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15 置いてけぼりの葛藤

「何ボケっとしてんだ! あの黒い霧絶対ヤバイって……おいユメル! 聞こえてんのか!?」


 心配して駆けつけてくれたアニキがファンタムズを一閃。私に向かって伸びてきた黒い霧が霧散する。さっきまで彼と剣を交えていたはずのロッソ少佐の姿は既にないが、向かった先は容易に想像がつく。


「ねえ……リリン……どうなっちゃったのかな?」


 あの後ライトさんは彼女を抱えたまま再び転移で消えてしまった。かつてキザったらしく聞こえていた指パッチンの音も、今回は焦っているのか擦れていた。


「さっき雷に撃たれた王女様のことか? 知るかそんなの! 他人の心配してる暇あったらまず自分の身を守れ! お前がどうにかなっちまったら会えるものも会えなくなるぞ」


 この体が理屈で生きているなら動かない筈はない……動けないのはそれなりの理由があるから。

 恐い? 痛い? 悲しい? 感情が麻痺していたんじゃない。ただ現実を知ってしまっただけ。

 友の傷つく姿を目の当たりにしてようやく、私は本来ここにいるべき人間ではないと本当の意味で悟ったのだ。生温い夢に浸っていると勘違いしてただけの、どうしようもない愚か者だと。


 ――たとえ世界に魔法なんてものが存在していても、今見ているものが夢幻である理由には決してなりえない――




 無様な姿を見かねたアニキが、溜息一つで肩を貸してくれた。


「大丈夫……じゃないか。あの光景がそんなにショックだったか?」


 私は答えられない。それを言葉にしたとして共感する術をもたない他人に意味があるとは思えない。

 しかし逆に彼の言葉は私にとって多少なりとも意味がありそうだった。


「ほとんど意識を失っていたせいかあまり覚えてないんだが、俺が大怪我して血をダラダラ流してた時もそんなに取り乱してくれてたか? ……なんか王女様に嫉妬するなあ」


 入院してたのは知ってるけど、彼のそんな状態を私は目撃していたのだろうか。フラメちゃんが直接見てない情報は断片的だ。その時私はどうしたんだろう? 今みたくで何も出来なくなっていただろうか? もしくは…………

 自然とアニキに全体重を預けてしまう。だが敵の攻撃を防ぎにくいのか、私は最終的におんぶされてしまった。もちろん深い意味はないし不可抗力だ。


 彼の背中の優しさを感じつつ、気持ちの整理がつかないまま黒く濁った空をぼんやりと眺める。

 今のところ、リリンを撃った黒い雷が再び落ちてくる様子はない。だが曇天を100倍濃くしたような漆黒の霧雲は、着実に闘技場を埋め尽くしつつある。

 時折私に向けて霧が腕の形をとって伸びてくるが、その度にファンタムズがカウボーイの鞭みたく振られあっさり消滅させられてゆく。

 私が年端もいかぬ少女だとて決して軽くはないと思う。しかしアニキはまるで重さを感じさせず(そう努めてくれているだけなのかもしれないが)軽快に走り続ける。念の為雷も警戒しながら岩場の影に隠れつつ闘技場の出口を目指す。

 道程は極めて順調。結局私は何もしていないけども。



「ユメルはアレについて何か思い当たるフシがあるのか?」


 空の黒塗りに紛れてもなお不気味な存在感を放ち続ける悪魔を体現したような生き物。静かに佇むその姿を睨みつけながらアニキは訊いてくる。


「はい……いえ理由とか目的はさっぱり分からないんだけど、フラメちゃんとの試合の最中、あそこに浮いてるガーゴイルに襲われて、その時はリリン……王女に助けてもらったんです」


 先程の光景を思い出して、持ち直しかけてた気分が再び沈む。

 恐らくリリンはアレがなんなのか知っていた。彼女が放った特殊な光は、一瞬とはいえ確かにガーゴイルを正気に戻したし、エレンさんが操られた時だって彼女は妙に落ち着いていた。

 でも、何も教えてくれなかった。私が狙われていると知った上で敢えて何も言わず、それでいて影から守ろうとしてくれていた。

 私は彼女に対して怒ればいいのか、それとも深く追求しなかったことを悔めばいいのか……感謝だけは絶対にしてやらない。


「じゃあアイツの攻撃方法は? あのやばそうな黒い霧を更に濃縮したような雷は連発出来んの?」


「詳しいことは分かりません。今までは霧に憑かれた人が操られて攻撃してきた感じだったので……アニキもしかして」


「王女様のことは大事だが、俺がとやかく言うもんじゃない。でも明確な悪意を持って闘技大会を邪魔してきたのは明らかだ。売られた喧嘩は買わなきゃ損だろ? あとユメル……ゴメン。意外と重たいからそろそろ降ろしていいか?」


 闘技場からあと数歩で出られるという2択を迫られる場所。

 私は大さじ一杯の羞恥心と小さじに大盛りの名残惜しさを残し、男らしいと言うにはいささか華奢な、しかし確かな強さをもった背から離れる。


「で、こんな中途半端なところで降ろすって、私の魔法でもアテにしてるんですか?」


 見透されてることも承知の上だろう。アニキは凄く優しくてお人よしで、でも自分の筋は曲げない正直者。短い付き合いでも分かりやすくて好感が持てそうだから、色んな人が彼についていくのも分かる気がする。


「まあぶっちゃけちゃうと俺にはあんな空高く飛ぶなんて出来ないからな。だから前にユメルが車椅子ごと俺を浮かしたみたいに、ばびゅーんってやってくれないか?」


 またフラメちゃんがいない時の話か。全然覚えがないけど“ばびゅーん”て……


「でも私、あんまり調子良くないかもですよ? 途中で魔法が効かなくなったりしたらアニキは――」


「俺は信じてるよ……ユメルのこと」


 いやそんな全力で女の子を落とす気満々みたいな笑顔で言われてもなびきませんよ。だって私は…………わたしは?


「む。でも空に上がったところで黒い霧はどうするんですか? アニキといえどあれだけの黒雲にむやみやたらと突っ込んだら、多分どうにかされちゃいますよ?」


「どうにかされないためにどうにかするんだよ。今更かもしれないが、ユメルに俺の魔法を魅せてやる。別に惚れてくれとは言わないが、ちょっとは1人の男として評価してくれよ?」


 それは例えば軽々しくおんぶされるなってことですか?


「分かりました。やるだけやってみますけど、落ちた時の為にファンタムズでパラシュート作る練習しといた方がいいかもしれませんよ?」


 一度やると決めたらやるしかない。中途半端は誰も得しない。

 私は意識を周囲の無色透明で巨大な何かに向け集中する。自分で自由に空を飛ぶことは出来たんだから、1人くらい飛ばすのだってそう大差ないと気持ちを言いくるめる。

 しかし不安を全て吹き飛ばすには程遠い。どうしても心の揺らぎを言い訳にしてしまう。

 いっそ魔力だけ貸し与える形にして、赤竜さんの背中に乗せてもらった方がいいのかもしれない。でもあんまり大きな姿で顕現させると魔力切れしそうだし、フラメちゃん以外の人が背中に乗ったところで燃やされないか心配だ。ちなみに緑竜さんは能力的に飛ぶ方面は苦手そう。

 頭の中の最後の1人のことは今は考えたくない。それこそ今更受け入れることなんてプライドが許さない……いいから頭を切り替えろ!


「無理はしなくていいけど、やってくれるなら少し急いでくれ」


 アニキの言うとおり、いつまでも逡巡している余裕はない。

 観客席は一時パニックだったが、意外にも優秀な実況席の女性とリンドーラ軍兵士の誘導によって無事避難を終え、闘技場はとっくにもぬけの殻。

 それでも黒い霧がこの建物内に収まるという楽観視は全く出来ない。標的の私がここから逃げたら被害は広まるばかりだろう……結局いつも通り選択肢はあってないようなものじゃないか。


 もやもやとしたものが抜けきらないまま、とりあえず言われるがままアニキをばびゅーん? と吹き飛ばしてやろうと身構えた時、闘技場から2つの人影が姿を現した。


「なんか面白そうなこと考えてるじゃん。せっかくだからアタシも混ぜろ。このままじゃ不完全燃焼だ」


「ええ!? メルタお姉さんってば私には一時休戦とか言っておいて、面白そうな話があるとすぐそれですか!? 私との約束はどうなっちゃうの!?」


 なんのことはない。決勝戦で華麗な演武を披露していた喧嘩大好きな女性2人組だ。観客のいない中ギリギリまで居残って闘っていたのだろうか? 彼女達なら大いにありえる。


「ああめんどくせ……そうそう多分コイツだよコイツ。リーエの探してたちんちくり……本当は兄貴だっけ? どうみても妹にしか見えないけど……まあいいや」


 かつて私とも戦ったらしい、チンピラ達に姉御と敬われ、今はメルタと呼ばれる男勝りな風体の女性が、そんな約束もあったなあという顔で私を指差して言う。


「今は茶色に染めてるけど、前に会った時は忘れたくても忘れられないまっさらな銀髪で、目はリーエの要望通り青眼? 碧眼? アタシゃコイツにぶっ飛ばされて危うくお星様になるとこだったんだぜ?」


「(フラメちゃんの)記憶が確かなら、そっちが最初に私達を誘拐したせいじゃ――」


「細かいことは気にすんなって。今は憂さ晴らしに同じ敵をぶっ倒すってことでいいじゃねえか。アタシはメルタ。こっちのお前と同じくらいちっこいのが、さっき喧嘩友達になったばっかのリーエだ。よろしくな」


 一応かつては敵同士だったのに急に現れてよろしくって……こんなにさっぱりした性格なら人生さぞかし楽しそうだ。そういえばチンピラの人達はどうなったのか少しだけ気になる。

 ああでもこの女の人って、たしかロッソ少佐の妹って紹介されてたな。軍人の妹がチンピラとつるんでるって、色々家庭的な事情があるんだろう。見た目ほど楽に生きてるわけじゃないのかもしれない。


 一方、リーエと呼ばれたセーラー服の少女は“ちっこいは余計です”とでも言いたげな顔をしたまま、私をじっとり睨め回していた。


「やっぱりあなたがユメル……でも中身は……本当にお兄ちゃんなの?」


「ユメルが男の子……だと?」


 身に覚えがない人なら誰だって言葉に詰まるであろう、ど真ん中の直球すぎる問いが私に向けて放たれる。真に受けたアニキの反応がどこか不可思議なのは無視する方向で。

 普段は明るく活発そうなのに、今はどこか寂しげな色が見え隠れするこの少女へ一体なんと答えてあげたらいいのだろう? 一応伏せていた私の名前を知っているようだけど、生憎お兄ちゃんですか? と問われて『はいそうです』と即答出来る程私は私を生きていない。


「リーエ……さん? ぶっちゃけちゃうと実は私記憶喪失なんですけど、流石に貴女のお兄さんっていうのは色々難しいかなと――」


「本当に何も覚えてないんだね。私と話しただけでそう都合よく思い出したりもしない……か。でもなんとなく雰囲気は似てるし、微妙に大人になりきれてないけどその歳の子どもじゃありえない喋り方……やっぱり間違いないよ」


 残念そうな表情から一転、何か決意した鋭い眼光で私を見つめるセーラー服美少女拳闘士。気を抜けば喧嘩を吹っかけられそうな予感がする。


「お兄ちゃ……ユメルちゃんは記憶を取り戻したいと思ってる?」


 心のどこかがズキリと痛む。彼女に不意打ちのつもりはないだろうが、私にとってはあまりにピンポイントな質問。


「記憶を失くして永い時間が経っちゃうと、やっぱり今の自分の価値観が大切になってくる? もう昔のことなんて忘れたままの方がいい?」


 違う、違うんだ。確かに自分が別人みたくなるかもしれないことは恐いけど、気にしているのはそこじゃなくて……


「それなら私は無理強いしない。ユメルちゃんの今の意思を尊重するよ。ちょっとは寂しいけど、一応今もお兄ちゃんは“いる”んだし」


 言葉に窮する私にも落胆することもなく、暗くなった空をただ静かに見渡すリーエ。なんとなくだが、私と同じようにこの世界から浮いているような気がする。


“分かってもらえねえのは辛えよな。赤の他人からみたらお前なんて、ただビビってるだけのクソったれだもんな。まあそんな状態でお前がお空にお仲間を浮かべても、全員空中分解して敵にやられちまうだろうな。だからって記憶を取り戻すことを選んでも、そんとき心がグラついちまうようなら――”


 ……お前に支配されるのも恐いけどそれは私の問題だ。

 何もあんなことがあった直後に同じ2択を迫るなんて、神様のイタズラにしたって酷すぎる。

 負い目に感じているのはリリンのこと。だが迷っているのはそれを言い訳にしたい自分の弱い心だ。

 彼女の二の舞どころの話じゃない。今度選択を誤った時に失うのは、下手するとここにいる全員の命かもしれない。

 素直に過ちを認めて受け入れて、それでも前につき進む覚悟があるかどうか。


「どうでもいいけどそろそろアレ、どうにかしないとやばいんじゃない? 話し合いは後にして、あん時みたくさっさとアタシ達をまとめてぶっ飛ばしてくれよ」


 私ではなく自分の力を信じているのだろうが、メルタさんは随分軽々しく言ってくれる。

 リーエとアニキは無言で私の答えを、行動を待っている。


 辺りに黒いモヤが見え始めた。そろそろタイムオーバーだ。迷ってる時間はないし、迷いなく行動できる意志もない。


 ねえリリン……本当は全部聞こえてるんでしょ? 私の悩みとか全部知っててほくそ笑んでるんでしょ? お願いだから応えてよ……


「ユメル。お前に迷惑はかけないと約束する。ダメもとでいいからやってく――」


「その必要はないわ」


 ……私じゃない。

 気遣うようなアニキの言葉に応えた者は、気付けば空に響く蹄の音と共に私たちを見降ろしていた。

 一度だけ聞いたことのある声。さして特徴があるわけではないが、言ってしまえばその行為を行うこと自体が珍しいと噂になっている人物。

 頭頂部に真っ直ぐ伸びる黄金の一本角。そのうえ白鳥みたいに純白かつ巨躯に見合った巨大な翼を広げ、まばゆい輝きを放つ白馬をペガサスと称すか一角獣と呼ぶかは人次第。

 そんな幻想上の生き物の背にまたがるのは、いつものメイド服姿にいつも通りミスマッチな日本刀を携えたエレンさんだった。

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