがとう」
ちょっと癪でもあるが、まともに相手をする気になってくれたライトさんが、ようやく心からの言葉を吐いた気がする。
「どういたしまして。じゃあ今度こそライトさんが望んでいた馬鹿力で――」
“やめとけ。力押しでどうにかなると思ってんだろ。甘え、甘えよ”
――じゃあヘレス。お前ならどうにか出来るのか?
“…………ふん”
――役立たず。
“お互い様だ”
「ちょっとタンマでお願いします! ホントに最後のサービスのおまけ問題忘れちゃってて」
ヘレスの言うとおり、俺も調子に乗って茶番を繰り広げた挙句、戦況は膠着。お茶を濁した感はいなめないので反省。
「君がリンドーラ兵の波に揉まれて沈まない内に頼むよ」
確かに飛空艇ごと周囲を破壊しつくしても、肝心の敵にノ―ダメージでとんずらされたらちょっと収支が合わない。
いかに竜の力が強大だろうと、少佐が放つあの光“リセットボール”(前に俺が持ってたものより高性能?)をどうにかしないと勝ち目はない。そんなことは分かってた。
分かってたけど、ここまであっさり無力化されてしまうと、六竜も大したことないんじゃないかと思えて――
“何か言ったか。仮の主よ。我は今すぐ本来の主の下に帰っても良いのだぞ”
“僕も、指輪の中で夢見てる方が楽しいと思っちゃったらそれまでだからね”
うわあ……ヘレスも含めて頭の中の住人全員めんどくせえ。思考が筒抜けだと下手なことを考えることすら出来ないとか、記憶喪失の純粋無垢(かどうは甚だ疑問だが)な少女だった頃の方がマシじゃないか?
いずれにせよ、覚醒した主人公があっさり爽快に敵をやっつける痛快娯楽方向にはもっていけないらしい。
となると、相手のリセットボールを逆手にとって闘うしかないか。
「頼むよ利恵。俺も皆もまだ子どもで、喧嘩じゃ魔法に頼りがちだからさ、あの軍人さんをどうにか抑えててくれないか」
「よし任されたよお兄ちゃん(多分)!! って、私も受験間近のか弱い女子高生なんですけど!?」
俺の妹“リーエ・ターナ”改め“田中利恵”が勢いよく飛び出した。緑竜のマナが彼女にも効いたのか、一時的に体を乗っ取られていた事実なんてなかったかのように軽快な走りでロッソ少佐に迫る。
記憶が戻っても、なんで“俺”がユメルと入れ替わる形でエリヌエに迷い込んだのかは見当もつかない。
だが妹の利恵ならば、こっちに呼ばれても全然、全く、これっぽっちも不思議じゃないと思うのは、兄として彼女の半生を見てきたが故だろう。
細かい経緯なんぞは省略するとして。
小さい頃に2人で“なんちゃって護身術”を習ってからというもの、彼女の“闘い”に関する興味関心の度合いは、年頃の女の子の青春を全部そっちに注いでしまったかのようだった。
親に頼んで近くの柔道場へ見学に行ったのを皮切りに、子どもの体でも比較的学びやすい合気道、日本ではゆったり体操として人気の太極拳、それから空手、ボクシング、テコンドーなどなど、とりあえず身近なものからかじってみては次々に見切りをつけていった。
『超能力者とか魔法使い、ドラゴンみたいな化物を自分の身ひとつでやっつけたら、もの凄くスタイリッシュだと思わない?』
――うん、どこから突っ込んで欲しい?
どんな頭の病気こじれてそうなったのかは定かでないが、要するに利恵が望んでいたのは、自分がフィクション世界に迷い込んだ時、超人怪物を相手にしても通用する、実践的でしかも絵になる武術(過剰なご都合主義)だったようで、結局必要最小限の筋肉と最大限の柔軟性、運動性を求めて高校時代は新体操部に収まっていたようだ。こっそり自己流の攻防術を考え磨くのも忘れずに。
まあそんなのは“もしかしたら”の確立でさえ意味のないものだってことも分かってやっていたようだから、両親や俺がとやかく言う事ではなかった。むしろこうして利用価値があったことに、俺も利恵も感謝すべきなのかもしれない。
「利恵! 馬鹿かお前!! ちょっと待っ――」
妹をどうしようもない危機に陥れてしまったことを、俺は瞬時に悟り後悔した。
迷いなき突進から放たれる利恵の渾身のドロップキックを、しかしロッソ少佐は避けることなく“ファンタムズ”で迎え撃つ。
空からの攻撃は確かに強力だが、同時に避ける術もないもろ刃の攻撃。まして徒手空拳と武器の真っ向勝負。結果は目に見えている。
現在少佐のリセットボールは、周囲に広がる緑と赤の霧に対抗すべく常時発動されている。彼をとりまく黒い霧に鈍い光が加わっているのがその証拠。
だが彼はファンタムズで作った片手剣を握っている。
俺とフラメとアニキの3人がかりで挑んだとき、こちらの魔法やファンタムズは確かに無力化されていた。だが少佐の武器は消えず、そのせいで俺達はあっさり敗北したことを忘れていた。
それに――決して普段から猪突猛進な性格ではないはずだが、エリヌエに来た利恵の気持ちを少しでも汲み取れば、多少前のめりな行動をとってしまっても不思議でないと、どうして考えられなかったのか……
――手段を選んでいられるのは、目の前で仲間が傷つけられるまで――
ロッソ少佐のファンタムズが何もない空間を大きく空斬り、俺は自分の目を疑った。
彼女のしなやかな肉体が空中で反回転、コンマ1秒にも満たないワンテンポのズレを生み出していた。そして三日月の如き曲線美を描き、強靭な鞭となった脚部が少佐の肩を痛打する。
膝をついた敵に追い打ちをかけることなく、着地後一端距離をとって俺の方を振り返る利恵の顔は、あっちの世界では見たこともない笑顔で満たされていた。
「やっぱこっちの世界はサイコーだよ! 体のキレが段違い! しかも動けば動くほど馴染んでくる! (ホントはちょっと興味あるけどわたし使えないし)魔法なんてどんとこいだ!!」