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14 嘲笑と警告

「一体誰がやらかしたのでしょうか!? つい先程まで黄土色に閉ざされていたはずのフィールドが突然晴れ渡ってしまいました! まさかライトさん、無理矢理ゲストに仕立て上げられた腹いせに試合を引っ掻き回してやろうとか企んでませんよね?」


 変化したのは天候だけではない。今までシャットダウンされていた実況が耳に届くようになった。魔法的な要素が絡んでいるのだとすれば、気付かない内に変わっているものが他にもあるかもしれない。


「ここに座らされてることに不満がないとは言わないが……私に天候を左右するような魔法は使えないよ。よしんばそんな暇があったとしても私ならベルーナを口説く時間に充て――」


「さあどなたの仕業が知りませんが少なくとも観客席と私は感謝感激大興奮だ!! 機械王国デリント連合の粋を結集したマジックモニター“劇画泥棒”がお役御免となるのは惜しいですが、試合を直接見られるに越したことはありません。その眼に新たな歴史の1ページを焼きつけろ!!」


「ベルーナ……私もう帰っていいかな?」


 空は澄み渡ったが私の心は却って乱れていた。それとも空と同じくまっさらなのかもしれない。周囲の対戦相手にこうも堂々と姿を晒してしまっては迂闊に動くのは不味い。


 環境の変化に驚いたのは皆同じだったようだ。ほとんど私の目の前にも関わらず、取っ組みあいの格好をしたまま面を見合わせるアクションスターズ、もとい喧嘩好きな女子2人。

 後方では、いち早く状況を把握し大勢に影響ないと判断したアニキが、ファンタムズを変幻自在に操りロッソ少佐を攻め立てていた。

 アニキご自慢の逆巻く青髪と共に大振りのククリナイフが振り回され――と思ったら次の瞬間刃のリーチが伸長、流れるような動作で細身のレイピアによる連続突きが繰り出される。

 だが相手も伊達に少佐の地位についてはいない。単長な動きに対して瞬時に活路を見い出したオルト・ロッソが反撃を開始――というタイミングでまたもアニキの武器が変化。スナイパーを昏倒させたあの六尺棒を両手で器用に回しながら威嚇、間合いを掴ませない。

 少佐は一端距離を置き、何発か光弾を放つも断続的な回転運動を続ける長棒に全て打ち返される。

 追撃を求めるアニキの意思に応え、棒状のファンタムズに亀裂が生まれる。綺麗に3分割された武器は風を切り裂く三節棍。アニキの動きにより変則的な攻撃パターンが組み込まれ苛烈さを増す猛襲撃。

 それでも流麗な長剣裁きを披露する少佐の手にかかると、棍は少しづつその身を刻まれ文壇され……しかし途切れることはない。

 切られた部分は細い線でどこまでも繋がり、蛇鞭の如く踊り狂ったアニキのファンタムズはやがて長剣へと絡みつき、変則的な鍔迫り合いを経てこちらも膠着状態へと至る。

 男らしいかと言われるとよく分からないが、女拳闘士2人に負けず劣らず栄える決闘だと思う。


 私の視界の外からは、途切れることのない爆撃音が届くようになっていた。崩壊してゆく巨岩の破砕音も微細な振動を伴ってここまで響いてくる。せっかく視界良好になったのに、あちらは巻き上がる土埃によりまたも煙たいことになっていそうだ。爆撃男と誰か――消去法的にエレンさんが争っているのだろうと思われる。


 実況の女性は意外と冷静に、丁寧に今私が見ていることを語っている。ライトさんはめげずに口説こうとして何も喋らせてもらえない。


 さて、状況は動いたようであまり変わっていないみたいだ。三者三様の闘いに対して自由に干渉出来るのは私だけ。これは莫大なアドバンテージのはず。


「今かなりいいところなんだ。アンタとのリベンジマッチはこの後ちゃんとしてやるから……邪魔するなら容赦しないよ」


「メルタお姉さんに勝ったらお兄ちゃんのことを詳しく教えてもらうんだ。良い子だから小さなメイドちゃんは邪魔しちゃ駄目だよ?」


 派手な衣装のメルタさんと、セーラー服少女のリーエは私に気付いても相手にする気はないようで、ちらりと一度視線を向けただけで2人の世界に戻ってしまった。

……なんだか私が有利な状況っていうより……

 アニキの方を振り返る。


「ユメルごめん。出来ればこの男とはしばらくサシで闘らせて欲しい」


「用があるのはそこのお嬢さんなんだが……青髪の少年。君は彼女についてどこまで知っているのかな?」


「さあね……知りたかったら力ずくで訊いてみろよ!」


 アニキの武器が言葉の怒気に同期して巨大化。騎獣ごと操縦者を叩ききる為に生み出された刃渡り3メートルに迫る両手剣が、ロッソ少佐を圧殺せしめんと押しこまれる。


「技量も度胸も学生にしておくには惜しいな……どうだ、ナオレイナの生温い学生生活など捨て置いてリンドーラ軍に勧誘されてみる気はないか?」


「冗談でもそういうことは俺に勝ってから言ってくれよ。オッサン」


「これでもまだ君と10は違わないと思うんだが……」


 心底楽しそうに闘いに臨むアニキに対して、ロッソ少佐は涼しげな顔で軽口に応じる。どちらもまだまだ余力がありそうだが、考えていることはまるで重ならない。

 結局彼等も2人の世界に……これだとなんだか変な方向に向かいそうな表現だ。


 私だけ違う世界に置き去りにされている気分だった。実際誰とも交戦せずぼっちなのは事実だけど。


「現在3か所でマンツーマンのソロバトルが繰り広げられています。バトルロイヤルにしてこれほど清廉な争いは中々観れるものではありません。だがしかしどこも見どころ満載! ハイレベルな技の応酬にどこから口を挟むか私も悩みどころであります」


「じゃあこうしよう。ベルーナが3つの闘い全てを同時進行で解説。それを私が全力で褒め称えつつデ――」


「さあ静観を決め込む小さなメイドさんと依然姿を眩ましたままの最後の1人がこの争いにどのように水を差すのか!!」


 実況に冷や水を浴びせられたのは私の方だ。まさか戦場の空気を観客よりも遠く感じようとは思わなかった。

 飽きもせず美しい乱打戦を繰り広げる見た目も美しい女達には熱狂的な歓声が降り注いでいる。

 手を変え品を変えつつ攻め続ける元不良学生と、それをオーソドックスな片手剣のままでも愚直と言わせない豊富な剣技をもってカバーする軍人へはいつしか惜しみない称賛の拍手が鳴り響く。

 遠方の爆発音は激しさを増していた。あちらもイイ感じにヒートアップしていそう。日本刀一振りで無表情ながらも果敢に爆風を掻い潜り、大男に立ち向かっていくエレンさんのメイド姿が目に浮かぶようだ。


 で……何処へ行って何をしろって? 最高潮に盛り上がっている場面ばかりじゃないか。私に事態を根底から覆すジョーカーみたいな役割を求めているならお門違いだ。どう行動したって実況の言うとおり“水を差す”程度のちょっかいになるだろう。だったら何もしないのが一番綺麗で収まりが良い。

 しばらくのんびり見学させてもら――


“お前何しにココにきてんだよ? 他の奴等に劣ってるわけじゃねえんだからさ、もっと自分勝手にやりゃいいじゃねえか”


 精神状態が不安定なのかもしれない。幻聴が頭にはっきりくっきり鳴り響いている。


“おいおいそりゃねえよ。一度はその無駄に小奇麗でちんまい体を借りてピンチを救ってやった身だってのに。俺様ってばいなかったことにされるくらい嫌われてんのか?”


 あの後あんたが好き勝手してもっと酷い結末になったけどね。

 ……ああ分かってる。私の体を乗っ取ったこともある最悪の竜が話しかけてきてることくらい。


“いい加減目を覚ませよ。あの姫さんの言いなりに生きてたってつまんねえだろ? 記憶喪失だとか何とか言い訳つくって結局周りに流されてるだけじゃねえか、ああん?”


 その言い訳の原因を作った張本人がそれを言うか?


“物語の主人公はいつも自分だ。一つ上の次元にいる作者様にもっと面白可笑しい展開をおねだりしてみるか? そうじゃないだろ? ずっと前からこんな非日常を求めてたのはお前自身だろ? 思いっきり暴れられる世界が欲しかったんだろ? ――全てを蹂躙する力が欲しかったんだろ?”


 人生のどこかで厨二病をこじらせた人間が浮かべる安易な妄想みたいなこと言うんだね……さも私の過去を知っているような、それでいてホントの気持ちを分かっていますよ的な甘言で自分の趣味趣向に誘いこもうとするのは止めろ。


“じゃあ率直に言ってやる。お前があの時失くした記憶を俺様が持ってるとしたら……どうするよ?”


「…………」


 ほんの僅か耳を傾けるだけだった私の精神が全て内側に向き、五感から伝わる外部情報はすべて遮断された。どうせ構ってくれる相手なんていないんだから。


“1つだけ願いを聞いてくれたら、俺様が持っているお前の記憶を返すと言ったら?”


 ……さっき記憶喪失を言い訳にするなって言ったのはあんただろ? 矛盾してない?


“記憶が戻ればお前の行動原理が戻ってくるんだろ? もっと前向きに生きられるんだろ? だがその瞬間に迷いが生じるようなら今度こそ俺様が全部奪ってやるよ”


 今を生きれば生きる程、過去を受け入れる際、自分という存在の変容を恐れるようになる。あくまで一般論。記憶喪失なんて稀な現象にまで一般論があるのか知らないけど……それがこの取引の対価?


“いや結果論だ。対価はそうだな……俺様と契約することだ”


 前に話した時は断固拒否って態度だったのに。今更ムシの良過ぎる話だと疑われてまで申し出る意味があるの?


“ぶっちゃけると、これから俺様にとっても都合の悪いことが起こる……ような気がする。だから最低限、いつか頂く予定の体くらいはちゃんと守ってもらわねえと……敵だぜ?”


 睡魔を振り払った直後のような気だるさと共に、私の意識は闘技場に戻ってきた。自分の迷いとは裏腹に、まだ世界はそれほど動いていない。


「どこかの闘いが終わったのかな? ……って、貴方はさっき(アニキが)倒した――」


 目の前には特徴が無いのがこの場において特徴になる男、私を付け狙っていたスナイパーが虚ろな顔で突っ立っていた。口はアホみたいにだらんと垂れ下がって操り人形のよう。死んだわけではないだろうが意識があるようにも見えない。

 彼の全身を覆う黄土色のフードから時折黒い霧が漏れ出ている……これを見るのは何度目だろうか。だから私の見間違いでなければこの人は今――


「封印されし混沌を再び呼び覚まさんとする異端の魔女よ……我が生涯の呪いと共にこのエリヌエから滅されよ」


 痛々しい言葉を呪詛のように吐きながら、元スナイパーの男が高々と両手を上げる。私との距離は5メートル程。彼のファンタムズは今私の腰に予備として引っ掛けられてるから、そういう類の攻撃はない。

 隙だらけの格好のまま放たれたのは、多分彼が本来持つ魔法とは異なるものだ。だからそれを瘴気と表現しても許されよう。

 男の周りでくすぶっていた黒い霧が、晴れわたった空に向かって大量に放出される。用済みになったのか操り糸が切れたようにその場に倒れ伏す元スナイパー。


“……契約するなら今のうちだぜ?”


 再度頭に響く声を無視して青空……だった真っ黒い世界を見上げると、巨大な翼を持った悪魔みたいなシルエットが微かに浮かんだ。

 そいつがどこかを指差して、その通りの場所に漆黒の雷が墜ちるところだけは何故か詳細に、鮮明に――


 音は聞こえなかった。


 ざわつく会場。流石に動揺の色を隠せず闘いを中断するアニキや他の選手達。

 実況の女性は言葉が見つからず、小五月蠅い隣人に助けを求めるが既に姿はない。

 いの一番に動いていたのはライトさんだった。VIP席に瞬間転移した彼が抱きかかえるのは、蒼白の苦悶を浮かべるリリン王女。


 ざわめきが悲鳴と怒号に変わるのに時間はかからなかった。身の安全を求めて闘技場から我先にと逃げ惑う観客達。

 私はただの傍観者。目が覚めたら記憶喪失で、リリンの言うがままに闘って、せっかく栄えある8人に選ばれても、ちょっと遊ばれただけで蚊帳の外。

 今こうして何か良くないことが起こっても……

 目的もなく闘いに身を置きながら痛みとか恐怖とか……近しい人が傷つくのを目の当たりして、そんな感情が長い間麻痺していたことにようやく気付く。


“俺様にとっちゃお前が無事ならまだまだどうでもいい事態だが……姫さんの守護のない闘技場はこれからどうなっちまうことやら”

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