19 校長のネゴシエーション
「今度は逃げないぞ!」
「たとえ……ファイアドラゴンを呼び出せる化物が相手でも」
俺達が再び向かった先の厨房では、双子が倒れたフラメの母に乗っかるように浮いていた。
フラメを目の前にしても魔霊の男の子の方、スゥはなんとか威勢よさを保っているが、女の子のシィはガクガク震えて今にも泣きだしそうだ。
「良い根性してるじゃない! でも今までみたくアタシの前から逃げなかったのが運のツキね。どうせ家の中だからあんまり大きなドラゴンを召喚出来ないとか“ただの炎”ならダメージを受けないなんてタカを括ってるんでしょうけど……」
フラメが指輪を頭上に掲げ、もう片方の腕を添えて目を閉じる。
指輪から放射状に光が溢れだす。
「目を閉じなさい。直視すると網膜が焼き付いて失明する……そんじょそこらの松明の比じゃないから」
彼女の指輪から発せられる尋常でない威圧感に、双子だけでなく俺も緊張する。
「ほう、超々高温のエネルギー体を持って、位相の違う存在であろうと構わず焼き尽くす“古の灯”か。流石はミリューの妹。いや、このままいけば彼女を凌駕しかねん才能じゃが……」
ただ一人悠然とした態度を崩さない校長が無造作な足取りでフラメに近寄り、触れなくとも近づくだけで物が蒸発させんばかりに輝く彼女のルビーに手を添えた。
直ぐにジュッと肉の焦げた臭いと黒い煙が鼻と目を突くが、校長の腕は黒焦げになることもなく、反対に指輪の光と同調するように強く発光してゆく。
「何すんの!? アタシの指輪に触れる者はたとえ校長だろうと灰にするわよ!」
猫のように鋭い目つきで睨み付けるフラメをものともせず、校長の言葉が全員の耳に響く。
「あそこに具現化しておる魔霊を消滅させたところで本体をどうにかせん限り根本的な解決にはならぬ。お主もそれは分かっておろう? ここはワシに任せておけ」
「アタシのお母様が何度もこんな目に逢ってるのに、せっかくのチャンスを何もしないで見てろって言うの?」
猛るフラメ。一方猛獣の扱いには慣れているといった表情の校長。
「それはお主の都合じゃろうて。
ワシはよく知らんが、お主の母親はそこらのイタズラ小僧と変わらぬの魔霊の行動に対して、今まで恨み言なんぞこぼしたか?
しかも大切に想う母を盾にした双子を前に、そんな大技を使ってどうなるか分からん程お主は馬鹿ではあるまい」
位相空間にまで届く魔法を近距離で放てば母親もタダでは済まない事など、彼女自身重々承知しているだろう。しかし面と向かって他人に言われた正論に素直に従うことの出来る子供などそういない。
だがフラメはそこらの子供ともまた違うことは俺もわかっている。
数秒の睨みあいの後、フッと気を抜いたように魔法を解除したフラメは、今度はあっさりした口調で噛み付く。
「じゃあ、アンタに何が出来るの?」
「ワシは皆を納得いく結末まで導くナビゲーターに過ぎん。行動するのはお主等じゃ」
フラメの脅しとそれを宥める校長の関係が絶妙に効いていた。
彼女の攻撃を止めたという事実が、双子が僅かばかりでも校長を頼るきっかけとして機能しているようだ。
やる気満々だったスゥと、逆に怖がっていたシィも幾分落ち着きを取り戻して校長と対話を望むような雰囲気が出来上がった。
「なんだよじいさん……良い感じに僕達をあしらおうっていうんじゃないよな?」
「貴方様ならうまく折り合いをつけて下さると言うのですか?」
フラメと校長は半分は本気だったろうが、もう半分は狙ってこの状況を作ろうとしたのだろうか。
フラメ自身はまだ優秀な姉の妹でしかないが、そうやってはっきりモノを言う実直な性格の校長が、同じ口で確かに姉を評価してくれているし、フラメの将来も予見している。
上っ面ほど険悪な仲ではなさそうだ。
そして思惑通り校長の交渉が始まる。
「いやいや、オッペンハイム様もその研究成果もワシが若かりし頃からよく存じておるし、今でも尊敬しておるよ」
「ホントに!?」
「オッペ様を覚えていて下さる方がまだこの世に残っていたなんて」
スゥは鼻を高く伸ばし、シィは感激のあまり結局涙腺を崩壊させている。
「オッペンハイム様が言っておった『全ての人が、摂理という名の平等を超えて、より社会的に公平な形で魔法を行使出来る世界』良い言葉じゃ。
なればこそ、お前さん方がいつまでもココに留まっておっては新たに生まれる命の足枷にしかならん。公平な社会を乱す原因になり得る。
実際この屋敷は“恐怖(?)の魔霊スポット”として長年あまりよくない噂が広まり近寄り難くなっておる」
「でも……後継者を見つけるまで、僕達はこの場所を守らないといけないんです」
さっきまで血気盛んだったのに、ついに敬語まで用いるようになったスゥが、それでも譲れない一線を示す。
「なら最適の人材がおる」
そう言って校長は、俺の両肩を支え引き合いに出した。
「私……ですか? フラメちゃんじゃなくて? でも彼らは資格がどうとか」
「ミリュードの妹はこの通り、双子との関係がギクシャクしてお互いに認め合えんじゃろう。ワシは後継者というには少し歳を取り過ぎてしもうた。うまく事を収めるにはお前さんしかおらんのじゃ。勿論資質は備えておるから安心せい。父親であるワシが言うんじゃから間違いない。
この屋敷の最深部、恐らくオッペ様の遺言の場所まで到達出来ればそれで証明されるんじゃろ?」
ダメ押しするように双子へと確認をとる校長ガイン。
伊達に校長やっていない、いや年の功というべきか。小さな子どもでも素直にうなずかせる納得の交渉術。
「まあ……そのとおりです」
「そこまで分かっておられるならお任せします」
魔霊達も同意せざるをえない。
「僕達の猛攻を掻い潜り」
今猛攻って言った?
「千にも及ぶ超有能なマジックアイテムの数々に魅了され魂を抜かれることなく」
超有能なマジックアイテム……ね。四次元ポケッ……もとい“巾着”は一応貰っちゃったけど、別に魂は抜かれてないよね? これを含めても実質役に立つ物は皆無という気が
「オッペ様の魂まで到達出来た者には」
「この屋敷の全てと、世界最強の魔道具を受け継ぐ資格がある」
世界最強も大層大味な意味なんだろうと容易に想像がつく。
最後にシィが懇願するように俺を見て言う。
「入り口は見つけられちゃったから後ほんの少しです。私達の為にも是非辿り着いてくださいね」
「場所はシィが教えたようなもんだけどね……」
そう言い残して、双子の魔霊は自らその姿を消した。
「後はお前さん次第じゃ。さっき渡したモノクルが役に立つかもしれん」
「厄介事をを全部押し付けられた気がします」
“一応最強”の魔道具とやらに興味がないこともないが、いずれにせよフラメやその両親の為にも途中で挫折する事は許されない。
「何、ユメルちゃんなら大丈夫じゃよ。なんたってワシの可愛い一人娘なん」
「校長! 探しましたよ!」
校長の言葉に割り込むように突然現われたライトさん。いや物理的にも俺と校長の間に割り込んだ登場だった。
俺とフラメが驚く中、校長は渋い顔をしてそっぽを向いている。
「一度も入った事ない人様の家にまで転移してくるなんて、凄いけど無茶苦茶だし非常識よ!」
「なあに、可愛いお嬢さん方のいるところなら“ダンリブの処刑場”だろうと“エリヌエの聖地”だろうと俺は飛んでくるのさ」
フラメの怒りも口説き文句の材料にするライトさん。しかし本当に口説かないといけないのは校長だ。
「……もういいわ、アタシはお母さんを連れて行くから。ユメル、全部終わったらアタシの部屋に来なさい。最強の魔道具とやらも忘れずにね」
校長が話している間は静かにしていたフラメだが、家族の問題だったのに自分が介入出来なくなり、どうでもよくなってしまったのだろう。
母親をおんぶするように抱えて寝室まで行ってしまった。
いやじゃいやじゃユメルちゃんと一緒にお泊りしたいんじゃ仕事なんか後でどうにでもなるじゃろいっそお前がやっとけ……などと嘆きを残して、校長はライトさんに連れ去られ姿を消した。
静かになった厨房に取り残される俺。
……行くか温泉、リベンジだ。