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3 大臣の訪問

前回の更新から1年以上も空白が……出来れば完結させたいです

「かつて魔法は自然界を構成する火と水、風と地、そして光と闇のそれぞれの頂点に存在していたとされる6竜をシンボルとして系統化されていました」


 あれだけの惨事……というか終わってしまった今では珍事でも構わないが、リリン王女は何事もなかったかのように、昨日と変わらず私をお茶会に誘った。

 広々とした庭でエレンさん(もちろん帯刀はしていない)に紅茶を用意させ、それを絵になる優雅さを以って啜りながら語りかけてくる。


「そのお話は……昨日の出来事と何か関係があるんですか? 私から訊きたいことは山ほどあるんですが――」


「まあそう焦らずに。ユメルには昔と違った力が宿っている様子なのに、あんまり使いこなせていないようだから、魔法について少しだけお話をさせて下さいね。

 当たり前の話ばかりで飽きちゃうようなら端折っていくけれど、その顔だと魔法がなんなのかすら分かっていないようだし」


 昨日あれだけ迫られたのがトラウマになっているかもしれないと自覚しつつ、そのせいか自然とリリンから距離を置き気味で、言葉使いも敬語になっている私へ、彼女の優しい言葉が沁み込んでいく。

 あの時私の怪我や部屋の惨状を回復させた歌? 程ではないが、やはり彼女の声には何らかの効果があるのだろうか。


「この6属性でいうと、ユメルが昨日使った魔法は“火”と……恐らく“風”ということになりますね。貴方が用いた特殊な体裁きや攻撃については、私の専門外のことなので何も言えませんが」


「はぁ……って、私とエレンさんの闘いをずっと見てたんですか!? 割とあっさり死ねるかと思ったくらいなんですけど、止めようとか考えなかったの?」


 澄まし顔でお茶を濁すリリン。私がなけなしの憂いを帯びた瞳で睨んでも全く意に介さない御様子。

 ついでにエレンさんもなんとなく恨めしい顔で御主人様の顔を拝んでいる気がするが、それも彼女の動揺を誘うにはいささかも足りていないようだ。

 さすが王女様はしたたかさのレベルが違った。そっちがその気なら話を聞くしかないじゃないか。


「しかし現在の魔法大系は、自然界がもたらす6属性ではなく“原初の3要素”の考え方で進める方が増えているようなので、私もそのつもりでお話します。

 というのも、ここ数世紀に渡って6竜の存在が確認されておらずその権威、威光が衰えていること。同時に、自然界からもたらされる力だけでは系統化が難しい魔法が急激に増えているからなのです」


 なんだかちゃんと学問してて可笑しいと思ってしまう。

 昔のハイファンタジーならこの手の話題は随分練られていたようだけども、私の趣味ではない……っと、この感覚は喪失しているはずの記憶が影響しているのか?


「ユメル。昨日のように掌から炎を出すことは出来ますか?」


「……やってみますけど、期待はしないでくださいね?」


 意識的に出来る事なのかわからないが、取り敢えず眼を閉じ集中する。

 馬鹿らしいという気持ちは何故か起きなかった。だって一度は出来たんだもの。

 手に火の球が燃えているイメージ。誰も傷つけないような規模の小さな灯を胸に刻み込んだまま目を開く。


「意外と……出来るもんなんですね」


 掌で赤く燃え続けるソレは、私を焼くことなく優しい温もりと光を与えてくれる。

 物理的には絶対にありえないのに違和感がないとい現実が、私に矛盾した問いを投げかけているようだった。


「モーションらしいモーションもなし。そしてやはり魔道具の存在を感じられない……ユメル、やはり貴方は――」


 リリンが鈴の音のような言葉を紡ぐ暇を与えず、離宮全体がパイプオルガンもかくやとい重厚な音を奏で始める。


「いけない! 大臣の訪問の時間を忘れていたわ。話の続きはまた……そうね、大臣にお灸を据えてやるのもいいかもしれません。エレン! 手筈は整えてありますね?」


 無言なのは変わらずだが、昨日より更に無愛想に見えるメイドのお姉さんは主に向かって小さく会釈した。

 と、音もなく私の隣に移動したかと思うと、椅子に座ったままの私を問答無用で抱え上げ、歩いているとは思えない速度で王女様御用達の庭から離れる。

 そんな動き出来るなら私と戦った時になんで動かなかったんだ? 

 あまりの要領の良さに私は悲鳴を上げる事も出来ず、借りてきた猫のようになされるがままだった。




「お久しぶりね、ギンネ大臣」


「リリン王女も御機嫌麗しいようで何より。私から寄贈させていただいた刀はお役に立っているかな?」


「ええ、こんな離れを訪れる泥棒さんなど滅多にいないと思っていたのだけれど……つい昨日のことですわ。私が個人的に雇った侍女を、貴方の疑似魔道具は侵入者と間違えてしまったようで……幸か不幸か、貴方の刀より侍女の優秀さを示す結果となりましたけれど」


 私はエレンさんと同じようなメイドの格好をさせられ、給仕をするでもなくリリンの隣にただ立たされていた。

 ただし頭には黒い頭巾をつけることになった。一国の大臣が相手なので、裏ブラックリスト入りしてるという私の素生がバレてしまうかもしれないのを防ぐためらしい。

 そして腰には昨日私を襲った結果、刀身が真っ二つになったままの刀を鞘に納めた状態で身に付けさせられている。

 ギンネ大臣は、貴族というより軍隊の長のような軍服姿をした痩身初老の男性だった。

 第一戦を退いて肉体は衰えたようだが、リリンの軽い挑発に誘われてその眼光で刀を穿いたメイド――つまり私を睨む姿に、思わず身が竦んでしまう程だった。

 要するに恐いです。

 後ろに控えるように立っているのは、これもまた軍人の若くて背の高い男性。

 胸にいくつも付いた勲章が、歳に似合わず歴戦の勇士っぷりを物語っているようだ。

 ちょっとカッコいいかもしれない。

 しかし青年は私に目を合わせる事なく、それどころかリリンすらも眼中にないようだ。

 ダークグレーの視線は、丁寧な動作でお茶を注ぐエレンさんへとひたすらに注がれていた。


「ふむ、王女様はエレンに続き良い手駒を求めておられるようだが、次の“大会”でも優勝を狙っておいでか?」


 直接言葉を交わさず静かに微笑むだけに留めるリリン。あのキツイ眼に真正面から見据えられてよくやるなと思う。


「まさか本当にそこの帯刀メイドを選出するおつもりか? 被り物の上からでも美しい外見であるのはわかる。しかしまだ成人もしていない、しかも少女にしか見えないのだが――」


「エレンの力は知っているでしょう? 人は見た目で判断するものではありません。もちろん道具もですけどね」


 そう言ってリリンは私に目配せする。

 私は示し合わせて会った通りにおっかなびっくりな手つきで刀を抜く。刀身が半分存在しないくせに、間近で見るとその刃の美しさに心が惹きつけられるような気がした。

 皆の視線が集まったところで直ぐに刀を鞘に納める。


「ほう……和刀影密わとうかげみつはカマイタチの呪いに加えて強度強化の特殊な加工を施してあった筈だが、真っ二つとはやるではないか」


「私にエレンがついているとはいえ、あのような魔刀をお送りになるのは今後やめて頂きたいものです」


 この笑顔のやりとりに私は殺されそうになったのか……

 今更言うまでもないことだが、リリン王女にこの刀(影密?)をプレゼントしたのがギンネ大臣で、私がこの離宮に来た後なんらかのきっかけがあって刀の呪い? というか防犯装置が作動、エレンさんを操り私を襲ったということでいいのかな。


「魔刀とは失礼な。どのような経緯でそこの少女に危害が加えられ、結果刀が折れたのは分かりかねるが、先程から会話に多少の齟齬があるようだ。影密には人を襲うような魔法は宿っていない」


 リリンと私に動揺が走る。エレンさんは黙した仏頂面だが表情に若干反論の兆しがある。

 えっと……つまりそれってどういう――


「では、エレンに取り憑いたのは――」


「エレン殿程の手練が操られたというのか!? しかもそれをこの青眼の乙女が……?」


 リリンの声を遮ったのは大臣付きの青年だった。その美形をありえないといった表情で崩しながら私とエレンさんを交互に見やっている。

 今のやりとりだけでも、なんとなくエレンさんと青年の関係が推し量れそうな気がする。


「エレンは元々魔力が少なく“アザマ系”魔法に対しては特に耐性がありません。前回の大会で彼女が優勝出来たのは、昨今のルール改訂により使用武器が限定されたことで、前衛特化型の立ち回りが重視されるようになったからです」


 リリンは落ち着いた態度で青年を諭すようにして一度言葉を切ってから、念を押すように大臣へ問い直す。


「それではあくまでそこの刀……影密とやらにはなんらかの魔法的意志は込められていないと仰るのですね?」


 対してギンネ大臣は、自身の誇りを守るように大きくうなずき断言する。


「そうだ。少なくとも我々は関与していない。大会について王女が仰ったとおりでもあるが、我がリンドーラ王国軍は戦争において清廉潔白の精神を貫くため、精神汚染のような魔法を使用することは禁止している」


「わかりました。ではこの件は一区切りとしましょう」


 誰の目にも疑問は解決出来ていないことは明らかだが、これ以上お互いに無駄な腹の探り合いはやめようということなのだろう。


「それで大臣、本日の御用件は?」


 リリンの問いにワザとらしく肩をすくめる大臣。

 同時に、背後の青年から殺気にも似た闘気が発せられるのを感じた。

 単なる恋などといったものからは程遠い視線が彼女を捉えて離さない。


「いやなに、私からは特にどうということはないよ。こんな離れで幽閉生活の真似ごとをさせるのはもうやめて欲しいと王に毎回嘆願しているのですがね。今回も定期訪問という形で伺ったまでです」


「ならばもうこの楽しいお茶会はお開きに――」


「いえ、まだメインディッシュが残っておりますゆえ。リリン王女にはもう少しお付き合いをして頂きたく思います」


 エレンさんは仏頂面から多少マシな無表情になって、これから起ころうとする事態を冷静に受け入れようとしているみたいだった。

 私は彼女と青年の無言のやりとりを気にしながらも、ひたすらに自分の影を薄めて傍観者を気取るつもりでいた。


「見ての通り、今は私の護衛兼補佐役を頑張ってくれているオルト・ロッソ少佐だが、前大会決勝の再戦を切望していてね」


「それなら来週末の大会まで我慢していたければと思いますわ。そちらの青年ならきっと勝ち抜けるでしょうし、エレンもまだ万全の調子ではないので――」


「しかしリリン王女。彼女は貴方のお墨付きということもあって今大会は特別枠のシード権があると聞く。オルト君はそんな大会で勝ち抜いても、疲弊した状態で彼女に相対する可能性があるままではいささか納得がいかないと……」


 軍服の青年、オルト・ロッソは自ら述べることはしない。今は王女と大臣の会話であって、自分が行うべきはこの後だと、エレンさんとの決闘のみに心を向かわせている。

 ギンネ大臣は選ぶように言葉を続ける。


「いや、これでは大の男が女性に向かうべき言い訳の仕方ではないな。要するにだ……大会など二の次、掛け値なしの全力で彼女と決闘する機会が欲しいというわけなのだよ」


「……分かりましたわ。しかし先程申し上げたように昨日の一件でエレンは刀によって体に負担を強いられ、恐らく本日はロッソ少佐の望むような戦いは出来ないと思われます」


「それは致し方ない。しかしこの離宮への訪問は王の命により月に1回と定められている。決闘者に配慮するとはいえ、大会後ではお互いにその身が万全に整うまで時間がかかり過ぎる」


「ですからその代わりに、ロッソさんの鬱憤を晴らすというわけではありませんが……」


 あれ? なんだかこの感じ前にもあったような……凄く嫌な予感しかしないんですけど。


「幸いなことにこちら側にも立ち合わせてみたい者が1人……」


 リリン! そんな顔してこっちを向かないで! やめて! 私はもう誰かの当て馬になるつもりは――


「私の新たな侍女と模擬戦をしてはいかがかしら?」

9/21 設定不備のため一部修正しました

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