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21 学校生活開始

「それじゃ行ってくるけど、双子はお父様お母様に悪さしちゃダメだからね。むしろセバスさんに替わる用心棒として頑張りなさい」


「まかしといて!」

「お父様とお母様には指一本触れさせませんから」


 そういう双子も魔霊だから人には触れられないと言ってしまうのは上げ足取りか。

 フラメの両親に寄り添うように浮かんでいる双子は、2百年も縛られていた使命から昨日ようやく解放されたばかりだというのに、もう本当の家族みたいだった。


「昨日は色々とお世話になりました。行ってきます」


 俺は心をこめて深々とお辞儀する。本当に色々と……余計な事まで面倒を見てくれてありがとうございますと若干の皮肉も込めて。


「いいえこちらこそ、ユメルちゃんにはとても助けられたわ」


「毎日泊っていってくれてもいいんだよ」


「遠慮します!!」


 時刻は朝の8時くらい(フラメ家に据え置かれていた時計は俺のよく知る12進法であった。一秒の長さが同じかどうかは分からないが)


 気持ち良く朝の陽射しを浴びながら、俺とフラメは草原のような屋敷の庭を越え、魔法学校へと向かったのだが……。


「アンタにくっ付いてると常に何かあるわねえ。どんだけ巻き込まれ体質なのよ」


 フラメは、命の次に大切な魔道具である指輪へと片手を添えて構えている。今にも敵に向かって走り出しそうな笑顔だ。


「私だって巻き込まれたくてこうなってるんじゃないよ。それに今回はフラメちゃんのお姉さんの問題じゃない?」


 俺は半身を引いて相手の出方を窺いつつ、自分のトラブルメイカー体質について本気で頭を悩ませていた。

 二人仲良く並んで歩き出してからまだ数分しか経っていない。

 目前には、昨日俺とフラメを攫ったチンピラ達の生き残り(誰も死んではいないけど)であるヒョロ長の不良が待ちかまえていた。


「御託並べて余裕ぶってるつもりか? こっちにはこれがあんだぞ」


 ヒョロ長が見せびらかすようにつまんでいる胡桃大の大きさの黒い球体は、俺が一度まんまと嵌められたあの“リセットボール”だ。別の不良から奪った物は、四次元巾着の中で永遠の眠りについている。


「不味いよフラメちゃん、あれ使われると魔法が無効化されちゃうんだ」


「その通りだ! だから今度こそ大人しく捕まれ! 行方不明の姉御に替わりに、もう一度お前たちを人質にしてやる。サツに捕まったジムとテリーを解放して、今度こそ氷の魔女に復讐してやる」


 こっちの世界の警察がどれほど優秀なのか分からないが、フラメや俺に構って回りくどい事をするくらいなら直接留置所に乗りこむなりすればいいのにと思ってしまう。


「魔法を無効化? そんな便利なものがあるのね。そのマジックアイテムの出来にもよるけど、それさえ有ればお姉ちゃんに一泡吹かせられるかも……取り敢えず今は戦略的撤退よ」


 フラメは物欲しそうにリセットボールを眺めていたが、今は手段がないと判断したのかあっさり踵を返して細い横道へと入りこんでしまった。

 今更気付いたどうでもいいことだけど、魔道具とマジックアイテムってほとんど意味同じだよね……俺の語彙力とユメルが残してくれた言語野に丁度良い言いまわしがなかったのか? 原理もほとんど似ているし、あながち間違った当て字ではないのかもしれないが。


「フラメちゃん……ケンカっ早いけど逃げ足も凄く速いや」


 俺は彼女を追いかける為に急いで周囲に風を発生させ、滑り込むようにフラメの入った横道へと続いた。


「待て! 逃げるな! 戦え!」


 必死の形相で追いかけてくるヒョロ長。

 だが風の加護が掛かった俺の脚に、獣以上に素早かった彼らの姉御ならともかく、あくまで一般人の範疇であるチンピラが追いつけるはずもない。

 俺はフラメに追いつき同じ魔法をかける。障害物競争アスリート並の速さを保ちながら、フラメの指示する通りに入り組んだ路地を駆けまわり、あっという間にチンピラを巻くことに成功した。



「アタシん家の近くで待ち伏せてたのが運の尽きね。ここらの裏道は全て網羅してるんだから」


「でも、フラメちゃんが戦わずに逃げるなんて……調子でも悪いの?」


 俺は相変わらずない胸を張り威風堂々な彼女をちょっとだけ心配した。

 まだ丸一日足らずの付き合いだが、俺が見てきた彼女の性格からすると撤退なんて珍しい事だと思ってしまう。

 

「ユメル何か勘違いしてない? アタシは確かにちょっとだけ、ちょっとだけ喧嘩っ早いし負けず嫌いかもしれないけど、自分ではそこそこ合理的に判断して生きてるつもりよ(……お姉ちゃんと本気で喧嘩したことないアンタには分かるまい)

 校長から、あんまりアンタを目立たせるなって言われてるし、それに学校の授業を入学早々2日連続で休むなんて考えられない!」


 俺達は次なるトラブルを回避するため、風の助けを借りつつ裏道を速攻で抜けて研究所まで行き、ゲートをくぐって学校へと辿り着く。ここまでくれば不良だってそう簡単には手出し出来ないだろう。

 回り道ながら結果的には大幅に短縮された通学時間のせいか、最初の授業教室にはまだ生徒が数人程しかいなかった。彼らは俺がフラメの違法改造した学生証で一緒に転移してきても特に反応を見せず、黙々と本を読んだり魔道具らしき小物に手を添えてブツブツと呟いていた。小さいのに皆根暗な感じでおもしろくない。


「後で校長に学生証貰っておきなさいよ。アタシは別に構わないけど、校内で常に一緒じゃないといけないのはお互い不便でしょ?」


「そうだね……校長がフラメちゃん家を訪問した時にもらっておけばよかった」


 今回の教室は特に語る事もない、普通の講義を受ける部屋のようだ。新品同様の木製机と椅子が几帳面に並べられていて、中学や高校の授業風景を思い出す。相変わらず記憶が曖昧で、教えを受けた教師や時々つるんでいた友達の顔には不自然にモザイクがかかっているけど。

 俺とフラメは、他の生徒達とちょっとだけ離れた教室の隅に並んで座った。


「ところでフラメちゃん、授業には何も必要ないの? 筆記用具とか」


 昨日少しだけ先生の話を聞いていた時は、真面目にノートへ書き込みをしている生徒は少数派だった気がする。


「魔法ってのは個人で仕様が全く違うの。“通神の儀”を通して得られるものは、この世界に自分だけの内なる力を具現させる為の通路と蛇口のようなもの」


 昨日そんな説明をフラメから聞いたような気がする。しかし俺が魔法を使うのはとても感覚的なものだから、理論や原理を語られてもいまいちしっくりこない。


「授業を受けると言っても、先生は好き勝手に喋って魔法を披露したり実験させたりするだけ。先生の言葉と実演を頼りにして、自分だけの蛇口の捻り方、魔法の構築をより複雑で多彩にするための感覚を、頭と体と魔道具に直接刷り込んでいかなければならないわ。

 単純に知識を詰め込めば成長出来る訳ではないから、ノートを取っててもあまり意味はないと考える人が大半なんじゃない?

 アタシは単純にあの程度の内容なら暗記出来るし、する必要もない事ばかりだと思ってるから」


 考えてみれば大学の、いや中学高校あたりから授業なんて結果的に似たようなものだった気がする。

 ただ詰め込むだけの知識は受検という関門を乗り越えてしまえば、それ以上披露する場もなく腐り忘れ去られる。

 大学で専門の知識を持って学生を指導する教授でも、自分以外の者が書いた論文など半分も理解出来ていない。

 教えを請う学生の大半は学問というよりは、社会における学生という立場そのもの、モラトリアムを重要視し人生で最も充実した時間を多種多様な形で浪費する。例に漏れず俺自身もそうだったし、それが一概に悪いとは決めつけられないが。


 少し陰鬱な考えに浸っていた俺を現実に復帰させるが如く、先生らしき初老の男が教卓に転移し、簡単な自己紹介をすると直ぐに授業を開始した。

 教室の机は3分の1も埋まっていなかったがこれで全員らしい。


「この授業は“魔法創作”。諸君らにはこのタイトルからどんな授業内容か想像を膨らませる者も多かろうが、大した事はしない。使える魔法によっては頭を悩ませるかもしれないが」


 セリスと名乗った白髪の教師の授業を通して、俺は意外な事実を知る事になった。


 魔法創作の授業は、決まった目標に対して如何に自分の魔法を活用していくかというものだった。

 例題『大河が氾濫して架かっていた唯一の橋が壊れてしまった。とても泳いで渡れる様子ではない。しかし急ぎ対岸へ行かなければならない用事があるとする。そこで貴方なら自分の魔法をどのように活用して乗り越えるか』


 もちろん俺なら風の魔法を利用して対岸まで容易に飛んで行ける。

 やろうと思えば氾濫の原因である雨を降らす雲をより強い風で吹き飛ばしたり、巨大な空気の壁でダムを造って川の流れを堰き止めてしまう事も出来るだろう。荷馬車等の質量を連れていようと関係ない。

 応用が効くとはいえその程度の力を持つこの体はしかし、生徒全体から見れば相当なチートスペックだったらしい。

 俺が間近に見てきた魔法はフラメの炎竜や不良学生達が結束して作り出した大津波、ライトさんは転移を少しだけ、セバスさんの火炎弾等々――彼らの使う魔法が一般の魔法使いレベルだと思いそれが判断基準にもなっていたが、改めなければならないようだ。


 生徒達は例題に対して自分なりの答えを発表をした。

 いわく『魔法で木を切り倒して橋を架け直します』とか『魔法で大きな石をたくさん運び込んで川を埋めます』『その日は諦めて魔法で結界を張って近くで野宿します』『テレパスで対岸にいる人に連絡を取り後日伺います』

 テレパスはよくわからないが、生徒たちの能力の多くはせいぜい木を切る程度の刃(手段は人によって様々)を作り出したり、ちょっとしたサイコキネシスの如く軽い物を移動させる、といった程度のものだった。

 フムフムと真面目に聞きながら時折アドバイスをするセリス先生の顔を窺う限り、どうもそれくらいの答えが普通らしい。足りない魔力を物理で補うというところだろうか。

 フラメは「ドラゴンに運搬させます」と言って、教室にサイズを合わせたミニチュアドラゴン(触れても燃やされないのだろうか?)を召喚したら、教室中が驚きと溜息に包まれた。




「才能のある魔法使いだって最初はあんなものよ。まだまだお子様だし。前にも言ったけどアタシや……アンタも割と規格外なだけ」


「こっちの世界って、もっと魔法に依存した社会だと思ってた……でも考えたらフラメの御両親は割と普通の人達だったね。変な服を着せてくる以外は」


「……それ魔法の話してるのよね? 性格じゃなくて」


 次の授業教室に早々移動した俺は、フラメに質問責めをした。

 授業を受ける生徒が異常に少なかったのは、学生証を利用した転移魔法に成功する人が少ないこと(あれを使いこなせるようになる事も魔法教育の一環らしい)

 またこの学校にはユメル程ではないが、やんごとなき身分の生徒がけっこういるらしく、煩雑な理由で欠席も多い。

 魔法は使い続ける事で精度が上がってゆき、魔力のキャパシティも体の成長に伴って増加するので、あの授業だけをみてこの学校の先生や生徒、特に先輩をあまり見下したりしない事(見下していたのはフラメの方だが)等々口酸っぱく教えられた。



「前から思ってたけど、ユメルには歴史の個人授業が必要ね。放課後図書館にでも寄って勉強会するわよ」


「図書館かぁ……あんまり行きたくないなあ」


 ポケットの栞が微かにざわめく。

 倒れ伏した少年達から流れ出る血、血、血。

 それ以上は思い出したくもない。


「じゃあ、またウチに来る?」


「えっと……それもしばらく遠慮しておきます」


 フラメ一家によって俺の脳汁がピンク色に侵されてしまいそうで怖い。


「アタシも外を歩き回って色々案内してあげたいところだけど、校長の言ってた事もあるし……しかも“リセットボール”だったっけ? 厄介なモノを持ったチンピラが懲りずにアタシ達を探してるかもしれないから、しばらくは大人しくしてましょう」


「そうするよ。しばらくはフラメちゃんにくっついてた方が困らなそうだしね」


 魔王を倒して世界を救うなどと言ったわかりやすい目的などはなく、それでも物語の主人公みたく面倒事に巻き込まれ、しかし結局は異世界に来て勉強漬けの日々を送るのか……

 また得意の睡眠学習が再開されそうだ。


 しかし俺はフラメの行動力を見誤っていた。


「そうだ! 今度はアンタの……ユメルの家に行ってみましょうよ」


「……今から? さっき授業を欠席するなんてダメとか言ってなかったっけ」


というかなんでいきなりそんな発想が出てくるの?


「だってアタシの家を堪能させてあげたんだから、今度はアタシがアンタの家にお呼ばれするのは当然でしょ」


 道理ではある……のか?

 俺としても、今日もまたフラメの家に泊りに行くわけにもいくまい。それにユメルの魔法について何か分かるかもしれない。だから興味が無い訳でもないが……


「でもどうやって――」


「学生生活には不便だって理由で“今から”学生証貰いに校長室まで直談判に行って、ついでに聴きだせばいいじゃない。授業は思った以上につまらないし」


「……フラメちゃん本音が分かりやすいね」


 俺は巻き込まれ体質かもしれないが、フラメは間違いなく巻き込み体質だと思う。

 そういえば今日は身体測定やら健康診断があったようなどうでもいいような……

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