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幕間:妹から見た舞台裏

“最近のお兄ちゃんはなんか変だ”


 まず大学の講義に遅刻、欠席したり、代筆を頼むといったことが全くなくなった。

 通っている大学へは自宅から電車を介して最低でも1時間は掛かるのに、毎朝朝食を作ってくれるお母さんからすれば『遅刻しないはずはない』時間まで家に居座ってるらしい……今まで以上に。

 例えばお兄ちゃんが取ってる講義が午前9時に始まるとする。その場合、私が自転車で10分の高校(もちろん近いから選んだ)へ行くのに家を出る頃ようやく起きて「行ってらっしゃい」と一声掛けてくれるのだ。その後は優雅に朝食を楽しみつつ、あと5分で講義が始まるという時間になってようやく家を出るらしい。

 そして帰りは決まって遅い。皆が寝静り、日付が代わる頃になってようやく玄関のドアを開ける音が聞こえたり聞こえなかったり。

 健全な? 大学生なら多少の夜遊びはありだろうけど……もう1ヶ月間はこんな生活が続いているようだ。


 お兄ちゃんは大学のサークル等には所属していない。

 同じ大学に通っていて、お兄ちゃんの幼稚園時代からの幼馴染(男)に訊いたところ、ちょっと前までは月1で呑みに行ったり合コンごっこをしてたが、ここ最近は一緒の講義を受けてても、気が付くといつの間にか行方を眩ましているのだそうだ。


 けれどここ最近で一番驚いたのは“何でもそこそこ器用貧乏”“良くも悪くも良い人で終わりそう”だったお兄ちゃんが突然目立つようになったことだ。

 全く面識のない相手も含め、学内で異性に告白されること十数回。今まで風にも吹かれないような人だったのに・・・・・・こんなの絶対おかしいよ。

 講義では教師に対し鋭い指摘、質問を浴びせて教室を白けさせ、皆の冷たい(一部は熱烈かつ畏敬の念を含んだ)視線にも全く動じず。高慢を超えて冗談皮肉本気交じりに天才と揶揄され、今では教師の方から頼まれて分かり難い講義内容では注釈を加えながら解説者になっている、と思えばいつの間にか姿が見えなくなっていたり。


 ここまでが、私の独自ルートを使って調べあげた情報の全てだ。お兄ちゃんの友達と私の友達から噂話を訊いただけとも言える。




「アレは絶対お兄ちゃんじゃない。きっと別の誰か……知能指数の高い宇宙人に体を乗っ取られてるんだよ」


 時刻は放課後、学生が帰宅や遊びに駅前を闊歩するゴールデンタイム。まあ学生が使う金額なんてたかが知れているのだろうが、地元の小売店などからしてみれば決して馬鹿にできる時間帯ではないことも確かだ。

 首都なら1キロ歩けば1軒は見つかるであろう某ハンバーガーショップで、田中利恵たなかりえは長い長い一息で兄についての話を終え、中身のほとんどなくなったシェイクの残りカスを、聞く人によっては不快な効果音を立てて啜った。


「利恵はSFとかファンタジー小説に浸かり過ぎだよ。

 確かに最近の利樹としきさんは、ちょろっと見た感じ芸能人みたいで、キラキラしてて、存在感増し増しなオーラ放ってたけど……多分彼女でも出来たんじゃない?

 利恵もお兄さんを見習ってラブコメとか、もうちょっと女の子的な本を読めばいいと思う」


 向かいの席に座って“お兄ちゃんがおかしくなった”という話を面倒くさそうに聞いているのは、利恵の小学校からの親友である友美ともみ。しょっちゅう欠伸の出そうになる口を押さえつつ、Sサイズのフライドポテトを小さな口でちびちびと齧っている。


「恋人が出来たくらいでいきなり秀才……いやそれ以上、他人の視線を釘付けにするほどの天才に成れるものなの?」


「利恵が前に言ってたじゃん『ウチのお兄ちゃんは努力すれば凄い人になれる逸材なのに勿体無い』って。恋すればそんくらい自分磨きに拍車がかかる人もいるものよ」


「そんなものかなあ……」


 利恵は今まで恋愛という感情に心動かされた事がなかったので、恋をすると何がそんなに変われるものなのかわからない。反論の仕様がない。

 友美が畳掛けるようにポテトを消化しながら言う。


「利恵はまだまだお子様なんだよ。今アンタの目の前に“白馬に乗った王子様”がやってきても、馬ごと蹴飛ばしそうな顔してるもの。

 今でも私服なら堂々とハッピーセット頼めるお子様ランチ体型、学年で“童顔すっぴん美幼女”の称号を持つアンタに言っても意味ないけどね」


 笑う友人を恨めしく睨むと、友美はゴメンと掌を合わせつつも笑いを大きくした。

 確かに利恵は同い年の学友達と比べても頭半分以上小さい。具体的に身長は150センチにかなり届いていない。もちろん胸も――


「私のことはどうでもいいの。それより――」


「アンタのお兄さんのことよりも……この辺で起きてる『美少女連続殺人事件』やばくない? 発見された死体だけでも10人を超えたらしいよ。

 もう1ヶ月経つのに犯人は未だに捕まってないみたいだし、どっかの雑誌では魔物とか怪物の犯行だって煽ってるし、それっぽい黒い影の写真も載せてる」


 その話は、最近ニュースでずっと取り上げられていたので利恵も最低限の情報は得ている。

 彼女達が住んでいるのは所謂ベッドタウン。比較的新しい街並みではあるが、お祭り等の催し物や、これといった話題性のある文化財の少ないこの街では、そういった危険な香りのするニュースは注目を集める。最近は駅前で関連の取材をしているマスコミも見かけられるほどである。


「友美はマスコミの影響を受け過ぎ。正確には連続“変死体”遺棄事件だよ。

 被害者全員に外傷が全くないのに、急激な内出血によって起こるショック死に近い死に方。凶器はもちろん不明。

 化物でなかったとしたら、魔法とか超能力でも使ったのかしら?」


「ちなみに見つかった死体は全員小学校中高学年から中学1年生くらいの少女。利恵も気をつけないとね」


 そうなのだ。狙われるのは幼い少女。それも被害者の写真としてテレビ画面に映されるその顔は、まだ子供の癖に全員に美を付けても文句が出ない粒ぞろい・・・・・・まあ所詮子どもの範疇であることも確かであるが、殺人としては世間の目からすると余計にいただけない。


「なんで私が気をつけなきゃいけないのよ? もう直ぐ18歳なんだけど? 受検勉強真っ盛りのはずなんだけど? 私がそんなに小さい子だとしたら、これからは友美に勉強教えてあげられないな」


「マジでゴメン! アンタがいないと恐くて模試すら受けられないよ」


 神様を崇めるように平服する友美を見て、利恵は苦笑交じりの溜息をついた。


「そういえばさ……アンタが『お兄ちゃんが変わった』って言い始めた時期と被らない? その殺人事件」


「……」


 心の奥でわだかまりになっていることをズバリ言い当てられて沈黙する。

 どうやら友美も分かっていて連続殺人の話題を振ったらしい。勉強は出来ないのにどうしてそんなカンが働くのか利恵には不思議でたまらない。


「気になるなら、直接訊いてみればいいじゃない」


「……なんて訊くのよ?『お兄ちゃんの姿をした貴方はドコの誰ですか? もしかして今噂の連続殺人犯ですか?』って?」



 結局実のある話し合いには発展しないまま、利恵はハンバーガーショップを出て直ぐ友人と別れ、独り自宅への帰路を歩く。

 友美は含みのある笑みを浮かべながら、でも半分は本気で心配してくれて「送っていこうか?」と言ってくれたが、少し一人で考えたいからと丁寧に断った。

 女2人でいても、幼い少女ばかりを狙う異常な性癖の相手に意味があるとは思えない。それに利恵としても、1人の方がうまく立ち回れる心構えがある。

 小さい頃兄と一緒に遊びに通った廃寺で、我流の護身術を教えているという変わったおじさんから無茶苦茶な教えを受けたことが良い思い出として体に染みついている。最近ますますレア度を増す理恵の幼い美貌? に寄ってくる蝿どもを虐待・・・・・・もとい撃退する程度には馬鹿に出来ない能力へと昇華されているのだ。


「そういえばあの頃のお兄ちゃんは凄かったっけ」


 利恵が兄である利樹を持ち上げる理由は、過去の彼の面影に起因する。

 なんでも呑み込みが早かった利樹は“なんちゃって護身術”の体得に置いても抜きん出た才能を見せた。今の理恵からすればやはり“なんちゃって”というレベルではあるが。

 1週間で師匠のおじさん(名前は終ぞ教えてくれなかった)を完膚無きまでに負かしてしまった兄。

 その後も利恵が1人で身を守れる(具体的には大人が束になっても立ち回り次第では勝てるくらい)まで手ほどきをしてくれた。

 利恵が兄の本気を見られたのは、その時だけだったような気がする

 何事も器用にこなし、けれど何に対しても情熱が薄い。学校のテストや運動でも極力目立つことをせず、周囲からは“平凡”の二文字の代名詞でもあった兄。

 それをなんとなく口惜しそうに見守っていた自分の記憶と共に思い出していた。


“あの時一生懸命だったのは、単純に妹である私を守るため? それとも、あれがお兄ちゃんにとって打ち込める類の……”



 ふと利恵が思考の渦から脱却してみると、一定の間隔を保ったまま自分の後をつけてくる気配に気が付いた。

 既に夕日は沈み、夜のとばりは下りきっている。街灯の続く綺麗に舗装された道路とは言え、周りに自分と“もう1人”以外の気配がないことは、若干であるが利恵の正常な精神を揺さぶることに成功した。


“もしかしてストーカー? それとも例の…”


 なんというタイミングの良さ。いや、ストーキングされる事実だけをみれば不運なのだが……

 しかし彼女の歩調は乱れない。否、乱さないように気を使って歩く。

 気付かれる尾行なんて尾行じゃない。相手の恐怖心を煽る為にワザと……という可能性もあるが、そんなことをする相手なら余計に小物であると判断する。



『まず大事なのは胆力だ。何があっても自分の精神で行動を阻害してはいけない』



 しばらく何も気づかない振りをしながら歩き続けたが、中々向こうからのアクションがない。

“もう直ぐ家に着いちゃう……本当は警察に駆け込みたいんだけどお兄ちゃんのこともあるし”

 終わらない中途半端な尾行に痺れを切らした利恵は帰路を変更する。人気のない路地に自ら入り込んで少しだけ早歩き、十分な距離を稼いでから振り返った。

 ストーカーも利恵が自分の存在に気づいたことにようやく気づいたようで、ほんの少し戸惑うような間を空けて、しかし堂々とその姿を表した。


「お嬢さん……魔法って信じる?」


 初対面の挨拶にしては中々突飛な質問だと理恵は素直に思った。

 どうしてか街灯の届かない黒いシルエットと枯れた声からは、中肉中背の男という程度の推測しか出来ない。


「この世に今現在人間が理解出来ない事象、解明出来ない現象が確かにあることは認めます」


 利恵がほとんど間を置かずに答えたのは彼女にとって予定調和だったからか。読書のジャンルがフィクションに偏っている彼女には答えやすい問いだったのかもしれない。

 ある種の異様な空気が2人を取り巻く。全く違う服装の二人だが、吹く風の前では似たように揺れる。

 理恵は勿論高校の制服姿だ。少し変わっているといえば激しい動きに耐えられるよう常にスパッツを穿いていることくらいだが見た目には変わらない。

 一方、1本道に影のように立ちはだかるその姿は利樹と同じ背格好で、黒の帽子、サングラス、マスク、手袋、全身を覆うようなマントがいかにもそれらしい。


「私も貴方に訊きたい事があります」


「ほう……怖気づかず我が問いに応え、尚且つ試すと?」


「貴方はドコの誰ですか? もしかして今話題の連続殺人犯ですか?」


 こちらの問いに対しケタケタと不快な笑いで返答する不審人物。

 利恵はそこまでの反応で自分の行動方針を決めた。いつも通りに、そしてかつて教わった通り全身の余分な力を抜き、頭だけを高速で回転させる。

 何か特殊な凶器を持っているようには見えない。まさか本当に魔法や超能力を使うとは利恵も思っていないが、本能は警鐘の嵐。どんな形であれ油断は禁物。

 

“お兄ちゃんがコイツとどんな関係だとか、そんなことを考えるのは後にしよう”


 メディアでは顔写真等は取り上げられていないし、そもそも目撃証言がほとんどない(現実味のない化物の画像は除く)から断定は出来ないが、コイツが本物の連続殺人犯だとしたら……


「前半の問い、我が名乗ったところでお嬢さんに理解する術はないが・・・・・・」


「……」


 利恵は肩に掛けていたスクールバッグを静かに地面に置き、重心を左右均等に落ち着ける。


「後半の問いは恐らく……当たりだ!!」


 不審者が片手を突き出しながら何事かを叫んだ。少なくとも日本語ではない。

 利恵が嫌な予感から逃げるように片足に重心を傾け軽く脇へ避けると、数秒前彼女のいた空間が微かに震え、歪んだ。


「陽炎みたい……あれで小さな子供達を中身だけ傷つけたの?」


 少女にあっさり攻撃を避けられたことに対して驚きを隠せない男。しかしまだ心の余裕は崩れない。理恵からしてみても、こんなにあっさり見切りをつけられて逃げられるのも癪だったので好都合だったが。


「…………お嬢さんやりますな。こんな平和ボケした世界にいて我の魔法を紙一重で躱すだけでなく、初見で原理を把握するとは」


 先程と同じように空気を歪める技を放とうというのか、腕を胸に引き寄せるようにして構える男を利恵は冷めた目で見つめていた。

 魔法なんて大仰な単語を呟いていたが大した技ではない。相手の目線と腕さえ見逃さなければ、発生に1秒以上かかる技なんて誰にだって避けられる。

 アレで被害者の内部だけにダメージを与えていたのなら、直線状に飛んでくる攻撃ではなく、あくまでこの黒尽くめストーカーが指定した一定の空間のみに影響が有ると思っていいだろう。



『護身術の真髄は、常に後手であるということ。相手の動きを先読みし後の先を取ることにある』



 しかし利恵は不審者目掛けて突進を開始、先の先を取ることを選んだ。相手は年端もいかない少女ばかりを狙う変質者だが理恵の相手ではない。懐まで入ってしまえばもう自分を止めることなど出来はしない。


 “――4手で決められれば上出来かな”


 獲物が自らその身を投げ出しに来るなんて、ストーカーには全く予想できなかった光景であった。たとえ彼が幼い少女ばかりを狙うのに理由があったとしても、結果として慢心し、腕を鈍らせていた事実に変わりはない。

 ただでさえ準備のいる攻撃が更に出遅れる。



『最低限身を守るのは当然。逃げるにせよ戦うにせよ相手の力を利用しろ。しかしその相手の方が弱い場合は――』



 中途半端な体勢のまま原理不明の、しかし決して脅威には成りえない攻撃を放とうとするストーカーに対して利恵は更に加速、拳の届く間合いまで一気に距離を詰める。



『余計な動作は要らない。決めるのは必殺の一撃だけだ』



 的の懐へ深く深く潜り込む。突進の勢いを殺さず腕を介し、心臓マッサージする時のように両の掌を重ね、それを相手の鳩尾へ叩きこむ。


“掌底一線”


 決して馬鹿に出来ない彼女の運動エネルギー全てが乗った一撃が、掌からコンマ1秒に満たない時間で一部の無駄もなく伝わった結果、敵はその場で無様なうめき声を上げる事なく、その身を大の字に投げ出した。

 原因不明の暗い影が消え、ストーカーは街灯の下にその素顔をさらす。


「コイツ……誰?」


 利恵が気を緩め、呟きと共に瞬きをした僅かな時間に“兄ではないどこかの誰か”はどこにもいなくなっていた。





 今日は珍しく兄の帰りが早かった。

 いつもよりちょっと帰りの遅かった利恵と夕食を共にするくらいに。

 今日の1件を含めて、まるで話をする機会を作ってくれたみたいに。

 私は就寝の準備を済ませ、ちょっとだけ気合を入れ直してから、兄の部屋のドアを叩いた。


「お兄ちゃんいる?」


「利恵か……開いてるよ」


 遠慮なくドアを開け、そういえば久しぶりだなあと思いながら2歳年上の兄の部屋に入る。


「う……猫を抱えて入るのは止めてくれ」


 椅子ごとこちらを振り返った兄は猫を凝視し、理不尽に体を硬くする。


「どうして? シャムオンはお兄ちゃんが拾って名前を付けたんだよ。今更猫アレルギーにでもなったの?」


 怒ったように怯えた顔から苦い顔に変わる兄。

 尻尾は掴んだと確信した私は、抱いていた家猫のシャムオンを手放した。愛くるしい我が家の猫は一応空気を読んだつもりなのか、彼女に体を擦りつけてから静かに部屋を出て行くのを二人で見届ける。


「全く……カンのいい妹様だ」


「友達には負けるけどね」


「今日お前が遭遇した不審者の件も含めて、俺の方からも話をしようと思ってたところだ」


 部屋の空気が変わった。敵意のない微妙な緊張感が第6感を刺激する。


「へえ、やっぱり見てたんだ……それで貴方は一体誰なの? まさかお兄ちゃんが恋患いしてそこまで変わっただなんて言わないよね?」


「今の俺に薄々疑問を感じてた事は気付いてたんだが……正直なところ迷っていた」


「なんで?」


「君には関わって欲しくなかった」


「連続殺人に?」


「それだけじゃない……どちらにしろ巻き込んでしまった訳だし、今日この目で利恵の実力を確かめて大丈夫だと確信した」


 勿論危なかったら助けに入るつもりだったと苦笑いする兄。


「中身はお兄ちゃんじゃないのに、ちょっとは優しいんだね」


 私がそう言うと、兄は自重するように笑みを消し、無表情になる。そうしてパチンと指をならすと、何もないはずの場所から私が数時間前に気絶させた不審者が出現、音を立てて床に倒れ伏した。


「本物の利樹を助けに行く気はあるかい?」


「……結局ソイツは誰なの? お兄ちゃんが危ない目にあってるの?」


 彼がさも当然のように手品みたいな技を使った事にも驚いたけど、私はそれ以上に本当の兄が何やら良くない状況にあるらしいことが気にかかった。


「コイツにちょっと訊いて分かったんだが、この連続殺人犯は“私”を狙ったものだったらしい。だがあっちからこっちへ渡る際に狂ってしまったようで、本来の目的からずれて暴走したようだ」


「アッチカラコッチへ渡る?」


 私が?マークを浮かべているのに気付いた兄……の姿を被った何者かが、またも苦笑する。


「ごめんごめん、根本的な事を言ってなかったね。

 簡単に説明するなら、私はこの世界とは違う理を持つ世界“エリヌエ”から、君のお兄さんである利樹と魂だけを交換した形でここにいるんだ。

 そっちの世界ではは魔法――こっちの世界だとファンタジーよりSF、つまり超能力に近いかもしれないな――儀礼的な制約があまりないからね……そんな別の力が物理法則に食い込んでいて、このストーカーみたいに全ての人間が大なり小なり特殊な力を持っている」


「まさにファンタジー……いえ、SFなのね?」


 正直なところ、そういったお話が大好きな私でも兄――の姿をしている人間の話は敷居が高いと思った。まだ兄の気が狂ったと思う方が現実味があるかもしれない


「利恵、君の選択肢は大きく分けて二つある。

 こっちの世界では、これからも私を狙って刺客が送られてくるだろう。こうして接触した以上、今後は君も狙われることになるかもしれない。このままの生活を続けながらも積極的に迎え撃っていかなければならない。無意味な犠牲者を増やさない為にも……」


「もう一つは?」


「君が向こうの世界に渡ってホントのお兄さんを守りつつ、刺客を放つ元凶をどうにかする」


……一体何をどう悩めというのだろう? 多少腕に自信があるとはいえ、受検を控えた普通の女子高生の自分にそんな選択を迫るのはどう考えてもナンセンスなフィクションだ。


「私の使い魔であるギエスと定期連絡が取れなくなっている。向こうもそれなりに面倒な状況に陥ってるのだろう。

 こうして私の精神が狙われたんだ。あちらの私の体に入った利樹も無事に済んではいない」


「……貴方はどうすの?」


 私がいろんな気持ちを込めてかけた問いに、少し考えるそぶりを見せる兄の顔をした遠い世界のどこかの誰か。


「君が選択しなかった方の役割を果たすだけさ。

 コイツの魔法を辿れば、魂だけじゃなくその器ごとエリヌエに行けるだろう……コイツみたく精神を病まないという保証はないが」


 そう言って連続殺人犯を蹴飛ばす彼。僅かにうめき声を上げる男。


「ああ……全く、こんなはずじゃなかったのに……まいったなあ」


 そう言って溜息をつく兄の姿はどうみても本物の兄と同じもので、私の心の奥底をほんの少しだけ揺さぶった。


「まあ急ぐことはない、コイツをもっと調べなきゃいけないから、結論は明日の夕方頃出してくれればいい」


 そう言って部屋を追い出された私は、部屋に籠って眠れない夜を過ごしていた。

 急ぐなとは言ってたけど、重大な決断の割に時間は1日も残されていない。

 理解し難いことだらけだが、どうやらこのまま平和な女子高生生活を送ることは困難なようだ。


“お兄ちゃんの事は……まあそこそこ慕っている。だからその分心配もしている。

 私は魔法の世界に憧れている。自分でそこへ行くなんて考えた事もなかったけれど……ちゃんと2人で帰って来られるのかな?

 友達とか家族とかこれからの進路とか――他に理由は要らないだろうか?”

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