25 三角関係?
転移魔法を筆頭として、利便性が高すぎる技術が安易に存在する世界では、代償としてその他の情報伝達、移動手段の衰退、枯渇が見られる。“道”というものの存在意義が薄れるので、道路が舗装されない、橋も掛からない、行き当たりばったりな露店が姿を消す、郵便や宅配便が不要になる。
考えればキリがないし、そもそもの価値観が違い過ぎるから、そのような世界を描ききるには深い考察が必要なんだろうと思う。
「アニキ、お見舞いに来たよ!」
「ああ! 君は確か図書館まで一緒だった……ユメルちゃんだっけ。授業はどうしたんだい?」
俺が迷い込んだ世界では、転移の魔法を使いこなすのは相当難しいらしい。
ライトさんによって、アニキがいる病室の前まで一瞬で運んでもらった俺達だが(当人は仕事があるからと言ってさっさと帰ってしまった)こんな芸当が出来る人間は、世界でも指折り数えられる程しかいないという。
ライトさんの口からは、かつてユメルも転移魔法が使えたと聞いたのだが、現在彼女の体を借りている俺にはそのきっかけがまるで掴めない。そもそも個人で使える魔法が全然違うらしいのに、転移みたいに“一般的にこういうものだ”と定義を踏む魔法、いわゆる“コモンマジック”なんて、どうやって伝授されているのか。
まあ今は考えても仕様のないことだ。いつか無意味に使ってみたい魔法ではあるけど……話を戻そう。
アニキことハック・ディノフィンガーは、俺が学校でたまたま出会い、図書館まで御一緒させてもらって、そこで黒ずくめの少年と一悶着あり重傷……なはずの上級生。ちなみに“ヒステリックブルー”とかいう不良グループの元頭、の割に礼儀正しく快活な好青年。
「授業はさも当然のようにサボりました。私のことなんかよりアニキの具合はどうですか?」
俺は椅子を持って来て、ベッドで横になるアニキの近くに腰掛けた。
「ああ、やっぱり図書館では迷惑かけちゃったのかな? もう大丈夫さ。何故か足の骨折まで治ってて前より調子が良いんだ」
黒ずくめの少年の熱烈アタック? を受けて、お腹に穴が空く大怪我をしたアニキだが、呪詛返しの時に足の怪我も相手に映してしまったのかもしれない。
「そういえばアニキと一緒に運ばれた黒い少年なんですけど――」
「ああ“ゼス”のことか。目が覚めた時に医者が話してくれたんだが、アイツ結構やばいらしくてで今は特別な病室に入れられてる。俺じゃ何も出来なかったのに一体誰が……」
呑気なアニキの様子からして、退学や決闘の話はまだ聞かされてないようだ。直談判する以前の問題じゃないか。俺が行動を起こさなかったら、校長からなんの説明もないままアニキは退学させられていたのか。
ならば俺がうまく話を進めて、事を丸く収める為に協力してもらえないだろうか。
「実は、そのゼスって人と、アニキと……私で決闘しなくちゃいけないらしくて」
「俺とゼスが君と? なんでまた」
俺はさっきから借りてきた猫のように黙り込んでアニキを観察しているフラメ、今回の騒動の元凶である彼女の袖を引き、説明を促した。
せっつかれてようやく口を開く彼女だったが、顔が不自然にこわばっている。
「初めまして。ミリュードの…………妹のフラメです」
……様子がおかしい。今にも噴火しそうな火山が突然活動を停止してしまったような違和感。
「やあ、久しぶりだねフラメちゃん」
「アンタは……お姉ちゃんの昔の……彼氏さん?」
「そうなの!? でも、アニキの足の怪我って、フラメちゃんのお姉さんが原因とかなんとか――」
そうだよ、と軽く答えるアニキ。フラメの姉はヤンデレ属性でも持っているのだろうか。
フラメは自分の目が信じられないようで、まだ幼さを残しながらもイケメン臭漂う青年の顔をまじまじ見つめている。
「1年前は髪が逆立ってて金髪で、顔に青い稲妻みたいな化粧してて、名前も“ソニック”とか“トルネード”みたいな適当なあだ名で――」
「恥ずかしいから人前でその話はやめてくれ……そういえば1回だけ、ミリュー先輩の実家に遊びに行ったことがあったっけ。まだ小さかったのによく覚えてたね」
そう言って頭をかくアニキの髪は、俺が初めて会った時と同じでやや青っぽいツヤのあるショートカット。もちろん顔に刺繍なんてあるわけもない。
「図書館でちらっと見た時は、この人どこかでみたかも? って思ってたけど、まさかアンタが……」
何かに耐えるように、でもつい身を乗り出しがちになって話すフラメは、まるで恋する乙女のように見えなくもない。
「そう、君のお姉さんの元彼で不良達の元リーダーさ。ミリュー先輩との別れ際に言われたよ『私が直接手を下す価値もない。せいぜい妹に灰も残さず焼き尽くされるといいわ』ってな。そうなる前に事故も重なって足折られたんだけど」
苦笑いするアニキに対して、フラメは悄然とした怒りを湛えるように黙りこくる。
なんとも複雑な空気漂う中、俺はこの人間関係をどのように利用すれば万事うまくいくか考えていたのだが……来客は俺達だけではなかった。
「はぁいハック君。お元気かしら? アナタの無様な恰好をなが~く眺めるためにリンゴをたくさん持って来……あらフラメ奇遇ね。お姉ちゃんの元彼に目を付けるなんてとっても良い趣味してるわ」
噂をすれば、とはこのことか。
三者三様の複雑な心意がこもった視線を真っ向に浴びながら、凛として揺るがない悪意と美しさを放つ女性の名を俺は知っていた。フラメの実姉にして魔法研究所所長秘書と魔法学校校長の片腕を勤めるという白衣のスーパービジネスウーマン“ミリュード・インディソフィア”
「お姉ちゃんこそ、別れた男に未練タラタラなんじゃない? どんだけリンゴを剥き続けるつもりよ」
「コレはついでよ。本当は校長先生からの伝言を伝えに来たの。“来週の午後2時、校長の家の庭で、ゼス君と……偶然そこにいる校長の娘さんと、貴方で1対1対1の決闘をして貰うわ。もし負けたり、辞退しても退学。ああ、貴方の場合は子分達も全員同じ処分になるようね」
「最後のは嘘でしょ!? 校長はそんな事一言も――」
焦って反論しようとする俺を、落ち着いた動きでアニキが遮った。代わりに曇りなき誠実さを色で表現したような青眼でミリュードを見据え静かに問う。
「俺の処分すら今更って感じだが……なんで俺一人の行動次第でアイツ等までまとめて辞めさせられるんだ?」
「その方が面白いから私から校長に提案したの。フフッ、久々に貴方の本気が見られるかしら? フラメ、このリンゴちゃんと剥いて食べさせてあげなさい。男は尽くす女に弱いんだから」
初めて会った時と同じく、自分の言いたい事だけ言ってさっさと帰ろうとするミリュード。
やっぱりこういう女の人は嫌いだ。
完全に空気と化していた俺だが、ここは一矢報いるべきと彼女の背に向けて話しかけた。
「フラメちゃんのお姉さん……ミリュード先輩!」
「何? 貴方に話しかけられる用事はないのだけれど」
振り返る大人の女性から伝わる氷のように冷たい視線。俺は負けじと腹に力を込めて言う。
「今いくつですか?」
「……は?」
「年齢、歳、あなたの生きてきた時間です」
「意味はわかるわよ。赤の他人の歳なんか聞いてどうしたいのかってこと……一応、今16よ」
フラメが11歳だからまあそこそこなのところか。
意味深に笑う俺に、初めて高慢さを控えて怪訝そうな顔になるミリュード。
「へえ、凄そうな役職の割に…あと見た目よりもずっっっっっと若いんですね。私よりは幼いですけど」
「どういう意味かしら?校長の娘だからってあんまり出しゃばるようなら――」
「お姉ちゃん!」「ミリュー先輩!」
病室内を飽和させるような絶対零度の魔力の高まりに俺も応じようとしたが、フラメとアニキの声にお互い思いとどまる。二人ともミリュードの方を呼びとめるってことは、それだけ俺より彼女に脅威を感じている、長年の付き合いだからこそ力をよく知っているってことなんだろうが、ちょっと悔しい。
「来週を楽しみにしてなさい。私も決闘を見届けなくちゃいけないんだから。なんならその時1対3で相手してあげても構わないわ」
絶対的強者の貫禄を醸しつつ、白衣を翻し病室を去るミリュードの後姿は孤高で寂しい。本人はそう思わないだろうが。
「お姉ちゃんにケンカ売るなんてユメルには10年早い!」
「ここは病院だぞ!他の病人に被害が出たらどうするつもりだ」
「申し訳ございません」
なんで俺が怒られてるんだろう? 口喧嘩を口だけで終わらせられないのは子供だけじゃないのかな?
ミリュードが出て行った後、開口一番から俺へ非難の嵐を浴びせるフラメとアニキ。一体どれほどのトラウマを植えつけられているのか測り知れない。
まあ、何はともあれ二人はミリュードに関して気が合うらしく、妹と元彼で仲良く俺に説教する様は中々お似合いだ。
「それで、最終的にはヒステリックブルーでよく話し合ってから判断するが……悪いなユメルちゃん、アイツ等を巻き込んでミリュー先輩に刃向うくらいなら、俺は本気で決闘に望むから」
男が真顔で少女相手に“全力でふるぼっこするけどゴメンネ”って言うのはどうかと思うけど、魔法が序列を決める世界で歳はそれほど関係無いか。
「残念です。出来れば穏便に済ませたかったんですが」
「万が一お姉ちゃんも乱入するようなら、アタシも頑張るから。乱戦に持ち込めればアタシでもお姉ちゃんを……」
フラメはアニキと打ち解けたからか、それとも姉と会ったせいか、闘る気が増し増しな気がする。
「それじゃあ私はそろそろ黒い少年、ゼス君にも会ってきますね」
「やっぱアタシはここで待ってるわ。ディノさんともう少し話したい事あるし」
もう何個目になるだろう、リンゴの皮を途中で途切れず綺麗に剥きながらフラメが言う。
ミリュードを通して急激に距離が縮まっている二人を残して俺は病室を出た。
「……マジかよ!?」
二人が仲良くリンゴをつつきあってる桃色空間の扉を閉じた瞬間、俺は強烈な違和感に感覚が支配された。
本能のままに風の結界を張る俺を嘲笑うかの如く頭に声が響き渡る。
『こっちへおいで。愛しいユメルちゃん』