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「ガガ……ギゴ? ……ギギギギ!」


 殺気や闘気が伴わないならまだわかる。だが心臓の鼓動から始まり、呼吸における横隔膜の拡縮、攻撃時の間接と筋肉の連動。その全てが歪な生命体の鼓動に畏怖を抱く者もいるかもしれない。


 それでも結論から言えばガーゴイルの攻撃に特筆すべきことはなかった。鋭利な浅黒い刃は見た目の不気味さに反して自然な弧の軌道を描きながら体の中心線を狙ってくる。私は余裕をもって傘を構え、受け止めることに成功――それが不味かった。

 ……特殊な効果のある攻撃多すぎ。もうこのパターンは勘弁して欲しい。

 ガーゴイルを覆っていた黒い霧が爪先からファンタムズへと急速に浸食を開始。

 私は理性を飛ばす程の悪寒に迫られ、思わず我を忘れて敵を押し返してしまう。

 あまりにも軽い反動に嫌な予感再び。

 異形の者が吹っ飛んだ先には、一心不乱に歌い続けるリリン王女の姿があった。彼女の周りの炎だけは沈静化させつつあるようだが、空からの急襲者に気付いた様子は皆無。


“リリン!!”


 声に出すより頭で念じた方がずっと早い。ちょっと気を抜くと直ぐに私をおちょくってくる才能のある彼女なら気付くはず。


“心配しないで。ユメルは自分が思っているよりずっと目立っていますよ”


……それは誰かさんの服のセンスも影響してると思う。

 的外れな返答に気が抜けてしまった私の目先で、ガーゴイルが王女へ黒い霧付きの一撃を放つ。


「ガ―――!!!」


“ギエス……貴方はそんなに弱い生き物でしたか?”


 未だ闘技場の8割を埋め尽くす炎を見つめ歌いながら、王女は片腕を襲撃者に向けていた。


“使い魔の尻拭いはその使役者に。このまま私に助けられたら、貸しが1つ増えてしまいますよ?”


 醜く鋭い爪と、か弱く美しい指先が、互いに惹かれあうようにして接触する。リリンの掌から発せられたまばゆい光が私たちの視界一杯に広がる。


「ガガギギゴ……ゴ……リリ……ン?」


 遅々としたスピードながら、ガーゴイルを覆っていた黒い霧が光から逃げるように消えてゆくのを確認。


「あの霧って、もしかしてエレンさんを操ってた刀と同じ……」


 彼を挟んで反対側にいるリリンの安全を確かめたくて、私は吸い寄せられるように白と黒の対立に近づく。これも不味かった。


“ユメル!? まだ終わっていません!! 彼の狙いは恐らく――”


 例え何も出来なくとも近くに寄り添うくらいは……無用な心遣いが逆に珍しく彼女を焦らせる。

 迷いのない筈の光に鈍りが生じた。僅かな隙をついて、洗濯したばかりの布団のシーツを拡げるような音を出しつつ巨大な翼が羽ばたく。同時に黒の勢力が一時的に勢いを取り戻す。


『機能不全72パーセント――アンチウィルス適性抗体脅威度Bクラス。長時間の攻防は収支マイナス。自己判断により一時撤退を推奨……認可』


 この世界のものではない。しかし何故か私には聞き慣れた言語。

 ガーゴイルはそのまま翼を畳むと、黒い霧と共にいずこかへと姿を消してしまった。



「エレンの時と比べてかなりしぶとくなっていますわね。誰にも汚染が広がらなくて良かった……」


 一息ついたリリンの前に私はおずおずと近づいていく。悪気はなかった。けどごめんなさいと一言添えて質問を開始。


「アレはなんだったの? リリンは何を何処まで知ってるの? 自分だけ残って消火活動? をしてたのはどうして?」


「質問の前にユメルはやることがあるでしょう。さっさとお友達を止めないと……儚くか弱い王女の私に火傷の痕でもついたら大変なことになりますよ?」


「自分で言ってて白々しいとか思わない?」


 しかし彼女の言質をとると、今の内にフラメちゃん達を抑え込めれば、まだリリンの権限で免罪符が効くということ。

 改めて闘技場へ視線を向けると、赤魔法の使い手対決は最終局面に入っているようだ。

 互いに睨みあいながら人間は武器に、竜は口先にそれぞれ魔力が収束していくのをひしひしと感じる。

 カッコよさとゴリ押し度で言えばあちらが主役なんだろうなと、愚痴を吐きたくなるのを我慢して無駄だと思いつつ説得を開始。


「2人とも~そろそろ火遊びは止めないと大変な事に――」


 彼女等を取り巻く炎の一角が私を襲ってきたので慌てて風で吹き飛ばす。邪魔をするなというところだろう。口頭での説得はあっさり諦めよう。

 私の風であの炎を全てかき消せるだろうか? 単純計算すると、赤竜さんが顕現するときに私の魔力を半分以上奪っていって、それに拮抗しているのがフラメちゃんだから……2倍以上の物量差を気合で埋めればなんとかなったり……


「あと5分程でロッソ少佐を先頭に軍が介入を始めます。リセットボール等を使えば対処は容易になるでしょうが、その後の彼女を庇い切ることは難しくなります」


 いずれにせよ時間は少ない。取り得る選択肢は3つくらい。


“おい……さっきはよくもやってくれやがったな! お前に精神攻撃が出来るとは思わなかったが、今度こそ体を乗っ取らせてもらウボファ!?”


 頭の中の不愉快な生き物に対し華麗な左フックを決めるイメージが精神攻撃と言えるのだろうか? ともあれ、おかしな竜に体を乗っ取られる覚悟をしてまで力を借りるのはイイ感じに却下された。

 続いてリリンの顔色をうかがう。


「私に借りを作る事が何を意味するのか……ユメルにはなんとなく分かるんじゃないかしら?」


 小さなメイドさん(偽)として、彼女にいじられ続ける半生を想像した。それだったらフラメちゃんを見捨ててでもこの場から逃げた方がマシか。


 私はエセメイド服の隠しポケットに大事に仕舞っておいた宝石箱を取り出す。宝物庫でホコリを被っていて、この大会に参加する事を条件にリリンから頂戴した、赤竜さんの同族が封じられているといういわくつきの箱。


“竜さん竜さん貴方の力を貸してくださいな”


 さっきの左フックのイメージを対話に代えて、くすんだ小箱に語りかけてみる。やり方なんて知らないけれど、既に頭に2竜も飼っているんだ。同じ要領でまとめて面倒見ればいいんじゃないかな。

――これは明らかにフラメちゃんの気持ちを裏切る最低な行為だ。例えその当人を助けるためであっても、2度目は許されないかもしれない。


“それでも友達を助けるために、力が欲しいの?”


 宝石箱の竜が私の思考へ介入を始める。抗うべきか、それとも同調しつつ助力を仰ぐか――


“素直が一番だよ。お嬢さん”


 その通り素直が一番。今私が望むのは、たった1つの欲張りな願い。

 1つなのに欲張りって変かもしれないけど、要するに自分に都合の良い未来の確定。それを導くための手段が欲しい。


“具体的にはどうしたいの?”


 おぼろげに輪郭を現してくる竜の姿。それだけ深く繋がってきているということ。意識を乗っ取られる可能性が高まるということ。


“僕は今君の頭にいる奴ほど乱暴ではないよ。あんな性格だったらいつまでも宝石箱に閉じこもっていないだろ?”


 流線を描くように滑らかなライン。赤竜のゴツゴツした格好良さとは好対照の整った緑色の葉っぱみたいな鱗が浮かび上がる。

 つまりこの竜さんは、自ら進んで封印されてたってこと?

 

“半分正解。そういうのは、君の中が過ごし易かったら道中で説明してあげるよ。だからあとは君次第”


 指先に違和感を感じて視線を移すと、ルビーの指輪の隣、人差し指に緑色の宝石の指輪が嵌まっていた。

 同時に大量の情報が頭に入ってくる。竜の特性、性格、好きな食べ物や趣味etc.……最初の情報以外ほとんどどうでもよいものばかりなので意識を現実に戻す。

 すんなり契約をしてくれたみたいだけど、あっさりし過ぎて逆に不安になる。


“ケッ、テメエ緑竜か。あんな狭い箱に随分閉じ込められてたってのに、相変わらずお気楽な態度だな。これから俺様に協力すれば世界の10分の1程度はくれてやらなくもなブァ!?”


 今のところ邪魔なだけの居候にボディブロー(イメージ)を叩きこんで黙らせる。

 フラメちゃん達を止める手段は見つかったが、緑の魔法の特性を考えるとあまり猶予がない。


「じゃあ……お願いします。リーフドラゴンさん」


 両手を組んで祈るような姿勢で、私はとあるものの方角を見定める。返事代わりに緑の宝石が輝きを増し、比例して魔力が吸い取られていく……まだ大丈夫。

 指輪を通じて緑竜さんの感覚が入ってくる。ある種の龍脈というやつだろうか。血液の流れと大地の脈動を同等のものとして意識する。

 目標地点を闘技場に設定。あとは限界まで魔力と言う名のスイッチを押しこむだけ。

 私は再び空に舞い上がり、最高にして最後の一発のタイミングを計り睨みあいを続ける2人に向かって叫ぶ。


「危ないから避けてね! 絶対に避けてね!! ……避けないと大変な事になるからね!!」


 本当に避けて欲しくて言ったのだが挑発に聞こえただろうか? そもそも私の声など聞こうとしていないかもしれない。

 まあ仕方ない。聞きわけのない彼女等に、私と同じくらい飛んでもらおうか。


“僕塩水は苦手だからこれっきりにしてね?”


 緑竜さんの弱音を合図に私は風を打ち出す。巨大なハンマーを打ち出したような衝撃が1人と1竜を襲うが、やはりこの程度では微動だにしない……少しは動揺してくれないと私の面目が……まあいいか。

 大地に与えたきっかけとしては十分。微かな地鳴りと共に地面にビキビキとヒビが入っていく。これは流石に異変として認識してくれたのか、フラメちゃんも赤竜さんも一時的に炎を引っ込める。もう手遅れだけど。


 全く関係ないけれど、コーラにメントスを入れたことはあるだろうか? 私も生涯に一度くらいはやってみたい。

 間欠泉のようにすさまじい水圧を持って彼女を空高く押し上げたのは、緑竜さんが大地の隙間を縫って拡げて引いてきた海水だ。リンドーラが海に面した国でなかったら、もっと膨大な魔力と時間が必要だっただろう。


「こっれっはっいったい!? って……何すんのよユメル!!」


「いやほら、一応対戦の決着はつけとかないと」


 私は、運よく(風で微調整しているけど)噴水に乗せられ続けて四苦八苦なフラメちゃんのファンタムズをひょいと奪い取る。彼女程じゃないけど、自分も意外と負けず嫌いだと再認識してみたり。


「で、どうしよっか?」


 最初の亀裂を起点として、至る所から海水が噴出しているおかげで火の勢いはすっかり衰えている。

 赤竜さんはいつの間にか姿を消していた。頭に彼の感覚が戻っているのを確認。火は必ずしも水に負けるわけじゃないけれど、我に返ってやり過ぎを反省しているのかもしれない。


「もう……分かったわ。これっぽっちも納得いかないけど今回はアタシの負けでいい。ファイアドラゴンはそのうち戻ってきてくれるって言うし、ついでにアンタの無事も確認できた。いくらでも文句はあるけど……言う事なし! すっごく元気出たし、国際犯罪者になる前にさっさと退散するわ。ライトさん!!」


 指パッチンの音が聞こえたと思ったら、フラメちゃんをお姫様抱っこした中年男性が、まるで始めからその場でそうしていたかのように佇んでいた。


「久しぶりだね、ユメルちゃん。ゆっくりお茶でも……とは言ったけど、この通り多忙な私を許して欲しい」


 片腕に女の子を抱きながらも、目の前の私に恭しく礼。

 男性の被っている変なツバ付き帽子が記憶の痒いところを刺激する。借り物の記憶にある

にはあるが……。


「今のユメルを、貴方達の好きにはさせませんよ」


 空を見上げるリリンの表情と声色は、本物の王女様が謁見の時に見せるような冷徹で隙のないものだった。

 困惑顔の私とフラメちゃんをよそに、ライトさんは余裕の笑みを崩さない。


「こりゃ困った。一度に3人のレディを相手するのはいくら私といえど少々忍びない。今日のところは退散させてもらうよ。貴方の神がその手を離しませんように」


「堕ちたその身で、未だ信仰を唱えるのですか……?」


「そうですね。王女様だってホントはとっくに気付いているのでしょう?」


「「……」」


「な、何がなんだかわからないんだけどまた直ぐ会いに行くから! じゃねユメル! ハックにもよろしく!」


「う、うん! よくわからないけどまたね! フラメちゃん」


 こうしてリンドーラ闘技大会初日は、闘技場を半壊させる大惨事を持って一端幕を閉じる。主犯は不明ということで。

 半日をかけたリリン王女の例の歌う魔法により会場は奇跡的に復元。大会はスケジュールを1日遅らせたが、1名の棄権者を除いて決勝までの試合を順調に消化した。

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