4 授業そっちのけmy授業
「皆さんは魔道に目覚めてまだ日が浅いでしょうから過度の魔力放出は控えるように。
何故なら云々……」
大地地下室に奥深く広がる森をゆったり進みながら、ガブロー巨人先生の説教臭い講義は続く。
魔法を使える機会は当分、もしかしたらは永遠に来ないだろうから、今の俺にとって先生の講釈など単位稼ぎの講義と大差ない。
先生の体格に比例して耳によく残るのったり声はしかし、新幹線からぼーっと眺める風景と同じように、俺の耳と脳に何かを残すことなく通りすぎる。
代わりにフラメとの世間話、俺にとっては大切な情報収集が続いてゆく。
「フラメちゃんはどこの出身なの?」
「生まれはヴェニスって田舎町。だけど……」
あの有名な水の都とは違うんだろうな、とひとりごちしながら話の続きを促す。
「アタシにも強い魔法の素養があるってわかった途端、英才教育の為に王都まで引っ張られてきちゃった。両親も一緒に引っ越しさせてもらえたから、そんなに不満はなかったけどね」
あっけらかんとしたフラメの横顔は、でもちょっとだけ不満そうに見えなくもない。
「へぇ。じゃあ王都からこんな“森の中の学校”までわざわざ通ってるんだ?」
更なる情報を得るために俺は踏み込んだ質問をしてみる。まあそんなに間違ったことは言ってないだろう。
さっき延々と廊下を歩いた時に窓から眺めた深緑の風景は、大都会の各所に見られる公園の緑だとか、そういう生ぬるいものではなかった。
明らかにこの学校は“王都”などと呼ばれるような都会からは隔絶された場所にある。
「何言ってんの? ユメルだって王立魔道研究所から“ドリームゲート”使って来たんでしょ? 他に方法もないとは言わないけど……どこかしら抜けた感じのアンタじゃ無理に決まってるわ」
小馬鹿にしたような言い回しも、彼女のスキンシップの一つなのだろう。悪意を欠片も感じないのがむしろ好印象だ。
しかしドリームゲート――“夢の扉”か
また新しい魔法用語だろうか? 多少は現物を想像しやすいゲームみたいな横文字が多い。
「とか言っちゃって、アタシもドリームゲートなんて便利な移動手段があるのは王都に来てから知ったんだけどね。
あれは少々の魔力さえあれば誰でも何度でも安定して使える。正に移動魔法の極致!」
フラメは目を宝石のように輝かせて細々した解説をしてくれた。
そういう類の発明が好きなのか、魔法に関連するもの全てが彼女の探究心に火をつけるのかは分からなかった。
「作るの大変らしいし場所も選ぶみたいだけど、どこにでもゲートが設置されちゃったらそれはそれで便利過ぎて色々不満が出るというか、手紙とか地域名物のありがたみがなくなっちゃうから」
「う~ん確かに。単純に移動するってだけになると、車とか電車が要らなくなっちゃって寂しいかもね」
「クルマ? デンシャ?」
「気にしないで、こっちの話」
しかし画期的な発明品のデメリットまで想定して思考してしまう、フラメという少女は本当に11歳だろうか? 一般人なら喜んでゲート作りまくって使いまくっちゃうと思うんだけど。
きっと彼女は通勤、通学ラッシュを知らないんだ(そもそも電車がなんなのか分かってないようだけど)色んな人の悪意悪臭が充満した異次元空間を知らないからそんな悠長なことが言え……思考が脱線したな。
「じゃあさ、結局この学校はどこにあるの?」
直ぐに答えが出そうなことだと思って訊いたのだが、意外にもフラメは難しそうな顔をしてひとしきり唸った。なんというか、子どもっぽくない悩み方だと思った。
でも勝手に喋り散らすだけじゃなく、こっちの話に真剣に付き合ってくれるのも、彼女の長所かもしれないな。
「実はアタシもよく知らない。この学校の場所を地図で正確に示せる人は校長含めて五指ない……とか噂されてるわ」
「そんなに大変な所なんだ。でも、フラメちゃんでも知らないことあるんだね」
「魔法を伝える場ってのは、本来それくらい秘匿されるべきなのよ。でも私がこの学校卒業したら、世界を隅から隅まで旅して魔法学校の10や20見つけてみせるわ!」
その道中には山手線周回ツアー(通勤ラッシュ時)も案内して差し上げたい。
多分全く通じないであろう無駄事を俺は1秒で思いついて、もう1秒で頭から消し去った。
「ドリームゲートだって、いつか夢なんて言葉がなくなるくらいアタシが量産してやるんだから」
「ゲートたくさん作っちゃったら、フラメちゃんがさっき言ってたありがたみもなくなっちゃう気がするけど」
「その頃にはアタシが別の“ありがたみ”を見つけてあげるから安心なさい」
物理的にも社会貢献度的にも無い胸を勇ましく張り続ける少女を見ていると、なんだか眩しく感じてしまう。
将来の夢は“勇者”だとか“宇宙ヒーロー”なんて言ってる、羨ましいくらい傲慢な子ども達とそう変わらない気もするが。
俺のフラメに対する認識は、少なくとも今この時はこんなものだった。
子どもなんだから、何を言っても結局大したことは出来ないんだと――魔法という理のある世界でも、それを当たり前のことだと思ってしまっていた。
「こうして誰かと話せるのって、凄く嬉しくて楽しいことだったんだね」
「ユメル友達いないの? 綺麗過ぎるのも罪なものね。皆にアンタのそのよだれ顔を見せてあげれば簡単に――」
「それは勘弁して」
気持ち程度の憐れみに微妙な“したり”顔が入り混じったフラメに心配されつつ、俺は口元をよく拭い直してガブロー先生の巨大な背中を追う。
魔法への興味も一塩だけど、こんなところで初めて出来た(少なくとも肉体的には)同年代の友達と会話するっていうのは、二十歳過ぎた大人モドキの俺にはどうにも新鮮な気分だ。
そんなときだからこそ――突然の異変は当たり前のように唐突に起こっていたようだ。
「ユメル、アンタはどっから来たの? 一体どんな人種から生まれたらそんな透き通った髪と目になるのよ?」
「そうだな……外見は(まだ鏡を見てないからなんとも言えないけど)ともかく、中身はきっと遠い遠い空の彼方から来たんじゃないかと思ってる」
「……アンタの頭が爽やかなお花畑でないなら、もしかして言いたくないことなの? 無理して話せなんて言わないわよ。もしかして友達いないのもそのせい?」
きっと彼女に悪意はない。悪意はないんだ……でも友達いないは余計だ! 孤独感が倍増してしまう!
「いや、そういうことじゃないんだ。話しても信じてもらえるかどうか分からないし、私にもまだ半信半疑で突飛な話だし」
言葉に詰まる俺に、丁度良く助け舟を出してくれたのは巨人の先生だった。
いや、正確には――
「さて皆さん、いよいよ生命の魔法の実践に入るんだが……ん? 何だ貴様は!?」
どこかまだ話し足りない様子のガブロー先生が驚いて立ち止まったその先には、彼が大切に育てていたのであろう変わった植物。
そう、見た目が“顔”のような樹木といえば、ファンタジー小説なんかでたまに登場する“マンドラゴラ”というやつだろうか?
植物の子どもは、苦痛に悲鳴を上げながら泣いていた。
マンドラゴラの泣き声を聴いた人間はどうにかなってしまうという逸話があった気がしたが、幸い気絶する生徒はいなかった。あまり見たくない光景に気分が悪くなった者はいるだろうけど。
悲鳴の原因は植物顔の上部にあった。丸々肥えた果肉に食らいつき樹液を貪っている異質な存在。
黒い妖精とでも表現すれば綺麗な感じだろうが、全身黒ずくめのヒョロヒョロした小人と言うなら通報するレベルの変質者だ。安直に“小悪魔”としておこう。
動物のそれというには鋭角に尖り過ぎた角のような耳。コウモリの羽をそのまま大きくしたような美しくも禍々しいデザインの翼。うねうね動く尻尾の先端は矢尻のように尖っている。
こちらを振り返った顔はやや浅黒くも人間のそれだったが、大きく発達した犬歯と滴り落ちる樹液が、その顔つきを一層醜悪に魅せていた。
「あんまり遅えからついつまみ食いしちゃったじゃねえか。え?」
一応人型なんだから当然だとでも言うように小悪魔が喋った。
その外見に違わず聴くに堪えないだみ声だったが、ちゃんと口を動かして人間のように言葉を操れるようだ。
異世界を確信させ得る生物の登場に、俺は吐き気と感動が半々の妙な気分を味わっていた。
正直なところ、ゲームの中だけで満足しておけばよかったと思う。
画面の中の美少女やモンスターが3次元に“お呼びでない”理由の一端がこの場にあると確信させられる。
「コイツは――ガーゴイルの亜種か!? 過去の研究報告より遥かに人間に近い外見と相応の思考能力が付与されているとは……実に興味深い! しかし何故今こんなところに?」
ガブロー先生は警戒心を抱きながらも、学者としての興味を幾分刺激されたご様子だ。
先生の手ぶらの両手が白衣? のポケットに突っこまれる。捕獲、もしくはそうする為に弱らせる手段を取ろうとしているようにもみえる。
「なんなのあの生き物。少なくともあっちの黒いのは先生が用意したんじゃないわよね? 見るに堪えない醜悪さだわ。今すぐ灰にしてやろうかしら」
一方右手の指輪に左手の人差し指を添えて俄然やる気(殺る気?)の構えを見せるフラメ。
ようやくまともな魔法が見れるかもしれないと、俺の中でも期待と興奮が不安を凌駕してくる。
ところでフラメと先生の言動から察するに、不気味としか表現仕様のないあの生き物は、どうやらこの場でも馴染み深い存在ではないようだ。
「おっと、ここで何かやらかす気はねえぜ」
「いや、先生の育てた変な植物食ってるじゃん」
(相手には聞こえない程度にだが)突っ込む余裕のある者は俺以外いないようだった。
「変な植物とは失敬な! バーティシア君、あれはマンドラゴラと言って云々――」
ああ、バーティシアって俺の事か。てかガブロー先生地獄耳ですね。
俺のツッコミを注意しながらも、目線をガーゴイルから離さず授業も再開する先生の巨体と胆力は伊達ではない。
一方眼前の小悪魔、改めガーゴイルは、先生とフラメが放つ魔力の流れでも感じ取ったのだろうか、獲物の頭を掴んでいた両手を上げて、おそらく降参の姿勢を示した。
「お前ら如きにこのギエス様をどうこう出来る訳ねえと思うが……まあそう睨むなって。ほらこの通り、争いに来たわけじゃねえって。それにもう実験動物扱いされんのはこりごりだからよ」
白旗を示したガーゴイルは先生とフラメに瞬き(ウィンクのつもりか?)をして一呼吸、万歳した手の片方を2人に警戒されない速度でゆっくりと下ろす。
尖り曲がった爪の付いた細長い4本指のうち3指を握ってはっきり指差したのは――もしかしなくても俺ですか!?
「ちょっと道草食っちまってて遅くなったが、そこのじゃじゃ馬お姫様……その中身に言伝があるだけだ」
「……私? いや俺? いややっぱり私か」
どうやら小悪魔は目下混乱中の俺の状況を詳しく把握しているらしい。
「違和感が違和感をかき混ぜて正常になっちまったお前さん宛てだ。心して聞けよ」
小悪魔は樹液滴る醜悪な口とぎらつく目をいったん閉じると、まるで録音したメッセージを再生するかのように、口を閉じたまま語り出した。
どこかで聞いたことのある、とても馴染みのある声で――
『あ、ああーと……聞こえてる? 私はユメル・バーティシア……いえ、今その名前はあなたのものね。あなたは自分のこと、特に人間関係をあまり詳細には思いだせないはず。私はあなたから素敵な名前と記憶を借り受けてるから………って、
お前男かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
かつて確かに使いこなしていた声帯、そこから滑らかに生じた振動が、俺の鼓膜を激しく揺さぶった。
しかし俺にとっても衝撃だった事実に今更驚いているということは、入れ替わりたてほやほやで録音でもした音声なのだろう。
果たして男→女と、女→男のどちらが衝撃が大きいのだろう? 俺としてはそんな経験2度と、いやこの1度として得たくはなかったが。
相手だってこれだけのショックを受けたんだ。恐らくは俺をこんな目にあわせた張本人の釈明くらい、大人しく聞いてやることにする。
『一体どうしてこうなった!? 私と波長の合う存在が何故異性なのだそもそも何歳だよお前男ならもっと筋肉付けとけひょろもやし小僧がぎゃーーーーー猫を飼うな猫をこの毛玉お化けがその忌まわしい毛を全部毟ってくれるわ』
何かのコメディ番組よろしくドタバタと暴れる音がする。
家の中か? ……ウチの猫大丈夫かな? あと俺の部屋もあんまり荒さないで欲しい。
『はぁ、はぁ……ま、まあいいわ……オホン。
まあいいだろう、私としても多少のリスクは承知していた。うん、そこまで歳でもないみたいだし、あんまムキムキしてない方が中性的な感じで違和感も少なく都合が良いか。顔も……うむ、許容範囲だ』
なんの許容範囲だよ? 女の子に真っ向から自分の顔を評価されるなんて滅多にないだろう。正直やばい恥ずかしい。
しかも彼女の方が俺より順応性が圧倒的に高いのは……男としてちょっと悔しい気分になる。
『時間も少ないから手短に言う。私は世界征服、もとい後学のために遠く離れた世界――といってもあくまでお前が今いる世界の住人達を相手にだが、魂を入れ替えては様々な事柄を学ばせてもらってきた。
しかし今回の魔法で異次元の境界をも飛び越えてしまうとは……我ながら恐ろしい才能だ』
一人で勝手にうんうん自分を褒め称えている。
頼むから人前ではやめて欲しい。俺ナルシストじゃないから。そんな才能はないから。
『おっと失礼。そんなわけでしばらくお前の世界を堪能させてもらう。お前――ユメル・バーティシア君もそのつもりで、そっちのスクールライフをエンジョイしてくれ。異性なのに波長が合うってことは魔法の相性も相当良いはずだ。
もちろん拒否権はない。私にもないんだから文句は言うなよ』
自分が元凶のクセに凄く偉そうだけど。まあしかし、認めざる負えないこの状況をちゃんと説明してくれたことは少しだけ感謝したい。
こんな世界が存在することさえ謎だし認めたくないが、それは向こうも同じ。
受け入れてしまえばあとは楽しむだけ……本物のユメル・バーティシアの言うとおりだ。
本音はそこまで割り切れるものでもないんだけど、ずっと弱気でいるよりかは幾分マシだろうと無理矢理に納得させるしかない。
『私だって元に戻る術が見つからないんだから仕方ない。この際覚悟はしてるし私も弁えてるつもりだが……オイタは程々にしておいてくれよ』
……それはなんだかとっても困る。大いに困る。
俺も嫌だが、あんただって男の俺に自分の体を好き勝手されたくはないだろうが。くれぐれも貞操観念はしっかり持っていただきたい。
というかこんな体で――いわゆる“お年頃”にすらなっていない(少なくとも一般的な価値観を持つと一応自負している俺が“何か”して楽しもうとかそんな風に思える程興味の沸く体では決してない)少女が、そこまで達観した態度っておかしくないか?
始めて出来た友達のフラメも大概な人物だと思っていたけど、ユメルって実年齢いくつなの?
せせら笑うユメル・バーティシア。元は自分の声なのに中身が違うと全然違ってくる。違和感に苛立ちさえ覚える。
そしてこの声の主の思うとおりに、俺がこれからの生活を受け入れなくちゃいけないのが余計に癪だ。
やっぱり今すぐ元に戻せと叫びたい。無駄そうだからやらないけど。
『ああ勿論“私の為に”帰る方法も含めて色々模索してみるが……なにしろこっちは魔力の通りが悪す……ゲートみた……にマナの……ライン……でも……ってみ……』
異世界からのメッセージに激しい雑音が混じり出す。
おい待ってくれ! 散々勝手なこと言っといて本当に勝手にしていいってか!?
俺はこれから一体どうしたら――
『ああ最後……、校長とその側……とはあまり信用し……い方がいい……ワタ……里親みた……だが同時に……
それ…タシの魔…具…く…自分の身…自…で守…』
ノイズがいっそう濃くなった音声がついに途切れ、同時に俺の意識も揺らいでゆく。
「ねえ、ユメル! ユメル大丈夫? なんか耳がキンキンするんだけど」
気が付くと俺はガブロー先生に後ろから支えられて、フラメに真正面から覗きこまれていた。顔が近いよ別に照れたりしないけど。
「バーティシア君。もう大丈夫、ガーゴイルの超音波に少し強くあてられたんだろう。ヤツは天井を破って逃げおった。アレ修理するの大変なんだが……」
「ユメル、何かあったの? 黒汚いアイツが変な音出すから耳痛いし、アンタは急に青い顔して倒れそうになるし」
心配そうに俺を見つめるフラメの顔を見て、なんだか少し安心する。
「ごめんちょっと休ませ……頭の整理……が――」
負荷をかけ過ぎた心の緊急措置により、一瞬だけ帰ってきた俺の意識は、今度は完全に途切れることとなった。