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4 模擬戦

「あの……闘わずに降参しちゃダメですか?」


「私だって模擬戦とはいえここまで不本意な戦いは初めてだ! しかし王女と大臣の決定に反対するよりは、この行き場のない想いを少しでも君にぶつけた方が有意義であると考えた! よって! 年端もいかぬ少女だからと手加減はしない!」


 軍人らしく良く分からない倫理観でハキハキ喋ってくれてイイ感じです。でもねえリリン……手加減はしないって公言されちゃったんだけど……責任とってくれるかな?

 離宮の広い庭の奥、足場の悪くない草原を選んで私とオルト・ロッソ少佐は向かい合っていた。少し離れてリリンと大臣と、それにエレンさんも珍しく座って観戦するようだ。

 本当ならエレンさんでなく私があそこに座っている筈だったのにどうしてこうなった……




 なんでやねん!!? と盛大な突っ込みを入れる代わりに、いっそ静かな憤怒の形相でリリン王女に詰め寄ったところ、全く邪気のない笑顔でこう返された。


「フフッその顔で怒ってるつもり? 大丈夫よ。魔法について闘いながら学ぶ良い機会じゃないですか。大丈夫、ちゃんとサポートはしますし、ロッソさんはあの若さでもリンドーラの一級軍人です。しかもユメルみたいな美少女が相手だもの、多少の手心はくれるはずですわ」


「一級の軍人なら戦場でどんな敵に対しても容赦しちゃいけないんじゃ――」


「リンドーラ軍は清廉潔白と大臣も仰っていたでしょう。戦場でも非戦闘員、民間人との区別は最大限憂慮するように訓練されてるから多分……きっと手加減してくれるわ……最悪でも死にはしない……と思います」


「……その言い方だと余計に不安になるんですけど」


 若き少佐もギンネ大臣に何事か言及されているようだ。そりゃエレンさんと再戦したかったのに、突然私みたいな小娘がしゃしゃり出てきたら、例え軍隊の上司相手だろうと文句の一つや二つは言いたくなるだろうけど、ギンネ大臣の軍人上がりにしては良く回る口に丸めこまれているみたいだった。




「模擬戦にはこの武器“ファンタムズ”を使う。ちなみに大会では、去年と同様にコイツの可変出力が最大限強化されたものを使う予定だ」


 仕事柄無表情を保つことには慣れているのだろう、それでもムッとした感情の見え隠れする軍の青年から手渡されたのは直径3センチ、長さが30センチ程の金属棒だった。鈍い光を放つ見た目の割に軽量で、子どもの私でも用意に振ったりする事が出来そうだ。

 Phantasmファンタズムじゃなくて“ファンタムズ”? Phantom Armsファントム・アームズとかの略式だろうか?


「これは使用者の魔力やその供給量によって武器としての形を生みだすリンドーラ軍の携帯マジックアイテムの一つだ。万が一自分の魔道具を失っても、これさえあれば状況に応じて柔軟な戦いを行える。もっとも長期間和平の続いている現在では、他国においても一般訓練用の装備としてすっかり広まってしまっているがな」


 丁寧に説明をしてくれるロッソ少佐はしかし、エレンさんにも負けない仏頂面だ。まあ彼のメンツを考えればよくぞここまで真摯的な態度をしてくれるものだと同情する。


「今回は魔力によってつくられた武器で相手に攻撃をヒットさせると、相手の肉体を損傷させることなく体力を直接削ることが出来る。ようするに相手を疲れさせるだけの仕様になっているから安心しろ。だが刃物の形状で腕なんかをスパッとやられると、部位欠損扱いになって一定時間感覚がなくなるから注意しろよ」


 成程、確かにそれなら死ぬような心配はしなくていいかも。そんな風にゲーム感覚で喧嘩出来るなら一般人の間でも流行りそうな競技だと思う。

 しかし短いとはいえ柄の部分で思い切り殴られたら話は別だろうな。そんな邪推をするのは私だけか?


「模擬戦開始の合図は私が致しましょう」


 ロッソ少佐からそこそこ説明を受けたところでリリンの言葉が聞こえた。お互い初見の相手なので、様子見も兼ねて十分な距離を置いて向かい直す。

 せっかくなので今の内にファンタムズに魔力を込めてみる……ってどうすればいいんだっけ?


『ユメル……聞こえます?』


 前触れなくリリンの声が直接頭に流れ込んできた。思わず彼女の方を向くと小さく頷いてくれる。


『私の魔法は言霊だけど、こんな風に音に出す必要のない使い方もあるのですよ』


 原理はわからないけどリリンの魔法って便利だと思う。変な歌のクセに傷や建物を修復しちゃうし、こんなテレパスみたいなことも出来るんだもの。


『変な歌は余計ですよユメル。そんなこと言うけれど、貴方の魔法には多分私も敵わないでしょうね……』


 心が読まれてる!? リリン相手とはいえなんか嫌な感じだ。それより私の魔法って――


『ごめんなさい。“思考接続”は本来ちゃんと訓練した人同士で使わないと禁忌扱いになってしまう魔法なのだけれど……今は緊急なので少し我慢して下さいね」


 要するに今私の考えてることはリリンに筒抜けなのか。ちょっと不公平だけど、その分ちゃんとアドバイスくれるなら我慢する。


「まずはファンタムズの起動をしましょう。火の球を出した時のことは覚えていますか? 魔法の起動方法は人それぞれですが、一度分かってしまえばやり方は変わらないと思いますわ。落ち着いて魔力を込めて』


 言われた通りにあの時の感覚を思い出す。決闘開始の合図は彼女が持っているのだから、思い切って目を閉じ意識を右手が握っている金属棒に集中する。


『その調子よ。次に貴方が最も扱いやすい武器の形をイメージして』


……早くも躓いた。最も扱いやすい“武器”てなんだ?

 そもそも私って、何か武器になるもの使ったことあったっけ? 刃物だったら料理に使う包丁がせいぜいだろう。


『あれだけ動きまわれて武器を持ったことがないですって!? なんでもいいのよ……下手に大型の武器を具現化すると却って扱いにくいでしょうけど』


 じゃあ雨上がりの帰り道、厨二病を患って剣技を練習してた頃の傘なんかじゃダメですか? ……私って記憶喪失のクセにそんなどうでもいい思い出はあるのね。


『ああそう、ユメルは記憶喪失でしたか。それなら仕方ないですわね。当たって砕けるのも良い勉強になると思いますよ』


 あのちょっと……他人事みたいに諦めてないで何かアドバイスを頂きたいんですが。


「決闘の前に、一応名前を聞いておこう!」


 急に肉声が聞こえてきたと思ったらロッソ少佐からだった。名前って、普通闘った相手が健闘した場合に訊くものじゃないんですか?


「あ、え? あっと……その……ユメル……です」


「ユメルか……どこかで耳にしたような名だが……」


 そういえば本名は伏せるようにとリリンに言及されていた気がする。でももう遅いし、頭の被り物が取れなければ多分大丈夫だろう――


「それでは両者構え、始め!!!」


……なんでリリンは空気を読まないかなあ。むしろ私の名前について考えさせない為に模擬戦開始の合図をしたのかもしれないけどさ。こんなに短い金属棒のままでどうやって闘えって言うんだよ?

 まだ距離のあるロッソ少佐を観察してみる。こちらが無防備な体勢で、しかもファンタムズをちゃんと起動させていないせいか、今すぐ飛びかかってくる気配ではないことに少し安堵する私。

 彼の右手に握られている武器は直刀の長剣だった。魔力で編まれた刃はうっすらと緑色を帯びていて、当たり判定……もとい存在感を示すように発光している。


「まずは小手調べだ!」


 そんなに遠くから気合入れて叫んで長剣振っても、こっちには届きませんよ……ん!? そういえば昨日も同じようなことがあったような――


「くおっ……!! なんでそんな剣から緑の光線が飛んでくるの!?」


 すんでのところで謎の障害物を躱した私を待っていたのは、若き少佐によって高速で振られる長剣、その切っ先から放たれた更なる光弾の嵐だった。


「くっそ! こんなの絶対おかしいよ!!」


「レディがそんな言葉使いをするものじゃないぜ! お嬢さん!」


『説明していなかったけれど、ファンタムズにはあんな風に飛び道具としての使い方もありますの。勿論あの光弾に当たってもそれなりに体力を削られるから気をつけて下さいね』


 後付けで解説されても全っっっっ然嬉しくないです。

 なんていうか私遊ばれてる? ロッソ少佐にもリリン王女にも。

 昨日の一戦と比べれてみると、刀から放たれるカマイタチは真空で眼に捉えにくく、しかも攻撃判定が“線”だったから避けるのは大変だった。けれど、この光弾は言ってみれば“点”だ。速度もカマイタチとそれほど変わらないので、一発を避けるのはそれほど苦労はしないのだが……なにぶん数が多い。

 エレンさんが操られていた妖刀、いや魔刀だったか? は、それなりの重量があったし振っているのはまがりなりにも女性だったから、一発の間隔が半秒は空いていた。それに対してロッソ少佐は現役の軍人で、握っているのは0.5キロもない軽金属棒だ。

 秒間何発の光弾が飛んできているかなんて考えるだけ無駄だと思いながら必死に避ける……避ける……避け続けることだけは出来た。

 はたから見るとちょっと距離は離れているが、ペットが飼い主の振っている棒に一生懸命あやされているようにも見えるかもしれない。つまり飼い主の側である彼にはそれくらいの余裕があるってことで。

……だったらこっちも火の球で攻撃を――


『ファンタムズを握っている間は、使用者自身の魔法はロックされているの。でもユメルの魔法の使い方ならもしかするかもしれないけど……なんにせよ公式試合では控えて下さいな』


 呑気な王女様の声に構ってやる余裕はないが、無駄かもしれないことに意識を向けるには今の状況はちょっと苦しかったので火の球攻撃は諦めた。

 リリンのやつ……模擬戦終わった後でたっぷり嫌味を言ってあげるから覚悟しとけ。あと当然ながら公式試合なんか出る気ないのであしからず!


「なんとまあ、全弾を掠りもせずに避け続けるとは大したものだ。軍の若輩者にも見習わせたい反射神経と瞬発力……だが、これならどうだ?」


 ロッソ少佐の動きが加速し、光弾の大きさ、弾速、密度が全て倍になる。剣先からは一振りで数発の光弾が同時に発射されるようになっていた。

 なんだかんだ手加減してくれていたのは分かってたけどさ、まさか半分の力も出していなかったなんて……

 ニヒルな笑みを浮かべる少佐を睨みつけながら、途切れかけた集中力を懸命に保とうとするするが、流石に避けきれない光弾が体を掠めていく。自分が動いた分以上に疲労が溜まっていくのを感じる。この場の誰が見てもジリ貧なのは明らかだった。


――昨日と違うのは、私の命の重さと、相手の力量。

 命の危険もない代わりに、反撃の糸口すら掴めない。

 だったら少しくらい体に無茶しても……武器だって、この短い棒きれのままでも別に構わないんじゃないか?

 思考を一瞬で切り替え、可能な限り無駄な動作を省き、私は攻撃に転じた。


「……どっせい!!!」


 ファンタムズを両手で握り、僅かに残った柄の部分に思い切り魔力を込めながら、掛け声とともに手近な光弾の一つ目掛けて全力で振り抜く。別の光弾の一つがわき腹を直撃するが、この程度の威力で私のフルスイングを止められると思ったら大間違いだ。


「なんと!?」


 私の魔力によって少しだけ表面積を増大させたファンタムズが芯で捉えた光弾は、敵対する緑色から白色へと変わり、発射された軌道をそのままなぞるように、音速を優に超える加速を得て元の場所へと反射された。


“まだだ! まだ足りない! もう一手だけ……この先へ導け……風よ!”




 光弾の雨が止み、そして長い静寂が訪れる。


「随分良い目と、そして特殊な魔力を持っているようだ。ファンタムズの形状からして、まともな武器を扱った事すらないようだったが……本当に大したものだ」


「いえ……たまには無茶もやってみるものですね」


 私は打ち返した白色光弾の後を全力で駆け抜け、ファンタズムをそのままの形でロッソ少佐の鳩尾へと突きつけていた。普通じゃ考えられない早さで走っていたから、願った通りに風の魔法か何かの恩恵を受けていたのかもしれない。

 うら若き軍属の青年は、清々しい顔のまま両手を上げ、敗北を受け入れていた。まだ全然闘えたはずなのに……私が向かって行ったのは分かっていたはずなのに……敢えて何も対応をしなかった。


「手を……抜いたんですか?」


「そうだね。しかしあのままの状態で続けていても、君が勝っていただろう」


 少佐が落としたファンタムズに目を落とすと、銀色のフレームが割れて中身が見え隠れしていた。


「それでもちょっと諦めるのが早かったかな? どちらにせよ一言詫びておく。済まなかったな」


 少し態度の柔らかくなったロッソ青年を見て私は……


「なんだ、そんな顔も出来るんですね……ちょっと惚れちゃいそうでしたよ、ってユメルが――」


「思ってないですからそんなこと! リリンこそ、もうちょっと私の気持ちを想いやって欲しいんですけど。あと何なの? あの無駄な後付け解説みたいなアドバイスは! 人の脳みそに直接好き勝手言うだけで助言も何もあったもんじゃない!」


 呆けた表情のまま口を挟めないロッソ少佐は放っておいて、私はリリンに延々と愚痴を吐いた。抱きつく間もキスしようとか思わせる間も与えてやるもんか!

 しかし読まない時はとことん意図的に空気を読もうとしない王女様は強い。


「では! 勝者であるユメルには、私から歌と抱擁とキスとそれから――」


「だからそんなのは要らないんで! もっと有意義で適切なアドバイスを……勝ったのがロッソ少佐でも同じことを?」


「そんなはしたないことするわけないじゃない! ユメルが負けて気絶なんかしていたら、その間に努力賞としてもっと別の……貴方が起きてたら絶対出来ないような御褒美をあげようと――」


「どっちにしろそんなのダメ!! 絶対!!」


 本当にヤバイ事態だったらこんな捨て身の悪手は打てないけれど……いや昨日だって随分命がけの捨て身だったけれど、そんなことすら気にする必要はないと感じさせるリリンの笑顔が、私の直ぐ傍にあった。




 じゃれあう2人の少女、それを困惑顔で見守る部下の青年をよそに、ギンネ大臣は少女の片割れの頭巾からはみ出る銀髪を終始睨み続けていた。




「しかし良い健闘だった。次は舐めた真似はしない! エレンとの再戦も捨てたわけではないが、もしユメルが大会に上がってきたら全力で相手になることを誓おう!」


 騎士の誓いの仕草だろうか? オルト・ロッソ少佐は最初のカタクチイワシの軍人みたいな印象よりもずっと爽やかな風を残して、ついでにエレンさんにウィンクを飛ばして、満足そうに腕組みをする大臣と共に去っていった。

 私が決闘の役回りを受けてから、エレンさんは本物のメイドらしくずっと空気だったけど、本人はそれで満足していたみたいだった。いつしか戻っていた仏頂面の片隅に、ほんのり朱がさしているのに気付いたのは私だけかもしれない。

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