13 闘演の終わりは
「助けてもらっておいてなんですけど、アニキやフラメはなんでこんなところに?」
私は口に出してしまってから、それこそ自分の立場からこの質問するのは失礼だと思った。案の定、苦笑と共にアニキが答える。
「それはこっちの台詞だ。あんなことがあってから、消息の掴めないお前を心配してずっと探してたのに……まさかリンドーラの王女様んとこでメイドやってるなんてな。ここまで来れたのは差出人のよくわからない手紙のおかげさ。そのせいでライトさんには思った以上に迷惑をかけてるけど」
アニキが倒してくれたスナイパーは果たして幻の8人目だったのか。私を執拗に狙ってきたのは単なる賞金や玉座が目的だったのか。
これといって特徴のないこの男が目覚めるまで待つというのも時間が勿体ないということで、念のため彼のファンタムズを預かった上で、私とアニキは次なる対戦相手を求め荒野のような決勝戦のフィールドをアテもなく歩いていた。
「ライトさんって学校じゃちょっとカッコいいだけの変人中年なのに、こっちの国じゃ結構有名人らしくてさ。俺達を運んでくれた時に運悪く捕まって、ああして客寄せパンダの一環で解説席に縛り付けられてるんだよ」
「初代闘技大会の優勝者って紹介されてましたよね。かなり強いんじゃないですか?」
「さあな。俺が捻くれてた頃に仲間が何度か世話になったらしいんだが……今でもよくわからないんだ。転移魔法をあれだけ自在に操れるとさ、ちょっとグレた程度の生徒を懲らしめるのに他の魔法使う必要がないってのはなんとなく想像つくだろ? 今思うと、一度くらい正面から喧嘩売ってみればよかったかなあ」
現在私達のいる周辺は、小岩が所々孤独に膝を抱えているくらいで大きな障害物はないのだが、視界は巻き上がる砂埃のせいであまり良好とはいえない。こんな状態で観客席から決闘を楽しめるのだろうかと疑問に思う。耳や鼻、口にも時々砂が入って不快指数は上昇中。
だからといってせっかく出来た仲間との話を切り上げる気にはなれない。私は砂利の味を噛みしめながらも、あまねく知的好奇心によって話の中軸を掘り進む。
「転移魔法ってそもそもどういったものなんですか? 一度フラメちゃんにも訊いたことあるんですけど、使う為に必要な力とか、行ける範囲とかは決まってるんですか? あと指パッチンで発動するライトさんの魔道具っていったいなんなんでしょう?」
「さあ……ユメルはライトさんに妙に好かれてるからなあ。いっそ直接本人に訊けばいいんじゃないか?」
それは初耳だ。あのおじさんとそんなに話した覚えはないのだけど。記憶が戻れば分かるのかもしれないが、なんで好かれてるか分からない相手に媚びるのはちょっと怖い気もする。
「学校の授業みたくなっちゃうけどさ、結局個人が使える魔法ってのは、魔道具に宿った仮想の命に依存することくらい知ってるだろ?」
「……フラメちゃんのファイアドラゴンとか?」
かつてフラメちゃんやリリンが言っていたこと――とどのつまり私が異端なのは魔道具を必要としないことではなく、頼るべき“仮想の命”が不在なのに風の魔法を使えたことなのかもしれない。それが何を意味するのかはまだ想像の域を出ないけど。
一方で火は赤竜さんの、大地とか地脈関係を操るのは緑竜さんの力を借りるわけだが、彼等が“仮想の命”――偽物のように思われているらしいのにも違和感を覚えた。魔道具ではなく頭、脳髄、魂、精神、ハートetc.……なんでもいいけどそんなところに彼等を住まわせてるせいで、私の感覚がずれている可能性も否定は出来ないけど。
私達と彼等の間にある差異なんて、肉体の有無くらい些細な……
「アレは大分極端な例だけどな。追加のマジックアイテムで多少の属性変化とかの融通は効くらしいけど、転移ともなると俺にはよく分からん。そんな魔法を操れそうな仮想の命――動物っぽいのが多いから俺達はよく“幻獣”とか呼んでいる」
聞けば聞く程、かつて一世を風靡してた某超大作RPG群を混ぜ返した様な設定だ。私という例外の解釈によってはもっと違った方向に転がる可能性もあるが。
「そいつらの中に転移を得意とするようなのは……あとで幻獣大百科でもみてみるか?」
「そんな本があるんですか?」
だって幻のはずなのに。想像の産物が百科事典になるとはどんな屁理屈が働いてるんだろう?
「フラメみたく魔道具とはっきり意思疎通が出来て、なおかつ具現化を成功させてる人間はそう多くないんだけど、世界中掛け摺り回ってそのデータを集めて出版までした変人がいるんだ。名前は確かオッペン……なんとかかんとか」
うん、どっかで聞いたことある名前だ。案外その変人が私の扱いについても答えを出してくれそうな気がする。
「そいつによると、いずれの幻獣もおとぎ話なんかで語られる大昔の時代、このエリヌエの大地に実在したとされる魔獣や妖精そのものである可能性も否定できな…………どうやら臨時授業は一端中断した方がよさそうだ」
張りつめられた空気が口と耳と鼻に入った砂利をより鋭敏に感じさせることで、不承ながら私も気分を切り替えた。
まだ視認は出来ないが、前方から砂嵐に混じって何者かが拳を交えている音がする。より離れていても聞こえるはずの剣戟や銃撃、爆発音が一切ないということは――
「ガチンコの殴り合いか……まあ視界も悪いし1対1の状況ならそういう選択肢もないではないだろうが……多分好きなんだな」
「何が好きなんですか?」
嬉しそうな表情をみせながらアニキが呟く。
「喧嘩そのものがってことだよ」
「……さいですか」
多分私がそれを知るのはまだ早い、というかそんな時は永遠に来なくていい。体を動かしたり自在に魔法やファンタムズを操るのは楽しいけれど、殴り合いそのものに悦楽を求めるのはちょっと難しいと思う。
そうするとなんでこんな大会に出たのかってことにもなりかねないか……もちろん半分は無理矢理だけど、もう半分は……やっぱり多少の危険や痛みは我慢してでもこの道を進みたいという意志、興味がどこかにあるのを否定は出来ない。
まあ自分考察は失くした記憶が戻ってからでも遅くはない。
ファンタムズを片手に構え、私はアニキと横並びのまま注意深く敵に近づいてゆく。次第に大きくなる拳打のぶつかり合い。
「アニキもああいう“男と男の闘い”みたいなのが好きなんですか?」
「いやいや。憧れはするけど俺の場合はな……それに今回は武器がこれだろ? 長剣や飛び道具だって創れるのに、わざわざナックルやグローブなんかにしてまでリーチ差を気にせず殴りにいけるのは相当ジャンキーなヤツらだと呆れるところだ……あとユメル、殴り合ってるの2人とも女だぞ?」
まあ今大会は少なくとも4人が女なんだからそういうこともあるだろう。殴り合いまではいかなくともエレンさんみたいな純正剣士が身近にいたんだし別段おかしな話でもない。
そんな軽い気持ちでアニキが睨む先へ数歩踏み出した私は、あまりにフィクションチックな光景を目の当たりにして返す言葉を失った。
「思わず飛び入りしたくなるくらい惚れ惚れする戦い方だな。もっとも、まともに挑んでも勝てる気はしないが」
まるで昔見たワイヤー使いまくりの中国拳法映画、そのアクションシーンがまんま再現されているかのようだった。
闘牛士に牛を威嚇、いなすマントをそのままくっつけたたような民族衣装を纏った短髪長身のボーイッシュな女性が、長い脚で高く高く跳躍、バック宙2回転に合わせて遠心力の乗った強烈な蹴りを放つ。
一方私と同じくらいの体格、黒髪ロングのポニーテールにセーラー服の少女は、相手の逆サマーソルトに呼応するように横回転、体軸をずらして直撃を回避。背を向けながら着地した長身の女性に向けて回し蹴り。
ワザと攻撃を受けたように民族衣装の下半身がすくい上がり体が宙空に浮く。と思ったらいつの間にか両手が地に着き、逆立ちしながらの連続回転蹴り。ポニーテールが横回転を続けながらその4連撃を危なげなく捌ききり、返す手で逆立ちしたまま攻撃を続けようとする相手の下腹部へ目にも止まらぬ掌底。
長身の女性がマントをはためかせながら吹っ飛ぶところまで、恐らく3秒とかかっていない。
「アニキはあんなのに割り込みたいんですか?」
「まあ気持ちだけはな。現実的な判断をするなら、きっちり勝負がついて勝ち残った方を2人でやっちゃえばいいんじゃないか? バトルロイヤルなんだし……卑怯だと思うならユメルも今から混じってこいよ。女3人の演武ならさぞかし映えるだろう」
私は首を左右にぶんぶん振って断固拒否。風魔法の補助を全開で受けつつ防御に徹すればなんとか受けきれる……かもしれないが、どこまで粘っても勝てる気はしない。
あんなアクロバティックな動きは普通に人生過ごしてたらやる機会なんて訪れないだろうに。アニキの言うとおり2人ともそっち方面のジャンキーなんだろう。
10メートル程吹っ飛ばされた民族衣装の女性は地面にたたきつけられる前に体勢を立て直し、ネコ科のような4つんばいの姿勢で着地、間髪入れずにセーラー服の少女に向かって突進。2人の距離があっという間に縮まったところで第2ラウンド? が開始される。いや私達が見学するずっと前からこんな調子だとしたら、とっくに終わらない延長戦に突入してるのかもしれない。
特異な美女達の饗宴は、技の冴えを1段階増してより一層激しく白熱していく。
「これ……いつまで続くんでしょうね?」
ただ茫然と見守る私達との温度差は広がる一方だ。
「さあな。ただ見た感じ拮抗してるから、誰かが手を出せば一瞬で決着がつくだろう……よしユメル行ってこい」
「そんな軽いノリで言われても困ります。アニキこそああいう男っぽい闘いに憧れてるんでしょ? 私のことは気にしなくていいんでさっさと混ぜてもらえばいいじゃないですか」
「俺があそこに割り込んだら取り合いになるだろ?」
「えっと……何を取り合うんですか?」
「もちろん俺をさ」
「……誰が?」
「あの可憐な乙女達と、彼女等に挟まれた俺をみて嫉妬するユメルの3人で」
……あれ? アニキってこういうキャラだったっけ?
真顔で言う彼に合わせて、私も冷静な顔をしながら頭上に?マークを作る。
「まあ1割の冗談は置いといて」
「9割も期待してたんですか?」
「ちょっと邪魔が入りそうだから俺は行くよ。ユメルは勝たせたい方の味方をしてやれ。もしくはどっちも――」
最後の言葉は、アニキがファンタムズで形成し背後に構えた巨大な丸盾、そこに容赦なく打ちこまれる無数の緑色光弾の音でかき消された。
攻撃の続く方角へと盾を向けつつ走り出すアニキとは対称的に、私は茫然としたまま立ち尽くす。孤独じゃなくなった安心感からかつい油断してしまったようで……背後に人の気配なんて全然気付けなかった。
「あの光弾の色はもしかすると……」
私の予想通りなら、男らしい闘いに憧れるアニキには丁度いいんじゃないかな。
気を取り直して、此方への襲撃にも気付かず拳を重ね続ける女達にもっと近づいてみる。
ポニーテールの子は確か“リーエ”って紹介されていた。ほんの顔見知り程度の関係のはずなのに、見れば見る程何かこう魂の奥が揺さぶられるような感覚に襲われる。
もう片方、民族衣装の長身の女性は……格好が派手過ぎて記憶と噛み合わないけど、この人もどこかで見た事あるような気がする。
ここまで近づいて分かったことだが、2人ともファンタムズは仕舞ったまま。本当に純粋で肉体だけに頼った原始的な――だからこそ美しいと感じるのかもしれない。
うん、やっぱり私が水を差す雰囲気でないことだけは確かだ。そっと見守って、勝ち残った方をどうにかしよう。
しかし誰にとっても唐突に、その現象を引き起こしたのが誰なのかわからないくらい突然に――油の浮きまくった水たまりに洗剤を一滴垂らした時のあの感じ。
フィールドを覆っていた濃い砂嵐だけではない。闘技場上空の雲まで全て吹き飛ばされ、世界が晴天の下に照らし出された。