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2 必然の出会い

 取り敢えず静まり返った孤独な教室からはおさらばしよう。

 うまく今の俺と同じくらいウブ? な新入生に追いついて話を訊ければ上々だ。

 小学生くらいの子供相手じゃ大した情報は引き出せないかもしれないけど、お互いに新入生……のはずだし、新顔のクラスの生徒同士なら適当な事口走っても特別警戒はされないだろう。

 あの女教師を追いかけてみることも少しは考えたが、後で校長室まで来いと言っていたのだから多分何か意味があって俺を放置したんだろうと思う。彼女を探すのは潔く諦めることにした。授業を居眠りボイコットした手前、当の教師に顔を合わせ辛いという小心者の心は見え透いているだろうか。


「大丈夫大丈夫。きっとどうにかなるって」


 うん、しばらく残念な独り言が増えそう。今後この声に違和感を感じなくなるくらい喋ってしまったら俺は精神的にキテるかもしれない。それでも喋り続けてた方がマシというのがまた趣き深い。


 教室を出る前に、何か現状をどうにかしてくれるものはないかと期待を込めながら、実は魔法の杖とか持ってるのかもと別の意味でも期待して探してみたけど、俺が座っていた机には何もなかった。

 ちょっと申し訳なく思いながらも、一応他の生徒が座っていた机とか教壇の教卓も漁ってみた……収穫なし。

 日本の学校と違って、自分専用の机が確保されるような慣習がないのかもしれない。


 時間割に書いてあった次の教室名は“大地地下室”


「“第一”地下室とかの間違いじゃないよね?」


 当たり前だが返事はない。あっても困る、というか驚く。

 教室の出入り口にしては頑丈そうな扉を開けて、俺はようやく未知の学校、その廊下への一歩を踏み出した。

 革靴が踏みしめるのは綺麗に舗装された石畳……校内なのに廊下が石造りとはこれ如何に? 随分と古い建造物なのかな?

 コツ、コツと寂しげな自分の足音を聴きながら、俺は不思議な感触のする廊下を歩き始めた。

 

 静寂に包まれた幅広の一本道。

 かなり距離を稼いで時々見られる、恐らく教室へ繋がっているであろう1枚扉。あの扉1枚1枚の向こう側で、世にも奇妙な授業が行われているかと思うと、少しわくわくするようなしかし今はそれどころではないような気分。

 歩きながら暇だったので、今更“もしかして夢オチなら……”と自分の頬をつねってみた。


「いひゃいっ!」


 思い切りやりすぎて泣きそうになった。自分でも可愛らしいと思えてしまう声帯からまろび出た悲鳴が余計に恥ずかしい。“最近の夢は痛覚も実装してる可能性を考慮しよう”なんて負け惜しみ思考するのは更に馬鹿丸出し、寂しさ急増。 

 この現実は、今後俺の意識をどれほど揺さぶるのだろうか。この頬の痛み以上になることもあるのだろうか。


 しかしこんなに静かだと、自分自身の心配よりむしろ俺と関わりのある人間、例えば家族だとか、隣で俺の替わりに熱心に講義を受けてくれてる大学の友人が心配してくれるかどうかを心配したくな――


「ありゃ? 具体的な名前が誰も浮かんでこないな……まあ、いいか」


 先の見えない廊下をもはや無意識に進みながら思考を展開してみる。

 居眠りから覚めてみれば、どこか知らない場所。知らない人。“知らない自分の姿”

 ファンタジーなお話ならば、幽体離脱でもなんでもいいからどうにかして“魔法が当然のように授業で展開されるような世界”の“どこかの誰か”と入れ替わりが起こった、とかそんな感じだろう。

 しかし大して取り柄もないままそろそろ大人の階段登ろうか、いやまだまだモラトリアムはこれから――そんな一般的な日本男児の範疇を超えていないであろう俺が、年端もいかない少女の体と入れ替わる意味なんて考えるだけで、


「バカバカしい」


 実際に突飛な事態に巻き込まれてしまうと、健全な男子のお約束的に女の子の体に興味を持つ……とかなんとか思う以前にどうにも現実味が薄い。面白可笑しいリアクションなんて取れるわけもない。

 いっそ本物の魔法でも見せて欲しい。あるいはここが何かのアトラクション、ゲームの中ならば、さっさとGMゲームマスターでも何でも現れて状況説明をしてくれ。


「現状を嘆いてても仕方ないか……とりあえず大地下室を探そう。あれ第一地下室だっけ? どっちにしろ地下室っていうんだから、地下への階段でも見つければいいんだよね」


 相変わらず返事はない。あったら困るけど、ちょっとは嬉しいかもしれない。



 こうして20分くらいは歩いただろうか。

 道は途中で二手、三手に分かれたりしたが道程を忘れるほどではない。しかし――


「廊下が長すぎる!」


 声が僅かに木霊するが、相変わらずどこからも反応は帰ってこない。

 ちゃんと次の教室へ向かっているんだとすれば、授業の合間が30分あるのも納得出来る遠さだ。

 他の生徒たちはもうずっと先に行ってしまったのだろうか? それとも別の移動手段でもあるのだろうか。


「次のイベントまでこんなに歩かされるゲームならとっくに積んでるんだけど……はぁ」


 残念ながらリアル人生はそんな簡単には積めません……詰めませんとも。

 もし、いきなりモンスターがポップしてこの生身で戦闘させられるなら正しく糞ゲーだが、少なくとも退屈はしないだろう……人生詰むかもしれないけども。


「まあ、今すぐ焦る必要がないのは結構なことだよ。人は寂しさで死ぬというけど、さて俺の場合は……?」


 暇つぶしに静寂の廊下からガラスの窓越しに見る景色は“森”の一言で表現できてしまう程の深緑一色。自然たっぷりだ。時間的にはまだ昼前なんだろうが薄暗くて季節感も薄い。雪は積もっていないから冬ではないのだろうけど。

 そもそもこんなワケの分からない舞台設定に四季という概念があるのかどうか……細かいことを考え出すとキリがない。正しく良い暇つぶしだ。


「逆に自分の声だとは到底思えない女の子の声が聞けるだけマシか」


 とんな自虐思考の最中も、異様な静けさが心を風化させていく。

 本当に近くに人はいないんだろうか?

 いくつか通り過ぎた中に窓のある教室もあり、何回か覗いてみたけれど……マジックミラー? 中が全く見えないんじゃ鏡も同然……防音も完璧だ。

 曇った鏡窓をコンコンと叩いてみる。無言。

 頑丈な扉を豪快に開けて教室の中まで踏み込む勇気はなかった(小心者の心再び)ので、最悪人でなくとも構わないから(人じゃないって何者だよ?)廊下で誰かと会えないかと思いながら、諦めず地下への階段やエレベーターみたいなものを探し続ける。


「心なし疲れたようなお腹が減ってきたようなまだ寝足りないような」


 もう既に次の授業は始まっている頃だろう。だけど今の俺に出来るのは歩くことだけ。

 本当に魔法があるなら、空を飛んだり瞬間移動って出来ないかな? 皆そうやって移動してるなら、この1人ぼっちな状況にも説明がつくけど、現時点で魔法の使い方が分からない俺に現状を変える力がないことは変わらない。


「もう疲れためんどくさい誰か助けて~なんて、誰もいるわけないのに言っても――」


「お嬢ちゃん呼んだ?迷子かい?良かったら送ってあげるけど」


「そりゃ出来るもんなら喜んで……ってえっ?」


 一人きりの静寂が、ようやく途絶えた。




 まさか本当に瞬間移動? さっきまで誰の気配もなかったはずなのに、思考に沈んでもちゃんと前を見ていた筈なのに……

 俺の正面には堂々たる態度の大人が1人立っていた。

 見た目は生徒でも先生でもなく警備員みたいな服に変わったツバ付き帽を被った、得体の知れない大柄な人間。声だけでも男性だろうと判別は出来るが、帽子のツバとその影のせいで顔の鼻から上が隠れている。


「おじさん、誰?」


「ぬぅっ!? おじさんとは辛らつな。だが私のことを知らないとはお嬢ちゃん、新入生だね? そう警戒しなくていいんだよ……わかったわかった。ちゃんと自己紹介するから、今にも襲われそうな顔しないでよ。

 私の名は“ライトロード・グレンフォード”。ライトさんと気軽に呼んでくれたまえ」


 本当に襲われたら、今の俺じゃきっと簡単に組伏せられちゃうなあとか考えていたら、思いの他丁寧な態度に内心で安堵したのには気づかれたかもしれない。

 万が一少女趣味のアブナイ人だったら……学校内にそんな人は普通入れないだろうけど、このハリウッド映画俳優みたいな渋面ならさっきの女教師でも垂らしこんでいくらでも……って、このおじさんに対して失礼な事ばかり考えるのは止そう。

 でもなんだか喋り方や、帽子をくいっと上げる仕草がタラシっぽい。性格的に自分とは対称的な人種だと思う。


「ライトおじさんですか。俺……いや私は(多分)ユメルといいます。それでおじさんはこんなところで何をしてるんですか?」


「だからおじさんは余計だって。ユメルちゃんね……ユメル? ああ! 校長のところの。ついに入学したのかい? これは楽しみだ」


 口調とは裏腹に、俺を見つめるライトさんの顔は中々に険しかった。

 俺のこと……恐らくこの体の本当の持ち主がちゃんといて、その人のことを知ってるんだろう、と解釈してみる。でも浅慮に任せてあまり的外れな言動をすべきではないと判断。相手の出方を待つ。


「校長から君の噂は色々聞いてるよ。でもその態度から察するに、話に聞くほどお転婆でもなさそうだね……っとこれは失礼。初対面のレディに悪口はいけないよな」


……ごめんなさい、初対面だけどライトさんは少女趣味の変態かもしれないとか考えてました。

 渋面のオジサンは帽子をとってホテルマンのような会釈してくれた。短めに整えた綺麗な茶髪に、うっすら白いモノが混じっている。顔の皺のくっきりはっきりが自然の光に触れてより際立つ。ハリウッドのアクション映画に出てくる人みたいに渋くてカッコイイけれど……やっぱりどうみてもおじさんだった。


「私はこの学校の警備員なんだけど、実際は道案内と渉外と風紀委員顧問といったところかな。警備員が授業中の学校の廊下を歩くのは一応自然なことだろ? だからそんなに警戒しないでってば。ユメルちゃんこそこんな時間にこんなところで何をしてるのかな?」


 ライトさんはどうやらそんなに、というか全然悪い人じゃないらしい……少なくとも肩書と態度は。

 自分が今どういう存在なのかもわかっていない俺がこれ以上ライトさんを疑っても仕方ないだろう。

 不信がられないように最低限の現状を伝えて助けを期待することにした。


「えと、実は迷ってしまって……大地下室? あれ第一地下室でしたっけ? に行きたいんですけど」


 本当はもっと色々訊きたいところだけど、なんとなくこの人にボロは出したくない。そうなんとなくだ。男のプライドがそうさせる……ああ俺今女でした。

 別に相手がイケメンだから拗ねてるわけじゃない。もっと別の何かに警戒したい変な気分だけど、それが何か分からない。


「ああ、“大地”地下室か。あの教室はついこの前出来たばかりでね。名前も場所も紛らわしくてキーにもまだ公式には登録されてないから、先生方にも時々案内させられるんだよ」


 そう言ってライトさんは右手を差し出してくる。

 手を繋ごうってことなのかな? お子様扱いしてるのか?

 仕草がジェントルマンみたいに決まってるのが少し癪に障る。でも断るのも悪いかなと思って、ちょっと緊張しながらも自分の右手を持ち上げると、予想外の力で掴まれて引き寄せられ、顔と顔が急激に近づく。


「うぇっ!?」


 思わず変な声が出た。こんな態度じゃ本当に女の子みたいだ。

 ライトさんの顔が近い。自分の顔が赤くなってるのか青くなってるのかわからない。多分両方だ。

 俺の中では時が止まっていた。魔法ではなく比喩的な意味で。

 この渋面紳士、本当の本当は……

 ライトさんが声色を一段下げて耳元で囁く。


「ここでは“一応”犯罪と認定されるような事件は起きたことないけれど、気をつけた方がいい。君みたいな子は特に、才能に飢えた上級生達から色んな意味で狙われるだろうから」


……そんなことが起こる前にまずあなたに誘拐されるか、そうでなければ口説き文句プラスαで何かされるかと本気で焦りましたよ。

 どうにも恥ずかしい思考の言語化などとても出来ず、俺は引き攣った笑みだけで返事をした。


「君の場合は逆に――いやなんでもない。注目を浴び過ぎないようにくれぐれも注意してくれたまえ」


「えと、それってこんなに顔近づけて話す内容だったんですか?」


「そいじゃ行きますか、大地地下室だったね」


 俺の言葉を加齢に無視したライトさんは、数瞬前のキザで軽い調子に戻って、


 パチンッ


「……嘘!?」


 指パッチンしたなと思ったら、周りの景色が一変していた。


 目の前に“大地地下室”と書かれた大きな扉、背後はこれでもかと続く大きくて長い階段の壁。

 なんだか土臭い香りがして、さっきまで歩き続けた廊下とは全く別の場所であることを強く意識させる。


「凄い! これが?」


 魔法? ホンモノの?


 あまりに一瞬で、瞬きの間もなくて正直よくわからなかった。けれど、俺の心と体にウチ震えるモノがあった……ような気がする。どうにも曖昧な不思議さが余計に魔法の存在感を印象付ける。

 それは未知なるものへの単純で複雑な驚き、大きくなる期待と不安、無限の可能性。

 “自分のいた世界”とは隔絶された法則に触れた瞬間、重なった“ソレ”を確かにこの身で感じた……しかし何故か同時に哀愁が漂う。


 要するに――うん、よくわからない


 魔法ってファンタジーとかでは割と安易に出てくるけど、こうして体感すると語れないもんだ。

 よくわからない感動に軽く身悶えていると、ライトさんが首を傾げて見つめてくる。

 俺、何かマズった?


「“転移の魔法を初めて体験しました”って顔してるね。確かに“ちょっとだけ”複雑な魔法だけど、校長の話ではユメルちゃんは自前の転移も朝飯前だって」


 え!? 俺もう魔法使えちゃうの? ……いやそうではなくて、つまりこの体の持ち主は既に魔法使いということで。それならやっぱり俺にも希望が?

 自由な転移が出来れば自分の世界にも帰れ……この格好じゃ家族ですら俺を俺と認めてもらえないから根本的な解決にはならないか。


「そそそそうですよ、ててて転移? の魔法なんて私にとって朝飯前どころか今は昼御飯前ですけど何か?」


 なんにせよ、ここは誤魔化しておいた方が無難だろう。とか冷静に考えてる癖に出てくる言葉は動揺が隠せてないのは御愛嬌として欲しい。


「そうか……まあいいや。時間のある時に校長も呼んで一緒にお茶でもしようじゃないか。校内限定だが、また道に迷ってくれればユメルちゃんの一声で駆けつけるから」


 乱れた様子もない帽子をわざわざ被り直すライトさん。

 やっぱりキザっぽいけど、ここは素直にありがたいと思っておこう。決して胸キュンみたいなことにはならないけれど……絶対にならないけど。また迷っても心配しなくていいみたいだし、文字通り右も左もわからないところだから、知り合いは一人でも多く(実質一人目だけど)いた方がありがたい。


 こうして気が緩んでしまうと自分の現状を、孤独をようやく意識し出したのかもしれない。

 気持ちと一緒に少しゆるんでしまった涙腺を、俺はあくびで隠した。

 外見が可憐な少女だとするならば、これはこれでみっともないが。


「ライトさんちょっとワザとらしくカッコつけてるみたいだけど、実際もまあそこそこ渋くてカッコよくて優しいそうな人だから問題ないです。ありがとうございました。今後も困ったら頼りにしますね」


 あと出来ればまた今度魔法を見せて下さい教えて下さい。いや……やっぱり遠慮しておきます。もしかしたらこれから授業で習う、かもしれませんので。


「あいよ。“願わくば貴方の神がその手を離しませんように”」


 胸に片腕を当て、空いた手で俺ではない誰かと握手しながら敬礼する(変態という名は多分つかないが疑念を完璧に晴らせたわけではない)紳士の姿に俺は一抹の不安を覚える。


「その言葉、何かのおまじないですか?」


 大地地下室と彫ってある大きな扉を前にして、ライトさんはキザったらしくも意味深な笑み、それと指パッチンの残響を残して消えてしまった。

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