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23 召喚獣

「よかったじゃない! うまくやればユメルが愛しの“アニキ”とやらも退学にならないし、おまけで校内最強の称号を手に入れられるのよ」


 フラメは俺の背中を叩いて一応元気づけてくれるようだが、自分が厄災の原因であると分かっているのだろうか。11歳にして立派な確信犯(本来の意味とは違うが)やるなんて彼女は将来どんな人になっているのか不安だ。


「アニキはともかく、最強の称号なんて欲しくないよ」


「ユメルが頑張らなくても最強の称号はアタシが貰っておくから。

 大丈夫よ! 自身持ちなさい! アンタなら病み上がりのモヤシっ子二人くらい土下座して謝らせる間もなくぶっ飛ばせるんだから」



 テリメンをはじめとする不良学生グループ“ヒステリックブルー”の面々が様々な想いを込めた視線を向ける中、俺とフラメは校長室に何故かあったゲート(プライベートらしい)を利用し、ユメルと校長の自宅へ転移した。

 当初の予定も兼ねているが、決闘に備えてユメルの部屋を漁ることで、俺が使っている魔法に関して少しでも役に立つものを見つけようという。

 しかし当然ながら俺は決闘に乗り気でない。

 下手するとアニキとおまけ(アニキを傷つけた黒ずくめの少年)が、フラメによって灰にされてしまうから全力で挑まなければいけないのだが。

 一応今回も誰かを助けるためのケンカとはいえ、俺は昔から争いが嫌いな性質だ……その割にはこっちに来てから随分はっちゃけてた気がする。

 それに見世物みたいな決闘で本気にはなるのは難しい……目立つのが嫌だから? むしろこっちに来てから目立ち過ぎると注意されたくらいなのに。

  過去に嫌な思い出でもあったのか、ユメルに盗られたはずの記憶の残滓が、俺の頭で答えの出ない問いと考察の渦を作っている。


 一応はユメルの家であり自分の部屋なので変な話だが、家探し――物漁りをする気分にはなれなかったので、あらかじめ校長に家の間取りを訊いておき、転移先になっていた玄関から2階のユメルの部屋へと直行する。

 彼女に関する情報が得られたらいいなと少し期待しつつ、万が一ピンクのフリフリみたいな少女趣味な部屋だったら、フラメの家にまた厄介になるのとどっちがマシか真剣に悩みながら扉を開けた。

 

「うわー……アタシの部屋でもアレだったけど、ユメルって読書中毒なのかしら?」


「ここまでビッシリ本で埋まってると、書斎っていうより小さな図書館だね」


 俺達を出迎えたのは三方を本、本、本、に囲まれ、申し訳程度に洋服ダンスとシングルベッドが窓側に置かれてなおワンルーム以上のスペースを残している部屋だった。フラメの部屋程ではないが十分に広い。少女趣味ではないようで少し安心したが、年頃の女子の部屋としてはかなり殺風景だと思われる。


「本棚がスライドして奥にも本棚があってそれもスライドして……どこまで続くのかしら」


 本棚が横滑りするのをを楽しそうに動かして奥へ奥へと進んでゆくフラメ。


「あんまり他人の部屋で遊んじゃ駄目だよ。本が崩れてきたら危ないし」


 こういう仕掛けを純粋に楽しめてるところは年相応だから憎めない。


「本の百冊や二百冊襲ってきても灰にしてやるわ。それにユメルの部屋なんだから一応今のアンタの部屋でもあるってことでしょ? 許可は下りたわ」


 案外こういうところに隠し部屋があるのよとか付け足しつつ、フラメは俺の返事を待たずにズンズン本棚の奥へ潜ってしまう。彼女の気配がすっと遠ざかる。

 他人の物はもっと大事に扱いましょう。あと実際本に襲われたら結構恐かったんだぞ。


「まあ、いいけどさ。でもさっさと用事を済ませて……」


 それからどうしようか。

 授業はまたサボってしまったし、フラメもそうだろうがあんな微妙な講義を受ける気にはなれない。

 でも校長にあまり目立つことをするな、外出を控えろって言われてるし。

 今までフラメに巻き込まれる形で災難が続いたけど、彼女がいないと俺って暇なんだな。

 せっかく風の魔法にも慣れてきたんだから世界を見て廻りたいな。そこらに溢れ返るファンタジーらしく、冒険者ギルドで依頼を受けて魔物討伐して賞金もらったり、ダンジョン深く眠る財宝を求めて罠を掻い潜ったり……今は自分に出来る事をしよう。

 そもそもこの世界って人以外にエルフとかドワーフ、魔物って存在するのかな? ガーゴイルが珍しいって言われてたし、結構生活も安定してるみたいだから、冒険者的な職業も廃れてるんじゃないか。


 大量の本棚から適当に1冊選び出し流して読みながら(勇者が魔王をやっつける勧善懲悪ファンタジーだった)どうでもいい思考を続けていた俺だが、フラメは一向に帰ってくる様子がない。

 この本棚の壁は一体何重になってるんだ? まさか別の空間と繋がってたりしないだろうな。


「フラメちゃんどこまで行っちゃったの? 私の声聞こえる?」


「……」


 人の家で大声で叫ぶのも気が引けたので俺も彼女の後を追っていくと、それほど歩く事もなく(それでも本棚の列は二桁を越えたが)むき出しになった壁の前でフラメは立ちつくしていた。


「何かあったの? まさか閉所恐怖症で声も出なかったとか?」


「アタシ暗くて狭いのダメなの~悲鳴も上げられないくらい恐かった~ユメル来てくれてアリガト~…………アタシがそんな人間に見える?」


「いえ全然。全く。これっぽっちも」


 暗くて狭かったら、赤竜使って辺り一面広く明るく焦土にしてしまうような性格だと思われます。


「多分この反応は……アタシのと同じ」


 フラメが指輪をかざすと、いつもと違い優しい光が溢れ出して壁を照らす。


「古の力を用いてかつてこの世を支配した者よ。刹那の時の邂逅を幸運と罵るか……未だ運命に抗うか――望むなら我が呼びかけに答えたまえ。」


「ねえフラメちゃん……言ってて恥ずかしくない?」


「うるさい! アンタだって初めて魔法使った時ドヤ顔でなんか叫んでたじゃない!」


「いやあれは自分に気合を入れたかったというかなんというか」


 この世界に存在する魔法のほとんどは発動に特別な詠唱や発声、魔法陣なんかも必要ないことはなんとなく経験則で理解している。よく言えば実用的(その割に有効活用されてないが)、悪く言うと味気ない(フラメの赤竜程になれば話は変わるが)

 その割にさっきからフラメは俺が昔読んでたラノベのような言葉を紡ぎ続けている。その真剣な姿は決して笑いの種になるような光景でなく、むしろ教会で神聖な儀式を見学させて貰っているような気持ちになる。

 個人的にはそういう光景にこそ茶々を入れるのが俺の本分だった気もするが……


「我は友を雇いしそなたの友人……眠りの意味を責めはしない……ただ我が次元に降り立ち望みを聞かせよ。わが名はフラメージュ。そなたの友ファイアドラゴンと契約せし者なり。


 ………ダメだわ。指輪の言うとおりにしてるんだけど、聞こえるのはノイズばかりで何言ってるんだかさっぱり」


 姿の視えない誰かとの会話に集中するフラメだが、相手からの声が聞き取れなくて苦戦しているようだ。


「壁の中に何かいるの?」


「恐らくね。誰かの魔道具に宿った意志が、魔道具から分離された上で封じられてる」


「それってもしかしてこの部屋の主の――」


「まだ決まった訳じゃない。けど、コイツの封印を解ければ“ユメル”の魔法について何か分かるでしょうね。アンタもやってみる?」


 フラメが手を引いて壁まで誘導してくれる。俺は半信半疑ながら何の変化もないソコに掌をべったりくっつける。


「魔法のなんたるかをよく理解してないくせに無茶苦茶な魔法を使うアンタなら、体が同じなんだからもしかしたら…」


『……お……ユメル……さ……ま』


「あ、なんか聞こえたよ」


「ホント!? やっぱりアンタは只者じゃないと思ってたけど……まさかアタシと同じ伝説使い(レジェンドテイマー)だったとはね」


『また……俺、を使……ってくれるの……か?』


 この声が? 壁の中にフラメが使っていたような竜がいる?

 なんだか凄そうな気配は感じるが、フラメが呼びだしていた赤竜のようなプレッシャーは今のところない。


「そ、現代魔法の究極形態の1つ、魔道具に宿った意志の実体を伴って具現化させること。通称“サモン・ウィル”。大抵の人はそこらへんにいる虫とか魚みたいに、人間以外の現実に存在する生物になることが多いわ。たまに強い魔力を持つ人はおとぎ話に出てくる幻獣なんかを呼び出したり」


 このファイアドラゴンとかね、と言ってフラメは指輪からミニチュア赤竜を呼び出して、小さくなった頭を優しく撫でる。どこか悲しそうな表情を湛えたまま愛おしそうに。


「ファイアドラゴンが言うには、ここには自分と同等以上の存在が強力な結界魔法で閉じ込められているそうよ。

 アタシが言うのもなんだけど、ドラゴンみたいな伝説級の幻獣を扱える人なんて世界に五指と確認されてないのに、それを魔道具と分離させてしかも封印しちゃうなんて……凄いことだと思うけど、一体どんなメリットがあるのかしら?」


「どうやったら助けられるの?」


 こうして壁に手を当てていると閉じ込められたドラゴンの感情が伝わってくるようだ。なんだかとても可哀そうになってくる。

 何か手立てはないかとフラメの言葉を期待するがが、彼女は難しそうに首を振る。


「こんな……自分の魔法に対するここまでの冒涜なんて聞いたこともないわ。元に戻す可能性があるとしても、魔道具となった媒介が見つからない限りどうしようも……」


 彼女も赤竜と同調しているのか、絞り出す言葉の端々から悲しそうな、怒ったような感情が漏れ出ている。

 俺は考えた。今は諦めて手を放し別の解決法を探るか。安易にこの壁を壊したらドラゴンが解放されたりしないものか。


「無駄よ。物理的に封じられてる訳じゃないし、下手に壊すと復活させることが難しくなるかもしれないわ」


 焦る心を読んだかのように冷静なフラメ。それが出来そうならアタシがとっくにやっている、という顔だ。


 他に手はないのか? 感情の高ぶりが抑えられない

 俺はこっちに来て一体何を学んだ?

 色んな人の話を聞いて、魔法を見て、自分で使って、決闘に巻き込まれたりそれに参加したり誘拐されてケンカしたりケンカしたり。

 特にフラメには色んな事を教わった。彼女と俺の規格外っぷりも教えてもらった。未だに実感が沸かないけれど。

 存在が既に異常である。俺は空っぽなのに魔法を行使している……


「フラメちゃん。私の魔道具が自分の体そのものかもしれないって説は、まだ有効だよね?」


「有効も何も魔道具を持たないアンタが魔法をどこからぶっ放してるのか未ださっぱりだわ。前に言ったけど体そのものが魔道具になっていると仮定したらアンタの精神は……止めなさい」


 ただ近づくだけでこんなにも感情が流れ込んでくるんだから、俺の魔力を壁に流し込んでみればもっと――


「ドラゴンを封印したワケも納得よ! 今アンタは魔道具なしでもこうして正常に魔法を使えているんだからそれで満足しなさい! その身に得体のしれない竜を取り込むだなんて。

 確かにそれは本来のあり方だったのかもしれないけど……アタシが言った事覚えてる? 体に意識が二つあるということは――」


「いや全然覚えてないけど。取り敢えず仲良くすれば問題ないんでしょ?」


「だから今までそれができた人なんて今まで……友達が命を投げ出すような事態にただ指を咥えてみてるアタシだと思う?」


 フラメと指輪から身を切るような殺気を感じる。でもその方向は全く逆のようだ。

 冷静な態度から打って変わって激情――そして困惑した顔になる彼女に変わって俺は静かに言った。


「フラメちゃんの魔道具は、私のこと応援してるみたいだよ?」


「そりゃ仲間が解放されるならそっちを指示するわよ! しかもかつて数体で世界を支配したと言われる強大なドラゴンの魂よ。ユメルの体の中で、アンタの意識と竜がケンカしたら残るのはどっちかなんて……言わなくてもわかるでしょ」


 魔法による実力行使は諦め、必死に俺にすがりつき壁から引き離そうとするフラメ。しかし体格の差か、同年代のはずだが俺よりふた回りは小さい彼女の力では俺を動かすことは出来ない。


「ねえ、お願いだから今は止めて。ここのドラゴンだって今すぐどうにかしないと死んじゃう訳じゃないわ。でもアンタが今焦って失敗したら……友達が確実に一人減っちゃう」


「そうだよね……なんでこんなに意固地になってるのかな? 自分が死んじゃうかもしれないのにね」


「だったら早くその手を放して! もう思考と感情を操られかけてるんだわ」


 初めて見るフラメの泣き顔もどこか遠い世界の出来事みたいだ。

 可笑しいな。こっちで一番大切な友達のことなのに、壁についた手が離れない、離せない。これだけ俺を必要としてくれる人なんて向こう側でもいたかどうか。

 大切な友達に変わりはない。今だって悩んでるから俺は黙って彼女の嗚咽を聞いている。


 今の自分に、彼女のような想いを背負えるほどの覚悟と力はあるだろうか?


「元はといえば、フラメちゃんがコレを見つけたんだよ?」


「うっ……でも」


「決闘の話だって、フラメちゃんが言いだしたことなんだから」


「だって……アンタがこんなに簡単に命を投げ出そうとするヤツだと思わなかったんだもの! 普通の闘いならいくらでもアタシが守ってあげられると思ったんだもの!」


 たった2日のことなのに、俺はフラメに振り回されっぱなしだった。そして今も。


「だから、私もフラメちゃんを困らせてみたいなって」


「何冗談みたいなこと言ってんの! アタシは本気で――」


「大丈夫! 俺も本気出せば大抵の事は何とかしてきたから」


『そう大丈夫……今のユメル様なら俺を……』


 今だけは男に戻った気分でフラメの体をしっかりと抱きしめて、その温もりを感じながら、俺は壁の意識と自分の魔力を同調させた。

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