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18 ある意味三者面談

「で、どうしよっか」


「どうするも何も、仕方がないけど壊してみるしかないんじゃない?」


 既にフラメが消し飛ばした湯煙はすっかり元通りで、視界は再び白く閉ざされている。

 もう双子の魔霊そっくりな石像は目視出来ない。フラメはアレに魔力を感じないと言ったし、俺もこの場所に対する違和感は拭いきれないが、一体何をどうすればいいのかさっぱりわからない。

 ただ壊してしまうのも気が引ける。双子はフラメの両親を怖がらせたり気絶させたりはしたが、それ以上のことはしていないというし。何の反応もない石像を壊したところでやっぱり何も起こらなかったら全く意味がない……俺もサウナは嫌いじゃないから。


「何か仕掛けがあるのかもしれない」


「どんな仕掛けがあるのよ?」


「……」

「……」


 気分は悪くない。悪くはないが頭はもやもやして何も考えられない。お湯には膝までしか浸かっていないのに……いやここはサウナ状態か。

 お手上げだ……思考が……働かない…………。


「ねえ……ちょっとユメル!? のぼせそうなら早く言ってよね」


「うん、大丈夫……じゃないや。一度上がろう」



 途中で足を滑らせないよう気をつけて脱衣場まで戻り体を拭く。服はフラメの姉が着ていたというものを借りた。頭の中で双子の石像の謎が先行しているためか、服を着るのに少し手間取っただけで抵抗はなかった。あとのぼせ気味だったせいもあるか。もちろん自分やフラメの裸を見ても特にどうということはない。恥ずかしがるくらいなら許されただろうけど。

 ついでに、2人ともブラジャーなんて付ける意味があるのか分からないくらいまな板だったが『今後に影響するのよ』とフラメに無理矢理人生初体験。

 あと借りた服が薄明るめの空色で上下セットでフリフリがたくさんついててこれまた人生初のスカート。

 パッと見た感じ普通の女の子でも恥ずかしがってあんまり着ないだろうと思えるくらいがっつりアイドル系な服だと思ったが何も考えない……考えだしたら負けだしキリがない。 


「中々似合ってるじゃない! お姉ちゃんは嫌がって1回しか着なかったやつだからユメルにあげるわ」


 こればかりは性悪なフラメの姉にも同情せざるをえない。


「……ありがとう。どうみても寝間着にはみえないけどね」


「まだ寝るには早いわ。」


 絶対フラメに遊ばれてる。もうどうにでもなれだ。

 万が一あの校長なんかに見られたらどうなるか……



「おおおおおおおユメルちゃんそそそその格好最っっっっっっ高!!」


 エントランスではユメルの父親、親馬鹿校長がフラメの両親から接待を受けていた。もちろんユメルを心配してここまで訪問に来たのだろう。

 どうして悪い予想は当たるものなのだろう? もしかしたら、まだ湯船でのぼせている俺の悪夢なのかもしれない。

 校長は俺達に気がつくとダッシュで駆け寄り、まだ体が火照って気だるさの抜けない俺を全力で抱きしめた。


「こうちょ……おとうさ……パパって呼ぶからそれは止めてゴメンナサイ無理無理死ぬ死ぬ死んじゃう!」


「わしなんか5度の飯も喉を通らぬくらい死にそうだったわ! 校内の不良共に絡まれるわ外なら犯罪者扱いされてもおかしくないレベルの少年に目を付けられるわ挙句の果ては外でも有名なチンピラに誘拐されるわ……」


 確かに普通の親なら卒倒モノだろう。今倒れそうなのは俺の方だが。

 校長は親馬鹿爆発な調子を少しだけ落とすと、俺を抱きしめる力をほんの少し緩めて囁いた。


「“ユメル”だってここまで目立って事を起こしたことはなかった。むしろ今まで公に出るのを控えておったくらいじゃ……後で2人だけにして貰おう。話さねばならぬこと、渡さねばならぬ物がある」


「校長先生、そのくらいにして下さい。ほとんどユメルを巻き込んだのはアタシなんですから」


 フラメが珍しく殊勝な態度で校長に言う。


「アタシもユメルの秘密を知ってますから。お話には混ぜて下さいね」


 勿論猫被りだった。


「むう……ミリュードには世話になっとるからのう。お主もいずれは大物になるんじゃろうて、ここいらで巻き込んどいた方が都合が良いかもしれん」


 校長は俺達を空き部屋の1つに誘った。フラメ夫妻に話はついているようだ。

 ところで、さっきまで魔霊によって気絶させられていたというのに元気そうな2人の目線は、最後まで俺を捕捉し離さなかった。


「今度家に来る時はその服を着て来るように」

「も~っと可愛いフリフリな服もたくさんあるから、今度着せて上げるわね」


 校長とは何か固い絆で結ばれているようだ。

 フラメには悪いがこのお屋敷にはもう着たくない、いや来たくない。



「まず最初に、コレをユメルちゃんに託そう」


 校長が懐かしそうに目を細めながら差し出したのは、その昔英国紳士が使っていたような片眼鏡。シルクハットと共に貴族階級や怪盗ルパン等のシンボルを思わせるようなモノクルだった。


「これは? もしかして“ユメル”の魔道具ですか?」


「まさか!? アンタ今まで魔道具なしで魔法使ってたの?」


 フラメの顔が驚愕――それに微かな畏怖を交えた表情に変わる。


「確かに魔道具の一種じゃが少し違う。このモノクルはお前さんの魔法をより制限、制御する補助装置のようなものじゃ。

 決闘でドームを全壊させる程の大嵐を起こした挙句、気絶したと聞いたからの。

 “ユメル”がウチに来て直ぐの頃、5~6年前に少しだけ使っていたんじゃが、また役に立つかと思ってな」


 校長の話にフラメは納得しかけ、しかしやっぱり腑に落ちない顔で俺に問いただす。


「敢えて今まで訊かなかったけど、アンタの魔道具って何? あのボロい栞じゃないし、お風呂に入る時も何も持たなかったから、気を抜いてるのかと思ってたけど……」


「よくわかんない。本当だよ。一応言っておくと、私が魔法を使うときは常に自分の眼を意識してた」


 初めは集中するのに目を閉じたりしたけど、今は大分自由が効くようになった。

 このモノクルも今となっては不要かもしれない。こんな少女にはまず似合わないだろうし。


「ワシも詳しくは知らん。お前さんは聞いてないかもしれんが“ユメル”は、今は亡き知人から託された養子だったんじゃ。物心ついた頃から子供らしくない貪欲さで知を求め、しかしそれでも制御が効かぬ程の魔力を、その小さな体に溢れさせておった。

 お前さんが言うとおりなら、ユメル自身の眼か、体の一部が魔道具なのかもしれんし。あるいは……」


 校長はそこで言葉を止めた。


「魔法は……“通神の儀”二人の“万能なる者”が死んで今の世界が創られたとされる始まりの場所、ナオラ大聖堂“エリヌエの聖域”で誓いの祈りを捧げる事によって魔道具に固定化、確立され、個人が自身の創造領域の範囲内でのみそれを行使することを許されるようになる」


「えと……フラメちゃん、どうしたの?」


 フラメが、辞書を一字一句暗記して空読みするかのように暗唱を始める。


「魔法を固定化させる為に何らかの道具を魔道具として媒介にする必要がある。必然的に魔道具に対する依存度は高くなる為、より身近な物を選んだ方が悪影響は少ないが、そこには必ず“意志有るモノ”が宿る。

 もし既に命ある存在を媒介にした場合、新たに生まれた意志との摩擦により既存の生命と共に消失、あるいは変質し魔法の精度が大幅に落ちる、もしくは完全に使用不可能な状態に陥る」


 フラメは大きく一息取って俺に話を続ける。


「先人達の経験則、魔道を志す者の常識よ。

 魔道具は自らの命と等しく大切な物。“大抵の人が一生に一つだけ”持てる無二の相棒。そりゃ自分の体そのものを魔道具化出来ればリスクは大幅に軽減されるけど、それに成功した人は……

 アンタは一体何者なの? アタシだって大概だから、ユメルのことを今更恐がったり嫌いになったりする程のことではないのだけど」


 フラメは俺に関する不確定な事実に対し驚いているが、俺を想ってくれる気持ちが変わらないことに安堵する。

――あと何回、この感情のやりとりを繰り返すんだろう?

 彼女と友達であり続ける限り何度でも?

 今だってまだ秘密を1つ、俺の魂というか、心は男だってことを隠したままだ。

 たとえ何度赦しあえたとしても、全てを分かりあえる時は永遠に――


「込み入った話は後じゃ。それより、お前さんが今使えるのは風を操る魔法だけかの?」


 俺のことをあえてユメルと呼ばない校長の眼光は鋭い。ことの真偽を問う力を帯びているように感じる。


「はい、そうですが」


「……そうか、いやわかった。この件に関しては以上じゃが、もうひとつ“ユメル”の過去について話しておかねばならん」


 無理矢理はぐらかされた。保健室で話した時もそうだったが、必要な情報だけを伝達し、決して全てを暴露しようとはしない校長に俺は不信を抱きつつある。しかも彼はユメルの実の親ではないという。


「この話は前に少しだけ触れたが、ユメルは過去にも2度、お前さん以外の人物と入れ替わりを起こしておる。その人物がその、なんというか……やんごとなき御身分の方々での」


「はぁ……やんごとなき、ですか」


 俺に降りかかった災難から考えると、校長の言いたいことがわかった気がする。


「相手国の主要人物にはこちらの国王を通して謝罪とそれなりの駄賃を払っておるが、お前さん達があんまり外で騒ぎ立てると、この国“ナオレイナ”や他国の転覆を企む輩に目を付けられる恐れがある」


……国家レベルの問題ですか。確かにこの入れ替わりをどういう法則で行えるか分からない者にとっては、俺――ユメルを確保すれば、世界の王族を一遍に人質にとったことになる。


「でも、入れ替わった人達も今は元通りなんでしょ?」


 当然のようなフラメの質問に、しかし校長は首を振って応える。


「確かに入れ替わった王女様方はこれまで通り過ごしておられる。そしてこの入れ替わりの事実を知る者は上層部のごく一部の者だけじゃ……

 しかし人の口に戸は立てられん。下手を打てば上層部そのものがクーデターを起こさんとも限らぬ。それほどのことをユメルは向こうでしでかしおったんじゃよ」


 大きく溜め息を吐く校長は、初めて会った時より二十は老けて見えた。


「今でもユメルは入れ替わった者達と繋がりを持っていると考えられてしまうのが妥当じゃ。事実として本人はまた何処かの誰かと入れ替わってしまい、こうしてここにお前さんがおるわけだしの。

 そういえば先ほど警察から連絡があったが、あのチンピラ共はミリュードの妹にしか目がいってなかったようで幸いだったわ」


 そう言ってフラメを一瞥する校長。親馬鹿以外の面は結構実直なのかもしれない。

 フラメは俺を巻き込んだことでバツが悪そうだ。しかし自分を研究所副所長の妹としてしか見られていない視線に対して、ツンと鼻を逸らして反抗的な態度で応戦している。

 校長はそんな彼女をまるで意に介さず俺に向き直る。


「今度はミリュードでなくお前さんが狙われるやもしれん。

 兎にも角にも学校内では程々に、外ならばくれぐれも揉め事を起こさぬようにな」


……校内なら少しくらいは無茶してもいいと言った?

 俺が何から訊こうかと考える間に、校長は話は全て終わったと言う表情で部屋の扉を開いた。


「そうそう一応ライトからの報告じゃが、ハック・ディノフィンガー君ともう一人の黒い少年、名前をなんといったかの……確か“ゼス”君も一命を取り留めたとのことじゃ」



 校長の締めの言葉を待ってましたとばかりに、またしてもフラメ母の悲鳴が響いてくる。

 当人には悪いが、俺はまたかと思ってしまった。

 双子も同じ人ばかり狙って良く飽きないな。脅かすのが好きなだけなんじゃないか?


「……あんのちびクソ魔霊ども! 今度という今度は灰にしてやる!!」


 いきり立つフラメとは対称的に、校長はのほほんとした雰囲気に戻った。


「そういえばココは巷で有名であった“オッペンハイム”の屋敷じゃったな。最近とんと噂話を聞かなくなったのはインディソフィア家が買い取ったせいか。

 どれ、ユメルちゃんが厄介事に首を突っ込んで大事にせぬように、ワシも協力しようかの」


「むぅ、別に私がトラブルメイカーな訳じゃなくて」


 まあ……何を言っても言い訳にしかならないか。

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