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27 激突する過去の王と無名の

「遅かったな。“現在のユメル様”最初の親友にして下僕様第一号よ」


「誰が下僕様よ!? むしろユメルがアタシの……ってそれは置いといて。アンタホントにユメル? なんで発光してるの? ホタルなの?」


 常人ならば膨大なエネルギーの奔流を肉眼で観測するだけで意識を失ってしまうであろう。黒の少年が張った結界が壊れた直後、圧倒的なまでの魔力放出を感じとったフラメとハックが屋上に駆け付けたところ、金色に輝く魔力の発生源であるユメルと、傍らに大の字で倒れているゼスの姿があった。


「そこで寝てるのは……ゼスか? ほぼ真っ裸で色白だと印象が違うなあ」


「何呑気な事言ってるのよ!? それユメルがやったの?」


 黒づくめだったゼス少年は今や身ぐるみ剥がされブリーフのような下着一枚。意識はあるようで、屈辱と羞恥心から涙腺に水を貯めながらもさっきから懸命に足掻いているが、特に拘束の痕もないのに彼の四肢は地面に硬く張りつき動かない。


「いかにも! 俺様の感情表現コレクションNo.1“SがMに堕ちる瞬間”だ。本当はもっと過激な仕様にしたかったんだが……まだお互い子供だしな。後の楽しみにとっておこう」


 色々突っ込みたいところだろうが、膨大な魔力と常人であれば理解に苦しむ光景にその場の全員がたたらを踏んだ。

 悠然と輝くユメルが指を鳴らすとゼスの胸、腹、手足に火のついた蝋燭が現れる。

 照りつける陽光と蝋燭の火によってロウが融けだし少年の顔が苦痛に歪む。せめてもの意地か、それともまともに声も上げられないほどの恐怖を味わったのか、彼の口からは僅かな呻きが漏れるだけ。


「どうしよう。ユメルが……おかしくなっちゃった」


 現実離れしたその舞台を、自分の友人が創り上げているという事実に茫然とするフラメ。


 “奴はフラメ様の御学友ではない。表に出ている魂はむしろ我が同胞と言える存在……だが”


 普段は彼女の指輪の中で指示通りに動き、寡黙な態度を貫き通している赤竜が珍しくフラメに語りかける。ユメルに本来の意識があれば“フラメちゃん誰を喋ってるの?”とか訊いてきそうだが、生憎この場に魔道具と意思疎通の出来ぬ者はいないため、この会話に口を挟む者はいない。


「じゃあユメルは、家に封印されてた意識だけの元魔道具? だかなんだかに体を乗っ取られちゃってるの?」


 赤竜は彼女の問いには直接答えず、代わりにユメルの意識に呼びかけ始めた。


“聞こえるか我が同胞よ。何故主に従わず己を押しだす? それほどの魔力を常に放出し続けては主の肉体がもたないぞ”


「ああ? 破天荒な下僕様一号に忠実に付き従うの騎士様は“ファイアドラゴン”か。眠っていた俺様に最初に声を掛けてくれたのもアンタだな?」


 ユメルの体を包んでいた光が弱まりやがて消失した。性格に難がありそうだが、一応話を聞く気はあるようだとフラメはホッと胸をなでおろす。


“我が赤竜の名を知る者か? だが此方はお前の事を知らん。それほどの力を持ちながら我ら“六竜”に数えられず、尚且つ奇怪な性癖のドラゴンなど……”


 竜達の話には加わり辛く、さてどうしたものかと痛々しい格好のゼス少年を眺めるハック。磔に蝋燭などという怪しげな遊びに加担しようとは思わないが、哀れな彼を助けようという気も全く起きないようだ。

 一方フラメは、間違った方向にオカルトめいたSMチックで理解不能な光景から目を背け、気持ちを落ち着かせて竜同士の会話を出来るだけ雑音が少なく繋げようと集中する。友人を無事に救出する為の突破口になって欲しいと願いながら。


「人の世が始まる遥か以前から自然界を支配してきた竜族、その中でも特別力のあった“土水火風光闇”それぞれ6つの属性を統括した王達は総称して六竜と呼ばれた……そんな感じだっけか? その属性の1つ、火を統べるファイアドラゴン様がこんな小娘の中に縮こまってるとはね。

 そういえば“虹”ってのはお国柄にもよるが、観測者によって分けられる色の数が違うらしいな」


“名もなき竜よ、何が言いたい?”


 先程までのくだけた笑みから一転、急に真面目な顔つきになったユメルが、赤竜に説教するような調子で淡々と説く。


「この世のあらゆる存在は物質と精神と魂の3つで成り立つと言った錬金術師。いやいや4つの元素から出来ていると唱えた哲学者。自然の理を陰陽五行道から説く怪しげな坊主。六芒星の元に世界を束ねんとする竜王。七の魔法数に導かれる賢者達。そして全にして一なる愛を謳う始まりの二人。

 世界の分け方や属性の区別なんてのは、その時代を制した種族がその都度決めた便宜的な建前だ。それらは全て正しく、同時に不完全で過不足だらけの誤答を観測可能な限りの座標へと敷き詰めたに過ぎない」


 ようするにと、言葉を切った少女は目の前の赤竜に対してだけではなく、まるでこの世界そのものを甚く嘲る様にケタケタと声を荒げる。


「何千年と生きてきて、六竜なんてのは所詮井の中の蛙だって事にまだ気づかないのかよ? 上には上がいるってことを教えてやるよ」


 ユメルが片手を掲げると光が溢れ、文字通り世界が一変する。

 一般的に語られる転移魔法とは規模の違う次元移動は、自分達ではなく世界の方を動かしたような違和感を彼女たちに与えた。




「なんてったってファイアドラゴン様だからなあ。火の中の方が本領発揮出来るだろ?」


 時間の間隔など完全にマヒさせられ、青空に真っ白なシーツがはためく病院の屋上から恐らく一瞬にして辿り着いた場所は、暗雲に包まれ活性化された火山の火口。

 ほんの数メートル傍でマグマが猛り、硫黄と熱気を帯びた空気が生物の体を肺から焼き尽くそうとフラメ達を取り巻く。

 

“貴様が主はもとより、我が主の身体を全く顧みないその姿勢、議論の余地なく万死に値する!!”


 フラメの指輪からは赤竜が放つ白い浄化の炎が彼女とハックを包み込み、火山の炎から身を守った。一番に焼かれてしまいそうな格好のゼスは幸いなことに転移の対象から外れたようだ。

 ユメルの方はといえば再び体から金色の光を放ち、猛毒ガスや高熱をものともしない。


「でも……まってファイアドラゴン! 体はユメルなんだよ? どうやって闘うの?」


 今までは力があった。その上でちゃんと力量を測って我儘をして、大きな獣達を、大人の魔法使い達を負かしてきた。

 しかしこれから起こるであろう戦いは単純な力ですら彼女の届かぬ次元。しかも相手は自分の親友。

 解決出来ない問題に直面したフラメはとても弱かった。年相応の少女が駄々をこねても、泣き叫んでも我儘を通せないのと同じ状態。これが本来あるべき今の自分、その無力を認めてもなおもがくのを止めはしないのだろう。

 しかし赤竜は主の想いを汲み取ることは出来ない。一部の隙あらば主の命すら危ういからだ。


「どうやら決闘が随分前倒しになったようだな……フラメ! 自分の命と無二の友人の安否どっちを取る? あのゼスがオモチャにされていたんだ。覚悟を決めないと一瞬でやられるぞ!」


 フラメと一緒にここまで飛ばされたハックは赤竜の考えを読みとったようだった。次元転移の酩酊感にも動じず、ポケットから万能ナイフを取り出して刃を構える。彼の着ている入院患者服からはパリパリと静電気のような音が鳴り出し、自身を守ってくれている白炎のバリアに負けない魔力の猛りを感じさせる。


「アタシは……自分もユメルも守りたい。どっちか選ぶなんてアタシには出来ない」


 自分の命がかかるほど切迫した状況、それでも答えの出ないフラメに寡黙で従僕だった赤竜が最後通告をした。


“だが主よ、奴の力の底が見えない。全盛期の我に匹敵するやもしれぬ。主が全力を出し切れないというならば……手段は選べまい”


 直後、フラメの意志に反して世界が赤く輝き、小さな指輪に嵌めこまれている宝石から、地震と間違えるような咆哮と共に赤竜が天に向かってうねり躍り出した。

 雄々しい姿は以前学校の演習場ドームで見せた時よりも遥かに大きい。限界まで伸ばした羽を含めれば、近くで唸り狂う火山の一つにも匹敵するだろう。

 全身は一枚一枚が人間1人分もある鱗に覆われ、それぞれが炎に照らされまた自らも赤白く発光している。

 頭から生えている黒ずんだ2本の角は歳経た山羊のように長く伸びて楕円を描き、それより更に頑強な爪は鋭利さで敵を切り裂くより叩いて潰す方面に特化しているかのような分厚さを誇る。

 背中から尾まで全身を余すことなく赤銅に煌く刃が生え渡り、堂々たる王者の貫録は観測者全てを圧倒する。


「流石にデカイな……しかし下僕様1号は大分消耗しているようだぞ? 先ほど俺様に垂れた説法と矛盾してるようだが?」


 巨大な赤竜の下、その影の一万分の一にも満たない大きさの少女は膝をつき汗を垂らしていた。

 熱さによるものではない。過呼吸のような喘ぎが彼女の異常を物語っていた。

 本来ならば気を失っていてもおかしくない状態だが、彼女持ち前の負けん気に加え、竜を相棒にすることで培われてきた耐魔力、精神力によりどうにか意識を保っているようだ。


「無茶だファイアドラゴン! 顕現するだけでこれじゃ戦いになったらフラメが死ぬぞ!」


 戦う構えを放棄して、年相応の少女らしく儚げに揺れるフラメを抱え、ハックは聞こえるかどうかもわからない巨体へと必死に訴えかける。

 普段ならお姫様抱っこの形で持ち上げられるなどプライドが許さないであろうフラメも今は抗議の声すら上げられない。


“勘違いするな。確かに限界ギリギリまで主から魔力を貰い受けたが、主とは一時的ながらも契約を破棄した。これ以上の負担はない。

 あまり長時間の期待には答えられぬかもしれないが……ゆくぞ! 名もなき狂気の竜よ!!”


「そうだな。俺様自ら案内しておいてなんだがここは少々暑苦しい。お互いの為にもさっさとケリをつけようじゃないか」


 ユメルの姿をした竜らしき異形の存在は、超質量をものともせずに浮遊し此方を俯瞰する赤竜と対峙すべく地を蹴った。それが自然な事であるかのように少女の体は空を高く舞い、視界に赤き敵の頭部を補足する。

 微動だにしなかった翼を大きく一回はためかせる赤竜。

 一瞬でトップギアへと切り替わるその巨体は白色の炎を纏いながら螺旋を描き、豆粒にも等しい存在であるたった一人の少女へと弾丸のような突進を開始。

 およそ山2つ分あった1人と1竜の距離は、しかし秒を数えることなく消失した。

 名もなき竜は、結局最後までユメルの姿のままで、代わりに金色の光を赤竜に負けず劣らずの大きさまで急速に拡大、白い彗星となった赤竜の特攻を真っ向から受け止め呑み込まんと包み込んだ。


 衝撃の瞬間を直視出来た者はいない。かの力に匹敵しその場に居合わせる事が出来る者など今の世界には存在しえない。

 強すぎる白赤と金の光の接点からは漆黒の空間、次元の裂け目が開き、そこから“視えない何か”がこの世界に飛びだした。ぶつかり合った両者を含めそれに気付く者もまたいない。


 せめぎ合う2つの巨大なエネルギーは火山の噴火を誘発、衝撃は地震を生みマグマの海へと変貌し、人が思い描く限りの終末の様相を呈した。

 衝撃の余波から立つ事すらままならず、生気の薄いフラメをきつく抱きしめながらマグマの海に流され転がるに任せていたハックは、自分の意思とは無関係に視界が薄れてゆくのを感じていた。

 非力な自分を呪う呪詛すら彼の意識を保つ原動力にはならず、2人は赤竜の加護をゆりかごとしながらやがて不可避の眠りにつく。


“少年よ、成り行きで致し方ないとは思うがこれも運命……我が主を頼む”

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