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12 共闘の方法は

「リリンの意地悪~!」


 などとぶりっ子(死語?)っぽく毒づいている暇はない。当座の敵は分かっているだけでも3人。下手すると更に増える可能性もなきにしもあらず。

 まさか私みたいな平凡人が“四面楚歌”を味わう日がこようとは思わなかった。いやまだ3人だからギリセーフかもしれないと洒落っ気を出しつつも、視界の左端から飛んでくる水色の光線を最小限の体の捻りで避ける。

 問答無用とばかりに切りかかってくるエレンさんには正面から逆らうべきでない。神速の斬撃によって傘が切断されないよう細心の注意を払って受け流しつつ、転がりながらその場を離れる。

 直後誰もいなくなった空間を、私を狙う最後の1人が放った散弾状の爆風が蹂躙してゆく……安堵のため息をつくくらいは許して欲しい。

 決勝戦開始早々のピンチを無傷で切り抜けられたのは、王女様へ小言の1つでも言ってやらねば気が済まないという私のエゴが生み出した安い奇跡か。

 いや、襲ってきた3人には連携の必要がない。普通は私を狙うついでに別の選手も倒せたら僥倖などと考えるだろう。それゆえに容赦なく、しかし協力する気のない攻撃は避けやすい。うまく誘導すれば同士討ちにも持ち込めるかもしれない。

 もっとも厄介なのはエレンさんだ。こうしてちょっと考えている間にも、私だけを狙って執拗なまでの刃を向けてくる。模擬戦の時と同じくあまり飛び道具に頼らず無骨な攻め方をしてくるあたりは彼女らしい。


「何で……今更私にっ! 何か恨みでも! あるんですか!?」


「……」


 無言の返事は相変わらずだが、身に覚えがあるだろ? と言わんばかりに睨みつけられる。私に全く心当たりがないのでこれ以上会話を試みる意味はない……滅多に喋らない彼女に対しては最初から意味がなかっただろうけど。

 エレンさんが練習で実力の9割を出していたというのは今のところ本当なのだろう。格上の速さで迫りくる攻撃を私がなんとか避け続けられているのは、1週間程度にせよ当人から実戦経験を積ませてもらったおかげだ。

 加えて岩場の影から光線で此方を狙ってくる見えざる敵と、高所から見降ろしつつ無差別広範囲に爆撃の雨を降らせ続ける大柄な男。こいつら2人の攻撃は小うるさいが、おかげでエレンさんも攻めあぐねている。

 てか大男の方はあんなに目立つところにいるんだから誰か狙ってくれよ……いっそ自分でやった方がてっとり早いか。

 私は連綿と続く3対の不連続攻撃の合間を縫いながら、傘の中軸から石突にかけて30mm程度の銃身をイメージ。なまじ銃なんて触れた事もないおかげで、どれだけ弾が大きかろうが反動とか諸々不利な物理条件は全然気にしないし気にならない。傘が多少歪に太くなったくらいで揺らぐような美意識もない。だって元はワンコインのビニール張りだし。

 此方の僅かな挙動の変化に気付いたのか、柔軟な対応を心掛けるべくエレンさんが少しだけ攻撃の手を緩めたのはむしろ好都合。U字に曲がった傘の持ち手を拳銃のグリップに見立て片手で構える。撃つのは拳銃というより対物ライフルクラスだけどきっといけるいけるなんとかなる。

 あくまでイメージ――されど本物に負ける理由もない。

 魔力と集中力と都合の良い妄想を絶やさずに、狙い定めて不可視のトリガーを引き絞る。マズルフラッシュに呼応する爆音と衝撃が私の視界を歪めながら拡散。

 銃身に刻まれた滑らかな螺旋路によって高速回転を加えられた先細り円筒光弾(ようするに光る銃弾)が、音速を遥かに凌駕しながら大男の立っている大岩の芯を駆け抜けていった。一瞬見えるベイパーコーン。

 大口径の銃弾の威力は目標通過後にその真価を発揮する。刹那遅れた音と共にやってきたソニックブームが岩盤をプリンの如く粉砕しながら撒き散らす。やたら爆撃を続けようとする大男を巻き込み瓦解する岩場。

 思わず攻撃の手を止めた選手達に構うことなく、私は方々に砕けた小岩と土埃に紛れて一時撤退に成功。岩の上の爆撃大男本人を狙うという手もあったけれど、銃で人を撃つことをなんとなく忌避してしまい、威力が落ちそうな気がしたので結果的にこうなった。

 しかしファンタムズの攻撃特性はつくづく不思議だ。良くも悪くも人間相手には物理干渉を許さないのに、岩盤含めた無生物相手には容赦なく判定が生じる。綺麗な戦争にはピッタリかと思いきや、使い方次第で簡単に人を殺せる道具にもなるのか……さっきの大男はこれくらいじゃ死なないよね?

 自分の身長が隠れるくらいの岩が密集する地帯に潜り込んで息をつく。

 リリンによって大会の賞金首のようなものにされてしまった今、出来れば唯一まともな知り合いであるエレンさんには、何も言わずに味方になって欲しかった。それがまさか何も言わずに切りかかられるなんて予想外にも程がある。いや基本彼女は喋らないのは分かっているけれども……前みたいに操られてるわけでもないだろうから、ひょっとしたら私を庇わないよう主に釘を刺されてるのかもしれない。

 いくらバトルロイヤルだといっても、完全に孤立状態なのは正直かなり心細い。一時的にでも味方になってくれそうなのは、エレンさんとの一騎打ちを望むロッソ少佐くらいか。

 いずれにせよ何か策を練らないと優勝は難しい。別にそこまで勝利にこだわるわけじゃないけど……リリンの言葉に踊らされたまま、その真意も確かめられないまま敗退するのは凄く凄く悔しいと思うんだ。


 試合開始の合図を最後にマイクの音はここまで届かなくなっている。初期位置だけならともかく、準サバイバルなこの戦場で戦況を逐一晒されるとやりにくいと配慮してくれてるのか。

 代わりに聞こえるのは時折岩場を縫うように吹き抜ける風の音と、散発的に鳴り響く爆発音。さっきの爆撃大男が怒りに任せて暴れているのかもしれない。

 男性の出場者はロッソ少佐と、借り物の記憶の中では知人だったハック・ディノフィンガー青年――私がアニキって呼んでたらしい人。だから消去法でいけば爆撃大男はクラークなんとかっていう名前の人になるのだろう……あの人ってこれまでの闘いは全部一撃必殺だとか紹介されてなかった? 広範囲散弾爆撃が1発分ってこと?


 広いフィールドのどこかに潜んでいる、もしくは闘っているであろう出場者達について考えていたら、ふと妙なことに気付いた。

 ロッソ少佐

 彼の姉らしいメルタという女性

 ハックのアニキ

 爆撃男のクラーク

 小さなメイドさん(偽)こと私

 と同じくらいの背格好の黒髪少女リーエ

 そしてエレンさん…………?

――出場者が8名なのに、実況で紹介されていたのは私を含めても7人しかいない……

 こんな分かりやすいミスに誰も気がつかないなんてことありえるのか?


 嫌な予感に急かされる様に移動を開始した私のすぐ脇を、水色の光線が掠めた。緩みかけていた空気がピンと張りつめたのを肌で感じとる。撃ってきた方角を振り返っても、人影は既にそこにない。

 攻撃の特徴からしておそらく先程1対3の状況でも私を狙っていたスナイパーだろう。

 姿を見せないから幻の8人目と決めつけるのは流石に早計かと思いつつ、岩場の影を慎重に移動しながら対抗策を考える。

 障害物の少ない開けた場所に誘いだせば、相手も攻撃の手を止めるか姿を現さざる負えなくなる。しかし私も賞金首状態なので余計に敵を増やす可能性が高まる。

 さっきやった傘ライフルで無差別に周囲の岩を破壊しまくれば、同じ状況を作りつつ誰も寄せ付けないでこの場を切り抜けられるだろう。だが、迷わず私だけを狙って来たのだと想定するなら、やはりスナイパー本人をどうにかしないといけない。

 一定の感覚を開けて私の死角を的確に突いた光線が放たれる。攻撃を当てるより、自分の身を最優先で隠しつつ此方の焦りやミスを誘うことを主眼に置いた闘い方。


“こういう輩は好かん。許しさえあれば瞬きの間に灰にしてやるのだが……”


 赤竜さんがむず痒そうに呻いている。でももうちょっと我慢して欲しいところ。

 頭の中の住人の力を借りるのは、相手もイレギュラーな方法を取ってきた時だけにすると予め言い含めてある。フェアじゃないというのもあるけど、フラメちゃんの時みたく張り切り過ぎて大事にされても誰も得しないから。ただでさえ不安定な自分の立場が余計揺らいでしまうかもしれないし。

 というわけで私が取った行動は走る……ただひたすらに、がむしゃらに走ることだった。

 この広い舞台を最大限に利用させてもらう。あまり拓けた場所に出る必要はない。スナイパーに先回りされたり、追跡を諦めてしまわない程度の速度でひたすらに砂礫の大地を駆け続ける。あくまで無力な少女が逃げ場を探して逃げ惑うように……っていうのは決勝戦まで来ちゃったら無理があるかもしれないけど、そんくらいの悲壮感溢れる気分で冷や汗とかかいてみたり。

 私の目論見を知ってか知らずか敵は後を付けてくる――“後を追いかけさせる”

 自然と追手は後方に位置する事になる。よって私が警戒すべきは後方視野90度程度に絞られ、反撃に転じる際も同様の事がいえる。

 依然巧妙に姿は隠したままだが、時折放たれる光線からおおまかな追走パターンを予測。逃げ惑うフリを続けつつ、先程から仕込みただしアンチマテリアル形態になったままの傘に魔力の弾を再装填。

 常にターゲットを見失わないよう、こちらのペースに合わせて走り続けなければならないスナイパーと、次の一発にだけ神経を研ぎ澄ませてマイペースで逃げながら邂逅を待つ私。


 追跡者と逃走者の優劣にここまで差をつけて勝負の時は来た。

 水色光線を放つべくファンタムズを構える敵を遂に捕捉した私の眼球。体全てを黄土色の岩場専用迷彩マントのようなもので覆っており、やや痩せ気味な体格以外相手の特徴は分からない。

 私は先を急ごうとする体に急制動を掛けつつ、片腕で振り返りざまに特大の一発をおみまいする――あ、思わず人を狙って撃っちゃったけど仕方ないよね。

 先程大岩を跡形もなく砕いた対物弾と、執拗に私だけを狙い続けた光線が、偶然にも全く同じ弾道を描いて衝突する。単純な威力はこちらが上だが、性質的なものも含めた結果はほぼ互角だった。

 爆ぜる銃弾と拡散消失する光線の中、両者は同時に次なる行動を開始。1秒の猶予もなく立場が入れ替わった逃走劇。

 私は魔力ブーストを加えた全力疾走をもって、ギリギリ視認可能な迷彩マントを追いかける。ここで取り逃がしたら振り出しに戻るどころか、敵に余計に警戒されてしまう。同じ戦法が使えない分私の方が不利だ。相手もそれを分かった上で今は全力で逃げているのだろう、思った以上に距離が縮まらない。

 焦りの中に油断が生まれていたことに気付いたのは迷彩マントの方が先だった。逃走中ながらも放たれる精度の高い光線の一撃が私の右膝を貫通。焼けるような痛みと共に自分が墓穴を掘っていたことにようやく気付く。

 敵は本物のスナイパーか? なんにせよ直接的な戦闘力はともかく射撃能力、その後の逃走力を含めた戦略において私は大きく劣っていたのだ。その結果がこの負傷――自分の戦法をそっくり返された屈辱的な…………


「……?」


 あの光線相手にまともに動けないとあっては“普通の方法”では抗いようがない。一応まともに戦った結果なのだからこれはこれで仕方ないかと、痛みに膝をつきながらそれでも敗退の一撃に対して最後っ屁、痛恨の一撃を返すつもりで待ち構えていた私だったが、いつまで経っても終わりはやって来なかった。

 代わりにちょっと懐かしい声が鼓膜を撫でる。


「久しぶりだな。イメチェンして元気にやってるとは聞いたけど……今は王女様の付き人ってホントか?」


「ハック……のアニキ」


 かつての借り物の記憶の中、そして決勝戦の選手紹介の時も大人しく降ろしていた、青っぽい光沢の髪の毛が綺麗に逆立っている。片手には演武というより実戦で用いられそうなシンプルなデザインの六尺棒が握られ。空いた手には特徴の無い男が黄土色のマントごと気絶状態で引きずられていた。

 私の視線に気付いたアニキが苦笑いする。


「いやあ、ユメルを狙ってたから思わず倒しちゃったけど……せっかくだししばらく共闘ってことにしないか?」


 こんな非日常の真っ最中だというのに、久々に会った女の子に少し緊張しつつも気張ろうとか考えて、ウブな男の子みたいにはにかむ好青年の申し出を断る理由は今のところどこにもない。


「はいよろこんで!」

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